起源も由来も分からぬ失われた信仰の謎【廃村探訪 – 瀬戸集落】
ご神体なんかなこれがじゃなんかここだけ さまだ全然神社としてそうだね使えそうな 感じだけどねうわなんじゃこれ すご奈良県川上村吉野川の支流である 中奥川に沿って点在するそ中奥瀬戸の3 集落 この辺りはかつて鳥も通わぬ瀬戸中屋と 称されたほどの山深い場所であり採用部に 位置する瀬戸は生活の不便さなどの理由に よりすでに配送となっています今回はこれ らの集落を実際に訪れながらこの場所の 歴史や現在についてご紹介しますはい こんにちはヒストリカのおかです今日は 奈良県の川上村というところに来ています で今日なんですけれどもこの川村の住民で ある北さんにご案内をいただきながら現地 のはい虫がすごいはいそうです現地を歩い ていきたいと思いますちょっと幸運にも 現地にお住まいの方と一緒に集落を見て 回れるっていうことではいはい今からは どこに行くんでしょうかえっとこのずっと 奥に歩いていったらはい山の中にあの昔の 宮さんがありまして後頭宮神社っていう ところに今日は行きたいと思いますその 神社っていうのはなんかこの地域でどんな 存在なんですかえっとこの谷沿いに3つの 集落があるんですけどま今はその1番奥の このオート宮神社に1番近い集落が なくなってしまったんでもうあのその神社 に来られる方はいなくなったんでそこは もう神社自体は移動されたんですけどま その建物とか残ってあるんですごい美しい あの神社でいいところやと思ってます じゃあこの3つの集落の全てで共通して 崇拝されてたようなそんな感じなのはい そう聞いてますあなるほど楽しみすね行っ てみましょうかはいよろしくお願いします お願いしますはいもう常に虫が映り込んで そうだよ [音楽] ね今日は北しさんが買われてるはい犬も 一緒にシですシはいでも女の子ですよね そうなんですよええしちゃんになるんです めっちゃ元気ね名前で言男に間違えられる んですけどすごい筋肉質ですねやっぱり そうなんですすごいね犬を伴って初めてだ 取材は確かにここも去年の盆にあのすごい 大雨が来てはいでもっとこんな砂利だらけ じゃなかったんですよ砂もっと少なかって 深いとこ多かったんですけどへえ全体的に すごい浅くなってしまいましたね形変わっ たんですねはいもうこの砂利がも あんな岩ばっかやったんですよボコボコ ボコボコてほんで深いとこばっかりやった んですけどこの砂利で埋まってしまって へえああそんなに変わるんですかやっぱ 大雨の旅に変わっちゃうんすねそそうです ねなんかあ鮎量のはい看板がちらほらあり ましたけど鮎取れるんですかはい鮎はね あのダムができるまでははい海からこう 上がってきてたらしいんですけどダムが できてからはダムで上がれないんであの 毎年おこんな業放流してそれがだんだん だんだん大きくなっていったやつを釣りに きはるみたいな感うんなるほどこの辺で 全部取れるすは全部吉野好なですそうです ね吉野郡あの川上村東吉野村黒滝村のこの 3村の杉が大体吉の杉って言われてる らしいですはいへえそれなんか何がいいん ですか あのこれも話し出した長いんですけどま なんせその生えっぱなしじゃなくてずっと ちっちゃい時から手入れ手入れってされて てほんでこの枝が枝を全部切っていってる からはい昨日節っていうのがなくて節って 分かりますなんか枝の板にした時に枝の跡 がこんな丸いポンポンポンてあるそうそう あれがないないんですねほんならあの なんか材料を加工する時にあの節が邪魔に なってくるんですよ絶対に桶作るにしても 節があったら水漏れるしはいああそうなん ですねほんで節のないっていうのがすごい 昔からそのなんか着物を作ることばっかり やったじゃないですか昔は今は プラスチックですけどだからはいもう作り やすいしあの精度がいいんで昔は良かった んですけど今はあんまりその気でものを 作ることにこだわったりせでいいじゃない ですかはいだからもう売れなくなってきて あそうなんですかそうなんですよ ヘリコプターで下ろさないといけないとか やったらあの1回下ろすにしても何万って かかるんでそれを何十オ1にしたらもう 百万とかになってしまうからも気は高く なりますよね絶対にうん日のその枝打ちと かもあそこまで行かないといけないって ことですよねはいそうですそうですああ もう今はほとんど枝打ちとかやってない ですけどねはいまだ出荷自体はたまにされ てるんですか吉のすぎっていうはい結構 しょっちゅうのリカさんはそれは何に使わ れるんですかそう僕もそのこの 材料ヘリコプターでおろすじゃないですか ほでそれを切ってほんで市場に持っていっ てで市場でセリにかけられるんですよ オークションですねうほんでそまその競り に製剤所の人たちが来てはい使うんです けどその製剤所の人によってあの使うもの が違うんで僕もそっから先は詳しく知ら ないんですけどなるはいへえこれがほんで あのあ本線って言って材木下ろす時にはい この向こうの山からこっちの山の高いとこ まで線をを貼ってはいほんでこれにあのま 言うたらエレベーターみたいなやつをつけ てそれでこうヘリがない時代はこうから あの木を釣ってこうでぐーっと下ろしてき てここで下ろしてはいへえほんでここで 切っててしったみたいです昔はま今でも 時々そういうことしてるんですけどねえ この谷を挟んではいこ釣るってことですか ここに置いてあるんでどっかあのまこの谷 を挟んどったのことは間違いないですね どっかこっち向きかこっち向きか分から ないんですけどその気がある山からここ まで下ろしてきとったんやと思います すごいなこれも手彫りっていう話です ねあでもトンネル自体はすぐ はい待ってる早く来いって案内してくれ てるおお すげえこっちずっと行くともう三重県なん ですかこれずっと行ったらもうももうあと 30分もいたらこのアスファルトは終わり なんですけどそっから山超えるところが 三重県と東吉野村と川上村の県境みたいな ああなるほどこれ手掘りってすごいうん スケール がだいぶ高いんすよね上がこれが大藤さん て地元の方には呼ばれてるらしいです岩 ってことですねじゃやっぱそのオートミ 神社っていうのはこれをまるためにうんん ですかねその昨日その図書館のお姉さんと 話しとった時にはいあの応答さん僕の頭の 中では今から行く神社は応答さんなんです けどその人もなんか応答さんのツアー行っ たんですって言ってあのトンネルのとこ ですよねて言うからこう話が噛み合え へんかったんですよもっと手前ちゃおうか なとかいうような話とってほんで呼んどっ たらこれもおとさんて言って言うてって 書いとったんであそういうことやったんか と思ってこ身体なんかなこれがじゃなんか ここだけさ塔になってるもんねこのはい石 の塔になってる確かに石の塔だよなあのぺ になんかありそう だてっぺんはさらに塔になってるね隠され てそうってるようん瀬戸集落よりもさらに 奥地に行ったところには応答さんと呼ば れる祈願が存在しかつてはこの地区の住人 から熱く進行されていまし た大刀さんの手前にはその名を同じくする 大刀の宮神社の跡地がありこの祈願との 関連性を伺わせますしかししながら実際の ところ両者にどのような関係があるのかに ついては定かではなく今ではその期限も 想像するしかありませんということでうん 手掘のトンネルすごかった応答さんって 呼ばれてるうんま祈願というか巨岩うん うんですよねこれが応答さんうんでその 応答さんを祭っているであろうそう神社 これからのま後っていうことですねこれ から行くのが気になりますねまだしっかり 残ってるはいしっかり残ってますあな 手入れは未だにされてるいやもう誰も行っ てないような感じですねあそううんうん うんケスが大好きな山登りなんでちょっと 頑張っていきますかそんなに長いこと歩く んですか20分か25分ぐらい登らないと いけないですままあまあすぐすねままあ 許容 範囲お前の許容いらのちょっとありがたく ね歩かせていただきましかはいはい行き ましょうここから上がっていくってこと ですねうん さあ本日のメインディッシュ登山の始まり よいしょあ結構滑りますね 滑る岡さはせいぜい転ばないことやすごい な犬みたいに軽やかに登れたらいいんだ けどおおすげえすげえすごい わ結構急な坂を登っていくって感じです ね うわなかなか あ結構怖いなこの橋下が きしむおさんどうすかちょっと待っ て喋れないいや久しぶり結構ねブランクが あるね結構ハードな上りなん で この冬の時期何してたんだいう話だ確か にそうだよな 最あんま山めっちゃ登ってってなかった もんねうんなかった確か に着きました着きましたお疲れ様ですいや いやちょっと一旦休憩すねうんいやもう 見えてはいるんだけどねちょっと後にして ね疲れすぎたんではいすごい美味しそう いただきましたお弁当をいや ありがたいさんはそれ目張寿司目張寿司 ってあってますか これ美しい結構馴染みになってきてるかも しれない目張り寿司うんこっち来たら大体 みな本場のすねそれまさにいやまさにあの お土産コーナーで食べる目張theより 香りがなんか香りだい気がしますこのへえ 葉っぱの風味がねすごいあそうなんだこの 川さ村に移住してきたのいつ頃なんですか 7年前です2018年なんかきっかけが あったんですかあの漁師に なりたくてあ両親になるために来られた そうですね大阪におる時に両親になったん ですけどはい漁師をする場所としてここを 僕は選んでここに師匠がおったんで師匠 どうやって出会うんですかあのねこっち僕 職業はあのリフォームをする仕事なんです けどはいでこっちにちょっと昨日勉強をし に来てたんですねはいはいうんでそこで このここの村の奥に熊を買ってる変わった 漁師さんがおる買ってる変わった漁師さん がおるって言ってはいでまもう全部僕その 熊も興味あるしはいで漁師も興味あるしで 変わった人っていうのも興味あるからその 家に飛び込んでいったんですねでもこの 漁師って鉄砲を持つ仕事やからはいはい すぐにそんな知らん人連れて行ってくれ へんじゃないですかでま色々その山を僕は この歩けるようになってそのま認めて もらわな漁師なんか連れて行ってもらえ へんなと思ってうんでその人の知ってる山 を地図を書いてもらって教えてもらって はいでいろんな山にその地図を書いて もらった通りに行けるかどうかみたいな 感じで行ってはいで行くたびに写真を こんなとここまで行きましたみたいな感じ で送ってすそれ3年ぐらい続けて3年で 3年目ぐらいにちょっとあの漁師連れて 行ってもらえないですかて言ってもうそん 時には人間関係できててあの信用してくれ とったからこんな一緒に行こうかっていう ことなってでそのうちにこうま役たたな 後ろついて行ってるだけやったらあかん から取った鹿をこう買たすんのをあの 手伝ったりとかで自分で解体するようにな したりとかしてるうちに自分も打ちたい なってなってきて鉄砲の許可と狩猟の免許 を取ってうんうんでも大阪から通うのは しんどいから何年かっとったんですけども こっちに住むことになりました元々嫁さん も僕もあの田舎暮らしがしたいっていう ようなタイプやったんですごい本当に なんか下積みなんかまさにお弟子さんって 感じあもうそんな感じですねはいでもお 弁当すご美味しかったですご様でした本当 に僕は何も嫁さんが勝手に朝からきて 張り切って作ってましたありがとうござい ます作るからもうあの買ってこんでって 言うといて僕はもうもうそんな言うの めんどくさいねんけど言うて言うとていや もう言うとって言うとって言う てありがたいいや本当に美味しいご飯も 食べたところで見事に回復したねご飯の おかげで満腹うんでまちょっと続きをこれ からねまあのすぐ目前にありながら ちょっと休憩してたんで神社の方をね見さ してもらってはい ましここがかつてま3つの村で管理されて たってとこですねん ねさっき見たあの応答様うんと同じ名前の 神社とことです ねすごいでもこの山をさお参りのために 通うのすごい大変でしたよねきっとねね ほんであの神社の材料をどうやってあげた んやろうと思ってそのああ立てるのに確か にま結構こういうとこってやっぱ通い にくいのはあるあるだけどさうんこれは ちょっときついよねきついね 息もだいぶやられたで ないやでも立派ですね本当にうん めちゃくちゃ山奥にあるの にまだ全然神社としてそうだ ね使えそうな感じだけどねいやでも確かに すごいな木がうんめちゃくちゃ立派 だなかなか動画じゃ分かりづらいんでね こうやってオを横に立たせない といすごこれなんすよ圧がすごいなこれ すごいね今巨木に挟まれてるよ岡さん親し もなんかすごい綺麗だけどねうんちゃんと 屋根があるから かなんかもうこの まま忘れさられていくのがもったいない ぐらい竜の掘りもとかってね結構手混ん でるよ うんいやでもミダイクって感じするない うんでも神社ではないと思うとねももうね 神様はいないでなんかてっきりこっから 応答様が見えるのかなとか思ってたんです けどそういうわけではないですかね昔は 見えたかもしれないですねこの木が ちっちゃい時はこれら植た木やから全部 ああそうですよねよう聞くんですよ昔は あの向こうの山見えたけど今もう気が大き になったから見えへんとかここもそうやっ たかもしれないですね割と近いすよね さっきの頭様こっからはいこっからやっ たら見るには近いと思いますうんあじゃ今 こうやってそうとしてしまってるけど ちょうどよく見える場所だったかもしれ ないですねあれがあそう言われたら僕も 考えたことなかったけどそうそうに違い ないですねきっと [音楽] うんかつては12社神社と共にこの地区の 住民によって管理されていた大東の宮 神社記録には大東神社という故障も見て とれ元は奥瀬の杉の平という場所にあり ましたがその不便さゆえに現在の場所に 移されと記録にはあります地域住人による と5代5天皇が祀られていると言いますが 応答の宮とは五代5天皇の第3王子とさ れる森吉新王の通称であることから本来の 祭人は森吉新王であった可能性が高いと 言え ますまた一方で無視できないのが応答さん と呼ばれる祈願の存在です森吉新党同様の 故障で住人からが進行されてきた応答さん とは一体どのような存在なのでしょう か川上村について書かれた記録を見ると 応答さんと呼ばれ信仰の対象となっている 場所がこの地域にはいくつか存在しており そのどれもが祈願もしくは段階の絶壁で あるという共通点があることが伺え ます例えば谷の応答さんは100章の神と されかつてはは死から農作物を守って くれる存在だと信じられていたようで さらに入水でも発作に弓矢を備えてから畑 の周りに建てると獅子街から農作物を守っ てくれるという言い伝えが記録されてい ます瀬戸においても祭りの夜は大刀さんに みんなでこもって一夜を沸かすことを討論 と呼び焼き畑の周りに大刀さんの笹を 立てると害虫が入らないと信じられていた よう ですこのように儀式の形式は様々ではある ものの農作物を守る存在であるという点は 共通していますまたその他にも大和の人は イワシを食べて臭いから大さんは東の方を 向いている狼を真摯にしている元は地主神 であるなど様々な言い伝えが残されており 信仰対象が自然物であることも踏まえると 古い信仰の流れを組んでいる節が見受け られ ますまた記録では応答という言葉の意味に も言及されておりそもそも応答という感じ に意味はなく当て字である可能性が高いと あります瀬戸の応答は父さんとも呼ばれて いたとありこのことから応答の王は継承 つまり音頭だったのではないかと推察され ています以上の点をみると元は神島由来の 地主神であった大刀がどこかのタイミング で大頭の宮と紐付けられ現在に至っている のかもしれませんどちらにせよこの応答の 期限についてはそのほとんどが謎に包まれ ており長い間進行を続けてきた地元住民に もその信仰の詳しい内容は分からないと 言い ます宮神社 まちょっと謎も溶けたっぽいしねうん安藤 のする考察によってま水速だけどないや そうに違いないま一旦ねうんこれがま神社 跡ということではい1回降りてまあとは各 集落をちょっと見てまりたいなっていう ところですねはいきましょうまだまだ先は 長はいさあ瀬戸いやなんかいきなり石垣が 素晴らしいね本当にこの集落ね見える範囲 でもなんかうん多分上の方に続いてくん でしょうねうん構造的に はま行ってみますかねここは今川上村の うんまあ今取材してる3つの集落の中では 1番応答様に近い場所にあるそうすね1番 奥一際は奥待った場所にあるねこの 集落だからま離村時期も早かったっていう ことでも今配送になってしまってるんです けどねもうなんかどんどん登っていく感じ じゃね本当に [音楽] うんなるほど どなんか美しいなこの花がだいぶどう たまに花美しいって言うけどさうん本当に 思ってるから疑わしいんだよなそれ安藤の それ俺の清い心がそう言っているあすごい な鼻の絨毯が見てくださいよこれ何鼻の 絨毯ですよこれ絶対キラキラキラっていう あの効果をつけ てる編集予測すんなお前鼻の絨毯すごいな いいすねこれ 美しいこれがお寺すねあこれお寺だ ねこれ何回るなあ遊具かこれ じゃあ遊具あの結構事故とか大きがちな やつねこれこれでもさ危なくない延伸力で 吹っ飛ばされるよこれそうでも昭和の時代 ってこういう遊具ばっかだったやんなんか 危険の安全性無のリグみたいな感じで確か にでもお寺に作ったんだろうねこの子供 たちが遊べる場所みたいのきっと結構回る ぞまだまだね使えるねまだこれで遊具じゃ なかったら面白い けど遊具じゃないですよとなんだろうね これじゃあ遊具としか考えられんけどな うんまお寺だしね子供が遊ぶんだろうね うんああすごい見晴しい場所にあるね やっぱり本当だあ山が拝めるね なんか元開けてたんでしょうね当時 はさらに上にあるんすよね集落がうん上に も行けるしこっちにも行けるそうまず上か まず上行くか相場どこまで続いてんだか これ階段いやこれは住むの大変だわな本当 にもうどんどん登ってかなきゃいけないん できついなこれ ここではちょっと暮らせないかもしれ ん若きいいけどなうん年寄りは大変だよね これ 絶対 てなんか あるそこなんか急に石垣の壁があってうん その向こうにはお墓があるねあお墓うん ちょっと見てみるかうんあ1的にはねお寺 の真裏って感じですねここあそっかお寺の 真裏でお寺を向いてるんだそうあの屋根が お 寺で裏にある今なんかしみに隠されて るって感じだけどねそう完全にれちゃっ てるうんなんて書いて あるまなんて書いてあるかわかんない けどなんかあんまり見ないタイプのうんお 墓かもしれん本当ちょっと見てみてああ 確かに読めないけどあんまり見ないタイプ の墓だな うんなんかなんとか放って書いてあるな これとか今日これ教えるってだね教える 奉仕お寺関係の人のお墓だねここはうん 確かにそんな感じはするよねまこんな感じ でまお寺の関係者だったり軍人さんの墓だ から敬いましょうっていう人たちのお墓が ずらっと並んでるっていう感じですねここ はただもう結構やに浸食されてしまって ますねこの辺は うん元は現在の場所よりもずっと東に行っ たありに屋敷と呼ばれる地がありその場所 から始まった集落だという言い伝えが残さ れています安陽寺の由来を見ると 1333年に大東のみ砂町森吉新王が吉野 で挙兵した際に奥瀬の杉の平にで募兵を 行ったとあり吉野城の落城後に新王に突き したがった一族が杉の平に住みつきその際 に自蔵を本尊として一度をしたのが始まり だとありますまた住民の話によるとかつて 5代5天皇もしくは行為のものが隠れすん だとされる隠し平という場所が実際に存在 しているようでこれが杉の平のことを指す のではないかと思われ ますさらに記録では杉の平があまりにも 奥地にあり不便であったために集落ごと 現在の場所に移されたとあり ますこれらは応答のみや神社の伝承とも 一致する部分が多くこれが事実であれば 集落の期限は144世紀頃であると言え ますしかし応答と呼ばれる古い信仰の存在 が示すようにこの場所にはそれ以前から すでに集落が形成されていたものと思われ この一連の由来は一族の正当性を示す目的 で捜索されたものである可能性も考えられ ます いずれにせよ土着の進行であった大刀と 大刀の宮が紐付けられた理由もここに 見い出すことができるのかもしれませんあ あっちにも家あるな一軒や本当だ うわなんかダト古いな高い場所は理想早い んでしょうねうん不便だからそ不便さが また違うやっぱ住めなくなるっていうこと でしょうね年取っちゃうと確かにこれは ちょっと具合がうんすごいなレベルがね 違うよ うん確か にまカじて立ってるって感じですねここも あんな感じ であそこさらにあるねさらにある上にも家 があるね今日の石垣なんか絶妙な角度に 作ってあるなすごいなここも石垣集落です ね割と 結構ここいい石垣多いな奥もすごいほ なんか工作地のさ石垣ってさうん謎のあの 1段むっちゃ狭いやつあるよねあれあれが 高さの限界なんじゃないもしかしたらああ あれ積んじゃうと崩れちゃうからあれやっ てもう1段作るみたいな感じあ技術的な 限界ってことうんなんかそんな気がする俺 は花壇だと思ってた [音楽] よお前さお前明日の食べ物も心配しない 感じないにお花育てる暇なんてない だろお前なんでそんな思考がメルヘンより になってるのお花畑はあそこにバかお前 本当は一面にお花入れたい けどそうせめてもの慰みであそこに絶対 違うと思いますねそれは間違いなくなかっ たん いやんなんかね岩に棒刺さってる おお鉄の食いあ食いだねこれなんやろね ここ多分さポンカチで打ったようなうん うんあれあるから打ち込んだんだろうね なんでここに打ち込んだなんか石材取り たかったんかなこれ邪魔だからどかし たかったんかもしれんねあく細かくして なんかちょうどこの道に重なるようにある から邪魔だなこれつって確かに普通さ 打ち込んだら崩れるよねうんなんで割れ んかったんだだろねいくらやっても割れ んかったのかもしれうんで抜けんくなった そうそんなことあるすごいなこれ多分なん か転びたんだろうなでもうん確実にいや俺 はあの邪魔だからどかしたかった説押すわ これああ石がきに使いたかった石材として ねうんまそれもあるかもしれん元々ここに あった岩だと思うこれはあって割りたかっ たんだよね うんドラマを感じたなこのかつての住人の 黒 そうこのまた奥にも家がありますねね すごいなこのどどういう作りこれこれ昔の 電柱じゃん木確かになでなんかさやっぱ メンテナンス性はめっちゃ悪いんだろう けどさうん木の電柱はやっぱ風あるよな風 はあるねうんなんか変な作りだなこれ うん石垣で元々の所有値はここ前だった けどうん欲が出たかもしれない領土拡大し た 確かになこれ多分地面をそうだね広くし たかったんだろうねうんでも確かに石垣 ここまであるからさうんこの傾斜分はロス してるわけだもんねそこに気づいたんじゃ ないなるほど すごいねこれこのさ岩の地面にも木生え てるからねこれうん ちゃんとコケ入るもんだなこれすごいな木 の生命力がこっからさ転げ落ちたらさうん 家の屋根に真っさでさ屋根突き破って下 まで落ちるでしょこれ逆に助かるよねその あの屋根のおかげで助かるからあそこで 止まるからいやでも本当に落ちて大怪我し た人いるだろうねこの集落いそうだよな うん長い歴史でま岡が落ちないことを願い つつ奥へ進みましょう時代の一端を担うか もしれないこの瀬戸の歴史最後の歴史とし て刻まれるおが最後に落ちたのはおすて 刻まれた共資料とかに書いて 命を落として今日それめっちゃ面白いな なんか謎のYouTuberが撮影に訪れ た際に事故を起こした何十年後とかの僕ら みたいな人がそれを見つけるかもしれない 燃に刻ま れるめっちゃ面白いです共同資料乗りてと いうことで瀬戸の紙の方に来ましたはいま ちょっと離れてるんでね離れた場所にま もう1かあって瀬戸の方はうんそこに来 ましたって感じですね瀬戸も広いねうん wdって書いてあるね書いて ある忘れないように書いて あるすごいあこれチャシじゃないのあ サンバー知ってるよサンバーサンバートラ いって読むこれうん読めるだろさすがにえ このA単語はいやわからんやんTRかも しれん読み方があ 確 お現れたうわなんじゃこれすご わここきれに残ってんななんか人気は古る そうだよねうんこのコケの感じと いいいや今一 の素晴らしい石がきを発見しましたこの 石垣です ようんこれやっぱこの斜面の上に作るから さうんおのずと石を立派にするしかないの かなうん ここひきは高いね本当に岡安の2.5倍 ぐらいの高さがあるうんさあ石垣の上すね なんか上には上があるなそうさらにあるん すよめちゃくちゃあるじゃん見えるかな あそこにもねあるんすよ1軒やっぱここ リソ地早いんでしょうねうん家の口具合 からして も集落は大きく分けて3つの地区に分かれ ておりそれぞれ 上ガト中ガト下ガトもしくは上瀬中瀬下瀬 など様々な故障がありまし たまたかつては下瀬よりさらに奥地に行っ た場所に奥瀬と呼ばれる場所も存在してい まし た古い地図を見ると当時は2件ほどの家が あったものと思われますが1970年の 時点ではすでに矛盾の地であったと記録に はあります 集落の起源と伝わる長者屋敷も元は奥瀬と の住人の先祖伝来の地であったという伝承 が残されていますまた奥瀬の家には菊の門 があわれた家具があったとも言われており 彼らのルーツとなる一族のくいの高さを 伺わせ ます最も件数が集中しているのは下瀬で ありこれは単に屋敷地が増成しやすかった ためと思われます 瀬戸は旧斜面に集落が形成されており屋敷 を建設するのも大不審であったと当時の 人々の苦労が伺える記録も残されてい ます1960年には232名と中奥川流域 の三村の中では最も多くの人口を抱えてい まし たしかしそこから20年後の1980年に はわずか61名と急激に人口が減少して いることが分かり ますこれは1972年に集落の移転計画が 持ち上がったことに起因しており移転計画 自体は瀬戸にあった小学校が当配合された ことにタを発していまし た移転計画は削ぎよりもさらに下流に新設 集落を増成するというもので1975年4 月には21個が移転してい 当初は全国移転を前提に進められていた ものの移転したのは子供を抱える家族が 中心でし た住人の一部は残留したり移住したものの また元の家に戻るものが現れるなど移住の 是非については意見が割れていた様子が 伺えます現在ではこの新説集落からも ほとんどの家が理想しておりわずか数子が 残るのみとなっています ということでまたと変わってうん次にやっ てきたのは12車神社ですねはいこれが あれだよねあの応答様うんが今ではここで 管理されてるっていうそういうことですね もうあこはちょっと管理難しいからって 言ってここにまとめられたっていうこと ですねということでまちょっと見させて いただきましょうということですねうん うん大藤様は今ではここにいらっしゃると いう話でうんでも結構立派な神社よねうん こうやっ てま山奥とか行くと神社ってたくさんある けどこのぐらいの規模だと結構珍しいよね うん親しのさ背面になんかガ板があるから さうんなんか自然物数杯っぽい雰囲気も ある元はうんでこれかなこれ がこれが確か大東宮神社のまこっちに移し てきた時のな感慨深いなさっきまでま9 うん大宮神社にいたわけですけど今ここに 神様がい るっていうねまた所変わってと変わりすぎ だけどねでも結構ねこここの辺を全て取材 したいっていうのがあるんでねそうすね うん移動しまくってますが次に来たのは 瀬戸団地っていうところでうん元瀬戸集落 うんの人たちがま移動してきたところそう だね名前からしてねま瀬戸団地なんでうん うんあのまそこは不便だからって言って この1番手前の方ソギよりももっと手前の 方にあるねうん場所にあるんですけどま ただこの瀬戸団地ももう今となってはそう ね結構もう人が出てしまってっていう結構 空屋が多いっていう状態らしいんですけど ここは瀬戸団地です分かりやすいねやっぱ 同じ名前になるんでね瀬戸団地って言って ねうんでまこんな感じです ねここに瀬戸集落の方々が移住してき たっていうことですねなんか行政 の行政に分けあたられたようなそういう 住宅地だからみんな同じ作りだよねここに ある個数分だけ当時移住してるはずなんで あそっかそっかだからなんとなく当時の 個数が分かるかもしれ確か向こうの個数と 対応してるかもねはいおさん何件でした えっと23件ううん僕は21件でした ああそういう考え方もあるよねどういう ことこの2件分のね僕たちのずれはどこで 生じたのかあれけどまおそらく岡が間違っ てる いおどうだろうま多分資料とか見れば正確 な係数載ってるんでそこで決着がつくって 感じですねっていうことでま一応ねこの セット集落の歴史としてねま一応ここに 移住してきた経緯っていうのがありまし たっていうはいことですね辺境の小集落に ねいた深い歴史文化も現代では記録に わずかな痕跡を残すのみとなってい ますこの国の参部にかつて存在した多彩な 文やの活発な糸は瀬戸集落のように端から わせつつありそれはガランドになった集落 や進歩者を失った寄りしに象徴されてい ます次回はそぎ中屋の二村を訪れこの地域 についてさらに深掘りしていき ますはいということで今回は川村から瀬戸 集落を材させていただきましたこれどう いうすか来てからそのこのエンディングシ を取りれたことに気づいたので前代未もだ よ これそうあのエンディングの映像がなかっ たんですよね気づいたらだから今ねオン ラインZOOMで撮ってるっていういや 結構ねでも風刻みのスケジュールだった からま忘れたのしょうがないよま確かに うんちょっと複雑だっったしそう撮影の 仕方がでま今回瀬戸すね動画としてはまあ 現地の人が思ってる情報とうんなんか文献 で残ってる情報の食い違いというかなんか 似てるようでちょっとうん違うみたいなの が結構あったねそうだねでやっぱなんか 結構伝承とかそういうなんか進行みたいな ものもこの応答さんもそうだ後ろに映っ てるやつなんか今だともう本当に進行する 人とかもいないんですけど昔はねご身体 みたいな感じで進行されてたみたいなんで やっぱ集落なくなるとそういう進行も なくなっていくんだなっていうのがよく わかるなって感じですねえち間違っちゃい ないけどちょっとずつなんか変えられて 伝わっていくんだろうなっていうのが勉強 だった多分こういうのって苦で伝わってく からさそのだんだん変わってくんだうん そうだよな文字文字をさあんま書いたりし ない時代からだからねうんそうそう そうそううんだからま本当老人とかの知恵 みたいな感じで言い伝えられてったものな んだけどやっぱそういうのってね台が 途切れるともう完全に途切れちゃうんでね そのねまという感じで川上村の3集落を 取材したうちのまずは瀬戸をリリースした んですけどま続いてねまだ残りの集落も 残ってるのでま次回はだいぶちょっと 変わった動画な けど始めるかな今回ね引き続きあの北島 さんね北島さんにもあの色々なんか貴重な 写真とか見してもらってねえなんかそう いう話もまたあるんでうんでまあぜひ YouTubeチャンネルもやってるんで 皆さん登録して見てくださいってとこです ね犬好きの片引けってですねあれまさにで 次回はその犬たちがね全員出演するんで そうめっちゃいる犬が いる面白い映像になるあれはでいろんな 内容を盛りさで次回もお楽しみに感じです ね今回の動画もいいと思ったらグッド ボタンやチャンネル登録をよろしくお願い します是非メンバーシップをやってますの でお集まりくださいではまた次の動画でお 会いし ましょう先ほどあのいつものようにね探索 を終えて今今日止まる宿に帰ってきたわけ ですけれもギアがテスト宿に帰ったら パーティーが開催されてい た工房から人が集まってて今日は今はね その打ち上げてことでそこにあのちょ 図々しですけど参加させてもらってました ぎ用ですね今日ソ用のあの宿に泊まってる んですけどねたまたまなんか今日イベント が開催されていてその関連の方々と一緒に ご飯楽しんでるって感じですね賑やかです ね本当に はいき ますカレーが一番嬉しいんだよな結局疲れ たはね特に [音楽] ね外でなんか焼いてたり本当に色々す ねそんな感じで今日はちょっと楽しんで ますけど楽しいそう [音楽] 動画のご視聴ありがとうございました ヒストリカは地域のこれまでの歴史とこれ からの歴史を発信する方創生メディアです このチャンネルを気に入っていただけたら 是非グッドボタンチャンネル登録をお願い 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◎お勧め動画はこちら
【伝説の集落】百夜月 – 陸路からは絶対に到達できない!古い伝承が残る廃村の現在の姿を追う
【廃村探訪】日南川集落 – 棄てられた集落と息を呑む風景、最奥部で驚愕の発見も
【限界集落】石切集落 – まもなく限界から消滅へと至る小さな集落の記録、京丸牡丹の伝承を追う
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チャプター
0:00 オープニング
2:14 まずは大塔さんを目指す
3:36 川上村の吉野杉について
6:31 手掘りのトンネルと大塔さん
9:23 大塔宮神社へ向かう
10:48 お昼休憩、北芝さんの移住の経緯
14:07 大塔宮神社を見学
16:39 大塔宮神社と大塔さんの関係性について
20:16 代々、大塔宮神社を管理してきた瀬戸集落へ
24:23 瀬戸集落の歴史について①
26:09 瀬戸集落のさらに奥へ
32:22 瀬戸集落の歴史について②
34:59 大塔宮神社の遷座先、十二社神社
36:00 瀬戸集落の移住先、瀬戸団地
37:42 エンディング
41:18 おまけ
#奈良県 #川上村
42 Comments
ハッシュタグおかしくない?
石垣が美しい
目纏いが凄いですね!ご苦労様です。
おつかれさまです
私の動画にも「塔」について調べたアララギ神社があるのですが、アララギで文字変換しようとすると「塔」が出てくるように仏教用語である「塔」を神道式に言い換えればアララギになります。奈良から伊勢神宮に向かうこのルートはアマテラスを祀る場所を求めた倭姫の伝説とも関係していて、元伊勢としての信仰もあったと思われます。「塔」とは「天に向かってそそり立つもの」すなわち「男根」の意味も含まれ「男根崇拝」という原始崇拝が始まりと思われます。
なお動画の集落の南の井光には井光(いかり)神社があり、そこは神武天皇が東征の案内役として出会った井氷鹿(イヒカ)という国津神が祀られていて、御神体となる磐座も大塔宮(王塔宮)と呼ばれ、こちらは護良皇子と違う所も興味深いです。いずれにしても、天にそびえ立つ岩なので見ての通りに「塔」なのでしょう。
配信お疲れ様です。
瀬戸集落が守ってきた大塔宮神社、放置しておくのが勿体無いくらい、綺麗に保たれていて。巨岩信仰というのか、土地神さまの力がまだ息づいてるのかも。
それにしても案内して下さった猟師の北芝さんがユニークな方で。元はリフォームをされていた方が今では猟師をされている。お人柄もあるのでしょうが、川上村ときっとご縁が深かったのでしょうね。
次回続編、集落と北芝さんのお話待ってます。
これからもご安全に。
移住を余儀なくされるのは不便さから来るのは今まで紹介された他の集落も共通して言えることかもしれません。今回の石垣は一段とすごかったです。毎回楽しく拝見しております。どうか気を付けて取材をお続けくださいませ。
さすが奈良。磐座信仰。
あの石垣を作る労力と知識、天皇家の十六菊花紋があるくらいだからやはり天皇家由来の血筋だけじゃなく、
古からの知識も受け継いできたんでしょう。
天皇家は山の民なので奥深く行くほど位の高い人がいたと思います。
historicaのアントウさんオカヤスさんこんばんは~
素敵な取材の配信ありがとうございます(^_-)-☆
カメラの前で虫が飛んでるの笑ってしまいました。アンドウさん好かれてたのかも虫さんに(笑)
ガイドさんにいろんな話聞けて私も勉強になりました。ありがとうございます。
大塔さんて巨岩で出来ていて一番高いとことに塔が立ってるんですね。
トンネルも手彫りですごいですね。大塔宮神社にはあ神様は今はいらっしゃらないようですが
立派なたてものでしたね。素晴らしい石垣・懐かしい車種の草ヒロなど色々楽しませてもらえました。
エンディングの画像撮り忘れには感謝します。だってアンドウさんのお顔拝見できたから(^_-)-☆
次回も楽しみにしています。
秘境を行く感じがたまりません。
面白かった~!このあと北芝さんのチャンネルにもお邪魔します☺️いつもコメント欄勉強になります!!
先週、川上神社
巡りしてきたところです
吉野杉は私が木造施工の
工務店に
聞いた話ですが逆に節目が
多いので建築でも
柱に使うより天板なのど
化粧に使うと聞きました。
配信ありがとうございます✨
奈良吉野方面は、南朝の遺跡や伝承が多いですね。立派な石垣もあり、人々が住まいして いた頃が偲ばれます。
大塔様への信仰心も。
うーむ。今回も見ごたえのある43分の大作ですなあ。
2週間だと待ち遠しいので、時間を半分にして2本に分けてアップする
間隔を週一にしてくれると嬉しいかなあ。
消えつつある秘境の村の歴史をYouTubeに残す偉大なチャンネルですね。
43:09 そういう考え方もあるよねw
トンネル(←手掘り)を先導する犬、住民はいないのに咲き続ける花…
いい取材ですね。
ぜひ「Zoomエンディング」まで見ましょう。
石垣に顎どめ石はあるのでしょうか?>>>「アゴ止め石」は、石垣基底部(最下部)の石を、石垣の面より10cm~20cm前に出して据え置く技法であり、石垣が沈み込んで、前へ傾くのを防ぐためのものと考えられている。
毎回、そこには人の暮らしがあったんだなぁと、感心して観ております。現地の方との交流やおかやすさんとあんどうさんの会話も楽しいです😅怪我には十分気をつけて、また、歴史を見せてください😊
今回もとても良かったです。映るものすべてが、古く良い意味で重く感じられました。杉の木のお話も興味深かったです。いつも思うのですが、先人の凄さに感嘆です。我々は後世の人たちにこんな風に思われるかな?次回も楽しみです。
Bardzo interesująca historia tego miejsca 😉 Dziękuje Wam za fantastyczny film.
以前、廃校跡を追って瀬戸集落まで訪れたことがありました。学校跡はすでに何もありませんでしたが、集落跡と石垣に魅了された時間を過ごしました。ただ、上・中・下・(奥)と瀬戸集落がそれだけ分かれていたとは知りませんでした。あの風景を探しに、また訪れてみたい場所です。
取材と配信お疲れさまでした。
前回の配信から、指折り数えて待っておりました。
今回も興味深い内容でした。続きも楽しみにしておきます。
自分のやりたい事を見つけて、移り住むまでの決断と勇気を突き動かす原動力とは、なんなんでしょうね。想像するばかりの私のような人間との違いとはなんなのでしょう。よく、人生何周目?とか言いますが、何回生まれ変わったら、自分の生きたい自分になれるのかな。
落ちて郷土資料に刻まれる下り笑ったw
凄いところですね…神聖な所ですか…、何時迄も大事に守っていける方々がいて下さるといいですね
古来から近世まで人は何処にでも根を張り生業をしていたのですね😀
私と同じ名前の集落があってビックリ!
「鋭い考察」なかなか面白かったです!歴史の研究はまず予測を立てるところから・・らしいので推測は大事ですね。
大塔宮、墓所は鎌倉だそうです、吉野なんだろうと思い込んでいましたが、地域の信仰と合わさって地元に根付いているのがいいですね。
こちらもまた素敵な石垣集落でした!大塔さんと歴史と石垣・・♪♪
zoomのエンディング、またやってください😊忘年会とか、お二人の取材振り返り話、けっこう面白いです。
今回もとても興味深い内容でした!配信ありがとうございました。
わー✨次回が楽しみです✨ワンコたちに早く会いたい❗オカヤスさん、カレー美味しそうに食べますね~😋
冒頭のワンちゃん、無駄な肉がなくてめちゃめちゃカッコいい犬ですね。もしかして脚の指が6本あったり(狼爪)、指と指の間に水掻きがあったりとニホンオオカミ、山犬の血が濃い古いタイプの犬なんじゃないかと想像してます。
今回の瀬戸は良い感じに朽ちてて魅力的。伝承が途絶える怖さが滲み出てますね。犬が全て持っていくのが序盤のみで良かった。あのままだと全然内容が入って来なかった😅
あんどうさんって俳優の山田孝之さんに似ていますね。そう思いませんか?
現地に行き現地の人と話すのもとても大切だけど、現地の話と資料との差異から考察を進めるのとても好き。
あと場所の説明も視覚的に把握しやすいので良い。
欲を言えばもうちょっと引いた所からアップにしてもらえるとどこにあるかもっと感覚的に解りやすいかも。
21:42 遊具で正解です
この遊具の制作者は外向きに座ってゆっくり回して「回る風景を愛でるため」に作ったのでしょうが、
アンドウさんの予測通り、昭和の子供は内向きにしゃがんで仲間が回す遠心力に耐えれたら「勝ち」みたいなチキンゲームをしてましたよ。
小学生高学年のお兄さんが力一杯に回し、低学年の子を吹き飛ばす光景はわりと日常の風景でした。
ドローンがあれば大塔さんの頂上が、よく観察できそうですね
どんな奥地に行っても信仰の跡がある、生活が、命が拠り所とする源への崇敬と畏れの証、現代人が忘れ、失くした、精神性が尊ばれた時代の跡ですね😢時代は移行しつつあります。物質偏重による精神の崩壊が進み、人類社会は滅亡に晒されています😱自然の摂理により、人類の種の保存本能により、これからは精神性が尊重されます😊
聖書の伝道の書12章13、14節
全てを聞いた今、結論はこうだ。
真の神を畏れ、この方の掟を守りなさい。
人の務めはそれに尽きる。
真の神は、人からは見えないことも含め、あらゆる行いについて、その善悪を裁くからだ。
ガイドの方の音声が聞き取り易い
大塔さんの遥拝所として建てられた場所が神社になったのが大塔宮神社なんじゃないかなと思った
盛りだくさんで楽しかったです。ガイドの方の関西弁がとても心地よかったです。
Df‼️
ヘリで搬出しても採算が取れていたとは驚きです。
アンドウさんオカヤスさん取材お疲れ様でした
行野浦や三木浦とか釣りで良く行く所で偶々動画を見てファンになり登録した者です
今回は川上村行かれたんですね
川上村は後南朝好きにとっては聖地の一つなので又々嬉しい動画となりました