三嶋の神のモノタガリ
[音楽] 伊豆半島の南太平洋上に点々とつる伊豆 諸島はフィリピン海プレートによって もたらされた火山列であり見島の神が焼き だしたと伝わる特別な場所 です古代7世紀から9世紀にかけて伊豆の 島島でついだ火山活動は神の技と見なされ 国家によって伊豆三島神が祀られるように なりました このような三島の神は古くから三宅島白浜 三島を中心に祀られてきましたしかしなぜ この3箇所が神祭りの場にふさわしいとさ れてきたのでしょうここでは現地の地形 地質などに注目しながらその謎に迫ってみ たいと思い [音楽] ます三宅島黒黒とした 溶岩で立ちがれた真っ白な木かつて島を 襲った噴火の名残りは今なお島の各地で 見ることができ [音楽] ます初めて三島の神の宮が置かれたとさ れるのは宮島の 赤浜では三宅島だけではなく神津島天井山 や新島向山もに由来する火山噴出物も 見つかっておりその下から奈良時代以前に 遡る遺跡が発見 [音楽] ましここに鎮座するのが古来三島本宮と 呼ばれてきた土神社宮宅の名でも知られる 三島大明人演技によれば恐ろしい大蛇を4 つに切り倒した三島の神は宮島に4つの 集落を設け自身の宮を赤に置き3人の先を 伊豆坪田上月の村においたと言い ます神社の兄弟には三島様と呼ばれる火山 なども祀られてい ます三宅島をはめとする柚諸島には石を神 に見立てる風習が残されてきまし た三島の神は焼き出した神々に島に先を 置き巫女をなして行き ます三宅島上月のお釈んじゃもその1つお 釈の名は借人つまり石神としての性活を 示すものと考えて良いでしょう うそとした原生林に抱かれ石を祀る 神社海から集めてきた石で組まれた家いえ の屋敷 が整った電を伴わない昔ながらの素朴な 神祭りの姿が見えてき ますちなみに国土を広げる一方噴火という 災害をもたす三島神の本地物は癒しの仏で ある 如来伊島々は来の東方上瑠璃子上土つまり 宝石のごく光が良く清らかな仏の世界でも あるの [音楽] です三島の神が焼きだしとされる伊諸島を 一望できる場所が伊豆半島の南端にあり ますそれが南北2m弱に及ぶ白浜の 海岸周囲の黒い浜辺と異なり貝殻やサゴに 由来する真っ白な砂浜を特徴としてい ますその真ん中に都する岩礁に鎮座して いうのがこちらも三島の本宮とされる白浜 神社木の井姫のみとともに島の神たちが 祀られてきました [音楽] の霊祭はかれを焚いて島の神々にりの 始まりを告げるひ祭に始まり五平を流して 島々を廃するオベなし祭にてめくられ ます容易に途することが叶わないでしょと はか沖を望めば両部のようにつる島の島の 彼方に三宅島さえ配することができ ます伊の人々はこの美しい白浜の地に島島 を配し半島と島島をぬとしての役割を 見出したの [音楽] でしょう一方伊野国の中心は半島部唯一の 平屋田平屋にあり ます雨山を原answerとして北留し 鶴川に注ぐ角川の中石地実はこの田形平野 を潤したのは豊富な有子でし たこのような水を運んできたのは富士山に 由来する三島溶岩流 その末端がちょうど三島まで及んでおり 豊富な生活水や加工地を潤す水をもたらし たの ですそして水の存在を背景として今の三島 周辺に国府や国分寺など伊豆の国の中数が 置かれたのでし た三神の大が整備されたのも伊豆国府の 近く南から上池を渡り門 殿に至る用は遅くとも平安時代の末までに 整備されてもいたものと考え らる国府の地にふさわしい神の宮殿 です南の島々を出した三島の神はそもそも 国家によって祀られた重要な神であり国士 国画による奉仕を受けまし たそして源の友が熱く進行したことを きっかけにのとしても鈴を集めローカルな 神から全国的に知られる神になっていった の [音楽] です噴火する島々真っ白な砂浜そして恵み の水をもたらす富の 溶岩人々はこうした大地の様々な特徴に神 の存在を見い出しまし た神がそして神を祀る人々がこれらの地を 選び三島の神の信仰を今に伝えてきたの [拍手] ですH [音楽]
伊豆半島ジオパーク×國學院大學による、「三嶋の神のモノガタリ」
伊豆三嶋信仰を、自然科学的な知見、そして神道学的・考古学的な観点から捉え直すという試みとして2023年に國學院大學博物館で企画展を開催しました。併せて伊豆半島ジオパークでもサテライト展示を行うとともにトークやツアーを通じてご紹介しました。当動画では伊豆半島、伊豆諸島の、三嶋信仰とかかわりの深い場所を、ナレーション(國學院大學/深澤太朗先生)とともに巡ります。