ヴィジュアル系バンドから食の必殺仕掛人へ、ゲスト L.B. Market 鈴木大介さん

H [音楽] よこのミト 会はい皆さんこんにちはイベント マーケティングのよこですベのですはいえ 6月21日金曜日え157回目の介洋子の ミュート解除始まりましたえこの番組は イベントレジストの平山さんとイベント マーケティングの口子がイベントのの人や プロをゲストにお呼びしてお話しする番組 ですえその道のプロだからこそもうリアル な価値イベントの魅力をお話いただきます ということで始まりましたけれどもえっと 突然ですがえ本日のゲストさんの出身地日 なんでですねうんあの名古屋飯といえば あのというお題て話したいとこ です切り大切りではないですかねそんな あの熱っちみたいな感じでてはないんです けれど私一度名古屋ね出張行った時あの 翌日にえっと延泊してですね1日なんか 食べ到らした思い出があって1日満腹だっ たんですけど独特ななんか食文化あ味噌 多いすよね味噌多めですよねあ濃いめです よねちょうど中間地点だからうどんも うどんもなんか硬くてああ煮込味噌煮込み うどんですねうどとかちょっと独特ですよ ねなんか特なんかうんあのモーニングとか もねこうあそうですねあモーニング をあの 名古屋でカフェで喫茶店か喫茶店でなんか コーヒーむと色々出てくるニングっていう とコーヒーに普通になんかパンと かあれがついてくる名古屋のデフォルト ですと教えられた気がするけど本当 でしょうええどうなんでしょうかねその辺 ちょっと伺ってみたいと思うんですけど 定番のシの話からうんその文化の話まで ちょっと話を伺えたらと思っておりますと いうことで本日のゲストさんを改めてご 紹介したいと思いますえ本日のゲストは ですね職の必殺仕掛け人株式会社LB マーケット代表取締り役のえ鈴木大輔さん ですよろしくお願いしますよろしくお願い します職の町名古屋からお届けしており ますますおおありがとうございます さっきもねちょっと食文化というので独特 なうん文化を持つ名古屋からですね鈴木 さんにご登場いただいたんですけれども 今日はえ鈴木さんにちょっと知られざる食 の世界かける イベントだったりのお話を詳しく伺って いきたいと思っておりますよろしくお願い しますお願いしますはい今日は鈴木さん 名古屋からということなんですけれども本 たち名古屋からあのどのような形で職の脱 仕掛け人になって行かれたのかえ改めて 自己紹介からお願いできますでしょうか はいえっと名古屋はですね弊社株式会社 LBマーケット名古屋市北区にあるんです けれども名古屋市北っていうのはですね皆 さん多分ご存知なのかさえとかあの名古屋 城とかいうのある赤くというところから ですねちょうどお城の東側にある上等園と いう白の東の園と書いて上等園という昔 城下町だった場所に会社がありましてで そこでですねあの1955年からあの祖母 の台からやってますあの飲食店がありまし てそこの飲食店のえっと70年目を迎える 私が3代目の大将という立地も持ちつつえ そこの場所の活性化をしていこうという ところで全国に発信していくために イベント事業っていうのも行ってるような 職を高く化したような会社を経営しており ます うーこれちょっと自己紹介と違いますかね でちょっとま自分の個人的なことを深掘り していきますとはいあのその親の背中を見 てというかですねまあ5歳6歳ぐらいから 飲食店の息子なんだなというのを意識し 始めてうん何系の飲食なんですか和食店に なりますねま食点が新線のはいま食堂に 近い感じって言うんですかねえながら てましてうんでま僕は長男というところも あってあの10歳ぐらいからこの店を いずれ継ぐんだろうなというちょっと意識 が生まれるんですねうんただまどうせ継ぐ ならなんか自分好きなことやりたいなて いう風に高校ぐらいに思い始めまして音楽 の世界に飛び込んだんですねおうん16歳 から音楽をちょっとなんかさぐれ始めて ですねです かあジュ系バンドという俗にいうおバンド やってましてはいボーカルですか歌って ましたおおれしてましたちょっと聞きたい ま16歳の頃はまとにかくなんか人気もに なりたいとかモテたいとかっていう ちょっとなんかそんな浅はかな思いから スタートして18歳ぐらいにあの本格的に ちょっとプロを目指そうという形になって きましてであのま右接あって東京にも上京 してですねうんギタリストに宮っていう ギタリストがいるんですけどうんうんうん 同じはい世界的に有名になってるような あの彼らと同じ事務所で一緒にツアー回っ たりとかですそうなんですねはいまその頃 のこともあってまもろもろもろですっごい はりますけど何十年か経ってイベントを やってる事業もスタートしてるっていう ような部走りましたはいめちゃめちゃ走り ました はいいやもう職というかもう音楽の話に なっちゃいますよここまで走ると まそこからあの実はですねその繋がるん ですあまあ繋がるっていうかま自己実家が ね直なのでそこはでもその音楽そこまで はい本格的な事務所ないた時はなんか もうすげないなってとか考えなかったです かそうなんですよねあの本格的にやってて まちょ少しご飯食べれるようなぐらいまで いけててですねうんねまこの世界で生きて きたいなとは思ってたんですけれどもあの ま僕のちょっと思考的な部分でんでうん 音楽やってる方とか飲食店で例えば包丁 握ってたりとかする方っていうのは職人 さんなんですよねうんであのその食の商品 を販売する人って商人さんじゃないですか そううんで僕アーティストだったんで職人 ゴリゴリの職人じゃなきゃいけない立ちな んですけどうんうん自分のことを自分で 売りたいなって思い始めちゃったんですね うんでその当時も本当それこそ1番油乗っ てるんじゃないかっていう頃に事務所を 脱退してうんうんで代謝して自分で独立し てあの事務所を立ち上げましたうんまだ からその時はだからもっと継ぐというより はもっとそっちの自分の売るっていう方向 のまだにいるわけですよねそうですそう ですそうですうんうんうんうんでやっぱり その独立した時に商人である自分と職人で ある自分が戦うような感じになってですね でま結果的に商人だな自分はっていうのに 気づいてからうんあでその自分である自分 は何を売ってくのが一番心地いいのかって いう風に考えた時に自分で作ったものを 売るのが楽しいなって考えたんですよね うんうんで結果ずっとやってきた背中を見 てきた親の後を継いで職の業界に入 るっていうのがそこのスタートですねう じゃ職人から商人へって いう定義だけで言えばうん全然違う業界だ けどあんまり根本は変わってない感じなん ですねじゃあそうですね特になんかあの 自分で作った曲を売るのではなく自分で 作った卵焼きを売ろうとかうんうんうん そうすると食べ物には感情感情は入れれる んですけど食べ物は文句を言ってこないの で僕にこんな風に売ってくれよとかこんな 風にやってくれて言ってこないのでまあの 自分で作ったものを感情込めて売ろうと いうところからあの食の業界に飛び込んだ というかまレールに乗ったという感じです ね以降はもう音楽としての職人はもう スパッ とやめられたんですかいやそこがやっぱり やめることができなくてですねあの音楽 自体はやめたんですけれども何か音楽に 携わることをやっていきたいなという中で ま生まれたのが一種ある種のイベント授業 部っていうものですあなるほど人が集まる ところに提供するとうんそうですねこれも を届けるのか音楽を届けるのかまあ一緒 ですよねうんで結局やっぱり我々があの イベント事業部としてやってるのはですね そのキッチンカーの手配だったりとかうん あとはそのイベントを食で盛り上げ るっていうことやってますので結果やっぱ アーティストさんからの依頼を受けて キッチンカの手配をするとかあの音楽ペに フードあのプラスアルファすることによっ てお客様の腕足度を上げるっていうよう なこに繋がってるうんうんうん感じですね うーんそういうコーディネートをする繋り ますうんうんそうですねなるほど あの冒LBマーケットさんという風にあの ご紹介をしましたけれどもはいえっとそこ もう創業立ち上げも鈴木さんですかそう ですね会社自体は12期目になるんです けれどもあの先ほど僕は実家にあのお継ぐ 形になったって言ったんですけれもやっぱ 2台目はですねどちらかというと継続は力 なりっていう形で職人集団みたいな イメージだったですよはいねうん親父おふ 筆頭にで私はやっぱ商人なのでそれを いかに売るかっていう授業を大きくした いっていう思いが強くてですね結果3年で 波紋じゃないですけど自分で独立する形に なりますうんい継がないいっていう選択を 取りますおおそうなんですねでそこからま 独立して自分で飲食店を持ってってやっ てくんですけれどもうんその当時ちょうど リーマンショックとかがあったような時期 なんですけどああ15年ぐらい前ですかね ねうんでその時期にやっぱりそのスマホが あ携帯電話がガラ系からスマホになったり とかうんあのECサイトがたくさんでき たりとかま家で何かしなくてもあの物が届 くっていう時代がやってくるっていうよう な入り口のとこにあったような時代だった んですよねうんで我々もあれなんかこれお 客さんを飲食店でいらっしゃいませって 待つスタイルではなくいらっしゃいまし たっていう形で出てくビジネスに変えてか ないとこれから戦えないかもしれないなっ て思い始めたんですよねうんうんでそこで えっと事業としてプラスしたのがお弁当の 事業ですうんふんふんふんうんでお弁当を 売り始めると20席しかないお店だと20 名以上来るとお断りする形になるんです けどお弁当は30色頼まれても30色お 届けできるのでこれはなんか伸び代ある なって思って強化していったらそこの事業 がまず広がっていたっていうのがきっかけ で法人化したのがランチボックス マーケットでLBマーケットですあそう いう意味なんですね なるただやっぱりあの略称にしてあ るっていうのはあのランジボックス マーケットだとあかさにお弁当の事業しか できないんですけれどもうんうんうんここ に繋がっていくんですよ例えば音楽のこと やりたいなってなったらライブボックスと かああはいキッチンカなんか僕らライフ ボックスとかライフビートとていう風に 呼んでるんですけどやっぱりま生活を 支えるような箱が必要だったりとかなんか いろんなことにチャレンジしたいなって 思いでLBマーケットでけましたええうん どんどん発展しそうな形で展開されて いらっしゃいますけれどもあの末から 届けるランチボックスになってそっから またイベントっていうところにたどり着い たのはなんかあるんですかそうですね元々 我々はですねお弁当の事業をできた後に 食品製造の事業をスタートするんです けれどもどちらかというとその食品製造の 事業っていうのは飲食店さんとかあの イベントに出店される方があのの依頼して くるようなお客様だったんですね元々はふ であのま食品製造の我々は特にあのこれが 作れるっていうなんかこれが作れないって ものが特にないぐらいあの粉末のメーカー さんと手組んでたりとか冷凍食品とかえ 加工品あま食肉加工とかっていうのも全て できるようなあの人脈というかですねあの ビジネスパートナーがたくさんいることに よってアイテムがたくさんあるんですで あのある時ええっと東北の震災から3年 ちょうど経った時にですねあの名古屋市の 公共事業というかあの名古屋市のえっと 社会実験みたいなものでえっとその東北の 震災を名古屋の人たちにもっと知って もらわなきゃとか風化させないためにとか 東北六軒に要は税収を収めたいとか物を あの名古屋の人に広めていこうみたいな 社会実験で東北野村っていうのが震災から 3年後に開催されたんですねうん10店舗 出店者さんが見えましてでそのうちに私の 知り合いがあの出店することになってたん ですけどたまたま出れなくなってしまった んですね1週間ほど前にちょどうしても ここからのイベント3ヶ月間続くイベント が出れなくなってしまったとうんでどうに かしてどうにかしてくれんかっていうのが 最初の依頼でしたうーん1週間前うんそう ですで我々はあのま食品製造の会社なんで まお受けしできますよっていうことでお受 したんですけどそこで渡されたテーマが LBマーケットさんは山形県代表ですって 言われたんですよねでじゃないメインの メインの商品を米沢牛打ってくださいって 言われたんですよああええ山形のこと知ら ないし米沢牛わかんないしなって思ったん ですけどただそこからいろんなことを勉強 していくことによって山形県の魅力って いうのをすごく知っていってですねあで あの現地から米牛を仕入れて節にしたりと かミチにしたりとか牛筋を作カレーを作っ たりいろんな商品作ってま自社でレート 食品とかパッケージを作って現地に持っ てって温めて出すっていうような提供の 方法をしてたんですねなるほどそしたら やっぱり3ヶ月間同じイベントに出てくと 周りの方々と出店者さんとかと仲良くなっ てくんですようんで周りの出店者さんに あの鈴木さんとこのその商品ってどこで 仕入れてるんですすかて言われてあでいや 実は私たちこういうことができる会社なん ですっていうお話をしたらうん10店舗の うち3店舗がお客様になったんですよええ あの盛岡冷麺の煮卵を作ってほしいとか チャーシュ仕込んで欲しいとか仙台の 牛タンの味噌漬けを作ってほしいとか 牛タンカレーを作ってほしいとかて怪奇中 3ヶ月間のうち僕らあのBTOCの ビジネスを対お客様にあの商売をしに行く つもりがBtoBに派生したんですよね うんうんうんうん何もしないのにこんなに そのビジネスが発生するってすごい面白い なっていう風に思ってうんでここであの 先ほどのお弁当の下りじゃないですけど イベント授業伸ばしていったらもっとも 伸びあるなって感じてすぐに立ち上げたの がイベント事業部ですうん あはいなんであのえっとイエローカー ドドって意味合の反則と販売促進の反則が できる自分たちで出展することによってお 客様の懐に入れておあの販売網が増え るっていう反則ツールだなって思ったん ですよなるほど うんそれがきっかけですねイベント事業部 うん具体的には その出店者さんたちのBTBっていうのは どういう具体的に課題があったんですかた 頼まれこと がやっぱりやっぱりですねイベントって いうのはあの例えば職なんかは特にそうな んですけど野外イベントなんかはですね雨 が降るとお客さんが一気に減るとかうん うんうんはいであの土日で思ったよりも 集客があったよねとか結構やっぱその イベントっていうものはんあの波が激しい こてのが多そうねそうですよねうんで やっぱりその仕入れた例えば煮卵とか作っ たチャーシュがあの余るとロスになります しあの逆にえっと仕入れがちょっと少な すぎると機械損失になるしっていうとこで 結構バランスが難しいんですよねうんま 我々はあのまメーカーとしてその数を調整 しながら作っていけたりとかあとはそのお 客様の要望によって冷凍食品に変えたりと かレトルト商品にしたりとかっていうこと ができることによってあの管理の幅が広が るって言いですかねあおでそこであの だいぶ喜んでいただいたっていうのが食品 製造のあのきっかけというかですね イベントと食品製造が繋がるきっかけって いうんですかねあーそうする と仕入れとかおろしとかの最適化の パートナーとして見られてるということ ですかねその者ねさんからは救世手という かうんそうですねうん うんでまそこからあのちょっとなんですか ね先に進んでしまうんですけれどもま イベントやっていけばえっとそのお客さん がついて自分たちもBtoCのビジネスが できてさらにBTOBに発生するっていう 風な考えの中ただ愛知県の仕事を増やして いくとうんうんお客様の出展ブースを1つ 取る形になるなって考えたんですねうん うんあの名古屋であの広げていくんでは なく地方であの自分たちが力をつけていっ てでその力のついた場所に名古屋からお客 様を呼ぼうって考えたんですようんなんで イベント事業部を立ち上げたのは実は 名古屋ではなく1番最初に大阪で立ち上げ てええ大阪にイベント事業部の拠点を置い てでインテック大阪っていうところを中心 にあはいうんあのイベント関係のフードの 仕事っていうのをえっととにかく向こうに 住み込んでですね3 ましええあの展示場のインテック大阪うん そうですそうですそうですあそこでえっと キッチンカーの出店のだったりそうですね 自社出店っていうのをまずはやっていって ええでやっぱりその大阪のあの数ある出店 者さんの中でま新山も我々があの色々教え ていただいたりとかあのビジネスに揉まれ ながら赤字も何度も続けていきながらあの うん固めていってで色々やれることになっ たらあのなんですかね鈴木さんところに じゃあそのキッチンか台をちょっと呼んで もらいたいんだけどあの手配できるかなっ ていうな依頼を少しずついただくように なってきてう名古屋のお客様を呼ぶように なって大阪でイベントをしたりとか うーいうのがやれるようになってきたって いうのが3年から5年ぐらいかけてやって ましたねえでも大阪って食のなんか台所の イメージがあってそこに進出でき るっていうのも相当こう実績と評価がない とあの開拓していけないような場所なん じゃないかなとも思うんですけどそうです ねそこもあのわかし面白いところであの 我々のそのイベントが立ち上がる前の バックボーンでえっと食品製造とえランチ ボックスのあのお弁当のがあるじゃない ですかでうんうんはいお弁当の授業がある ことによってもうすでに大阪のえっと なんて言うんですかねえイベント主催者 さんとかと結構繋がりがあったんですよ うんうんーなんぜかと言うと例えばえっと テレビ局さんだったりとかうんえっと 制作会社さんだったりとかあのそういう イベントの企画運営する会社さんってどう してもそのコンベンションでイベントを やるじゃないですかなんとか店なんとか1 うんうんうんうんうんでこの中の人達てお 弁当食べるんですよはいはいはいはいで 来場来場者の方って外でキッチンカーで 食事したりとかするんですようんうんうん うんなんであの元々その根っこの部分の方 って言うんですかね主催管理をされる 方たちとお弁当の方とかで繋がってたので あのこういうことやりたいんですよねって いう風に相談した時にあじゃあうち ちょっとおいでよっていう風に言って いただいたっていうのが最初のきっかけ ですね ああどんどんこう多的にななっていっ たっていうストーリーが分かりやすいです ねうーんなるほど なんかあそういう意味で言うと本当に必殺 あの職の必殺仕掛け人っていうのがあの なるほどとあのに落ちたんですけれども あのちょっと事というかイベント マーケティングでも今度渋谷の祭りなどで ですね屋台をこう集めたあの縁日はいの ようなことを企画してたりすると 食の扱うイベントのこう安全性だったりと かま最近ニュースでもね色々とあの夏の 気温のやっぱり熱中症とか色々あると思う んですけれど食の管理ってめちゃくちゃ センシティブだったりとかBtoCに向け た途端にものすごくその不安要素が たくさんあってドキドキしている中 ちょっと鈴木さんにもご相談してたりして たんですけれどもやっぱりこう職のに末 ある イベントでどんどんどんどんそういうこう 相談ごとって鈴木さんとこに増えてないか なと思うんですけどそうですねうん やっぱりあの特にこのコロナがあってです ねあの日本全国にキッチン化って急激に 増えたんですよねやっぱあの飲食店で 先ほどの話じゃないですけどいらっしゃい ませって待ってた方々が中に入れれないと かはいあの外でランチに自分とこの 美味しいもの出したいんだっていう オーナーさんが増えてですねでそこにあの ま国とかの国からの援助だったり補助金 だったりとかっていうのが重なってあの とにかく一気に増えたんですよ うんやっぱその一気に増えた分あの重要と 供給のバランスっていうのが逆転しちゃっ てですねああ今まではイベントやりたいん だえっとキッチンカーとかフードを呼び たいんだけどあの手配できるかなっていう ような形だったんですけどうんもう出たい 出たい出たい出たいっていう車が増すぎ ちゃって飽和状態というかですねうんへえ 逆に言うとあの本当にいいとこだけが残っ ていくような今戦国時代に入っているよう ねイメージなるほどはいうんただやっぱり そのそれだけ大数が増えるっていうことは あ飲食店では固定家賃が腹かかったりとか お客さん来なかったらだめだけどイベン トって人がいるところに行くから儲かるん じゃないのって安易に考えられる事業者さ んっていうのもはいるんですね正直うん うんうんはいなんでそういう方々をえっと まなんて言うんですかねうん取り締まる じゃないですけどちゃんとそのえっと許可 の申請だったりとかうんあとはそのえっと キッチンカとかそのテト内の設備が正しい かどうかとかっていう絶対的な知識を持っ た人間がイベント自仕切るっていうことを していかないとあのが起きる現場っていう のはやっぱり多くてですね うんにあの1番表面に多く見られるのが やっぱり食毒だったりとか異物購入だった のが一番なんだろうな分かりやすく不安に なる思うんですけどはい何気に事業者さん 側がはいえっとなんて言うんですかね 知識不足による熱中症だったりとかうん あのダを踏み外してよキッチンカから 転げ落ちたりするっていうパターンでま あのひどいと本当になくなるような案件 っていうのも年間数来てはいますうんそう なんです熱中症とかで熱中症でなくなる方 もいますねなんであのなるほどやっぱりイ ベントってなんですかね集中的にお客さん は来たりとかこの時間に売らなきゃとか この時間にさかなきゃっていうあの プレッシャーだったりとかあのうんで一気 にわーってやっていくんですけどその間に 水分を取るのを忘れているとかああうん はい結構まあなんですかね塩分取るのを 忘れているとか休憩を取るのを取れずに うんうん になってしまったいう結構でうんうん やっぱり正しい設備の組み方とか換気扇が どこにあるかとかですねああとは夏場 なんかだとそのスポットエアコンを使う ためにはどうしたらいいかとかですねうー そういう指導っていうのもプラスアルファ で職以外の部分も必要になってきてるよう な時代だなっていうのは最近感じますね ええなるほど イベントの主催者でもあのやっぱり キッチンカを読んでっっていうところ多い と思うんですけれどそれやって知ってない と大変なねトラブルになったりとかそうな んですよねねそうなんでやっぱりあの主催 者さんはね他のことというか自分の主催 することでいていっぱいだと思いますし うんうんあのお客様のためにキッチンカを 呼びたいとかテントであの展開したいって いうのも分かるんですけどもやっぱりあの 知識のあある人間っていうのをしっかり 置いた方がいいっていうことだけは やっぱり共有していうん いただけるといいなと思うんいやなんか肝 に命じました 今いやありがとうございますなんかね キッチンカーの方はプロだからとかいう風 にこううん考えちゃうでお任せみたいな ところもちょっと心のどっかにあったなっ ていう風に思ったのでイベント主催者の 方々今の状況とかねあの是非ちょっと インプットしてに込んでいただいたらなっ て自分を含めてちょっとみ思いましたえ 何かあったら鈴木さんに相談しましょう ですねはいておりますはい紹介したいと 思いますちょっと大阪にも拠点があったり 名古屋だけではなくてあのイベントに関し ては全国というか対応もされて いらっしゃるそうですね日本国内対応して ますあはいということですということで あのイベント職扱う時に是非え鈴木さんに ご相談いただけたらなという風に思います あっという間に30分経ってしまって色々 と聞きたいこともたくさんあったんです けれどもあのその他はどブがリンクを ちょっと貼っておくのでえと思いますえ 本日はえ貴重なお話をいただいて ありがとうございましたいこちらこそ ありがとうございました楽しかったです ございましたありがとうございます本日の ゲストは職の必殺仕掛け人株式会社LB マーケット代表取締り役の鈴木大輔さん でしたありがとうございましたありがとう ございまし [音楽] たはいということであの自分もねちょっと 当事者になってみて職を扱うことのあのな んだろうなリスクも絶対にあるところだと は思うんですけどちょっとそのポイントが ね分からないいところもあったんです けれどもそれを最後教えていただきました しそれを裏付ける今までのねストーリーが ねとてもあの参考になりましたうん はいいうことでうんはいえあっという間 でしたけれどもえまた次回もですね6月 28日金曜日にお会いしたいと思いますえ イベントマーケティングFacebook ページYouTubeチャンネルへのご 登録お願いいたしますえご視聴ありがとう ございました

L.B. Market株式会社(LBマーケット)の代表取締役である鈴木大介さんをゲストに迎え、彼の多角的な経営スタイルとその背景に迫ります。鈴木さんは、元ヴィジュアル系バンドのボーカルであり、家業の飲食店を継いで発展させ、キッチンカー等のイベント運営やコンサルまで行うという経歴を持つ異色の経営者です。「よーこ」ことイベントマーケティング編集長の樋口陽子と「コースケ」ことイベントレジストのヒラヤマコウスケさんが聞き手となり、インタビューは進行します。

名古屋の食文化と自身の経歴
インタビューの冒頭では、鈴木さんの出身地である名古屋の食文化について語られます。名古屋特有の味噌を使った料理やモーニングサービスなど、名古屋ならではの食文化に触れつつ、鈴木さんの飲食業への思い出が語られます。

鈴木さんは、幼少期から飲食店の息子として育ち、10歳頃には家業を継ぐ意識が芽生えたといいます。しかし、17歳から音楽の世界に飛び込み、ヴィジュアル系バンドのボーカルとして活動しました。プロを目指して東京に上京し、ギタリストのMIYAVIと同じ事務所で活動するなど、音楽業界での経験も豊富です。

職人から商人へ
音楽活動を経て、鈴木さんは自身のアーティストとしての志向と商人としての志向の間で葛藤します。音楽活動を続ける中で、自分自身を売り込む力を身につけ、商人としての道を歩むことを決意します。その結果、家業を継ぎ、食の業界に戻ることになります。

イベント事業の立ち上げ
鈴木さんは、飲食業の枠にとどまらず、イベント事業部を立ち上げ、キッチンカーの手配やイベントを食で盛り上げる事業を展開します。彼のビジネスはBtoBへと発展し、食品製造業とイベント事業が密接に結びつく形で成長していきます。

特に印象的なのは、東北の震災から3年後に名古屋で行われた「東北屋台村」という社会実験的なイベントでの経験です。鈴木さんは山形県の米沢牛を使った料理を提供し、現地から仕入れた食材を使った商品を開発しました。この経験が、食品製造業とイベント事業のシナジーを生み出すきっかけとなりました。

大阪での成功と全国展開
鈴木さんのビジネスは名古屋だけでなく、大阪にも進出します。インテックス大阪でのイベントでキッチンカーの出店を始め、新参者としてビジネスの基盤を築きました。大阪の食文化と競争の激しい市場で成功を収めたことが、全国展開の足掛かりとなりました。

コロナ禍とキッチンカーの需要
コロナ禍でキッチンカーの需要が急増し、飲食業界の新たな潮流が生まれました。鈴木さんは、飲食店が家賃をかけずに人が集まる場所でビジネスを展開できるキッチンカーの利点を生かし、新しい形の飲食業を提案します。

食の安全とイベント運営
インタビューの終盤では、食の安全管理やイベント運営における課題についても触れられます。特に、キッチンカーやテントでの食の提供において、許可の申請や設備の正確さなどの重要性が強調されます。鈴木さんは、食に関わるイベントの安全性確保のため、知識と経験を活かして業界の発展に貢献しています。

鈴木大介さんの多岐にわたる活動とその背景にあるストーリーは、飲食業とイベント業界に新たな視点と可能性をもたらします。インタビューを通じて、鈴木さんの情熱とビジネスの洞察力に触れ、多くのインスピレーションを得ることでしょう。

本動画を通じて、鈴木大介さんの魅力と彼の手掛ける食関連イベント運営など、多角的なビジネスモデルの全貌をお楽しみください。

1)鈴木さんの自己紹介
2)協働組合、会社の取組み(イベント)
3)食関連のイベント運営の現在の課題とトレンド

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