【観光】~津山~中国地方陰陽のハブ的存在 Tsuyama, mid city of Okayama

毎度なじみルテのチャンネル旅道草谷です 姫路から広島まで中国地方の3幹部を 突っ切る鉄道線を乗りとしその途上岡山の 中学都市津山までやってきました津山は 鉄道の拠点です陰陽連絡のですね中間点に なってございまして結構ね鉄道室が充実し ます鉄道博物区もねあるみたいなのでこれ はねちょっとね紹介したいんですけども これはまた別動画にで紹介させていただき ますでここは城下町なのでお城見と行き ましょうかね城をね見物していきたと思い ますビーズの稲葉さんここで生まれそだっ たそうでございます大きな川でこれが 吉野川いや晴れて気持ちいいすねでそして あちらにあるのが津山城なのでそちらの方 にね向かっていきたいなと思いますま時間 だけはたっぷりありますからね金はない けどかなんかね集落園という旧津山班の この別たこれがあるとねちょっとね見えた でちょっとこっちから行ってみたいなと 思い ます面白いこと書いてますね庭をですね節 の場所にしてた城じゃなくてここでお客様 を持てなしたと城にはお客さん入れなかっ たという風に書いてますへえと思って 面白いよねっていう普通大体モテナス時 って城に入れるんですけども防御は白の 構造を相手に知られたくないからという 理由でここに来てくださいという形で応を しましたなかなかでも警戒心のある殿様 ですねしかもここ何も書いてないすけど なんかたっぽい 嬉しいいやこういう鬼は立派ですよね すげえこれをただで見ることができるって なかなか太っぱらただほど安いものはな いっちゅうけどただほど高いものもまた ないんだよなちょっと待ってこうやってね 池に かかる木造の橋これを渡る風流だよね あそこになんかね茶室がありますね結構 縦長なんのかなこの庭の作りはどうなん でしょう知らんけどなんでやねんこの末 ですけどもなんと交代子電化がお手に植え られたとえいう松だそうでございます明治 36年と記載せますので大正天皇ですね今 のその方がめら植えられたという形で今も 石と記念が残ってましてえ大切に保存され ていますすごいすごい なんて書いてんだろうねわかんないとも おそらく茶室なんですけども趣きのある 作りになってますが開いてはいません保存 しないといけないからね石道路とか 松原ありましてここの石橋が面白い古いの と新しいもののなぜか共演になってい ます庭の規模からして快楽園とか後楽園そ

してどこだったっけあの金にある ところ忘れちゃったどういうことまその鬼 はそこと比べるとですねま個人回りはして ますけれも立派なねつりになってますよ 本当なのでここはね来てねほといいとこ ですし今のところ入園無料で入れている からこれほどはねありがたい感光ないいす よ ね へえ行けば池がすごいっすよね水草が めちゃんこ生えてるこれが すごいそしてこちらが精霊拳ですそうます ここで進むってことですよねえそして あちらにカモが2話お3 はすっと泳いでる通りの楽園ですねあそう だそう権六園だ権六加減に今思い出し ちゃってよ完全にど忘れしちゃったアホか お前はてちゃんと記憶しとけというとこで がそうその3大低よりかはかなりぐっと 小さくなってますけれどもそれとも ちゃんとね整備が行き届いているこれを 無料解放してるんだから本当すごいですよ あ本当これね津山市の方の住民税のおかげ なので私はねすごく今感謝してます ありがとうございましたここが下品感で 大人様会いに来たお客様たちをここで もてなしたと城のね防御そして国の防御を 考えた時に接遇するんだったらどこがいい のかととえいうところでこういった庭を 整理してえそしておもてなしをするモテ なされた方もこんなね美しい庭増援できる んだからいやこの国は結構しっかりしてる なっていう風に見てくれますでしょうしま 願ったりかなったりだと思いますけどね それも本当ウンウンの関係だと思います おおそろそろ紅葉が始まってるまだ9月の 4日5日だというのにもうすでに色づけ 始めているちょっとふざけないでよこの もみはもしかして色づくのは早すぎるのか もしれない知らんけどこれ外の水路から これ池に水引いてるってことですよ ね そして向こうに小さな滝が流れてるとえ いう形になり ます水の上にいるとね多少涼しいんかなと 思うとね全然涼しくねえでもカモだけは 涼しそう ですカモも涼しいかもしれませんがえっと ただいまの気温マイナ35°ななのことか なさてここのね集落園なかなかいいお庭を 見ましてですねちょっとねまた観光違う とこ行かないといけませんねこの標本木は この辺りの桜が最たって開花宣言するため の標本機でしょうね結構ね石垣がしっかり と残ってますあ津山城角山

公園ももね津山班のだだったんですけども 明人進行ね配地形によりまというのはね温 取り壊されていたという悲しい歴史がえ ございましてただこの津山城天主角って あったのかあ一応あるっちゃあるんです けどもこれは取りこらされてなくなっ ちゃってますなので他のところにやが再現 されてるという形になるんですねまでも これ結構ね見てたら相当防御に重点を置い てるなかなかね攻めるに難しい城そりゃ この上手ここに客をね入れたくなくなる 理由が分かる中に入られて要は中のこう いった石垣その他建物の配置とかをですね つぶさに見られたらいやこれ攻められた時 にやだなっていうのはね余に想像つきます よ ね確かに城を沿うようにこうやって川が 流れて ますこれ東側なんですけどもこの川をぼ縦 にしとけば基本ここを渡って攻められる ことってのはなかなか難しくなるとそして 向こうにも川があるので川をね堀に見立て てますねなので流れる堀なのでここを渡っ て攻めてこられたらさあ大変でございます ですが山の向こう側の川のよは向こう側 ちょうどあっち側ですよねあの辺の今の駅 ありで敵を迎え打つもしくはあっちの川の 岸の方で向え打てばえそうなるとですね ここは基本的にですね守りは固くえ援増援 部隊ですね支援部隊というので つやいったね作戦立てることができますよ ねでしかもかなり見が見晴しがいいので ここはね本当ね人の動きというのがよく 分かるわ相当ね優れた場所ですよ これえそして川が存在するということは 兵器が存在することになります加短期に よってができるんですね要は川に沿って 地平が形成されていくとそしたら道が できるのでこっちの方の北側山陰方面への ですね道が開くことになりましてこの津山 というのは昔からですね物の中継点であっ たとされてますこれ本当すごいですよね 山陰のもの山用のものがここで1回ですね え積み替えられましてえそして各々別れて いたとされてますのでこの津山確かに交通 の幼少と言われてますが今にこの山用と 山陰のですね連絡路としてまそこをですね 昔からのその土地の形状を生かしてですね 日本の近代に発展して鉱石があると私は 思いますね美しいです城の上からこの 眺める景色は最高ですね暑さも 吹き飛ぶこからですねドア開けてスパッと ね鉄砲とか矢をね放つ穴ですござとなって ましてちゃんと常が作っていますここが 1番の定石上室と言われた場所なん

でしょうかねここは茶室でございましてお 茶の湯を沸かすためのですねああいった炭 ひどが設けられてますねここの領主だった 森さんがここに入ってきて300年経った 記念費明治36年に混流されています そしてここが天主のですね実は元々だ嫌 だったんですけども天主区かグラントリ ございませんがいやでも立派な天主台です よね天子角があるっての何の利点があるか と言うとここからですね1番高いところに 陣取ってますので景色がしっかりと見通す ことができるので状況をですね掌握する ことがやりやすいえそして地上で戦う兵隊 さんたちもですね要は山のごとく動かせる こと山のごしえそういったことで このここのですね上を見れば自分の位置を ね把握することができるとえいうのがね 天主角の特徴でこれが落ちてしまって燃え てしまうとこまたねショックなんでしょう ねそしてハートの石愛の奇跡何何 これちゅうことでこちらがそうてござます けどもここに来たカップルは声が上々する という風に言われてますって言うてるだけ で成就させんのはあんたらやろうがって いうね知らんでって話でござますけどね おおさすがこっから長めの景色はか別です よすげえこちらが西側になります西側には 川は流れていないのですが要は東側は川で 守られてるのでこの西側の守りをですね しっかりと固めればいいというところで 確かに平平のですね割振りというのはです ねそしてこっちに集中することができる そういったメリットをね生んでい ますやはり明治維新で潰されたんです けれどもその後昭和11年産業進行大博覧 会のところで一応ね天主台は2/3の形で ハリボテという形で修復されてるんですね ただここを空爆されるっていう危険性が あるということから結局ねまた取り壊され ちゃったという形になります津山って九州 とかって山のになんでこんなアメリカ軍の 関西機が来るんだということなんですけど 来るんですよね実際にこういう地方にも実 は空爆はありましたこれなぜかと言うと 鉄道の要所であった交通網をですね寸断 するには要ちょうどねこの辺のポイントを ね狙っちゃうんですよで津山駅ってあのこ また後ほど別動画で紹介しますがここ鉄道 のの要は車庫車両が充実してるのでそれの ダメージを与えて交通をですね遮断すれば ですね当然物流それがねれてしまってえ 日本上がっちゃうだろうということでしで まB209とか言って大規模な変態じゃ ないんですけども関西機要は戦闘機によっ てですね重操車とかそういったね空しはず

なんですよねもうね至るところ日本の 町まちねもうボコボコにやられまくって ましたからねでなんでこんな沈みがされ てんのかは今まだ持って謎でございます これね周囲を川と山に囲まれて守り硬い ですねこちら津山城あそこに金があるね あれは時の金でしょうね未だにこうして 立派に石垣部分が残っているとのは 素晴らしいことだと思いますねさて高校を ね紹介いたしましてまた観光ね巡ってき たいと思いますテポよく行かないとという ことで地震線の中間点また陰陽連絡の幼少 津山のご紹介昼食はここの名物ホルモン うどんをおいしくいただきまして津山学び の鉄道館を見学そして新線旅は執着2まで 続きます今回の動画はここまで最後までご 視聴いただきましてありがとうございます また次回の動画でお会いし [音楽] [拍手] [音楽] ましょう

毎度お馴染み流転のチャンネル旅の道草才谷です。

姫新線を乗り継ぐ中、津山は陰陽交通の要衝として栄えていましたのでぶらり道草を食ってきました。

【津山観光公式サイト】
https://www.tsuyamakan.jp/

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1 Comment

  1. 津山城天守閣といえば、かつて森忠政公が家臣の薮田助太夫を小倉城に派遣して検分させたという有名な話がありますね。
    見つかって小倉城主細川忠興公(アホなくらいに豊富な実戦経験を持ち、戦場でめっぽう強いが、戦場を離れれば和歌や茶道にも長じた文化人としての面もある猛者。一方で短気なことでも有名で、ニコニコ大百科では多くのエピソードが語られています)の前に引きずり出され、事情を説明すると、この瞬間湯沸かし器は、
    「森公の為なら。」
    と、あちこち見せてくれた上に図面まで土産にくれたそうですよ。

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