オーストラリアに行ってみた! シドニー&メルボルン編
[音楽] メリークリスマスそしてあけましてお めでとうございます私どもの会社からのお 知らせです株式会社asは観光誘株式会社 に名前を変えました2024年も皆様から の案件をお待ち申し上げております詳しく は動画のコメント欄のところに説明用の 動画のリンクを貼っておりますのでご覧 ください観光有株式会社を今年2024年 もよろしくお願いいたし ますおはようございます今日は節分2月の 3日ですANAは50周年アナって言っ ちゃいけないらしいですねANAと呼び ましょうおおなんか人がいっぱい降りてき たああれかこれ今ねあもうオーストラリア に来てるんですよオーストラリアついてる んですけどもあそこにシドニーの街の中心 部が見えてますが東京昨晩22時45分か なんかに出発した全日空の夜行便が今到着 したところでお客さんがあそこから降りて きてるんですね僕は昨日の夕方にここに 到着しましたこれからオーストラリア建物 ます飛行機が着陸する時の景色も良かった ですよ南風の時の進行方向の左側ヒの街が 全部一望できますこんなによく見えるのか ま他にもね伊とか色々小笠原とか景色が たくさん楽しめたんですけれどもま今回 昨日もう飛行機に乗って到着いたしまして 空港の電車に乗って街中市街地に遊びに 行きますかすごいですよこの空港から電車 にちょっと乗るともう街の中心部に行っ ちゃうんですねスそんなにですかま とりあえずはこれを見に行くのかなこれね サーキュラーキーステーションてのがあり ましまこれが1番の主駅ですね多分僕も オーストラリアがどういうとこなのか あんまりよくわからないんですけどね5年 ぐらい前に来た時はSuicaみたいな オパールカードって買わなきゃいけなかっ たんですけども今はノーニードになりまし たもうクレジットカードのタッチ決済で タッチするだけでいいんだねJCBは使え ないそうです楽になったねこれが電車の プラットフォームですねでえ運賃が結構 高いらしいんですよね街の中心部で今の レートで1500円ぐらいかかるそうです でそれを節約したい場合にはま現在この インターナショナル駅にいるわけなんです けどこのなんかどかこの辺まで地元のバス で行ってでここからこう電車に乗って街へ 行った場合には空港に対する加算運賃が かからなくて1000円ぐらい節約できる らしいですホームの掃除の方が親切でゴミ を持ってそのお客さんがいたらこっちから 話しかけてねあ捨てときますよそんなに
優しいの運賃1500円もなんかありな気 がしてきましたねはい イギリスの英語みたいな感じですねま オーストラリアて元々大英帝国ですもんね という駅の校内放送を聞くとでかい電車が やってきました駅校内撮影禁止とかじゃ ないですよね多分大丈夫だと思います たまに海外行くとそういうことがあるから 気をつけなければいけません女性運転手だ 海外では多いですよね出た圧倒的な輸送力 といつもガラガラの電車この電車が混んで 見たことないんですけどま混んでる時も あるんだろうなこいつ転換クシだったん じゃないかなそうそううわめちゃくちゃ 弱い力で動くこいつとか言っちゃいけない 人様のお国の重要 鉄道足元も広快適 です加速もいい な乗り心地もとんでもなくいいな地上区間 に出ましたねそろそろねセントラル ステーションここがま東京駅みたいな ところでしょそんなにいっぱい列車が走っ てるわけじゃないけど作りの プラットフォームだレガはイギリス済み ですねそりゃそうですよねあとこれ大昔の プラットフォームだと思いますが大昔の 鉄道のプラットフォームって普通はね もっとこう低くてほとんど地べたスス みたいなのが多いんですけど昔からこの高 さだったんですかねレンガで作って るってことは100年以上前のものじゃ ないかと思いますがつまり昔から結構鉄道 が利用しやすい状況だったのかな今みたい な感じで電車も結構昔からでかかったん ですかね お客さんがみんないなくなりましたこいつ は高都合だ綺麗だから新しい駅に見えるん ですが実際にはホームの屋根の部分とか 見るとうん木星の部分とかこの柱もね鉄材 の組み合わせこれは100年ぐらい前の ものでしょうこのセントラル駅を過ぎると いよいよ本当の町の中心部に入るんじゃ ないかな多分そうですよね19世紀後半の 鉄道の自体すでにもう街が発展し尽くして しまっていたので町の本当の中心部に 大きな鉄道を作る土地はなかったわけです よねおすごいロンドンの地下鉄みたいじゃ ないですかあ要はその町の中心部に鉄道を 作れないから地下鉄にしたんで大昔の頃 からの構造が残っているってことでしょ この駅どれぐらい古いのかな1926年 大正15年ですね各駅みんな同じ年代 でしょ第1次対戦と第2次対戦の間の塚の 急速の時代につかれた立派な駅と思い ます若の間にあいいじゃないすかまた乗っ
ホーム場に建設していた当時の写真が貼っ てありますそんなに古い構造じゃないすよ ね四角区間もすごかったけど地上区間の 景色もすごいすよそうそうそうこれを見 たかったんですよ ねいよいよ1番の主駅サーキュラー駅に 着きます うわあはオスタリアの国ということについ てもほとんど何も調べずにやってきました いつもだったらよく勉強してから来るん ですけど勉強がめどくさかったわけでは ありません最近分かってきたんですけどね 下手に勉強してしまうと何も知らないから こその楽しみみたいなものがなくなって しまうなと思いましてちょっと今回は何も あえて勉強せずに来ていましただからこう いうのを1つ1つ見物する楽しみがある わけですよねこのホームはこれ古いのかな どうかなあ古るそうですねあのここに ボツボツがやっぱリベットがついてるやつ だともう大昔からの高架線だと思うんです がやっぱこの駅も100年ぐらい前から あるんじゃないですかうおおすげえこれが 前1回来ましたけど ねシドニーの景色シドニーコのやはり名物 といえば港ですよえ現在地サーキュラー キー液ってなんかにちょっと変わった名前 じゃないですかこれどういう意味なのか ちょっとサーキュラーはそのどういう意味 で使ってるのかちょっと僕まだ分かんない ですけどキーはねこれ眼壁だそうですえ ここシドニーはそのイギリスからの文明の 入ってくる玄関だったと見えましてすごい 地形ですよこれ航空写真じゃなくてこっち に変えた方が分かりやすいかな何ですか このギザギザの港は複雑な地形が入り組み まくったこのシドニーコは無数の船によっ てあちこちが結ばれておりまして美しい 地形は世界3大尾行の1つに数えられて いるのだそうですあとものすごく思うのは 一々の感じがとにかく平和そうです実際 治安はめちゃくちゃいいらしいです アメリカとかフランスとか行くとやっぱね 常に臨戦体制であちこち観光しなきゃいけ ないんですけど観光地にありがちなまな 物乞いの人もあんまりいないしそれから なんか物を取ろうとしてるだろうみたいな 募金詐欺みたいな人も全然いませんしなん でこんなに平和なんだまだからその地理的 なことも大きいんでしょうね一応これを見 ておきますかまさっきも遠くに見えました シドニーの名物といえばこれオペラハウス YouTubeの冒頭シーンを取るにも 良さそうな背景ですね GU皆さんこんにちは僕はシドニーに死に
に来ましたオーストラリア定番ネタ オーストラリアでは今でもデイだったらば ダイと発音するそうですそうするとto Dieていうのはねまなんか死にに来まし たみたいな感じに聞こえてしまうというの があのアメリカ的英語を使ってる人たちの ま価値感なんですが僕の勘違いじゃなけれ ばですけど元々はねあのデイをダと発音 する方が本来的な英語だったらしいですま それはともかくここにオペラハウスがあ るってのはよく考えるとおかしいですよね こなわざわざ海に面したところに寄りに よってこんなでかいものを作ってねオペラ ハウス作らなくてもいいわけじゃないです か元々ここ何だったのかなと思って見て たらばヒントになりそうなもが書いてあり ましたマンオスここは大衛帝国及び オーストラリア軍のま海軍の上下線場所と して150年間使われていたらしいです そしてえ第2次対戦の時オーストラリアも 参戦しましてえ日本とねマレー半島とかで かなり戦ったわけなんですがつまり元々は シニを守るための軍だったんですね今は軍 がちょっと向こうに移動したようですあれ 多分オーストラリア軍の海軍の船なん でしょうねこのシドニーの1番賑わって いるところを守るための主要地点ですねお シドニー空港から飛行機が飛んできました A38もるですねオーストラリアは他の 欧米の各国とかものすごく離れている南 半球の遠いところにはある国ですので エンジン4発積んだでかい飛行機は バンバン飛んでいき結構飛行機もかっこ いいですオペラハウスは高いところにあり ますんでそれを背景にシドニーの眺めるの も素晴らしい体験です街の立派さもすごい けどでかいクルーズ線がやっぱり目を引き ますよねあの航空会社とか鉄道やってます バージングループバージンボイジーての あるそうですこんだけ大き10万Tぐらい あるんじゃないですか大きなクルーズ線が 接できるということはそれだけ推進も深い わけですね僕シドニーの地形についての 知識ゼなんで多分間違いも含まれてると 思うんですけどこの複雑な地形はこれ何な のかということなんですがこれはねこう いう場所日にもありますで例えばですねえ 北海道のシマナこんな風ものすごい ギザギザしてるじゃないですかこれなんで こんなにギザギザしてるのかっていうと 元々はただの川だったんですけれどもダム なんですねシュマリ内子はねでそれで水深 を上げたのであの山がこういう風に水に 沈んでいって結果その山の気腹があります からこうそうするとこういうギザギザした
ような感じのものができるんですねで天然 の地形としては他に日本で有名なのは やっぱあの伊勢島のリアス式海岸かなと 思うんですけれどもこれですね顎ワ小島 ですよものすごいギザギザしてるこれも 元々山だったところを水が上がったりとか してこのように水に沈んでいったのでま 溺れ谷と呼ぶそうなんですけれどもこの ようにギザギザしたえ地形ができるとつま 山が海に沈むとこういう風な形になる らしいです要するにシドニーは超大都会に なった賢島なんですよねこれ地形を見て みると確かに山ばっかりでもものすごく デコボコしているということが分かります これし自転車とかね乗り回すには大変そう な地形ですなんですがこの高層ビルの立っ ているこの辺りはそれほど地形は複雑では でこぼこしておらずま割と使いやすいので それでここは街の中心部になったんじゃ ないかと想像しますまともかくこのように 複雑な地形でえ山がずどんとこうこの海の 下までですねえまだまだ切り立っている ような水深の深いところでありますから これ大型線など切断できるような 素晴らしい港となってるんですねで地形も 複雑で水を返した移動した方がやりやすい ということでもう常に大量の船が動き続け こんな光景は日本ではまず見ることはない と思いますがよくぶつからずにこれを毎日 運行しますよね毎日ぶつかってんじゃない かとか思うんですけど結構危険じゃないの かなま慣れてれば大丈夫なんですかね オペラハウスがよく見える屋外型バーが ありましたでこれでねなんかQRコードを スキャンしてえこれメニューで注文できる らしいですね楽だなフィシュ&チップスと かあるかなあるでしょうねご飯が来るまで に時間案の定かかりますけれども景色を見 てればいいんで退屈しませんなんだこれは バックしてるようにしか見えないんです けどこれバックしてるわけじゃなくて前も 後ろも同じ形なんですね行ったり来たり する忙しいからさすがシドニコ見たこと ないようなものがいくらでも次々やってき ますバーは大変強ですので料理が出てくる までには多分30分ぐらいかかるんじゃ ないかなビールが出てくるまでに10分 ちょっと待ったと思いますちノン アルコールビールですあハはノン アルコールも結構美味しいと思う普通は 千美に自分の国の旗を立てるんですけれど もこの船にはがありませんからそうすると あここに立てるんですねレッドエンサイン あのイギリスの船ですよていうのを示す旗 をちょっと改造して白い星がいくつか打た
れていますあの赤い旗というのは名誉の旗 だそうですね通常はこんな感じでこう線に 掲げることになりますビールがあったまっ ちゃうんでねもう結局全部飲み終わっ ちゃったんですけども飲み終わった タイミングで届きましまままそんなもん でしょ忙しいところですから大帝国のし ますねもう今年1年でイギリスの旧植民 相当行きましたよカナダもマレーも行った し本当はジブラルタルインドも行出会った んですけどちょ色々中止になりました値段 は高いですけどパリパリだしなんか ケチャップもすごくトマトの味がして高級 な感じでこれ日本日本でも3000円で これだったらありじゃないかなじゃお腹 いっぱいになりまして次はですねこの オペラハウスの向になんか意味ありげな 高台公園みたいのがありましてこなんか あったと思うんですよねの予想はです毎日 敵の軍艦がここへ入り込んで攻めてきたら こっちから大砲を打って反撃しなければ いけないという時代昔はあったのでその 大砲とかが設置されてたんじゃないかと 思いますこう見晴しのいい高台ですから はい答え分かりました立派な古い家が奥に 立ってますけれどもガバメントハウスと 書いてあって王冠が書いてあります何なの かなと思ったらオーストラリア相徳のお家 らしいですお家ってか皇帝なのかな オーストラリアは今でもカナダとかと同じ ようにチャールズ王イギリスの王様に中を 誓う国なんですけ その王様の代理としてオーストラリア徳が いるそうですだからま植民地時代の名残的 な制度だと思うんですが日本で言えばま セシ関白みたいな感じでしょセシカパの家 かこれすごいですねピンポンもありますね ピンポンって言ったらカパの人が出てくる そういうわけじゃないですねあ セキュリティの部門に対応してるとこの 敷地のすぐ横には超高層ビルが連立してい ますがみんな申し合わせたかのようにここ でピタっと止まっていますでこれより左側 は全部そのまロイヤル あの王室とかえオーストラリア督に関する 敷がずらっと続いているそうでま東京のね 公共内堀みたいな感じじゃないですか欧米 の人たちは自然が好きですよね自然公園は 相当充実していますみんなちゃんとそれも 使ってますねこういう風に今日は平日です けどもこんな立派な木もあってやが生え てるわヤが生えるほどあかいところなん そんな冬も寒くならない気候のいいところ なんでしょうまた街の方へ海の方へ行き ますかこれこれいいのかな多分いいん
でしょイギリスとかと同じやり方だね オーストラリア相徳のお家がある高台ここ がですねちょうど僕がさっき空港から乗っ てきた電車が街へ出るトンネルの出口に なっていますあれと思ったんですがここに ねこれ穴が開いてるんですよこれ壊れ ちゃったんじゃなくて壊されたんじゃない かなこれ日本にこういうのいっぱいあるん ですよ鉄道写真のよく取れるところでね 取説が網を破壊してっていう光景があるん ですがあらオーストラリアの鳥鉄が破壊し たのかなこれもしかしていや可能性はある と思いますねで面白いのはねやっぱこの 電車の架線この辺り土地が限られてるん でしょうね電車の高架線の上に後からもう 1個増築して2段の効果になっているよう ですこの上にも上がれるみたいだから行っ てみよう一番主要な船場をずらり一望 できるわけですねしかもあまり観光客がい ません下はすごいんだけどねちょうど さっき何回ね見てました前と後ろ同じ形を したフェリーがやってきたあれに乗ってみ ましょうでここがフェリー乗り場ねこの フェリーがどこに行くのか全然分からない んですけどまこんなに大きな船ですから変 なとこに連れて行かれることはない でしょう観光客もいっぱい乗ってるしこれ もやっぱそうだなクレジットで乗れるんだ 切符買う手間なしでかいフェリーに乗れる と思ったんですけれどもま運用が色々ある んでょうね後からやってきたこのタイプの ちょっとそれより小さな船に乗せられまし たまでもこれでもいいですもう出行だ同時 出行あっちが出たの同時にこっちも出ます うわなんだこの桟橋はえこれいつから使っ てるんですか1800何十年とかから使っ てんのかちょわからないですけどえ木星 うわえこれって普通のことなんですか多分 普通じゃないような気がしますあ僕の乗り たかったでかいフェリーはあっちです ね動き出しも早いなああやっぱりシニに来 たらフェリーに乗らなきゃですねこの タイプの船だったら出航した後あの一旦 回答して逆向きに進行を変えるんで右側に 陣取っといた方がいいですそうすとオペラ ハウスとかもよく見えますからオペラ ハウスが目の前にこれ元軍だった時代の 写真を見つけましたこんな感じですねえ これは多分イギリス本国からやってきた あの旅客戦を切断させているんだと思い ますが第2次世界対戦中はここにクイーン メリーとかクイーンエリザベスとか豪華 逆転を切換させてえここから オーストラリアの兵隊さんをたくさん乗せ て欧州戦線とか色々なところへ送っていた
そうです僕も今年度クイーンエリザベスと クイーンメリーに乗ってイギリスまで行き ましたけど2日前はねあそこにクイン エリザベス止まったらしいんですよね見 たかったなまいいやああやっぱり海から見 てこそですねこれや作ってから50年 ぐらいしかや経ってないらしいんですけど 世界遺産なんでそうですよそんなに新しい 世界遺産の建物あるうわ早すげえあとこれ がハーバーブリッジですね多分18何十年 とかに作られたあの当時の日本からしたら びっっくりするほどのえすごい橋だった だろうと思いますおおやっぱフリに乗って 正解でしたちょっと波がカメラが壊れ ちゃうかもしれないから隠れておき ましょうあこれはなんかフェリーに乗って 海からこの景を見て見るべきですよあそこ にもとんでもなく早いのいますけど まあまあまあまああれが早いのは分かる じゃないですかあれに割とこの船も 追いつけてますからねあ今の群行が見えて きたあこれが屋にあの一台拠点のシドニー の群行となるわけです ねイジス艦がいますね昔はやっぱり港を 守るためにあの辺りに軍事拠点があったん だそうですがま今の時代は基本はミサイル とかで攻撃するわけですからそうすると こういう船をの太平洋とかに浮かべておい てもしミサイルが飛んできたらこれですぐ にえ反撃してしまうということをやるのは 基本でしょうもうだから敵が攻めてくるの に備えるための大砲とかを港に設置しても しょうがないんでああいう観光地に改造さ れていったんですねあいい眺めはい私が シドニーを守っておりますという感じの 海軍の船の景色もいいと思いますうわ早い ななんすかこれ あれも動いてるんでしょそうすよね全然速 さが違う速力は20人ノットぐらい出て ますね大体この手のフェリーだったら10 ノットぐらいだと思うんでま普通の フェリーの倍早いってことかなこれって 相当古い反戦だと思うんですけど最近の やつじゃないですよねあもっと早くに 見つけたかったなえ今搬送してるんですか しかも欧米はヨットとかが好きな方が多い ですからねヨっとされてるなかの コレクションなのかなおなんか古るそうな 東台が多分軍事拠点なんじゃないかなあの ハーマジェスティとかですねあのヒズ マジェスティーえ国王陛下のことをああ いう風に書くんですけども大体国王陛下と かが出てくるとま軍に関することなんです よね国王陛下の軍ですからそれでさっきの 動いていった謎の反戦の姿を確認しようと
思って船の位置が分かるサイトを開いたん ですけれどもも全然分からん多すぎてどれ が自分の乗ってる船なんだこれか当たり でした割れながらよく一発で当てられたな と思いますこれがさっきの反戦か1949 年にデンマークで建造された貨物線だそう ですなんでそんなものがとんでもないもの がいますねこんなに船がたくさんいてよく ぶつからずに高行できるなと思うんです けども一応こういう部位とかがあって多分 この中は入らないでくださいとかなんか 色々やってんでしょうねこの船の行き先が 分かりましたもうめちゃくちゃ外海の方に 行った太平洋に間もなく出るというところ まで行ったところにマンディーという街が あるここへ行くそうですマンリーはね男 らしいっていう意味の言葉だと思いますあ もうここがオーストラリアのあの大陸の東 の端になるんですねまこれより向こうは はるかアメリカニュージーランドへ続く 太平洋ですか概要の方へ出ていくと波が 高く激しく揺れて船を騎士につつけるのも 一苦労となりますが天然の良行シドニーは ここから思いきり奥の方へ入り込んでいっ たところもうこのね複雑な上場によって波 が全部ブロックされたあの奥のとに街の 中心部がありましてあそこはいつでも波は ないでいて荒れるということはほぼない でしょう使いやすい港なんですね波が ちょっと高いですよね1mぐらいあるかな こんな外の方まで出てもね大波が来ちゃっ て大変なんでこの辺でヨットをやって遊ぶ という人はまあんまりいないですよねそう じゃなくてみんなこの内側の波穏やかな ところで休みを過ごすわけですねなんか 見れば見るほど鎌倉司みたいな感じの場所 ですねってマというのはやっぱりリゾート 地観光地らしいですオーストラリアの人た が観光に行くところでしょう江島みたいな 乗りかなずはでもいいかもしれません なんか高そうな別荘が距離にして15分 ぐらいあったと思うんですけれど20分と かそれぐらいで到着してしまいましたね これは楽だオーストラリアの人たちも観光 にいいでしょう新宿駅から船に乗って20 分したら江島についてるって感じかな そしてすごい速さで眼に向かっていますが あれが到着のフェリーターマンリーワーフ と書いてあります随分古いじゃないですか あで例によってここもまた木星の桟橋だ昔 の西洋の建物って感じのフェリー ターミナルディズニーランドに来たよう ですね1940年の建物らしいですでこの 建物はこの界隈ではかなり新しい保護だ そうでしてこういうのがあるのがいいのか
なこのシドニーの街中の1番の中心地は 水深は深いでしょうけどこんな砂浜とかは なかったですからねまオーストラリアは 真夏で海水浴日和りです まとは言ってもねそんな25度ぐらいです からあの僕こんなパーカーとか着てるん ですけど別にそんな暑くないですよ マンリーの歴史の案内がありましたえ シドニーから7マイルそしてケアとの多分 あれでしょなんかこ色々気に止むような ことからはあ何百マイルも離れてますこの 超巨大なオーストラリアのこの一番東の ついに海岸線に面したところにこマンリー があるわけですけれどもここはあれです ね函館だな函館でしょこれ地形的にね多分 陸系統ですよここに元々島があってここに 砂が溜まってえこちら側の本土とこう実に なったということはまつまり砂が溜まる ぐらいですから特にこのマンリービーチと 今見たこっち側のこの砂浜の部分は両方 とも古くからあったこの辺りでは珍しい 砂浜だったと思いますでどうもこのいい 雰囲気の道沿いに行けばビーチに着く らしいです今日は風も強くサーフィンビリ でサーファーの人たちもたくさん海の中に 列をなしていますえあれみんなそうなん ですかいや いうよりも海にチャレンジだみたいな人 たちも結構たくさんいるようだ東という ことで割と沖合いまで泳げるような構造 らしいですまちょっと安全についてはね 地図もありますのでよくそれを確認して いただきたいと思いますオーストラリアの 人たちにとっては今が夏の盛り2月3日 節分の景色です東京では小からしが吹いて いるでしょうシドニーの街中から310分 でこんなところまで来られちゃうんですか こんならいいすよね海の中に人工プールが ありますねあれはね1929年からあそこ にあるらしいですさっき案内版がありまし たということでちょっと近くに行って見て よく写真撮ってみたいんですけどまどうな のかなちょっと水着の人がいっぱいいる ところでねビデオカメラをなんか近くに 行ってまじまじと取り続けるってのは ちょっと良くないんじゃないかうわすげえ という気がするのであみんな逃げてきまし たよちょ僕もカメラが塗れるとまずいので これぐらいにして僕は帰ろうと思ったら なんかいるじゃないですかシードラゴンと いう生き物がいると書いてあったんです けれどもこれがそうなのかな人にも慣れて いるよでしてみ写真を撮ってるんですけ ビドだにしませんまたいたわこれは別の やつです結構目立つとこに出てくるんです
ね近寄って写真を撮っても別にあんま逃げ たりはしないんですけど もまこのぐらいにしときましょうえ名前は ね東ウォータードラゴンというそうなん ですが遊戯王カードみたいな名前ですいや オーストラリアにしかいないらしいですよ あとここの特徴は松林市ですかねちょうど 風が強くて波のしきとかあと砂埃などが 多分飛び上がっているのだと思いますが 風よけ 砂に松林は役に立っていますこういう ところだったら大抵はヤシが多いと思うん ですがヤシではなく松です多分野を植える ほど暑くないんだと思い ますオーストラリアの夏は短いし暑い たって30°になることは滅多にないわけ ですから短い涼しい夏をなんとか海に入り たいと頑張って海へ向かってる オーストラリア人も多いんでしょうね じゃあ僕は海にはつらないんでこれで帰り ましょうプラス場の前に無料の水飲み スペースがありましたこういうのに結構 いっぱいありますけどもなんシールがって ど出張症今回オーストラリアで初めて目に した日本語でしたねなあれああいうのが 流行ってんのかなこのシドニーの船の路線 もはすごいですね緑のやつが全部船の路線 図だそうです網のめのようですこれ鉄道も はオレンジと赤なんですけれどまこれこれ もねま結構ありますけどやっぱり船の路線 門がすごいそ船が入れるようなところが ものすごくいっぱいていろんなこう切断 できるところがあるのでまだ オーストラリアの開拓とかもあんまり進ん でいなくて鉄道とか道路とか作るのが大変 だった時代から海の上はこんなに便利だっ たんならま大きな街が生まれるのも納得だ と思い ます海の中はうん昆布かな昆布みたいなの が相当いっぱい帰りは別会社の船に乗って 帰ろうと思いますここにねシーツ リメイニング書いてありますあと何隻あり ますよお客さんが改札を通るごとに次の便 の残りの空席を案内してくれるんですね 変わった形の騒動セタ早そうですこれこれ どういう構造なのかな普通の船ってもう ちょっととんがってると思うんですけど あの中を水が通り抜けて水の抵抗を減らす んだなマンリーファストフェリーて書いて あるです早いんだ船長から放送がありまし て今から高速方向するから危ないから座っ てくれと言われましたでもなぜかそのまま 立ってる人が多いです後ろだったら立って てもいいみたいです確かにとんでもない 揺れが捕まってないと飛ばされてしまうか
もしれないあこの人大丈夫かな石垣島の安 観光みたいすごい速さだでもね大丈夫あの を超えればあれが防波になってくれます からもうれることはないと思います複雑な 地形により先がものすごい数ありますんで ぶつかってしまわないようにということも あるんでしょう東台がたくさんあります これさっきも1回見ましたねこれはね ビクトリア女王の知性を記念する記念費の ようです灯台をいっぱい作らないといけ なかったのは大変だと思いますけどまこう いうのいっぱい作っとけばね鉄道を引く よりはこの辺りの交通を便利にするのには 楽だったでしょうねこの間クイン エリザベス号に乗った時に担当の船長さん が私はシドニーに入する時が一番好きです ね言ってましたうんその気持ちはよく 分かりましたはいいう戻ってきました楽 ですねちなみにこの電車の走ってる効果が 30年代でえ上の高速道路が50年代だ そうですやっぱ上は後付けみたいです ねじゃあどうしようかなこの後空いている フローズンヨーグルト屋さんがありました フローズンヨーグルトって欧米では流行っ てますよね計り売りタイプらしくえ 100g3.3ドル割と安いんじゃないか オーストラリアとかねにしてはつ過ぎて しまった器が大きいのでねそれも作戦なの かもしれないなえ8$800円でした もっと少なくて良かったんだけどあの色々 ね具材を勝手に追加できるんですよ ファッションフルーツの種を乗せました この後どうするか考えましたまずさっきは シドニーの入り江の一番西側のマンリーの 辺りを訪れましたじゃあせっかく太平洋の 方まで行ったんですから今度は逆にこの 入江を遡れるだけ遡ってみましょう1番 遡ったところがパラマッタというそうです パラマッタまで行くフェリーは結構本数が 少なく1時間に1本4分後のこれに乗り 遅れると次は1時間待たなければいけませ んああ切水がすごい浅いですねあこれこれ はあれですよ奥は別の船ですよものすごく 巨大な船に見えなくもないですけれども 多分ですがこれから上流方面へ遡っていく に際して水深がどんどん浅くなっていく はずですからその浅い水深でも航行でき なければいけませんますると切水がこう いう風に浅くなるフェリーを使うんじゃ ないですかねさっきまでとは随分形が違う みたいですちなみに横に来ているこの船は レジリエントレディというそうですけども レジリエトってどういう意味なのかなと 思いましたらえしなやかとか我慢強いって いう意味だそうでこの人がそのレジエント
レイリーですかおいい光景がこれからあの 左側に見えているハーバーブリッジを くぐりますがさっきから見えているこの橋 がなぜこんなに高いところに設けられて いるのかを説明するにぴったりな光景が見 られましたねつまり昔反戦がうろうろ回っ ていた時代には船の大きさに対してその高 さがバンとかなり上の方まで行くのでが 引っかかってしまわないように橋を上げる 必要性は高かったようですまそれから巨大 な船舶も通れるようにというそもそもの 意味もあるんでしょうねこの船はでも さすがに通れないんじゃないかなそれでは 実際にオペラハウスと並ぶシドニーの ランドマークハーバーブリッジを渡ります がこの広大な水域にハーバーブリッジの1 つを除いては全く他に橋はかかっていない ようですねですから極めて重要でしょう 向こうまで鉄道や自動車で行くにはこの橋 を渡るしかないということですね向こうに 住んでる人たとかみんなこの橋を渡るんだ どうも構造からすると1930年代ぐらい の橋のようです世界教皇の前後とかに作っ たんですねこんな立派な橋をまどんなに 景気の悪い時でもこの橋を作るのは重要な ことだったろうと思いますこの橋をくぐっ た裏側にもまだ多数の船場がありまして 大昔のまんまの光景ですよねあ倉庫 ばっかりだあれらの美しい倉庫は今の時代 の物流にあった形ではありません昔は多分 いろんなところから運んできたものが あそこが入っていたんだと思いますが今の 時代はコンテナー線が集約ですからなんか そういうのの布団もどっかにあるのかな うわすごいこれもディズニーランドみたい な古そうなやつが本当に古いのか分かり ますうわすごいすごいしかいてないです これ外輪戦じゃないですかこんなのもある んですねこんなに水深の深いところで外輪 戦にしなくてもいいだろうと思うんです けど大昔の技術を使って観光客向けに ディナークルーズとかをやってるようです 琵琶にもミシガンクルーズとかあります けど相当の大きさですね昔は多分僕の今 乗っているフェリーこそああいう形をして いただろうと思いますサーキュラーキを 出発してハーバーブリッジをくぐりぐるり と三先を回って反対側バランガルにやって きましたここは高層ビルが並んでる新宿 みたいなところですね新しい建物が多い です大体ね新しい建物が立ってるという ことはあの古くからの繁華街ではないわけ ですよねウキペディアを見てみたら昔の 1930年代のこの辺りの写真がありまし た今ねこここんな感じで進んできたはずな
んです だから元々は貨物ターミナルだったところ ですよねでも1950年代にコンテナの 時代になったので貨物ターミナルが全部 一気に時代遅れになってその代わり シドニーの経済発展を見たということで この辺りに新しい建物を建てる再開発計画 を起こしたんだと思いますあここが シドニーの新宿やら渋谷みたいなもんです ね元々はま街外れっていうのかな倉庫とか しかなかったようなところだと思いますだ ここはやっぱり船場がさっき木でできてる ようなところが多かったですけどここは木 じゃなくて構造ですもんねあの貨物の扱い 方が変わってで前の設備が時代遅になった から撤去しましたつっても貨物扱いはどっ かで必ずやってるはずですからねこれも昔 多分そういう荷物の扱いとかをする場所 だったんじゃないかと思いますが今はもう 使ってなさそうです錆びついている しあれかなそこに石油基地があるんですよ ね大型タンカーが切断できるような構造に なっていますもうなんかかなり狭くなって きているような気がするんですけどこんな とろに世界の大型タカが入ってくるのかな いやでも多分そうなんでしょうねあと あっちは石炭桟橋かなも日本にはそんな ものはほとんどなくなってしまったんです けれどもおそらくあそこに昔石炭を運搬 する船がたくさんやってきて オーストラリアの名物ですよね積み込んで あちこちに輸出していただろうと思います どうもそうらしいですここはあのイギリス のテムズ川と同じ名前のグリニッジでいう 地名だ物が大型タンカーが来てますよ海 からの距離という意味で現在地を例えると 東京だったら北千住大阪だったら守口です か北千住にタンカーの発着場があったら 便利でしょうねでちなみに目の前に見えて いるこれもオーストラリアで最大の造船所 が昔あったというま非常に重要な工業施設 だそうでして今は世界分解産に指定されて いるそうですさてだいぶもう海の加工の 部分からは離れてきましたまだまだここに は海水が流れてはいるらしいですが次第に 塩分の濃度は薄くなってき て流に差し掛かり塩分の濃度も薄く川と いう感じになってきますここで久々に橋が 現れましたがまだだいぶ高い橋ですそうか ヨットが通るからですねま日本では あんまりねヨット文化というのはそこまで 人気ではありませんけれども欧米文化では もうかなりポピュラーでしてで高い方を上 に張りながら進みますから上がつっかえて しまわないようにこうなっているん
でしょう市街地を離れて静かに暮らしたい という人たちの立派なお家が並んでいて それぞれのお家にはガレージのように船場 が用意されています まもしかしたら自分の移動手段として船を 使ってる人もこの辺りは多いのかもしれ ませんね人によっては車より船の方が便利 だという人も中にはいるかもしれないです からねこれなんかWikipediaで 掲載されてるこの辺りの写真を見たんです けどすごいね多僕今ねこの画面の下の辺り にいると思いますこんなんなってんですか もうすごい溺れだにまさに常に洪水が発生 してるような感じですよねなんか雨の橋立 の近くにこういうのがあると言いますよね どの家にもこう船の車庫が設けられていて 雨の橋立じゃないかなこの兵庫県のこの 日本海側のこの稲というとこにですね稲の 船屋というのがありましてでここがねもう みんな岩壁のところに自分たちの量など ですか船のガレージをたくさん持ってる家 が並んでるところがこれすごく綺麗な ところらしいんですがあれは小さな小舟 ですけど多分あの小舟に乗って家を出発し てでどっかここら辺に止めている自分の ヨトに乗り込むんだろうと思いますけどね あ自分地の船をあそこからレールに乗せて 海を下ろすようの施設もあるみたいです じゃあ明日休みだから船に乗ってどっか 遊びに行こうよみたいなドライブ感覚で 遊びに行くっていうのはここの人たちに とってはごく日常なんでしょうおお次に 釣り橋が見えてきました釣り橋はいいん ですけどただねあの釣り橋が通っている ところは高速道路らしいんですよね高速 道路が釣り橋で大丈夫なんですかあでも よく見ると橋は2つかかってるみたいだな 前側の橋はじゃないですね釣り橋なのは奥 だけだでよく見るとこれは多分ケーブルで 巻き上げるタイプの橋なんですけれども もうケーブルがありませんだから多分この 釣り橋として形は残していますがもう 上がらないんでしょうね住田にかかって いる勝どき橋と同じパターンだと思います つまりこの辺りで船の高行の需要ももう ほとんど落ちてきていてこれより上流に ヨットが行くということもあまり考えてい なく てそしてこの橋はもう上がる必要もないし 速道路として安心して使える状態になった ということなんでしょうね手前側の橋は かなり新しいです平成とかじゃないですか ね奥側の橋はこれは戦前じゃないですか昔 跳ね上げられていた時代もあったのだと 思います道路の未備な時船が多かった時代
にはねもう相当上流に上がってきて いよいよ海の水もあまり入り込んでこなく なったんじゃないですかねあでもまだ桟橋 のを見るとフツがついてます太平洋から かなり流に上がってきたんですがまだこの 辺まで来ても塩分の濃度はあるみたいです ねとはいえここまで遡るとだいぶ塩分の 濃度は下がってきたみたいですなぜそれが 分かるのかと言うとマングローブですね これこれマングローブですよねあるんだあ そうですよやっぱりこう水に使ってます もんまこういう風なのを総称して マングローブというらしいんですがさっき までなかった植物が現れました マングローブは塩分濃度が全くのゼという わけではないがしかし完全な回でもない みたいなあのちょっと薄い海水のところに たくさん成育するらしいですまそれが マングローブの生存戦略らしいんです けれども川幅もサーキュラーキーの時とは 比べるまでもないほど狭くなってきました ね水深も浅く危険なところが多いと思い ますですからこういう風にホールを立て たりして川沿いには引き続き綺麗な家が 並びますが水深が浅くなってきたという こともあるんでしょうもう船を持っている ような家は全く見られません入島に行った 時を思い出しますね水深の浅いところに 注意しながら速で行するマングローブの林 の中を行く川の上り下りを思い出しました あもうほらこんなにもう色々立って安全な ところを確実に確認するよう指示してい ますねえ7ノット以上の速度は出すなと 速度制限まで出ていますこの赤と緑の ポールが立っている間のこのわずかな ところしかもう船が通れるところは残って いないのだそうですすぐそこはもうご覧の 通りの浅瀬ですから自然豊かな オーストラリアの雰囲気味わえていいです けれども船の運行には相当注意を要する ところだと思いますすごいねあの太平洋 から こんなポールギリギリのところを抜ける まで船1回の乗り換えで景色の違いを 楽しむことができました船が作った波が マングローブに当たっていますさっきいた 鳥はカモですけど今いる鳥はサギですね オーストラリアにもサギはいるんですね そしていよいよ川幅は狭くなりまして 向こうもギリギリだしこっちもこんな ギリギリでこれどうすんのみたいな狭い ところなんですがよくこんなでかい船を 動かせますねやばいんじゃないかという ところで船はいよいよこれ以上はいけない 終点のパラマッタ船場に着きましたこの
川幅の狭さは神田川のお茶の水の辺りとか あの大阪城のお堀の方がまだ広いんじゃ ないですかよくこんなに幅の広い船動かし てましたよねすごい改札が無人方式じゃ ないですかだもうお客さんがちゃんとお金 払ってくれるだろうっていう信用の元に 成り立ってるんですねみんなちゃんと払っ てました乗ってきたフリーが折り返し サーキュラー級へ向かって出ていくところ を取りたいと思いますいや本当に狭い ところをよく高行してますよね大平洋から 続いた世界3大尾行のうちの1つと言わ れる美しいシドニーのイリアはここで終点 となるわけですねなか1つ賢くなってよう な気がしましたシドニーの入江の一番奥は どうなってるのかなこうなってるんですね 説明できますけどうやばいなこれこの顔幅 に通るサイズの船じゃないと思うんです けどでも結構乗ってたんですよ割と途中 までやっぱ需要があるからねこのサイズ 運行する必要があるんです ねそれですねなぜパラマッタがこの船の 運行ルートの終点なのかと言いますと物理 的にここから先は船が通ることは絶対でき ないからです自転車の皆さんが渡っている 席がありますねま平たく言い換えればこれ をダムと呼んでも間違いではないはずです よねなんでこういうものを作るのかと言う とま多分ですがこの海からの潮の導引の 関係でやっぱここまでも結構塩分が入って くるんだと思いますもう今ここで見た限り フツとかがつくレベルではないようですが とはいえマングローブもしげているわけ ですから若干塩分はあるはずですなかっ たらマングローブはほぼ育てられないそう ですからねなんでえ真水が欲しいという ことで多分ここでですねえ川に段差を作っ てしまってそうするとこの段差がある おかげで塩が満ちてきたとしてもの海の水 はこれよりも上に上がることができません でこっから右側はもう全部真水ということ でしょうだから工業用水とか飲み水とかに 使われているのだと思いますでこの炭水域 となった上流方面を見るとうわ結構古る そうな石石橋ですよねがありますがえ オーストラリアは今回見てきた限り意外と ね建物の歴史が浅いという印象ですあなか 1850年とかの建物がずらっと並んで いるわけではありません国としての歴史も 多分そんなにものすごく長くないと思うん ですねそんな中ではあの古の橋は多分貴重 だと思いますあれ結構古いと思いますよ ちょっと遠いけどあそこまでね歩いてくの めどくさいんですけど行ってみますか シドニーの近郊はどこも自然と震ええる
ように色々配慮されてるようですからも 人間とカモみたいなのがまみれ てこういうところでねまあの橋の手前まで 歩くのなんてもう散歩ですよ別に歩いても くありませんあこれあれか昔の人の反戦 ですねこういうのに乗ってヨーロッパから 来ましたってことなのかなあそうみたい ですねこれなんかロンドンのとこにいる みたいなやじゃないですか兵隊さんの戦闘 の方は槍を突きさせられて死んでしまって います何これあ向こうにもあ千住民の方と の戦いかこれが多分千住民のアボリジニの 方たちなんですかねえこちらも体から血を 流して横向きになってしまった多分これも 打たれて死んでしまっているといことだと 思うんですよ ねオーストラリアを語る上で避けて通る ことはできない悲惨な歴史をここに展示し ているということですねうん多分だなで やっぱりその隊列の後ろの方の人たちは今 戦いに進んでいるところだでその奥これら は千住民たちの文化ですねだからちょうど ねさっき向こうに反戦の絵が書いてあり ましたけどまさに向こうがこう太平洋の方 ですよ向こうから白人の人たちがま船に 乗ってでこのアボリジニの人たちをま殺し たりしながらえその文化の方に入り込んで きたということちょうどこう僕が川を今 遡ってきたのと同じような向きで川に沿う ようにしてつまりオーストラリアの歴史に 沿うようにして直感的に伝えてるんですね 歴史は悲惨なことですけれどもただいい 工程で道のりを辿ってきたということです ね海から川を遡ってきた今回の道乗りは つまり侵略の道乗りでもあったということ なんでしょうでそれがまさに行われていた 植民地時代の初期からずっとこの橋は存在 するらしいですじゃあ海から20km以上 遡ってきたこの場所にもう植民地時代の 初期から人が住んでたってことですね何 やってたのかなここで多分ね解説が絶対 どっかにあると思うんですよねあほらほら あるじゃないですかこんな立派なのがあ昔 はこんなんだったんですねこんなんだった 頃からここは開発のために船がこう通っ たりとか多分してたんだと思いますが 1839年にできたものでニューサウス ウェールズ州で1番古い現役の発車と書い てありますそんなに古いんですかあのまず ニューサウスウェールズってあのこ今いる このシドがある州なんですけれどもこれ めちゃめちゃでかいわけなんですけど こんなでかいところの中で最高ですかいや 僕今初めて知ったんですけどこの パラマッタというのは人の目線で言えば
オーストラリア最高の街らしですシドニー よりもこちらの方が10ヶ月早く人が住ん だとウィキペディアに書いてありましたで なんでこの場所にみんな住んでたのかなと いうことなんですけどやっぱりね今から 300年とか前の時点でここが船の入れる 一番上流だったらしいんですよねだから とにかく海から行けるところまで行くと ここだというのは今も当時も変わってない らしいんですでえ当時もやっぱりこの辺に なるとだいぶ塩分の濃度が薄くなって真水 が手に入りやすいので食べ物を作って農業 をして人が住みやすい場所ということで ここが最初の入植地に選ばれたんだそう ですねでね今その話をしてる間にねこれ ちょっとこ落ちたら怖いんですけれども こっから慎重に見ますが気になるものを 見つけたんですが向こうのあの橋の下に鳥 がなんかね進んて可愛いですけどもこれ岩 がゴロゴロしてますよねあれま多分こっ から上流方面もま水深が浅かったりなんか 岩がゴロゴロしてたあれ木もあるのかなま すると思うんですが多分ねこから上流はま なんか警告みたいな感じになって全く船が 進む余地がないんじゃないかと思いますあ 向こうにもまたなんかもう1個ダムみたい なのがありますねだからあれもまた多分 塩分をあのブロックするための設備が あそこにあるんだと思うんですがだから シドニーの最新部は真の意味で言えばここ だと言ってもいいかもしれませんねこの橋 は後から克服したのかなそうですね反対側 はちょっと材質が違うわオーストラリアに おける白人社会の歴史はまさにこの場所 からまったわけなんですね何も考えずに あちこちうろうろしてた割にはいい勉強に なったな歴史ある石橋を渡らしてもらって そろそろシドニーの町に帰りますかねま ここが要するにオーストラリアの日本橋 ってことでしょう三越があるかもしれない というのは無論本当にここに三越が存在 するとは思っていないですがやっぱ19 世紀のものが結構あるみたいですね マレーシアを思い出すイギリス植民地 っぽい雰囲気ですちょうどここに銀行が ありましたねこれオーストラリアの力ある 銀行だと思いますコモンウェルスバンクと 書いてありますがコモンウェルスっていう のはあのイギリスの自治量ですね元々法律 の制度とか国内のやり方はイギリス本国と は独自にやってはいるけれど国王の元に 中性を誓うのは同じだと日本もね条例は 自治体によって違いますけれど日本国憲法 は同じで国民統合の象徴はみんな天皇陛下 じゃないですかまそんな感じなのかなあの
法制度はイギリス本国とは違いますけれど も国王チャールズ3世の元に動というのは まそれはイギリス本国と同じだと駅へ 向かうメインストリートには電車の線路が 引かれていますまだ走ってないみたいです けども多分開業準備中なのかなオデを振っ て歩行車天国できるのも今のうちかもしれ ませんでも路面電車用の信号もあるみたい なんだよな今運休中なのかなおおお駅が あったじゃないですか駅に貨物列車が来て ますオーストラリアの貨物列車はとんでも ない長さらしいですあれもそうなのかな なんか列車がやってくると10分ぐらい目 の前を通過してるとかね踏切りで絶対 出会いたくないみたいなこと オーストラリア人の方がおっしゃってまし た駅前のこの教会は183年だそうです そんなに古いんですかそうですよね キリスト教都の人たちが入ってきて1番 最初にまず必要となるのは何よりも教会 ですもんねじゃあいよいよここに電車の駅 がありますんで乗って帰ろうと思ったら ですねこのパラマッタ駅というのは 1860年とこれまたとんでもなく昔に 作られたやつでそしてここからシドニー までの線路が 1番古いそうですよまそうですよねあの川 の水深の浅いところこれなんか マングローブがこう横にあってみたいな これでは水があまりうまくいきませんから ここに鉄道を引く必要があると考えて実際 にやったわけですねちなみに駅校内に案内 がありましてそのおかげで知ることができ たんですが僕の立っている4番乗り場が 一番古い構造が残ってるところだそうです まるでロンドン近郊の駅にやってきた みたいですね実際同じ大帝国だったんです から一旦改札出て最高の影者の外観も見 といた方がいいなこれ多分ね出られるん ですよあ行けた行けた行けましたねそう イギリスもそうなんですけどね入場した駅 でもう1回タッチして外へ出るってこと できるんですよお金かからないみたいです いい背景にいい駅舎じゃないです かちょ階段で何かあのタムロしお酒飲ん でる人がいるんでちょ逃げておきますそか そかアルコールフリーゾーンなんですねだ からあそこでお酒飲んでたえいや違う違う アルコール飲んじゃいけないんですよね そうあの割と欧米社会はね人前の道端でお 酒飲んだりとやばいって認識なんですけど じゃあね帰ろうと思ったら僕のもこの車両 結構古いやつじゃないですかこれシド行き ですよねシド行きっていうかシド中央駅 行きだと思うんでねちょっとこっちの隣の
号車 に手動なんです旧型車っていうかあれです ね僕の乗った車両はインターシティだ インターシティっていうのはあの ヨーロッパでよく言われる言葉ですが長 距離列車ま特急みたいなやつでしょうとは いえ料金は普通列車と変わらないはずです お隣が普通列車なのかなそうみたいですね なんか向こうは止まりながら進むんです けれどもインターシティは途中駅を飛ばし ながら行くんですね車種もそれでちょっと 違うし座席も多分こっちのがちょっといい んじゃないかな2階建ての構造になってい ますこの向こうはねクワエとキャリエジっ てのあのこ静かにする車両となっているの で僕一ブツブツ喋るからねこっちに来て おかないと まこの声だったら誰にも聞こえないと思い ますが日本で例えれば新橋横浜間に当たる でしょう内陸の拠点パラマッタと海側の 拠点シドニーの間を結んだこの辺りで最高 の鉄道路線の景色を楽しむことができます 沿線の建物もやっぱり古いものが多いです よねレガ作り駅の感じとかを見てももう 全部昔のイギリスと同じですよねこの ホームの屋根の上の部分に飾りがついてる じゃないですかあとこのレガの建屋が ホームの中ほどに立ってるこの感じとかね いにもイギリスっぽいわう相当立派な駅だ なここ はしかもなんか前の列車が詰まったのか この駅で止まるみたいです停車駅なのかな 多分停車駅なんでしょうねうわ立派だそれ インターシティも止まるわけですよねいい ですよこのホームのやっぱ屋根の上のこの 飾りですよね僕なんかねもう京都駅に行っ た時に京都駅の大阪側のところにちょっと だけこの屋根飾があるところありますよね うわ屋根飾りが貴重だとか言ってる中で もうこんなにいっぱい屋根の飾りが見られ てマニアとしては嬉しいです この電車はま今速度あんまり出してない からってのもあると思うんですけど静音性 がやたらすごくて昔日本にも5%3系って いう電車ありまして僕も何回か乗ってん ですすごく静かでびっくりしたんです けれどもこの電車もそうなんですよねこ今 このデッキのところはね走行するじゃない ですかうわんてもうこれが客室内にこの扉 を開けて入るともあまりに静か でもう全然音が聞こえないです よあの電話してる方はいらっしゃるんです けどね一ねクワイエットキャリエという風 に書いてはあるんですが電話してる方は 多いですほとんどみんな電話してるんじゃ
ないかなそしていよいよ終点の中央駅に 到着です結構時間かかりましたねっていう のはね前の電車が詰まっていたのかなんか 全然速度を出さなかったですさすがに船 よりは早かったですけどね今夜の8時半日 沈みそうで夏のオーストラリアまだまだ日 沈まないですね必要はないんですが立派な 駅舎を見たいと思うの一旦改札から出てみ ますわっち スカほどねパッとは出られないですけど そんなものすごく鉄の利用者が多いわけで はないのでいいねオーストラリア最大の 鉄道駅とはここですねえこの駅舎は 1900何年とかえ20世紀冒頭のものだ そうですこれがその正面通路なんです けれどもえ何正面口を出たら目の前にまた 線路があるじゃないですかこれ路面電車 ですねしかもさっきは走ってなかったです けどここは走ってるみたいだおいしょ 何駅の2階に路面電車入ってくるんですか これ多分は馬車とかあのT4みたいなが来 てたんだと思うんですよねえすごいな ちょっと見てから行きたいですね来た来た 来た来た来たすぐ来ましたよでなんか オーストラリアの電車全部空いてんですよ ねなんでこんな空いてんですかフェリーは 混んでるんですよ輸送力に余裕があんのか なラッシュの方向と違うんすかねでも一体 どの路線がラッシュで混んでいるのかも よくわからない色列車見たんですけどま ともかくすごい面白い景色 だ便利な交通だ路面電車の本数も結構多い ようです うわあなんすかこれ元々作られた古い設備 をうまく現代に有用していますでこれが 多分その降りた人がここでお金払う場所だ と思うんですけどもう本当に治安がいいん だなだってもう降りる時にタッチしなくて もわかんないじゃないですか運賃もま比較 的安いと思うんすよね僕前電車乗りました けど2時間インターシティに乗って 50000円ぐらいしかかかんなかった ですからねえっとそれで空港行きの電車は これでいいのかなまいいと思うんすよね 空港に行く人たちがみんな迷ってますから ここに飛行機のマーカーが書いてあれば 大丈夫でしょえVエアポステーション書い てあります今日色々電車乗ってみて分かっ たんですけどどうも全般的に2階席の方が 混んでるみたいですみんな上に行きたい みたいですねじゃあ下にしときましょう下 も面白いからねガラガラの電車で空港まで 15分電車も数分間で来るから便利ですよ ねま運賃はちょっとさっき言ったように 高いんですけれどもまとはいえねあの
スカイライナーとかナタエクスプレスより は安いんで えちなみにこれさっきまで言たねシドニー ワンあの街の中心地はこのシドニーの入な んですけれも南側にもう1個ボニーワンて いうのがありまして空港はこの近くの ところにあります近いんですよね駅からの 出口はウェイアウトかアメリカだったら イグジットですけどもイギリス英語みたい ですねでまだ夕飯を食べてないからめど くさいけどなんか用意しなきゃいけないな と思ったんですがあるじゃないですかいや ちょさすがになマクドナルドの テイクアウトで済ませましょう僕の泊まっ てるホテルはこういう名前です1泊あたり でね2万円ぐらいでしたいやこのクラスの ホテルにしては結構いいと思いますああれ か1回掃除入ってたのか悪いことしちゃっ たなちょこんな置きっぱなしにしてああ マスクもあんなとこに置いちゃってたわあ どうも今回値段調べてみると向こうの市街 地でこのクラスのホテルに泊まっての1泊 4万円か5万円ぐらいしちゃうらしいん ですよでそれに対してこのホテルも結構 いいと思うんですけどこれでねま1泊 2万円ぐらいで空港の目の前大体空港の ホテルって高いと思うんですけどねも割と 安かったんでいいなと思ってね マクドナルドで買ったものはまずチキン ナゲットです日本と同じ味だと思います ただね海外のマクドナルドって日本より ソースの種類かなり多いんですよね タルタルソースがありますえそれからこれ ハンバーガーですけども100% オーストラリアビーフだとまあの要は国産 牛ですよねなんか結構高級層まここで食べ たらモスバーガークラスになるんじゃない ですかえ日本円で1200円ぐらいしまし たまあまあ基本的に匂高いんですけども あとこれも購入しましたねえななんて言え ばいいこれまあのボトル詰めされたペット ボトルのお水ですけれどもなんかこれも 色々ありますねアメリカだったらなんかB オブウていうとかなんかあのイギリスだっ たらボタオブウーターとかなんか色々 オーストラリアもねまたあるらしいです なんかこの水をどういう風に発音する かってのは英語圏の人たちのあのよくある なんていうのあるあるネタらしいんですよ ね日本だとな今川焼きとか回転焼きとかね なんかあるじゃないですかこれ大番焼きだ みたいななんそんな感じであのこれをなん と呼ぶのかみたいなのは英語県の人たちの 発音の定番ネタになってるらしい です
はいただいまその後ね翌日になりまして 南極から帰ってきましたま僕が帰ってき たっていうよりね飛行機が安全に南極まで 行って帰ってきてくれて僕はそれに乗せて いただいたって感じなんですけどあすごい なこのホテルにね自分の荷物とかある程度 置きっぱなしにしたまま南極まで行って 日帰り旅行できちゃうんですねで信じられ ないことにね暑いんですよえ何そんなに 日本のネタイヤみたいな感じ見てください これ冷蔵庫がこんな曇りまくってます 昨日までは夜別に暑くなかったんだけど 今日めちゃくちゃ暑い熱帯え東南アジア みたいに暑いんですけどそんな日によって 気温が違うのシドには道に迷ったおばあ さんがいらっしゃって話を聞いたら同じ ホテルだったので僕があの電車の乗り方と か教えてね案内してあげましたその方 オーストラリア人なんですけどね僕そんな に英語できないのになんで僕があの オーストラリアの人の道案内をしてあげ てるのかちょっとよくわからないですけど あのま僕は東京から来たんですよって言っ たらねそしたらあ東京の人だったらもう 電車がよくわかりますよねって言われまし たもうあの私その方はあの首都キャンベラ にお住まいだったんですけどもキャンベラ には電車はないですからみたいな首都に 電車がないことないだろうと思ってねいや あのインターシティトレインがあるでしょ うってインターシティって何ですかいや あの都市館列車みたいなあの長距離列車と かないですかあそういえばあったあった みたいなあマジかみたいなちょもう びっくりなんですけどもあのそれぐらい やっぱオーストラリアの人たちあのそのえ そのおばあさんとかねあの一般の人たちは 飛行機と多分車は知ってるんだけど電車の ことはやっぱ知らないみたいアメリカに似 てる感じなんでしょうねまでかい大陸だと そうなるんでしょうねおばあさんはあなた こんなに長いフライトに乗って日本から来 て疲れないの体がもうすごく強い強いのね みたいにれていやビジネスクラスにして ますからとちょっと言えないですよねあの そのおばあさん別にそんなすごいお金に 困ってるっていうわけでないと思うんです けどもとちょっとねやっぱなんかそのあり ますよねそういうのうんまじゃあしく エコノミークラスに乗りゃいいじゃない かって話なんですけどあちょっとね仕事だ ともう毎日休まずひたすら仕事し続け なきゃいけないんでまま休休んでもいるん ですけどそれももうねやっぱあの自分の 体力をこう保持してとにかく動画を撮り
まくるっていうのがちょっと僕の仕事なの でましょうがないすよね疲れてカラカラが ボロボロになってしまうような仕事では あのいっぱい働けませんからあのそういう 意味でビジネスクラスなんだなってのあの 飛行機のやつの名前を見てねよく考えられ てるなと思いましたま本当にそうか分かり ませんけどはいおはようございます2月6 日になりましたね歌舞伎役者みたいになっ てしまってですあのオーストラリアシドに 全般的に紫外線がものすごく強いらしいん ですよだから日焼け止めを塗らなきゃいけ ないなってこれ一応持ってきてたんです けどあの塗ってなくてねえ今あの久々に 塗ってみましたらなんかもう歌舞伎役者に なっしまいましたまこれ でうんま多少拭き取ればいいでしょう昨日 から何回か映してると思いますけどねあの 日本語ではA380とか言いますこの すごい大きな飛行機がまた今も飛んでいく ところですけどもこれ昨日オーストラリア の航空会社の方とお話ししたらI380 って言ってましたねオーストラリアではA がIになるんでしょう朝ご飯はまた マクドナルドです日本ではマクドナル ドドってもう全然行かないですけどあんま 好きじゃないんですけどいや海外では ありがたいですよあの日本みたいに コンビニでおにぎり食って適当に食べよう みたいなできないからねそういうのがない ないですよねオーストラリアにはあんのか な電車の中でマクドナルド食べていいのか わかんないですよホームにはねものすごく たくさんベンチがありまして明らかにこう いう座席がね必要量よりも多く作ってくれ てるんですよ快適でいいです ね結構食べられましたちょっと残ってんの ま車内でごっそり食べりゃいいんじゃない かって気がする けどでもご飯食べてる人は見ないんだよな シンガポールでやったらね処罰される らしいですから気をつけない とまだまだシドニーのことはちゃんと別れ てないでしょうまた町の中心部へ行きまし たサーキュラー駅ですでねいっぱい人が 歩いてるんですけどみんな中国人に見える な結構シドに中国の人多いんですね観光客 の中国人も多いと思います日本ではね台湾 の方はいるんですけど中国ってのはあんま 見ないんですがどもやっぱね処理水のこと が関係してるらしいですよあれ意外に影響 が甚大でやっぱそれの関係で中国人の方が 日本に出かけてくるってことは少ない みたいですクルズ線は毎日違うのが入って 大人気だそうですね
えここに止まってるのはロイヤル プリンセスと言いましてダイヤモンド プリンセスてねコロナの時に有名になった 船ありますあれのやってる会社の特に 大きいやつかなアカ2が5万Tだそうです が13万Tあるそうです僕鉄道マニアなん で本当は鉄道も色々見ていきたいんです けど多分オーストラリアにとっては鉄道の そのまなんて言うんですかプレゼンスと いうのかなあの目立ち具合はだいぶ低い ものがあると思うんでこれ船とかの方がね よく分かると思います色々見ててま世界 割としてると思うんですけど大体巨大な街 には巨大な船場があってそれが昔から今に 至るまで使われててで大体こういう場所は 街の発展の中心として古くから使われてき た歴史的な場所なんですよねあろうなと 思ってきたら実際そうでしたもうどこも 一緒なんですよねだからあほらあそこにも ガイドツアーやってる人がいますわなんか いかにもあの明治時代みたいな感じ でしょうまオーストラリアには明治時代は ないかもしれませんけど屋根の作りとか 見ると相当粗末ですねまだね建設の資材と か物理も整えて用意することができない ような時代から経って多分本当 オーストラリアの初期の初期からあるもの なんだと思います1842年の現在地点の 絵が書いてありました多分ね今どっか多 この辺にいるんだと思うんですよねでここ になんか例えばこの反戦が止まってます けれどもこの止まってる位置に今これが 停泊してるんじゃないかなやっぱり古く からここはオーストラリアの玄関口だった みたいでょでこの建物は何に使ったかと いうとピオピオ速報というねあの YouTubeチャンネル見て知ったん ですけどオーストラリアの開拓というのは あのイギリスの犯罪者を送り込んでその人 たちに開拓させりゃいいじゃんみたいなま 日本でも北海道でそういうことやりました けれどもそれまた悲惨な歴史だそうなん ですがそういう風にやったんだそうでして そのま犯罪者としてオーストラリア開拓 しろうと送り込まれてきた人たちが初めて オーストラリアの地を踏んだのはやっぱり ここみたいですでその人たちの管理をし てったりとかですねじゃあお前たちはこっ からパラマッタまでさらに入ってって入植 しろうみたいなのを管理監督したりしてた のがここらしいですそんなことは書いて ありましたならくオーストラリアの玄関口 だったと思いますんでそりは古く立派な 建物も残ってるわけですよねあ長崎 オランダ坂みたい
だま地形も長崎みたいなもんですねスニて でかい長崎でしょ書いてありますよ 1788年に最初のヨーロッパ人がここに 定住した時の雰囲気を思い起こさせる ところですみたいな何そんなそんないい 場所があるのノには空いてますね穴場観光 地を発見してしまったな当時はこの道から 見えている景色は反戦の小柱だった でしょうね今は13万Tのでかいクルーズ 線に変わりました道もなんかよく見れば でこぼこでシドには道どこも綺麗なんです けれどもここは目立ちますね昔のなんとか 海岸を整備して使ってますっていう感じを 今も留めてますおこれもいい感じだね地震 対価があんまりないからかな1840何年 とか書いてある古い建物がいっぱい並んで ました書いてくれるからいいですよこの 建物はいつ建てられましたって大体ね見れ ば書いてありますこんなのもあんのかこれ これって普通なんですかオーストラリアで は普通じゃないような気がするけどこれ ロンドンとかに行くとねいっぱいあるん ですけどもちょっと調べたんですけど やっぱ今はこういう公衆電話ほとんどない みたいです昔の雰囲気を伝えようと当時の もの保存してるんじゃないかな木星です もんねあこの辺なんか古るそうだな本当に ロンドンみたいじゃないですかいなんか こういうのってね似てるように見えても やっぱりあのこっから多分左方向に行くと もう20世紀に入ってからの建物が多い らしいんですよねまそれでも日本人から すればすごい古い建物ばっかりですけど こっちは下手すると18世紀の建物とか あるんじゃないあ僕の動画で前にねパリで はうんことおしっこが流れていました みたいな話をしましたけど道の真ん中に 排水溝が設けられてるようないい雰囲気に なってきましたよあなんならやってるじゃ ないですかあれああれだその昔の雰囲気を 再現してくれてるんですね昔はこんな風に して道の掃除してたんですよみたいにやっ てくれてんじゃないかなただ水流した綺麗 だから流してるっていうわけじゃないと 思いますよこのくぼみとかを見るにそう でしょう多分ま日本から一番気楽に行ける ヨーロッパ感のあるところじゃないですか ねあの人種差別的な発言にならないよに すごく気をつけたいんですけどやっぱりね あのオーストラリアの方があれですねあの 白人の方が非常に多いので割合がロンドン とかパリとかに行くとじゃない方も道を いっぱい歩いてるのでその通行人の雰囲気 からするともしかしたら本場のヨーロッパ よりこっちの方がヨーロッパっぽいかも
しれないなヨーロッパの方はあの最近は イスラム県の方が非常に多いですからね別 にそれあの悪いとかっていうわけじゃない んですけど観光の体験としてはこっちのが それっぽいかもしれないアジア人もそんな にいないしね倉こと左は何かなちょちょ こっちは分からないんですけどこれはもう 使わなくなって横浜アレが倉庫みたいに なってるやつでしょうそうですね今はもう 使われておらず向けのレストランになっ てるみたいですそういうところまでアレが 倉庫と一緒だな外になんか吊り下げの物が 設置されてますけれどもここにも勝車が いくつかあるのでおそらくはここから クレーンでこう下に到着した貨物をこう ブランと持ち上げてで上の方にこれ確かに 窓にしては随分大きく空いてますからま この扉を開けてここからおそらく世界から まおそらくイギリス本国とかね途中の インドとかから積み込まれた貨物をこの中 へこの中へ入れていったのだと思いますま 1番下はそのまま多分ゴロゴロと転がして 入れてたでしょうねと思って倉庫見てたら ね あれこれこの間い反戦ですよねあラッキー 低圧しの見られます今日は頬畳んでる みたいですけどそれ停泊中ですから 1949年生という超ビンテージ品を写真 にしかも虹を背景に背景虹が出てますね虹 背景に収めることができて嬉しいですこう いうのではるかイギリスとか途中の植民地 から後悔してきてもう本当に何もない場所 であったでしょうねこのシドニーを こんなに立派にしていっったんですね実際 には横に並んでいる倉庫すら今の市街中心 を形成してるとはもう言えないですから これもただ昔の遺産として残ってるだけな んでこの奥の方行けばもっとすごいわけ ですねあちょうどそうですねプリンセス クルーズはそうだあの戦績が一応イギリス に置かれてるはずですんで後ろにレッド エンサイこれこれは本物のイギリスの戦機 ですねオーストラリアの旗じゃないわこれ を掲げてはるかイギリスから悔してきた だろうなと感じさせますなんならねここに 当時の光景が1795年にこの場所から 外海太平洋の方を見るとこんな感じだった らしいです今は特にねここにオペラハウス が立っているということに注目して見て いただくとあ随分変わったなと思わせて くれるでしょうま見方によってはあまり 変わっていないとあの辺とかねあまり 変わっていないということもできるかも しれませんこうしてシの街を作っていった んですねそして千住民の方がたくさん
なくなったと大帝時代に浸れるような外区 だと思いましたじゃあマンをじしてこの すごく大きいね立派なハーバーブリッジを 見に行ってみますかこれは鉄材の感じから するに 1920年代から40年代そんなに古い橋 じゃないみたいですよねただ規模が すごいどどれぐらい高いんですか これ多分隅田川にかかってる橋と同じ年代 なんだと思うんですがやっぱ大きさがね 巨大な反戦でもこの下は楽々通過できる ようにとんでもない高さになってるん でしょうまそれから煙突が高い蒸気線とか もこの下を通れるように色々目的あったと 思いますこれなんか立ってますねこれは 1948年のものらしいですけど橋の上は 上がれるみたいだな歩いてる人がいます 入場量とかも多分かかんないんじゃないま かかんなら払えばいいわ橋に入場量取っ たら渡るの大変ですからね橋は丘の上に 橋脚を立てていますがいくつもの大砲がつ だけ設置されていますねつまりあれでしょ この向こうが太平洋側なわけですからもし 敵が向こうから入ってきたらすぐ反撃して やるぞ今でもねあそこに軍艦止めてあり ますしオペラハウスのところも元々はえ 群行であったということですし多分ですが あの向こう側にもなんかそういうのあるん じゃないかなズームしたらなんか見つけ られませんかねあなんか書いてあるのこれ hmsシドニーヒズマジェスティーズ オーストラリアンステーションのhms ASらしくですねえ国王陛下の軍事基地と いう意味らしいですやっぱりそういう場所 なん だこの上の橋にじゃあそろそろ登りたいな と思ってですねこれ橋脚に絶対 エレベーター仕込まれてると思うんですよ 使えないかなと使えなそうですだめだ柵が これ上に行くためには一旦橋の多元まで ずっと戻ってからまたこの上に上がってこ なきゃいけないらしいです結局ねちょっと 先にホテルどっか荷物預けに行こうかな 今日のホテル決めてないですね横に良さ そうなのがありましたえこれこれ何かなと っこれホテルらしいんですよねここに 止まろうかな1泊3万ぐらい止まれる らしいですこれは元々過客線ターミナル だったらしいですつまりま多分長距離どこ かからやってくる船が到着する船の ターミナルだったんですけれどももう今 こういうのを使う時代ではなくなりまして 時代遅れの設備になりましたがそれを回送 してホテルにしたそうです結構ね前から やってる肝入り事業らしいですよシドニー
の看板看板なのかなあの名物ホテルの1つ じゃないですかねいやなんでここに 泊まろうと思ったのかというと ピア1という名前らしいんですが1号桟橋 1号桟橋っていう名前だったらなんか重要 そうじゃないですかきっと色々面白いもの があるに違いないと思いましてこれが 153橋だったら止まんなかったかもしん ないなまだ早いと思ったんですけどもう チェックインしていいということでしたで 僕の部屋は1階だったんですけども1階を 一生懸命探してもね全然客室が見当たら なくてええ1階だよなとまでもすぐ気づき ましたけどねあえ20秒ぐらいできました そうここは大英帝国だったわイギリスの 文化県だとあの日本で言1階は0階です からねでこれが僕の部屋です一番安い部屋 にしました追加料金を払えばに景色のいい 部屋とかもあったんですけどまそんな払 なくいいなと思ってあ木星ですね天井え そうなの木の針なんですねこういうのって 鋼鉄でやってんのかと思いまし た多分元々は倉庫だったんじゃないかなで そこにこう壁をこう後から取り付けたんだ と思いますだから元々はもっと広い空間 だったのではないかなと想像しますがどう ですかね窓は本物みたいだこんな感じの 取りですまさっきまでそこにいたわけです ねあそこにホテルあるじゃんと思ってい 向こうからこっち入ってきたわけです内装 や高級家にも結構こだわってるみたいです ねえ本日は1泊だけしますあちなみに 3万円ぐらいと思です3万5000円 ぐらいかかりましたで海の景色が見える ところはなんか4万とか5万とかかかる みたいですそんな払なくていいかなと思っ てね全部どこも景色がいいから基本ホテル は2人で止まる前提の価格なんですよね 海外あの欧米とかに行くとそうですよねえ お水が2つま2人分払ったんだから2つ 飲んでおきましょうまてね外があそう でしょそんな気温は高くないんですけど 湿度が97%とがあるみたいなんですよ 気温は31°ぐらいかなでもこの格好で 歩くにし暑すぎですねちなみに廊下は こんな感じなんですけども多分これもその 荷物を横に動かすやつだったんでしょうそ クレーンみたいなやつでしょとりあえず 綺麗に改装されたこの涼しいホテルでお 昼ご飯を食べて体力を回復させておき ましょうまさげな席ですよねえバーです これこれでね600円600円の安いん じゃないかコブチコブチっていうのがあっ たねえコブチそんなのあんのかと思ったん ですけどこれ日本飲み物ですよねて言い
たらいやこれはオーストラリアのやつです ねそうらしいウォーターメロンとミント スイカの飲み物なんです ねそれを昆布ちゃっていうの かちなみにこのレストランの名物は和牛 らしいですシドニーにもコンブがいっぱい えてるからそれ作ってんのかと思って全然 昆布は関係ないみたいですねあ発酵食品 らしくてね全く甘もありません何これは みたいななんかビネガードリンクみたいな 感じ和牛パスタ3000円ぐらいですどう かなまアメリカとかに比べれば物価安いの かなあんま変わんないですかね味は めっちゃ美味しいけどスパイシーだな オーストラリアの料理は結構日本人の口に 合うような気がしますであとはね胡椒が やっぱすごく効いてんのかな遠方から はるばる食べ物運んできたりとかして大 帝国の心髄である料いっぱい使いまくって るってことなんですかねオーストラリアは 遠いからわちょうど僕はこないだパラマタ まで乗っていったフェリーがまた出ていく ところですこの間ねあそこから1回ここ見 たんですよね覚えていただいてますかあ こんなでかいタンカーも入ってきたなま この間もねタンカーの布団は見ましたけど 本当に入ってくるんだこんな狭いところを かじ取りして入ってく の瀬戸内会とどっちが大変ですか ねそうシニはなんか見見れば見るほど 瀬戸内会みたいな感じですよねタンカーは 匠に家事を取りあっという間に石油桟橋へ 入ってきましたこういうものすごく 美味しいものを和牛パスタ食べながら吸 せるのがいいですよね味はものすごく 美味しかったですなんか値段は高いんです けどま高いなら高いなりに払ってもいいか なみたいなあの美味しさではあるんですよ ねあのねやっぱ欧米に行くとなんか高い けどあんま美味しくないみたいが多いん ですがうんま納得できる高さかなと思い ますこれ僕の止まってるホテルですが ホテルも見たいけど色々見るものが重なっ てきたな先に橋の上に行きますかお橋の横 の歴史地区にこれなんて言うんですか クレンモアホテルって書いてありますけど これねホテルじゃないと思うんですよ僕 この辺の古いホテル色々さっき見たんです けどこんなのは検索で出てきませんでした でなんでこうホテルという名前で営業し てるのかと言うとこれバーらしいんですよ ねなんか昔飲食店でアルコールを出すこと に関する規制があった関係でなんかホテル じゃないと出せないとかですねその植民地 時代初期の名残りでホテルと名前のつく
バーが色々あるそうですだは止まることは できません要注意ですねオーストラリア 旅行の時はじゃこれを登ればいいのかな 登ろうと思ったんですけどその前に何これ はうわ すごえこれは人口の道なんじゃないのか そうですよねお茶の水の神田川みたいなだ これこれ明らかにこう切り抜いたでしょ いやなんか変なのがあるなと思ったんです よここをこう車がこうスイス行けるよう にってことなんです ねでもねここまでやってシド開通させたに しては車通りが少ないと思うんですよね むしろなん道の幅が余ってて駐車スペース になってますこれ多分元は運河だったん じゃないかないやごめんなさいちょっと今 確認する方法がないんで読み方あってるか わかんないですけどアーガイルストリート という層ですねこれあの調べましたら 見つかりましたが1843年から68年 めちゃくちゃ古いそんな昔にこんなのを 作ったんですか囚人や有給労働車を使って 建設されましたもうオーストラリアの開拓 初期ですよねこの辺りのオーストラリア 発祥の地である歴史地区はここに書いて ありますがえザロックスという名前だそう でしてでそれね岩が昔ここになんか2つ ぐらいあったらしいんですねものすごく それも大きな岩だったそうですで確かに 見るとその岩がここに大きな穴を開けられ てまだ岩の地相自体は残ってることが 分かりますねこれもちょっと後で行ってみ ないといけないものがまた増えたな先に エレベーターに乗りましょう 簡単ですねお金もかかんないみたいです 人気観光スポットではありますが橋が でかいんで混雑するということはなさそう です景色のいいところはちょっと人が多い のかな上は車も並行し電車も通る重要感染 道路でえ規制速度70kmと結構スピード が出せます右側はスカスカでうわこわと いう感じですけども上まで回る柵がついて ますから落ちる方が難しいでしょ 鉄骨の感情を見るにやっぱ1930年頃 っぽいですねあのエンパイアステートビル とかあのま東京の関東大心さの復興の橋と かと似てると思いますこれを見るに昔は 路面電車が走ってたみたいですねこの上の ところにね色々鉄骨が横に入り出ています 多分これは路面電車の電線が上に張って あったんだと思いますがま自動車の時代に なって路面電車いらなくなったので ちょうどその電車の幅分のこの狭いところ ちょっと見えづらいですけど車来ると思い ますこれこの狭いところビュンと走ってる
じゃないですか 昔はちんちん電車だったと思い ますこの建てられて75年のプレートが ありました1932年地区ですねま大体 東京だったら関東大震災の後で西洋だっ たらばあの第1次対戦の後ということでま 30年代とかに割こういう立派な建物が 作られがちだったみたいですよであとね なんかハーネスをつけてこんな体験も できるらしいすすごいねこの橋のこの上の とろへこの登って上から消しを見下ろせる そうです絶対やった方がいいですよねなん ですけど多分ねYouTube撮影って なったら撮影許可とか多分色々あると思う んでちょっと僕はあのやめておきますが もしシにお越しの方は是非やってみて ください僕が見たかったのはこの景色 ですちょうどこれはパラマッタから来た やつじゃないですかねパラマッタからの フェリー がサーキュラーキーに入っていくところ ですがこのシドニーの入り江にまこんな 感じでイギリスからの船が入っていってで ここら辺がザロックスというそうですね あのさっき僕が言ったえ昔の建物が色々 残っているエリアこの辺を拠点に開発をし てで多分あの多くもね開発を進めていった んだと思いますそして今こんな大きな街に なりましたじゃあこの橋は何なのかって いうことなんですけどちょっとね今この橋 は今渡っちゃもったいないんじゃないかな この橋は割と新しく1932年春行ですで え今この橋を渡ってるのは自動車とかあと ま鉄道とかがそうですけれどもこれ自動車 とかの歴史ってのはやっぱ浅いんですよね シドニーが最初入植始まったあの1700 何年とか1800何年とかの頃は多分まだ 自動車ってのはなかったと思いますさっき の道もねこ見ると馬車で行く前提なんじゃ ないかみたいな設計のところいっぱいあり ましただから当時はあんまり自動車とか車 ってのが使い物にならなかったので車が 通す橋も当時いらなかったんじゃないかな と思うんですよねでえあんまり陸上の 乗り物が優秀じゃなかった時代から シドニーではこういう風にこう船が色々 動いてましたんでまつまり昔はこう船で 色々動き回れるからそんな別に必要なかっ たんじゃないかっていうのとあと多分ね昔 は土地も余ってたと思います多分なんです がまこの辺をこう開発してその後多分あの 辺も開発したんですよでこっち岸のま割と 主要なところをもう全部開拓開発して しまったので土地が足りなくなってきた からじゃあ今度向こうに行かなきゃいけ
ないねということでじゃ向こうに行くため には最近発明された自動車というのもある しえ自動車を使ってえ反対側に行けるよよ にこの橋を作んなきゃという理屈なんじゃ ないかと思います全部僕の想像ですよすい ませんだからまだねこの入り江の周りに くっついているシドニーの古い街並みを 全部見終わっていないのでこっちを全部見 終わっていないのにこの橋を渡って新しい 市街地に行ってしまうってのはちょっとね その順番的にあんまりよろしくないんじゃ ないかなと思うんですねなんで一旦ここで 景色を見ただけで引き上げます明日ぐらい に向こう多分見ると思うそしたらあの電車 で渡ってみましょうはい再びサキラキーに 戻ってきましたあのあそこにさっきの橋が あります関係もお分かりいただけると思い ますまだねこの電車のよりも向こう側には 行っていませんでしたここを見なきゃいけ ないですよねサーキュラーキーフェリー 乗り場と電車乗り場の裏側には何があるの かなと見たら最初に見つけたのは税関でし たこれはねカスタムって書いてありますが そうですね税関ですね税関があ るってことはやっぱここは重要な土地です ねこっち方向に歩いてみのが面白そうです 大体税関は大昔と同じ位置にありますよね これ1845年からあるそうです横浜の 税関とかも江戸時代からの経緯がなんかあ あるんですよ確か違ったかな立派で綺麗な 建物ですけどもう税関じゃないみたいです ね多分税関は他の場所に移転して建物を 観光地にしてるのかなあの文字コレトロと かねえ大太銀行通りとかあれと同じだと 思いますあの大太とか文字コとかも全部 設備が時代遅れになって他の場所に移転し たりしたのでじゃあ建物は古いの立派なの あるから観光地にしましょう同じ乗りです よねだからきっと貴重な建物はこれだけ じゃなくてね他にもあるはずですよここは オーストラリアの文字港であり オーストラリアの大樽でしょほらあ綺麗な 建物が多いですけどでも結構再開発で 新しい建物になっちゃってんのかなでも この右の建物なんかは当時もですねあと道 の幅とかね道の傾きとかは当時と変わって ないと思いますこの辺は今オフィス街に なってるようで観光客の姿あんまりないん ですがあんまりに歩くのには快適たは言い がい坂道ですあ港町っていう雰囲気が残っ てるわけですね道の真ん中に排水溝がある なそれも昔のまんまなのかなもしかすると ま排水溝がねどこにあるかってのは様々 ですけどやっぱりでこぼこの街並だま しょうがないですよね地形がデコボコって
のはというのは海の水深が深いから良い港 ができてシドニーが発展したわけで水深が 深いということはそれだけ地上側の地形も 険しいものになってしまうんですよね函館 とか横浜とかねえまどこでも日本中神戸で も良い港は急な坂ばっかりじゃないですか オタルもそうですよ ね世界共通的な光景だと思いますでもこう やって見てみると結構使える土地はもう 全部開発して使い切ってる感じがしますね 例えばこれがねアメリカの鹿号とかに行く となんかだだっ広い平原の中に突然高層 ビルが1箇所だけ集まって気がくれたのか みたいなすいませんシゴの方申し訳ない ですけどみたいな感じなんですがもう なんかビルを建てられる土地がこの辺りも あんま残ってなさそうですま古い建物を 壊せばね作れるんでしょうけどあの僕の目 の前にね小池ゆり子知事が現れましたえ びっくりなんだけど小池さんだよねあいつ も大変お世話になっており ますそういうこともあるんですねこの左の 車がね都事が乗った車だそうですあの今 国旗が日の丸がね黒く包まれて大切にされ ています思ったよりシドの市街地は急な 坂道でしたね僕もっと緩いかと思ってたん ですけどねまこの辺りの全般的な地形の中 では平らな方だと思いますが こんなに急な坂道ばっかりだったらもっと 面白い見方もありそうですようわすごい 知事を警備するためにこんなにこれ全部 そのために来てるんでしょ白バイが ちょうど来ましたこれですよいや急な坂を こ一気に降りてきてるじゃないですか路面 電車ね編成が長い なシドニーには地下鉄と路面電車の2つが ありまして地下鉄だと景色は見えませんが 路面電車なら急な坂を登り降りする様子を 楽しめそうです これでしない遊覧ってのがいいんじゃない です かすごいですねあまりに立派ですから思わ ず降りてしまいました本当は列車から 眺めるだけでいいかなと思ってたんです けどあこんなんなってたんですねシドニー の新市街は多分20世紀初頭ぐらいにこう いう景色になったんでしょう多分最初はね さっき見てきたロックスみたいなところ から開発してたんだと思うんですけど だんだん開発も進んできて人が順調に増え てきてじゃあこの辺も開拓して街にしよう かこんな立派な景色が作られたんです ね非常になかイギリスっぽい街並みですよ ねこ当時まではどうもオーストラリアの人 たちも自分たちは大英帝国の一員ですよ
みたいな認識結構強かったんじゃないのか なと思いますここにね19世紀末の イギリス大英帝国全盛紀の象徴と言って いいでしょうねビクトリア女王の像があり ましてえこれがですねえビクトリア女王 建物なんて言うのあのビクトリア女王ビル ディングって名前だそうですこれデパート なのかなここでお茶でも飲んできますかね 当然昔も飲んでたでしょうまだオスト になったばかりぐらいのイギリス人たがあ これBAがこの復元工事に色々協力したん ですねて書いてありますあBA ブリティッシュエアウェイズね本当に そんな感じなんだなま予想してましたけど 相当すごい内そうですよねギリビクトリア 女王の在中に釣ったんじゃないか な大人しく調べてみましょうこの建物はね qvbっていうですあの クイーンビクトリアビルディング ね98年でえビクトリア女王ご存命中の大 帝国時代の建物ですねチーズケーキとあと は紅茶注文しましたやっぱこちはミルクが 何も言わなくてもついてきますよねミルク ですかレモンですかみたいなことは聞かれ ませんでしたイギリスっぽい感じがします よねちなみにここ元々はコンサートホール だったらしいですねまそれそうですよね 女王の名前を取って国家の維新をかけて デパートを作るってことは普通はない だろうからな明らかに国家の一がかかっ てる感じがますもんねあそこに気になる 紋章が描かれていますあの王冠の紋章とか もあるんですが王冠は分かるんですけど これは何でしょうねま多分ですけど オーストラリアのシンボルなんじゃない ですかイギリスからスーズを超えてえ シンガポールも超えてハバル後悔してき ましたえみんな頑張って悲惨な歴史は かなりありましたがこのオーストラリアの 地を開拓して食べ物を作って生き延びまし たそしてえこれはね多分オーストラリアが あの相当羊毛あの輸出してたらしいんです ね多分イギリス本国とかまいろんなとこに ったんだと思うんですけども羊毛の輸出を していたのでそのオーストラリアの経済を 育てた羊毛の輸出品じゃないかと思います あの日本はキなんですけどオーストラリア は多分羊なんじゃないか な目の前はさっき電車で降り立ったところ ですけれども電車はひっきりなしに来る ようですねクインビクトリアビルディング 見学しに来てる人たアジア人がだいぶ 割合い高かったですね多分西の人たは見 慣れてるででしょ我々は見慣れてないです からでそのすぐお隣のこれが市役者だそう
ですけれどもなんかちっちゃいロンドンの ビッグベンみたいな感じですが多分作る人 もそれをイメージして作ったんだと思い ますよていうなこれ金が15分大きになる んですがさっきなった後でもうちょっと 待たなきゃいけないですけどねあの寝が ビッグベンと同じ音つまり学校のチャイム のキンコンカンコンあれがなりますあと このひっきりなしにやってくる路面電車 びっくりしたんですけど床下機器がね 先頭車両はま当然車輪ついてるんですけど 2両目は何もついてないみたいなんですよ ほらほらこう中間車は車輪がないみたいな んです よないですよね真ん中は中に浮いてるん だあと面白いことが分かりましたこの駅ね 構造がおかしいんですよどこがおかしいか 分かりますかこっちと見比べるとおかしい のが分かるんですけれども僕が気づか なかったぐらいなで多分皆さんも一瞬だけ 見されても ますがこの映像をご覧になるとああと 気づくんじゃないかと思いますはいドアが 開きまし た多分そろそろやるんじゃないか なあやりましたよほらこれこれ これここでね打線終わってしまうんですね 打線ってのはつまり電車に電源を供給する ための電線はこの駅で終点ここから先は 電荷されていませんえ電気がもうないから 多分ここまでの間に充電してきた バッテリーを使ってサーキュラーキーまで 行くんでしょう [音楽] ね昔はあったんだと思いますけどね上に 電線を貼ったりとか電柱を立てたりとか すると色々不都合も起こるということで 多分撤去してしまったんでしょう電池の 性能も良くなった から一度見慣れると面白いですよ ねというの色見てたらなんだかんだで15 分そう ですなんかロンドンのビッグベンみたい ですよねそうなるように作ったんだと思い ます よこの路面電車なんか相当見応えありそう ですねいやというのはねこの線路の上下の 間のところに何かあるんですがこれは多分 ケーブルが設置されてたんじゃないのかな あのサンフランシスコにケーブルカーての あるそうですけどね真ん中に昔あったん じゃないかと思いますよ坂が急だからあ 違う分かりましたあれだあの昔は電気が なかったから代わりにこのケーブルで 引っ張って動かしてたってことです
ねWikipediaに昔の写真乗って ましたねこの時はまだ真ん中のところも 使ってますよこれでぐるぐるぐると 引っ張って回して動かしてたんだじゃあ この路面電車相当歴史あるわけですねと 思っ今見たらやっぱシドニーの路面電車 って大英帝国で1番充実してたそうですよ 路面電車もいいですけど5番の目のように 生前と結構広く取られた余裕ある道路の 作りがいいですねあんまり渋滞って広く ないんじゃないかなと見てますがどうです かね多分町自体の歴史が浅いのでじゃあ 将来の発展を見越して道は広く取っとこう みたいなことが最初からできてたんじゃ ないかと思いますあの東京とかパリとかは ねもう道が狭すぎて東京は大震災を きっかけにようやく広げました でパリはえパリ改造ってのやったりしまし たけどシドンはそういう歴史ないんじゃ ないのかなでそれぞれの立派な道には王様 たちの名前をつつけるんですねビクトリア ジョージときてエリザベスですねその エリザベス通り沿いには大きな公園があり ましたハイドパークですロンドンにある 有名な公園と同じ名前ですねつまり イギリスから来た入植者たちがじゃあここ を自分たちの公園にしようと整備する時に ふさの名前をつけたということでしょう 結構小さいのかな小さいですよねあの ロンドンのハイドパークめちゃめちゃ でかいですここはあま大きいなみたいな 感じでしてまそもそもこのシドニーの中心 市街自体がそんなに大きくありません横幅 は1km弱で縦も2kmはないですよね ぐらいの狭いところに全部が収まってい ますこれなんでかと言とまこれ僕の自説な んですけれどもこの海岸線のところの港が めちゃめちゃいいからシドニーは境いた わけじゃないですかでこの海岸線から内陸 にこうすっと行けるようなところにこう船 から物を運び込むことによって大都市と いうのを成立させることができますな海岸 線の近いこの辺りは超大都市になったん ですがもう海岸線からちょっと離れて しまうとまそんなでもないってことになる のかなだから東京が異常すぎるというのも あると思うんですが地下鉄の駅も4個か5 個多そんぐらいしかないんじゃないですか だから町は意外に小さいみたいなんですよ そんなに大きくない市街地を一望できそう な建物を見つけましたあれ展望台ですよ 行けるかな切符もすぐに変えてすぐに 入れるみたいですがエレベーターに乗る までねこれなんか展示コーナーみたいなが 長いのでむ時は混むんでしょうねいつが
半分機なのかな今じゃないのか入場量は 38$3500円ぐらいでしたえやっぱ いいすよ高いところから見るとねよく 分かりますえまずあそこにハーバー ブリッジがありまして昔最初に入植したの はあの辺りだともほちょっとしか見えない ですけどねフルーズ線が止まっているのが 見えて昔オーストラリアを開発人々が最初 にオーストラリアの血を組んだのはま大体 あの辺りそしてシドニーの放送ビルクが 並んでいるところを全部見渡すことができ ます見渡してみましょうここう並んでます けどもでまたこうこう回ってですね 360°見渡すとま360°見渡さなくて もいいかな180°ぐらいでもいいかな これで白の放送ビルが並んでいるところは もう全部見渡したともうあのそこら辺まで じゃないですか高層ビルが並んでるのは そっから向こうになるとあんまり高いビル ってのは並んでないですよねもうすぐに 小さくなりますで向こうにあんまり高い 建物が並んでない理由は僕はよく分から ないんですが多分あのここにねえ港海が ありますけれどもシにはこの港が非常に 優れていたので発展したところだと思い ますがまここに港があればすぐねそこに 世界から届いたいろんなところから持って きた物資をこうすぐこう上げしてこの辺に こう持ってくることができますだからま昔 からでかい建物とかを立ててここで活動も しやすかったのかなと思いますがま一方で その海岸から離れてしまうと向こうまで いちいち持ってかなきゃいけないわけです よまちょっとめどくさいですよねそれだっ たらここ集中的にやった方がいいんじゃ ないかみたいな考えがあっただろうなと 想像します下のところにさっきのクイン ビクトリアビルディングとかありますけど もやっぱりねシドニーの街は水の通う ところこそ一番栄えてるんだろうなという 感じがしますよこ でこの海際のこの辺りなんですけれもこの 辺はね元々はやっぱ貨物ターミナルだった みたいですよ要は色々なところから持って きた貨物線がもう世界の海を後悔してやっ てきた貨物線が大量に到着して物資を 利上げするところだったようなんですが あのコンテナ戦ってありますけども 1960年代ぐらいかな物理用の革命が 起こりましてコンテナ扱いをする必要が出 ましたそれが一番効率的だとだから やっぱりこのシドニーの街はあっちこっち に船の縁が書いてあったり 水のあるとこありが1番のなのかなって気 がしますよねや本当にいいですねこっから
の景色複雑な入江の隅々まで開発されて このに小さな島とかも国内最大の造船所と かが昔置かれて今その後地は世界遺産です かな色々活用されているそうですがさっき 見た大型のね単価がああいうところに入っ たりえ開発されて大発展した伊勢島島とか あの辺りをやっぱり見てるようですよこも も水これこそがオーストラリア最大の経済 都市のその発展の源になった力なん でしょうねニューヨークとかもそうなん ですけどこの街大きいみたいな感じの迫力 を感じたいのであれば低いところから見た 方がいいと思いますね逆に高いところから 見るとあ意外に街の中心部はその範囲は 狭いんだなと感じることになりそうです あいかんタッチしてなかった わ [音楽] さて電車をチャイナタウン駅で乗り換える ことにしました海に上と横を囲まれたこの シ市街地の一番外れの方まで行ってみよう と思います外れというのはまこの辺になる と思いますけれど もそこへ行くには電車ずっと乗っていても いいんですが面白いのでで乗り換えてみる ことにしまし [音楽] た大英帝国ひと家戸その中で路面電車が 最も活発だったのはここだそうですがいや 面白いですよダイヤモンドクロッシングだ 線路が垂直に交差 するこの変わった音がゴリゴリとしてくる 線路の垂直交差点です ね日本ではなかなか見ることはできません よねあの四国の松山駅前にあるんです けど 私たちが手軽に見られるのはそれぐらい です路面電車の文行が活発でえそこにも また駅がありますしまこっちに乗り換えて みようかなと思うんですけれど もいやいや いやそんな路面電車が名物のとこだったら 知らなかったわ右奥からも左からも路面 電車来てますねどうすんの左の電車が発車 すると合図を鳴らしましたけどあっちの 電車も来てますま当然衝突してはいけない のでお互いに信号で完成してると思います がこちらに対してはね赤信号が出てる みたいですというのはこっちが白信号 イギリス青信号の代わりに白なんですよね こちらが優先になりまし [音楽] た面白いですねダイヤモンドクロッシング ですよどれぐらいの時間でこの電車に対し て白信号が出るか
な 結構待ちますね安全を割と確認するのには 時間がかかるみたいですまだねあ今これが 注意になって多分赤になるだと思うんです けどなったらじゃないとこれは動けない ですよねもう動けるようになると思い [音楽] ますあこれ今気づきまし上はこんな風に なってんのかあ良かったもちゃんと目を 向けておい てこんなに複雑に色々の線路がそして色々 の電線が合流する場所というのは日本では ないでしょうあこうやってプレートみたい な円盤で接続するんですね うわあ昔は東京の空もこんな感じだったん でしょうねトロリーバスとか走ってました から今ね自転車の後ろからセントラル駅 行きの電車来てますがあの電車に乗っても それ からの電車に乗っても両方ともセントラル 駅には行くらしいんですよただ駅のどこに 到着するかが違うということで色々の路線 が工作しながら街の隅々まで交通アクセス を提供してるんですねちなみに電車 めちゃめちゃ混んでいてすごく街の役に 立っている感じがしますやっぱ車よりも こっちの方が効率がいいんですか ねこれ僕の電車が来るバになるわけ だ [音楽] ということでどうもこの感じだとこの間 中央駅で見たこの路面電車が駅の出入口へ そのまま入ってくるという後景 はこれは昔からこうだったみたいですねえ 終点に着いた電車はそのままループ線に なっているのでえ引き続きまた折り返しの 路線として戻りますすごいよねでえ次の 電車ももう来たとは便利じゃないですかで しかもこのプラットフォームの下にももう 1個路面電車のホームがあるんですよね あれに乗っていけばサーキュラーキーまで 直接行けるしえここから乗り換えたあの 電車もここから近間に入ってサーキュラー キーに行けるし電車はなんか延々とさっき からぐるぐる走ったりしてねすごいです ねだ市街地がもうすごく狭いのに比べると 交通網が充実していると思いますそして また現在地セントラルステーション中央駅 の位取りなんですけれどもこれはねこの オペラハウスとかサーキュラーキーの辺り からのこの市街地がずっと続いてきてで 市街地がいよいよここで終わりましたと いう市街市の終点のところにぴったり駅が あるんですねあのあそこに市街市があり ますけれどもこれで白のさっき上から
見下ろした超高層ビル軍は終わりらしいん ですよでそれを終わると今度駅があって駅 から郊外へ出ていきましょうということに なってるわけですこれは本当は駅をもっと 街の中の方に作りたかったらしいんですが えところがそれがもうこんな街が発展し ちゃって幼稚買収は無理じゃないかという ことでえここで諦めたということらしい ですさっきこれは調べました日本だと大阪 の天王寺駅とか東京の上野駅なんかがそう だと思うんですがこの市街地中心部に鉄道 を通すことはできなったので天王寺駅は 上野駅で鉄道は終点としてでじゃあそこ からは町の中心部へ行きたい人はどうぞ 都電に乗り換えてください昔はね東京も そんな風なことをやっていたそうですだ からもうここは完全にシドニーの上野駅 ですねしかもこの駅は未だに夜行列車の 運転もあります20時42分近郊の駅の 名前に待って忽然とメルボルンと表示され ていますがメルボルン行きの夜行特急列車 もあるんだそうですね乗ってみたいなまだ ちょっとね時間予定あるんで緑の窓口 みたいなところがありましてここでね夜行 列車の切符を変えました20時42分発 メルボルン行きですメルボルン朝7時30 分到着便利ですねですがあの今日ではあり ません乗らねえ明日の夜に乗ろうと思い ますここ本当に上野とそっくりで面白い ですけど郊外から線路が伸びてきてこれ 以上は進めないということでここで中央駅 で終点にはなりましたが実際のところ市街 地へ行けないと困りますよねそこでここ からは張トンネルを掘ってこ線路を延長し てまた戻ってくるような感じの環状線を 作りました路面電車いっぱい走ってて便利 ですけど路面電車だけでは運べるように 限界があるし速度も遅いですからねという ことでその延長された近間に入っていく 立派な電車が来てるわけですねいや便利 便利ですよこれでまた市街地に戻り ましょうほら全然乗っていない本当に営業 列車なのか営業列車でお客さん乗ってる もんな路面電車は便利とはいえもですから それに乗ってまた時間をかけてあの街の中 へ入っていくと考えれば気が重いです がいい地下鉄ができましたよねえこの地下 鉄は皆さんもお気づきのように空港からね この動画で何回も町の中へ入ってくるのに 乗った路線ですこのようにしてシニの街は 便利になってったんですね反対方面の列車 を見るとお客さんがあ結構きっちり乗って ますね今まさにラッシュアワーだ列車は 一瞬だけ市街中心部を見ますがすぐ にもう鉄道が通れるような土地は残ってい
ないということで近間に入りますだから どうせならその頑張って作った地下鉄の駅 を見るために一旦降りてみるべきですよね おおマインザキャプて書いてありますこれ あれですよあのロンドンの地下鉄でよく 見るやつだこういう足元にご注意ください みたいな言い方もねやっぱ各国でそれぞれ あるんですけどここはイギリス本国と一緒 ですね本国つったら失礼か今別に植民地 じゃなくてね対当な自治量ですから あすごい充実ぶりだホームに立番の方が 必ずいらっしゃるみたいですねこの規模の 駅でもいるのか白旗を上げて安全を確認し てい ます日本だと青旗ですよねイギリス県だと 白旗になるわけですね白の方が視認性が 高いが青の方が安全という意識に繋がり やすいとか話を聞いたことがあります僕が 気になるのはねこの天井の高さこの地下鉄 区間確かこの動画の冒頭で調べたと思うん ですけど19230年代とかにつった すごい古いトンネルですよねこれでそんな 頃からこんなオール2階建ての電車が 入れるようなでかいトンネルだったんです かこれさすがに後から広げたんだと思うん ですよねじゃないか なあごめんなさいちょ関係ないですけど こんなとこにものすごいロンドンっぽい ものがありましたあのロンドンの地下鉄 ってこういう感じです よどうも3番4番線に行けばそのヒントが 得られるようですなんか3番4番線がより 雰囲気がいい なみたいだなあの駅の校内が多分比例房な んですよね夏は暑いというのもロンドン ニューヨークのあの地下鉄の不快館に似て いますこれ1932年に全く同じ場所で 撮影された写真らしいんです が うーんいやすごいそっくりなんですけど ねただやっぱり人間と比べると明らかに 天井昔より高くなりましたよね1回多分 広げたんじゃないかな で雰囲気はほとんど一緒です幅とかは 変わってないのか [音楽] な88年間であそこがウェイアウトになり ましたね当時はねえここに書いてあるのを 見ますとノイグジットこちらはお出口では ありませんだったようです多分同じ場所の はずですああなんだネットで探さなくても 駅に写真飾ってありましたわこっちの写真 を見ると天井の高さとてないですねじゃ昔 から将来を見据えてでかいトンネルを掘っ たってことかこんなに上に空間があったら
十分 でしょう100年先を見据えてでかい地下 鉄作ったのかなや今後まだまだお客さんは 増えると思いますよこれから行きます地区 がシドニーの新宿と言っていいんじゃない ですかねもしくはシドニーの渋谷再開発 地区のバランガルこっちの出口は新しく 作られたエリアみたいですでお客さんも ほとんどいません多分これからなんじゃ ないかなお客さんがどんどん増えるのはあ でもごめんなさいもう十分発展してたわ この辺はあのもっと何もないところに出る だろうと思ったんですけど現在地バランガ はまあえて言えばこの左の方なんです けれどもこのシドニーのこの一番左のこの エリアバランガルと書いてあるところは ですね昨ねフェリーの上からちょっと見 ましたけれどもこの辺り1950年代 ぐらいまでだと思いますがこんな感じでえ 貨物ターミナルが並ぶところだったよう ですしかしその後コンテナの時代になり ますとコンテナ扱いをそるクレーンとか 全然設置できないですからもうここはあの 役立たずということになってしまったはず で役立たずとなってしまった貨物 ターミナルは街の中心地にすぐ近く面して いるということでうわすごいね昨日も船 から見てびっくりでしたけどこんな立派な 建物がいくつも並びまだまだ立てられ 続けるところになってるそうですね多分 もっとすごいのが色々立つと思いますよ高 はゲートウェイだねJR神戸駅前にも似 てるなまともかく港が使われなくなったの でその後地に道路やら高ビルやらを立て ましたという感じの壮大な長めになって いる点が共通ですかねいらなくなった貨物 ターミナルが大量に余ったのでその余った 広い土地を使って再開発やりたい放題 すごい建物を建て放題という感じになって いますさすがに昔の名残りはほとんどない みたいですね街の発展の経緯はうんま いろんなところで例えましたけれど横浜港 21も近いかもしれませんね あ建物あんの変わった形の建物から水族館 からこれはホテルかなで高層ビルと色々 揃ってますけども元はほぼ全部貨物桟橋 だったんですねもう世界各国から集まった 貨物線が来ることはなくなりましたが一応 船がつけられる岩壁としてはま使えますの でこれ見ると色々観光用の船が大体ねあの そういう時代遅れになってえ経済を担う船 とかが来られなくなったらその後は観光用 のものが入ってくるっていうのが定番です よ ねこういう風に観光客向けの乗り物が色々
集まってるところはあ昔そういう経済の 中心にあったんだなと思って見ると楽しい しあのお金をかけなくていいと思いますま でもなんだかんだ興味深い観光線とかある からね乗りたくなってしまうんですが今 運行してないやいですけどこれが昨日見た 外輪線だなちょうどあのフェリーに乗っ てる時に外輪線がだーっと通ってるのを 見ることができましたやっぱシドニーの あちこちに貼ってある昔の写真とかを見る とさっきのハーバーブリッジがかかる前は こういう船でみんな移動してたみたいです よで地下鉄とかも今みたいに便利じゃ なかったですからこれがあの市民の移動の 足になってたみたいですまじゃあねここに あった貨物ターミナルがもう全部なくなっ てえその代わりに高層ビルを立てたりこう 観光の船をつけたりするようになったと それは分かりましたじゃあここで元々扱っ てた貨物どうしたのかって話ですよね貨物 扱いやめたら都市が滅んでしまいますので え絶対なんかあったはずなんですけどそれ はね昨日偶然飛行機に乗っていて空から 答えが分かりました昨日はあんな感じで カンタス航空の飛行機に乗って南極から白 に帰ってきたわけなんですけどもただ昨日 は逆風だったんですね今飛行機こういう風 に向かって降りてきてますが昨日はね こっち向きに降りてたんですよそしたらば 降りてくる時進行方向の右側にうわ コンテナターミナルと石油ターミナルが あるあるいうのに気づきましてあそっか じゃあバランガルの貨物の港は全部こちら に移動させたのねということだと思います 多分現在シドニーのワンにいますがこれ ちょっとね引いてみますと南側にもう1個 ボタニーワンていうのがあってでここから 昨日飛行機でこんな感じで降りてきたん ですねでこのボタニアの降りてくるところ のこの右側のところにですねこ注目します とまここれが今の時代に対応した広く扱い やすいコンテナターミナルとかえ大規模な これですねポートボタニーって書いてあり ますけれどもえ石油ターミナルとかが並ん でおりましてま今はもうほとんどここに 映ったようですこれボタニアとそれから この北側のシドニーの入り江とまそれぞれ ね違う入り江ですのでお互いに生きするの は大昔はとてつもなく難しかったはずです が今はねもう自動車の時代ですからここに M1という高速道路があるようですがこの 高速道路で多分このボタニカについた荷物 はもうすぐ送られて白の街中に届くん でしょうまだから逆に言うと別にわざわざ こんなね街の目の前の一等地でえ大量に
貨物扱いしなくても良くなったんで再開発 できたんですねまそういうのを世界中で 同じことやってると思いますあとはこの再 開発の絶景海辺の散歩道を30分弱歩いて いけばホテルに着くそうですからま観光客 の皆さんもねここで写真撮りまくってます し美しい景色の中僕も見ながら帰れば ちょうどいいんじゃないですかああとね バランガルフってなんかカンガルーに似 てるなと思われた方も多いと思うんです けどイギリスの文化権ってねトとかなんか ルーとかムーとかルーとルーなんか2つ あるじゃないですかそそうあの色々多いん ですよそういうのはあなるほど確かにこの 辺なんかまだまだねこれビルが随分遠い じゃないですかこの辺はまさに今作ってる ところだああれだあのバランガルー駅へ ようこそって書いてありますバランガルー 駅ってのは今存在しないんですけど駅を ここに作ってるんですねこの再開発の広い 空を何やら飛ぶものがありますコウモリ ですねしかも結構でかい小笠原に行った時 に教わりましたがあのでかいコウモリと 小さいコウモリがいるそうですがこれは 結構でかいと思います夜になるとこいうの が飛ぶんですねやぱこれなんか オーストラリアの特有のやつなのかな実は ねさっき1匹飛んでったんですよまた来る に違いないと思ってましたら1分ぐらいで 来まし たイギリス風の古い街並の上を飛んでいく コモピーターパンみたいです ねじゃあこっちがホテルへ行くの近道 みたいなんですけどおいいですね高い崖が 目の前に迫ってきてましたねということは 多分そろそろですよこれじゃないのかあの さっきの1868年とかに岩を切り抜いて 作ったというすごい切り通しの 道路うわあいい景色じゃないですか シドニーに行ったら海だけじゃなくてこの 大岩を見ないといけません ねえこんな贅沢な空間をほぼ1人で使って しまっていいのかえまず右手にハドを発見 しましたここにねえ階段がありますよね 階段とそれから手すりがあって昔はここ からこう上がっていけたようですけど危険 だからなのか改造したからなのかえもう 通れないようですま僕はそっちには用が ありませ んしかしすごいなこれ1868年です かわこれやっぱ生の地質ですよねこの横に あるの は要は今見てきたこのバランガルーが貨物 エリアですよねでこのロックスとか サーキュラーキーとかこの辺りは多分その
旅客エリアとかになってたんじゃないかと 思うんですねでえこのロックスとバラン ガルルの間のここはあの大きな岩がそびえ ていたので左右の息がものすごく不便だっ たようですま船だったらねあの海からま ぐるっと回っちゃえばいいのかもしれない ですけどここを陸上でこう歩いてとなると こう三先の方までこう延々とこう迂回して からバランガルに来なきゃいけないだから 手作業みたいな感じだと思うんですけど これで近道してしまおうって作ってしまっ たんです ねすごい ねこんなところでねあの動画撮ってる僕は 完全不審者なんでえすれ違う オーストラリアの人たちも声かけられます ねあいって言われましたあいなんて言って んだろうなあはいかと思ってグイブニング て言ってきましたあオーストラリアでの 挨拶は有名なのありますよねグダイマイて やつですかあのグダイグッDayいい日 ですねっていう意味でえグッDayていう のをえグダイていう風にオーストラリアで は発音するらしいんですがま僕がそれ言う のはちょっとどうなのかなと思ってねあ 外国人が片言で大きにとか言ってきたら なんかちょっとうざいじゃないですかね この巨大な切り通しの道は全部通り抜けた 後で道の名前が分かったんですがあさっき 言った1868年のやつではありません でしたこれはねえ20世紀初頭ま1900 何年とかのやつらしいですじゃ2つあんの か切り通しの道はおこれもまたルック ルックライトって意味ですねこれね右を よく見なさいあなたの車は右から来ますよ 確かに来てますこれねあのロンドンとか イギリスにあるんですよこういうのルック rightルックレフトて書いてあります けどよしじゃあこれでついにみさの突端僕 の泊まってるホテルに戻ってきたわけです ねあ違ったこっちでしたわいやあまりにも 昔の雰囲気を外観とめすぎて百戦 ターミナルにしか見えなくてどれが自分の ホテルなのかも分からないほどでした ああ疲れましたね疲れてはいないかな今日 もいっぱい歩いたって感じだホテルに戻っ てきた後はお昼も食べたバーでまた食べ物 飲み物を注文しましたコーラですこれはね コーラを飲みたかったっていうよりは エネルギー補給のために注文しました メインメニューの種類は少なめだったん ですが和牛の低音調理みたいのがあったの でこれ注文してみますといやびっくりする ほど美味しくてね本当失なことばっかり 言って申し訳ないですけどあんまり西洋に
行って料理が美味しいって感じるあんまり ないんですけどこんなに美味しいのつまり それ日本人の口にやっぱり合うんだと思い ますねなんでなんでしょうねうん柚の香り とかですねそれからま焼き鳥のタレみたい なのにちょっと近いような感じで食べられ た味でもあって上にネギが乗ってたりとか うわうまいうまいと思っでこれマスタード ソースみたいなの付いてるんですけどこれ 実はマスタードじゃなくてやっぱり柚 ソースみたいなやつねうまかったですよお 日付が変わって2月の6日午前0時になっ たんですが えー雨降ってますますねうんなんか天気 予報がねあんまり良くなかったんだよねえ 明日の天気ところにより雷雨高水確率0% ところによりライフてなんだ風速が 14kmって相当早いんじゃない オーストラリア政府によりますとチャンス オブエRていうのは高水確率ですね90% えビカミングウィンディやっぱ風が吹いて ちょっと風は嫌だな動画撮れなくなります からね風が強いと大敵なんですよ実はえ さらに風は強くなって30to 45km大変なことちょっともうやめよう これオーストラリアは風速を時速で出すん ですね日本では風速は秒速ですからえ明日 は何風速12Mとかえ台風みたいな風を 吹くかもしんないのちょっとやっぱダメ ですねえ別に予定ないのでメールボールの 天気を見てみますとメルボルンはねえ香水 確率0%え これは風はまあ8m ぐらいそれでも結構強いけどま多分大丈夫 でしょう寝る前にですねこの船の位置が 分かるマリントラフィックっての僕よく 紹介してるじゃないですかこれでさっきね え港に止まったロイヤルプリンセスは今 この辺を18ノットで高行してますとかね え明日入ってくる予定のえこれ出るかな なんかこのアマラジャーニーとかそういう のが来るらしいんですがクルーズ線はなん か今この辺にいますとかそういうの分かる んですけどここになんかちっちゃいのいる なこれなんだろうなと押したらねエンデ バーって書いてえええなえエンデバーって のこれあれなんですよオーストラリアに 初めて上陸した白人の乗ってた船なんです よねハーマジェスティエンデバーなんで そんなやつえ幽霊線かなみたいなまなと 思ったんですがバランガルルの国立海洋 博物館がその船のレプリカ線を作ってる らしいんですよね通常は博物館にあるだけ らしいんですけど年に2回だけ後悔する らしくてその出行日がね今日だったらしい
んですよね今日の3時45分にこれ出てた のかいや知ってたら見たのになまでも エンデバーが今日出航したタイミングに ちょうど小池都知事が到着してたみたいな んでエンデバーをたまたま目撃できなかっ たのは残念ですけど東京に住んでる人間が 自分のとろの知事をシドで目撃する方が よっぽど すごい体験な気がするからいいですねお やすみなさいおはようございます悪天候の 予報ですが蓋を開けてみればいい天気でし た僕の止まってるホテルまだちゃんと全部 見てないんですけれどもいや結構ね昨日 から気になるものがありましてまずレール が敷いてありますこれは昔本当の桟橋とし て使っていた当時のものですねここで切れ てしまってますけど多分昔はもうちょっと 先まであったんじゃないかなほらあそこに ね車輪も設置されてますよこれはどういう 風になってんのかと言いますとこの車輪の 上にそのまま柱が生えまして上に台があり ますよね多分ここにそれこそそのま ニューヨークとかねまなんかあのスズ運河 とかそういうところからもう貨物線が世界 の海を渡って切断してでそのでかい貨物線 のこの上のところにねえ多分荷物を扱う クレーンがあったんですよねそのクレーン でこれの上に貨物を下ろしでここからえま 人の力でなんか台車かなんかに乗せて ゴロゴロ この倉庫の中に運んでいく今はその倉庫が 客室として整備されているということ でしょうでもこれ固定されてないようです けど動いちゃうんじゃないの今でもま ちょっと僕がこれを ねこんぐらいで動くことはないと思います けどまて言って本当に動いちゃったら やばいけどなあでもそっか車輪はこっち だけじゃなくて反対側にもありますからね 反対側の車輪はねこれ地面の上じゃなくて ちょうどこの倉庫の側のところに車輪が 設けられているようなんですけどあってこ はちゃんと固定されてますね横がだから 動いちゃうということはなさそうですです よねさすがにやってなかったらやばかった 今でも東京校に行くと小笠原丸っていうの が入ってきてねクレーンガラガラガラ荷物 を積んでえ下に下ろしてていうのこんな 感じでやってる光景を見られますけれども まおそらく昔こんな感じのクレーンを使っ て荷物を下ろしていたのではないかと思い ますこの上のところにですねこの荷物を 置いてしまったらえこれをなんかうまく こっちの方へゴロゴロゴロとこのレールに 沿って引きずって動かしまたこっちにこう
入れてでまたここがいっぱいになったら これをまた転がして次は多分ここかなここ にまたこう入れていくという感じで使って いたと思いますで海からとりあえず フラットにこの倉庫の中へ今ホテルになっ ている倉庫の中へ入ってきた貨物はその後 どうなるのかということなんですけども これ多分ホテルの反対側見れば分かるかな そうですねこっちがそのホテルの反対側な んですけれどもその入り込んだ物がその まま多分あそこでしょあそこからその まんま段差もなく同じ高さでつまりなんか 荷車とかねえま自動車とかもあったかも しれませんけどもそのまんま段差なく街の 中へ運べるような立派な高下橋が作られて いますそうですね僕が止まってるホテルの 玄関口のこの上の部分から高架橋が出発し ていますよまるでね鉄道の配線後みたいな 感じですけれどもには鉄道が通ったことは ないと思いますていうのはこの脚がすごい 細いからねその橋の上に上がってきました ま相に今はねイベントスペースかなんかに なってるようであまり高しさを感じること ができないんですけどこれこれ取り外して くんないかなと思うんですがイギリス連邦 各地とかアメリカとか日本とかから届いた 諸々の貨物がこの2階の高さにクレーンで 上げられてであとは街へ配達するという時 になったらばこの架橋から差を経験する ことなく待へ出発よいしょちょっと失礼し ますこえはいりましたはいここから待へ 出発ですよここねずっとなだらかな登り坂 当時使れていたか分かりませんが馬車でも 運ぼうと思えば運べるぐらいの緩やかな坂 になっていて道の幅も広いです今は幅が 広く駐車スペースとして使われているよう で車もあまり通りませんが昔は多分忙しく 来があったんでしょうねだからこんなに道 が広いんでしょうあでも探したら他にも ありまし 僕の止まってるピア1はホテルになりまし たがここにお隣ピア23がありましてこれ は昔の高架鏡の雰囲気をそのままとめて ますねしかもピア1より立派だやっぱり2 階に入ったカモスがこの左のところへ送ら れてこの左にね緑のなんか今人々が運動し てるところがありますけどもあそこら辺で 多分昔この荷車の行き違いとかもしてたん でしょうねでも本当にシドニーの地形は ですよねあそこの倉庫までレで持ち上げて さらにここからね緩い坂とは延々登ってき たりしなきゃいけないわけですから大変 ですこれ結局天然の地形なんですよって いうのはねま僕今古るそうな階段を降りて ますけれどもこの階段のちょちょうどここ
を境い目にここより上の壁の室艦と下が 随分違いますが要はここから下は天然の 岩肌なわけですよねでこの上はそれになん か乗っけて高さをこう確保して多分この上 に建物を立てられるようにしたとかだと 思うんですがもしくはこの上上のねあの 道路を貨物を運ぶための道路をなるべく平 にしてえ車でも運びやすくするための工夫 だったんだと思いますがとんでもない土木 工事ですよ ねこれこれこれスライスしたわけですよね その後が感じられます下から見るとよく 分かりますわでかい岩をスライスしてで なるべく平坦な土地になるようにその上に 石材を並べてこれで道を作ってるんですね 迫力のある段階絶壁ですで多分この上に 乗ってる石材なんですけどま昨日からね この岩をめちゃくちゃくり抜きました みたいな光景色々見ましたがこのくり抜い た岩をそのまま石材としてこう上に 積み重ねていってるんじゃないかと思い ます地山地象ですよねですから多分今僕が 止まってる部屋のこの上のところに木の 天井がありまして横に木の針が入ったりし てますけれども多分ね輸出入の貨物はこの 上のところに置かれたんですよねでこの 天井の高さと窓の外を見比べるとちょうど ねこれのこの効果の高さがねこれ多分ほぼ 一緒なはずなんですよねさっき見た通り です からなるほどねじゃああれなんだなこの上 にあの色々重いものがこう乗ったりとか するんで天井の下支えとしてここにこう いうこう鉄材が張りれているのかなもしか してこの辺りが昔どんな感じだったか紹介 する展示がいっぱいありましたこれ ちょっとねなんでこんなに傾きまくってる のかはちょっと分からないんですけれども え特に異常はないみたいですあなるほどね えここにまさに貨物を受け入れるさっきの ゴロゴロ転がる車輪付きのえ屋根があり ますけれどもでこのクレーンで積まれてい た貨物これはどうも木材みたいですけどね 積み込んでいたみたいですで他にもここ からオーストラリアの血を踏んだ人たちの 写真が飾ってありましたこれは多分 1945年福井兵の皆さんですねここにも 上陸していたみたいですそれからこちらは 戦後イギリスから移住してきた皆さんです ねこういう風にえ人もお客さんたちも 降り立つ旅客ターミナルだったわけですね 多分貨物はさっきの地形の関係でこの高い ところへね上げなきゃいけませんから貨物 の到着がこの2回以上お客さんはこの海岸 ギリギリのここら辺を使ってこう乗り降り
すると分れていたんじゃないかな僕の 止まったホテルも含まれるこの広大な桟橋 軍が具体的にどう役に立っていたのかって いうのはねこに解説がありました オーストラリアの富オーストラリアの金は こうやって生み出されたんですよこれ重要 な説明ですよねじゃなければ オーストラリアと国がに存在できませんの でえうまく翻訳されるか な羊の背中に乗るこれ羊の背中に乗ってい たわけではなく羊の毛の話らしいです ウールですねえウールシュート エレベータープレスなどが積み込まれて 通常は英国の戦工場に出荷されましたと いうことでつまりここでたくさん オーストラリアあちこちで育せていたん でしょ羊をその羊の毛を保へ持ってきて 集めてイギリスへ売ることによって イギリスとの間の貿易苦場なしお金を手に 入れることができていたわけですね日本の 近代の歴史はご存知のようにまず解雇の糸 を取ってそれ群馬県の富岡精子場みたいな ところで加工して高崎線で横浜の赤レンガ 倉庫に送り込んででそこから世界に出して 外国の進んだ技術を買うことができてそれ で発展した日本になったわけですが オーストラリアはここで羊の毛をここから 集めてイギリス本国に積み出してそして イギリス本国から進んだ技術をこちらに 導入することができてそれで今のような 立派な街を作っていくことになったわけ です ね日本は海子の糸取りオーストラリアは羊 の糸取りをしてその最終地点がここだった ということらしいですだからやっぱり国家 の富を生み出す従業施設ということで いろんなのがありましてこれはレガのレガ を重さに使ってるってことなのかなあの あれですよねエレベーターの重りですよね これと反対側にこう上下動くエレベーター があって倉庫に物を送り出していたと思い ますエレベーターなら8番ピアが面白い ですねここが一番よくできてると思います まずここに写真がありますが羊の毛をその まま取った状態のま生のえ状態だそうです で取った羊の毛はこの状態でここまで届く みたいですねで届いたその羊の毛がどう するかというとここに当時のまま姿を留め ているエレベーターがありましてこれその エレベーターの重りですでえここに多分 送るんだな今車が通っているそこの道は昔 はやっぱね馬車が通ってたみたいなんです よでこんな感じで羊の毛を持ち寄っていた ようですその羊の毛は地面の高さからこの まこれが縦のエレベーターなんですけれど
もこのエレベーターにつまれて上に 持ち上げられます上行ってみましょう 行けるようになって ますそのエレベーターの1番上はどうなっ ているかというとちょっと想像を超えた ような複雑な気候になっておりましてここ まで送り届けられた羊毛のうちなんかダに なっているものとかですねここでなんか ちょっとこうすりつぶしたりとかうまく 加工することができる仕組みだったらしい ですそしていよいよここで製品として完成 して最後は船にここから積み込まれていく ということになったのかなまもしくは横に 倉庫がありますから多分この壁は後付けだ と思うんすよねお隣がちょ住居みたいだ からなかなりしっかりした壁ですけどこれ は後付けでしょ昔はこの横のところに収納 していたかもしれないですねまつまりです ねそこの表通りからコットンを運んできて でここのこう木のところからエレベーター に積み込みその原料をグンエレベーターで 倉庫の1番上まで上げてで最後イギリス 本国に出荷する前の最終工程ということ でしょうねここでま簡単な叩き潰したりと かね伸ばしたりとかする作業を自動で 行える機会を設置していたようですそして いよいよイギリスに出荷できる オーストラリアのお金はこういう風にして 回っていたのかとオーストラリアの人この 場所に来た方がいいと思いますけどね僕が ここ見てもしょうが日本人がここ見るより ねオーストラリア人が見た方がいいと思う んですけどでこの向い側にも8号9号ピア がそのまま繋がっているんですがこれね昔 はこっちと向こうは一体だったみたいです だから多分ここからできたその出荷前の 製品はベルトコンベアかなんか多分あった と思うんですよねそれでこうじじじじじと 向こうに運ばれてこの桟橋のところに自動 的にあるかなり自動的に入りここにやって きた大型貨物線にそのままあとはこう クレーンでこう積み替えられていってさあ いよいよスズ運河を超えてイギリスまでの 郊外に出発だ出ていったわけですねで さらにすごいのがここと向こうが繋がって いるっていうだけでもうおすげえみたいな 感じしますけどそれだけじゃなくてねこれ 後ろを向くとこっちもなんかめちゃめちゃ でかい効果があるんですよここあの高さで 言えば2階ですよなんですかあれ は 戦前のオーストラリアってそんなすごかっ たんですいや今もすごいですけど ね戦前の日本がここまで立派な設備とかを たくさん持ってたわけじゃないっとことは
知ってますからそうするとなんかおお すごかったんだな大英帝国やイギリス連邦 の異様を感じるところでもありますだこの 真下の人が歩いてるところからもコットン の原料を搬入できたし多分ここからも搬入 してたんでしょうねでちょうど当時の写真 がありましたこれはね紀になったばかり 100年以上前の写真のようですけど僕が 今いる場所が多分ここかなでえさっきの 中間加工とかこの辺で行いこのドカンと ある倉庫にどんどんどんどん原料を 積み込んで相当でかいですけれどもで本国 へ出ていく船にこう積み替え積み替えこれ 日本優先じゃないかないやもしかしたら 違うかもしれないですけどあのたしか日本 優先あのアカ2とかね今でも有名ですけど も日本の貨物線過客線かもしれませんもし かしたら日本も輸入してたでしょうから ねであとはねえ注目しておきたいのは昨日 ねえ大体この辺りがバランがる貨物布です ねみたいなこう見てきたところで現在は再 開発が進みまくっていて全く違う景色に なっているところですがえ一方でこっちに はあのシドニーの昨日見てきたえ元からの 高層ビリとかが立っているえ立派な半海街 がありますだからまここがま人の集まる ところでここが貨物のるところでま僕が こう止まってるホテルとかね今歩いている え辺りはその貨物と旅客が半々みたいな 感じだったのかなと思うんですけどこの辺 のもうこう岩が今回ずっと見てきました けどあの岩の地形がすごかったじゃない ですかさっきもね朝ホテル出た後見ました がこっちとこっちの行きがやっぱすごい 不便だったらしいんですよねこここが全部 こう岩ですから航空写真で見ると分かり にくいですけどそこで全部ほっちまえと いうことでえここに1868年にこれよく 見るとこれトンネルみたいになってますが えものすごく深い切り通しを作ってしまっ たとこれ見に行きましょうあで僕は昨日 ここの切り通しを通ったんだここもすごい 深い切り通しでしたねこれ通っていいのも 誰もいないあ誰もいなくなかったちょ ちょっと人いますねイギリス連邦の力を よく見せつけられたような感じがします 100年ちょっと前の現在地ですねえ僕は 今ここら辺でエレベーターを見てうわ すげえとかながらこっちの建物にこう入っ てきたところです道の上を見るとやっぱ このシステムが作られた当時は馬が うろうろしてみたみたいですね街中の予想 は馬でも自動車も出始めているという時代 ですこれですね自動車もしくは馬によって オーストラリアの宝物である羊毛を倉庫の
中に積み込んで最終出荷していたみたい ですあここは屋根が工場みたいにギザギザ になってますねで一応今の時代は電気が 通って正があるようですけど実際には使わ れていませんだからここの薄暗い感じは 多分100年以上前に建物が作られてねえ 輸出を盛にやってきた時とほとんど変わら ないと思いますよあこれも倉庫だったん ですね今中なんかコワーキングスペース みたいな感じで使われてますけど相当 でかい倉庫ですが今ここに飾られていた 写真と一緒です からちなみに全盛紀の指導に市街地は化石 祭が横行していてもう上からいつ落ちて くるんじゃないか通行人は怖くて仕方が なかったらしいことが書いてありますで また例によってこういうなんかねえ オーストラリアの1番基礎の基礎を私たち はこうやって大きな国になったんだという のを教えてくれるような場所に大体こう いう場所はね観光客には注目されないん ですねこっそり楽しみましょうよしじゃあ こっからがその切り通しだこれを通れば サキラキーまですぐですね道の切り通しの 深さも去ることながらこの上にかかる ハーバーブリッジの太さもすごいですね この上に電車や路面電車の配線あと高速 道路みたいな道路も通っています歩道も あるし本当は186768と書いてあり ますま江戸時代に作ったんですねこれ日本 だったらこういうのがあったらねも絶対 観光名所になってみんな写真撮りに来ると 思うんですけどみんな別に何も気になら ないのかなここ あい当時新国であった我々日本人としては とても感動でできる場所でしょうシドにお すめの場所です切り通しのおかげで簡単に つきましたね本当にすぐでしたこれで サーキュラーキーの3場所に戻ることが できたというわけですどうも昔本当に1番 最初はやっぱこの裏に税関とかがあったの を皆さん覚えていただいてると思うんです があのこの裏とかに税関があって昔はここ で2扱いをしてたらしいんですよねでも ここで貨物の扱いをするにはもうここは 手狭すぎるということでえ近郊のフェリー の生きする場所となりましてまその代わり さっき見たねあのピア1とかピア89とか かいろんな立派な倉庫街のところが開発さ れていったという経緯のようですよでね いやびっくりしたことにま毎日ね夏のシド には繁忙機て色々なクルーズ線が出たり 入ったりするんですが今日来ている船は スボオデッセーえスボオデッセーてどっか で聞いたことあるなスボンオデッセって
今度引退して違う会社に売却される予定な んですよねえどこの会社にが売却してこの 船を今度使うのかと言と日本の小鮮密百戦 が買うんですね小鮮密百戦もこの船を購入 するにあたって会社名を変えたとかいう話 ですがもうすでにえ実際の購入の手続きは 終わっていてどうも今年度末かなどかから ねえ横浜でやるんじゃないですかあ横浜か 東京かどこが起点か分かりませんがあの クルーズの旅行を提供するようになると 思います日本には今アカ2と日本丸の2つ しか日本戦績のクルーズ戦ってないんです けれどもこの船は日本のクルズ戦の中で 1番豪華になるでしょうね全スイトの構造 だそうですこの船をきにおそらく鮮井も 日本のクルーズ文化を変えていこうと考え てると思いますオーストラリアはこのよう にもうクルーズ大盛でいろんな人が乗っ てるんですけど日本ではあんまりね クルーズやる人はいないしやる人もいない んであの値段も高いんですよねアカとか 日本丸とか高いやつしかないんですがああ いうのでえ需要が活発になれば安い値段で 船旅ができるようになるかもしれないです ねまさかシドニーの地で見られるとは本に した後はーにする機なんてなかなかないと 思いますからね今のうちに一生懸命写真を 撮っておきましょう古い鮮明のまま書いて ありますしね貴重な写真になります よでですねえ昨日このハーバーブリッジを 渡ろうと言って途中で引き返してきて しまったんですがま今日ねやっぱり渡り たいなと思いますでこの動画ではもう ずっと片にねこのシドニーのこの海の基本 南側にずっといるようにしてハーバー ブリッジの向こうに行くことはなかったん ですけれどもまいよいよ大体辺りも見た だろうじゃあついにあの橋を超えて対岸に 行きたいなと思ったんですけれども結構ね えあの橋をこっから利用するのはめど くさいみたいですむしろあの辺に行きたい んだったらば橋がかかっている今でもなお フェリーの運行もありましてフェリーで 行った方が早いみたいなんですよね ちょっとまず行きはフェリーで行っちゃい ますあこれフェリー乗り場も相当古いです ね100年ぐらい前のやつでしょほら リベットで打たれてすごい古いものになっ て ますができる前はみんなここから乗ってた と思うんですよねフェリーに乗って対岸 へつまりこれはフェリーと言いますけど 日本語に翻訳したら私船なんですね橋が かかってもなお対岸に行くには私船の方が 便利だということで僕は乗ってるという
こと か別にフェリーに乗りたかったわけじゃ ないけど便利な乗っちゃいましたってその 必要で乗り物に乗ってるって感じがして いいですねわかっこいい [音楽] ね新しいは三井シン富士となるそうです 海外の方がねご利用になるの見込んでそう いう風な名前にしてるんでしょう元々朝鮮 三井百戦といえば有名な藤丸があります からこれが新しい台の藤丸になるという ことですね日本を元気付ける被爆剤になっ てほしい です現在は鮮明水ボをデ戦績本がバハマの ナスとなっていますがまこれがおそらく 三井オシ富士と上に2魚で書かれるのかな で下は多分東京だと思い ます外装も内装も多分あんまり買えないで やるんじゃないかなもうすでにね小鮮三井 客かあ小鮮三井クルーズか小鮮三井 クルーズからこういう風な特設サイトが出 ておりまして2025年には世界1周 クルーズとかもやるそうなんですけれも 内装の紹介もされていますなんかこんな こんな感じですよみたいなねでこれがもう すでに紹介サイトが作られているという ことはま細かいところちょっと内装たとか するだろうと思いますけど基本はもう現行 のままで行くということですねさあそれ じゃあハーバーブリッジの下を渡ってえ上 のところを見ればああそこまで歩いてくん ですか結構みんな大変そうですね頑張って 手を持って登ってます鉄量を持つようにと 注意されているのかもしれません ねま元々白リンの歴史はここから始まった ようですがここが手になったのでこの先を 回って裏側僕が止まったピア1のホテルが これですけれどもまさにこのホテルに 止まったわけですがここからつる倉庫 軍今では使われなくなりましたが全部再 外発されて残っていて昔はここから本国 に羊の毛玉をこうたくさん詰めて送り まくっていたというところですねここは 観光地として再開発されて奥にあった貨物 桟橋は全部解体して新しい高層ビールを 建てるという再開発をしましたあれ僕ね あそこに行きたかったんですけどあ どんどん離れてくな間違えたのに乗っ ちゃったみたいだ船を乗り間違え るってことあんまりないじゃないですか 普通はねえ大体1か所の港からそんな何個 も出てないですからあもう間違えちゃった からしょうがないからさっき見 たコットンウールの輸出していた1台倉庫 軍を見ておくしかないですねまいい復習に
なって良かったかもしれないですよピア1 から 1234567 89オーストラリア育ての親と言える桟橋 たちだと思いますもうしょうがないから 景色を見るしかないんですけどなんかまた とんでもないものが置いてあるじゃない ですか何 あれあれ多分あれだなあの前側も後ろ側も 同じ形になってるんで多分戦前とかの蒸気 フェリーだと思いますねどこへ連れて行か れるのか などうもあそこに着くらしい 全然違うところに来てしまったま完全に 完成な雰囲気のいい住宅街じゃないですか 逆に言うとあの大都会から船ちょっと乗っ ただけで一発でここまで来られるというの は便利ですねなんか気になったのは赤旗が たいてるんですけどええこれこれってあれ ですよね共産主義の赤旗ですよねなんでか なと思これ調べましたらあのすぐ分かり ましたえ伝統的にブルーカラーのこの現在 地のことをバルマンというそうなんですが 労働組み合い運動の産業的ルーツが始まっ た場所です鉄道網や道路網が発達する前 からこの豊かな港ではフェリーモンが発達 していましたので島から島への通勤が行わ れていたようです向い側にもねなんか昔の 工場とかがありますが元々 は通勤客が通るような労働車の住だったん ですね今は多分地下が上がったから労働車 の宅地ではないと思いますま労働車と言っ てもまあのなんて言うんですかそういう 意味での労働車の宅地じゃないんじゃない か なこれがそのフェリー乗り場なんか ローカル線の駅みたいな雰囲気ですよね 本当通勤に行く人が行く前にみんな通って いくんでしょうね今で も昔はあまり所得が多くない移民労働者 たちがたくさん住んでいたらしいんですが 今は高級住宅街って感じですよねちょっと リチが安すぎますからねあそこから船に 乗れば一発で市街中心部です車でもすぐ でしょうでもやっぱり当時のもっぽい建物 も並んでますよねこれ長屋ですよ ね工場労働車たちが昔は使っていたんじゃ ないかなと思わせる小さめの家が並んで いるのが見られます今までもどの部屋も 高いと思いますよ多分窓に鉄合士がはめて あるんで心配になるなこれ海外旅行の鉄則 なんですけど窓に鉄合士がはめてある ところはやばい地域なんですよねもう絶対 にそういう場所を発見したらすぐに逃げ なきゃいけないなぜならばあの窓を割って
中に入ってくる強盗が多い地域だからと いうことらしいですただ多分昔のりでそう いうのが残ってるのかそれかま単純に一応 防犯を言えるっていうことだと思います他 はそんなやばい感じじゃないですもんね うんあの建物は名残りを留めているだけ でしょううん新しいものはねピカピカ ガラス張りですから大丈夫でしょうこの 地区にはもうリターミナルがありまして ちょうどその30分日本のフェリーが来 ましたこれに乗ればね向こうの橋の球本来 行きたかった方向に行けますちょっと遠い な急げ 急げよし間に合いましたバルメイン イーストま結局わずかの間この地区に滞在 して住宅地の時代によっての変化を楽しめ て良かったですねこの住宅地からもう船に 乗ってわずか数分で今再開発されています が昔は巨大な貨物不でありましたえ バランガ地区とかですねそれからすぐお隣 の島のここにも造船所とかねなんか色々 あったようですしなんかその工場とかの 跡地とか古い建物が見えますよね奥にも 石炭や石油の扱い所があってであとは羊毛 の積み出しはここでしていたわけですよね こういうところで働いていた人たちが今僕 が通り抜けてきた住宅街に昔住んでたん でしょうちょっと遠回りになっちゃいまし たけどようやく目的の大岸に到着できまし た最初に見るいやこの独特のセンスの遊園 地なんですがなんウエストミンスターGに 似てますねいやそれよりクライスラーに似 てるのこれニューヨークのクライスラー ビルと一緒じゃないですかいやこれは クライスラービル真似したやつですよね 一緒ですもんねでまそともかくねこの遊園 地は1930年代に作ったらしいんです けれどもそんななんか変だなと思ってね この結構一生懸命下のところからこう木の 棒とかを立ててえ造成して遊園地を作った みたいですけど 多分ね元は遊園地じゃなかったと思うんす よね遊園地作るためにそんな一生懸命に ならないでしょうやっぱ安城こういう ありがたい展示がありました えまさに横のハーバーブリッジを作って いる時この遊園地はこんな工場建設作業場 だったんですね要はハーバーブリッジを 作るための場所だったんでしょうでここに 大型線が切断して荷物を持ってきてあとは 多分鉄道も使ってえ材とかねえ木材とか 色々持ってきてそれでハーバーブリッジを 作ったんですねあのプロジェクトXの舞台 ですよここがなんでも説明を見てみますと どうもねここにこ岩があるじゃないですか
でこっから向こうは本当の陸地なんですよ 向こうは元々遊園地だったみたいですなん ですけど橋を作るという時に一旦遊園地を 全部解体してえ作業拠点として使ってもう 1回その後遊園地を1930年代に 作り直したみたいなんですよねでえこの 本当のこの陸地の手前にさらにここにねえ 木材を組み上げて3場所を作っていますが まこれが要はその物資をここに運び込む ために増設した場所らしいです元々はその これを橋をかけるために作った工場の施設 だったのを今は遊園地にして最終的に遊園 地は元よりもだいぶ広くなったということ です ねその遊園地を過ぎると今度は突然電車が 現れました電車がたくさん止まっています が調べたんですけど駅は存在しないみたい です車両基地です ねでもこの車両基地も変ですね油付きの 車両基地だと思いますよこれ僕のね長年の 鉄道マニアとしての経験をお伝えするとね 鉄道車両の基地は普通土地がたくさんある ところに作りますよだからこんなところに 車両基地があるってのは絶対なんかの事情 があるんですよねだ向こうとかも見ると これレンガで作ったすごい古い線路上に 電線が貼ってありますけど元々の線路の 構造自体はものすごく古く見えますこの 明らかに大変そうなの岩の上にレガを積ん だりとかするような手間のかかる工事をし ても結局車両基地だったらお客さんは乗ら ないから売上にはならないわけですし何の 目的もなくこんなものをわざわざ使うって ことはないでしょうこれは多分ですが やっぱあのハーバーブリッジがかかった ことによってもうお客さんがここに来る ことがなくなったから駅が廃止されて車両 騎士としてのみ使っているということだと 思いますおそらく昔はここまで電車でやっ てきてここからいよいよシドニーの中心兵 行きたいという人がどっかこの辺から フェリーに乗ってまだ橋がなかった時代 反対側の方面に移動していたんだと思い ますよあれしかもなんだったらこの線路 伏線なんじゃないかなうんどうもその トンネルとかを見る限りだと伏線っぽい ですよね結構大きいですよねトンネルが トンネルの上へ上がってくることができた んですがここから見下ろしてみるとどうか ないや微妙なんですけどねこれ伏線だった んじゃないですかあのここにもう1本 敷こうと思えば敷けそうな幅があります今 色々な危機が置いてたり物置き場になって ますけど置ける幅があるということは つまり昔ここにレールあったと思われます
よ今はもういらなくなりましたね線路2本 あっても車両地にたまに列車が出入りする だけでは意味がないでしょう1本は剥がし てしまったのではないかと思いますそして その代わりに1932年からだそうです あの橋の上に電車が通るようになったん ですねいや興味深いですよねちょ面白いな と思うのはあの橋を作るためにどうやって 輸送したかと船も使いましたしそれから この路線を使ってやっぱりあの橋の材料を 大量に運搬していたらしいですさ書いて ありましたねだから自分の路線を旅客営業 を廃止にさせるためにこの路線は大活躍し たということですねこれもし日本だったら ねハーバーブリッジの下に眠る一般の人が 乗ることのできない謎の現役路線を撮影し てみたみたいな動画がYouTubeに何 回も出たりとかあとなんかjr東日本 ビューツーリズム&セールス日本の旅鉄道 の旅みたいなサイトでですねここハーバー ブリッジの下にある謎の車両基地に入る 特別列車を運転しますえ参加代金は1人 2万円ですみたいな多分ねそういう風に なってると思うんですけどシドニーには そんなに鉄道マニアていう人はいないかな みんなまず鉄道に乗る機会がないからね あんまりその後線路も通っている海岸線 から一気に高台まで上がってきましたが するとこんな風になってますねもう超大 都会というか高層ビルオフィスビルが並ん でいるようです なんでもあの超高層ビル軍との間2駅しか 離れてないらしいんですよさらに3駅行く とま昨日見たクイーンビクトリア ビルディングとかあるあの辺りに行くそう ですねここ歩いてみても古い建物が全然 見当たらないので鉄道ができる前多分何に もなかったんだろうなと思うんですけど なん崖と海に阻まれた対岸の土地を鉄道と 橋で結んでしまって鉄道の便利差が改めて 実感されるところでしたま自動車でもそう ですが橋を作っている最中の写真があり ましたえここが今は遊園地になっている ところでえここが車両基地当時は駅だった んでしょうね船との乗り換え場所でもあっ たと思いますで僕はこの辺の車両基地とか を見た後多分ね今多この辺にいるんだと 思うんですけど何もないとは言いませんが やっぱちょっと家しかないですもんねあ この崖が急でしたからこっからこう いちいちねえ昔船とかこの海際の電車だっ た時代にはここの登り降りをしなきゃいけ なかったわけで上の方はあんまりいい土地 じゃなかったんじゃないかと思いますが 面白いですよね今GoogleR見ると
この崖の上にビルが立ってるということが 分かります普通はね崖の下だったら分かる んですけど山の上に登っていくの大変です からそんなとこに高速ビールないんですが 鉄道がここを通ったからです ねお客さんいっぱい乗ってんなほぼ満席 でした よ後ろは空いてるね後ろにしましょううわ なんだこれ初めて見ましたよこんなのここ ねえ山の上に位置している関係で鉄道は近 感となっていますそ先進んでいくと地下 区間ではなく地上区間になると思いますが 壁がこれ石作りなんじゃなくてそのままの 盤すりすりですよね これ鹿鉄でスボりってのは初めて見ました よいやもうあそこからは向こうからに地上 の明りが差してますから地下鉄は言わない の かトンネルの出口のとろに位置してる駅 ですねじゃ乗りましょう前の方もスたな [音楽] [音楽] これ の皆さんです ね [音楽] すごく面白かったですねえ地下に入っての タウンホール駅でおりましたここが市中心 部 でしょう1930年代からこんな便利だっ たってのはすごいですねそれで地上へ出れ ば例のこの光景ですかよくできてる ねシドニってすごいコンパクトな街って 感じがしますよねま実際どうかっていうの はまちょっと話別だと思ますけどシドニー の観光地ではなく本当にシドニーで働い てる人とかが行くようなエリアはなんか やたら日本のものが多いですよね宣伝とか もステーキが20ドルからでえラーメンは 25$だそうですマジで言ってんのじゃあ ステーキのがいいですよねこれ食べよう 今日はいる人の感じ見てるとお客さんもお 店の人も全員アジア系の人なんですよねで え割と街中に多い西洋系の人はまそんなに 見ない と多分なんですけどあのアジア系の人が メインターゲットなんじゃないですかね よく今言いますよね日本でバイトする ぐらいだったらオーストラリアの方が物価 が高いからそこでバイトしてえワーキング ホリデーでなんか金を200万円作りまし たみた大学生がいっぱいいるとか聞きまし たや日本人向けの文化も色々あるしね なんかいいのかなって気がしますよね シドニーのクラシもあそうそうさっき
ちょっとね僕含みのあること言いました けどあのシドニーがコンパクトだって話な んですけど街の中心部本当この辺ぐらいに 多分固まっててそこ一瞬で移動できてで 空港持ちしコンパクトだと思うんですが 住むとなるとねなんかとんでもなく市街置 がでかいんですよね永遠に終わらないん ですよでなんかみんなもっとまとまって 住めばいいんじゃないかと思うんですけど がねどこまでも延々終わらないですよこ 鉄道が伸びゆく感じですけどこんな大丈夫 なのこんなに街がでかくてもうほと山脈の ギリギリのところまでえ延々民家が横閉め てますだから日本で言えば小田原とかね 熱海とかそのレベルからドに通勤してくる 人結構多いと思いますよ海外では珍しいん じゃないかなそういうのよし届いた ぞこどうなのかなっんですけどま別に日本 でこれやるのそすごい行儀悪いってこと ないですから大丈夫ですね日本の雰囲気で めっちゃ押し出してる店ですから日本の 行儀で行けばいいと思い ますどうやって食べればいいのかなこれで いいのか なソースの種類がなんかいっぱいあるん ですねた多分この店あれですよねいきなり ステーキを倒すために作ったんだと思うん ですけど日本にもいっぱいありますよね 日本で行ったことないんだよな違うこれけ て食べるんだこれで色々出して味を比べて やる楽しみがあるんだ海外チキンマック ナゲットみたいな感じですねあの海外はね マクドナルドのナゲットのソースの種類が 多いんですよねこうみんなでつけて食べる みたいな文化があるそうですよっしゃこ 右手にえナイフ左手に箸という変わった 食べ方になっていますなん働いてる人も ほとんど日本人みたいだったなバイトする にはいいかもしれないですねいや本当多い んですよね繁華街にこういうのえス激辛も これも日本ですよ ねえそこにもあるわもうイ酒場もう全部 自分の目のトク範囲ですよあこれもか何 ここ日本外なのなんかアコ鉄ジャパニーズ なんとかとか書いてありますそんなん ばっかりだコリアンビューティとか ジャパニーズビューティそんなの流行っ てんの10秒歩けばジャパニーズの文字が 出てきますけど多分うんどうなのかな なんかアジア系の人たちに受けて るっていう印象ですけどね僕は見てるとま ともかくですねそのジャパニーズばっかり だと思って歩いてたらこれ昨日行った ハイドパークですがハイドパークに高い石 が立ってますおそらく戦争の慰霊費だと
思います行ってみましょう日合関係を 考えるのにぴったりだ近寄ってみたらね 慰霊とかそういうことは何も書いてあり ませんでしたこれ何なのかなと思っ調べた んですけれども上に穴が開いていまして 下水道の環境をするために作ったやつ らしいですあそんな実力的な意味があった のかそれ面白かったんですけれど もまでもねそのオベリスクのすぐ反対側の ところにありましたあれ銃の境ですよねま 今日本はね戦争に負けてもう軍とか戦争と かね武器とかそういうのはもう絶対だめ ですみたいなあの価値観がま昭和30年代 以降とかかな特に強くなったんじゃないか と思うんですけどもま大体ね日本にはない んですけども戦勝国に行くとこういう 大きなあの目立つ公園とかに広場とかに 戦争で亡くなった方を痛むためのものとか 設置されてますよ ねすぐ近くには戦争博物館もありました 今回あまりオーストラリアらしい鳥を見 なかった中では黒が結構登場してくれまし たねそれも今から戦争博物館見に行って みようかなと思うんですがあのご存知か どうか分からないですけど僕もねあんま前 までよく知らなかったんですが オーストラリア市場最大の戦争の相手って のはまアボリジニの大虐殺というとんでも ないのを例外にすると日本らしいんですね 多分その時のことも色々この中に展示され ているはずなので見に行こうと思います鳥 が結構な中は撮影禁止ではありませんが そんなにままと取りませんでしたう行って よかったです博物館の中には日本軍の潜水 艦の一部が保存されていたんですがなんと この潜水艦は戦争中シドニーまでやってき てここで攻撃をしていったそうです シドニー市街コンパクトですから実際に その日本軍が攻撃をしていった場所までも 地下鉄ですぐ行けます行ってみましょう この駅はねミュージアム駅戦争博物館の駅 ということなんでしょうね上野の博物館 動物線前駅とそっくりですうわすごいな昔 のまんまじゃないですかまず広告も昔の まんまだしこれは昔から本当に変わって ないようですね材質とかを見るにイギリス の蒸気機関車そっくりですま多分イギリス の蒸気機関車として実際に作られたものな んでしょうここは切符売り場も昔のまんま だこのかまぼこ型の天井とかももう一緒 ですもんねまロンドン本場より天井が高い か なわざとここだけロンドンぽく低くしてる んじゃないかとさえ思えますここにオール 2階建てが来るのはすごいねあまりにも
立派だから列車1本見送ってしまい ましょういやこの感じからするに今どう オーストラリアの人が考えてんのか分かり ませんけど少なくとも第2次対戦前までは オーストラリアの人たちはあの自分たちに はイギリスの深い関りを持ってる大英帝国 の一員だみたいな認識が結構あった でしょうねだってイギリス人のようにやっ てますから駅内の広告まで昔風だ駅の 雰囲気をじてカンタスが空気を読んでるん ですかね昔のファーストクラスの座席って 感じですよねうわ何インターシティが入っ てきたインターシティも来るの かここに入ってくるのは普通列車っていう かねあの各駅停車パターンのやつしか来 ないのかと思っ たら東海道線の15両編成電車みたいな やつも入ってうわあびっくりだもうどこ までもイギリスじゃないですかロンドンの 地下鉄の違いが分からないわ ま日本人がオーストラリアまで来てま ついついね日本食を食べてしまうように イギリス人もやっぱりイギリスらしく 暮らしたいですもん ねはい戻ってきましたここはサーキュラー キーですそう80年ぐらい前にここに日本 軍の潜水艦が来て魚雷攻撃をしていったん だそうですよ正確な場所はこの間来た時に 見ましたねあそこにある海軍基地だそう です今日は風が強いのでオーストラリアの 海軍機が風になびいてよく見えます オーストラリアの海軍は船の名前冒頭に ですねhmasとつくそうですでこれは ハーマジスあもしくはヒズでもいいですね 国王陛下が断HmaestスリアSで国王 陛下の軍艦っという意味なんだそうですで それが全部船の名前の頭につくそうなん ですけれどもこの海軍基地自体にも HMクタブという名前がついてるそうです この基地にも船の名前がついてるんだそう ですねでそのクタブという軍艦は何なのか というとここにその時定学していて4軍の 魚雷で沈められたのだそうですその失われ た軍艦とその時に亡くなった方への経緯を 表して軍基地が今その名前になってるんだ そうです ねさっきの博物館には写真が展示されてい ましたそこのように切断していたところに 魚雷が当たっては沈んでしまってこれで かなり多くの方がなくなったそうですそれ からこの潜水艦攻撃に使われた潜水艦いく つかあったそうなんですけれどもそのうち の一部がえここで自爆することになりまし てどうも脱出できなくなってえ捕まる ぐらいなら週を選ぶということで自爆した
ようなんですがその潜水艦の二重反転 プロペラですねこれねえとかそういうのは えこ実物が展示されてこれはその後ね オーストラリアのあちこちにえ持っていか れてえこういう風に日本軍にも攻撃を受け ましたのでえ皆さんも戦争に協力して くださいみたいなあの募金活動とかの シンボルにも使われたということなんです けれども乗員はオーストラリア軍によって 定長に埋葬されたそうですあと資料間には 沈んでしまったhmsクッタブルゴのこれ 伝説艦だそうですねあのあちこちやり取り をする時にこの中に向かってあの声を 吹き込むとえ部署間での通話ができると いうものですが伝説艦だけ展示されてい ましたですからもし皆さんがシドニーに 観光にお越しになることがあったらまこれ をオペラハウスを見に来ないってことない と思いますんでここに来てその時ついでに ですね右手の方向をになると海軍基地が 必ず見えますから軍艦はもしかしたらい ないことあるかもしれませんけど昔日本の 潜水艦ここまで来て魚打っていったの か思うだけでも良いオーストラリアでの 体験になると思いますよまたサーキュラー キに戻ってきたのには別の見たい目的も ありましたこれです ね今日はシドニーに2つもクルーズ戦が来 ていてえ2席来てるうちのまだ映しており ませんでしたもう1席はアマラジャーニー もいうそうですが昨日夜中ちょっとね ホテルでえマリントラフィックで見たと 思うんですけれどもこのハーバーブリッジ の下を大型線が来る機会は珍しいようです ま最も昨日は昨日で貴重な反戦のレプリカ がここから珍しく出航したというからそれ も見たかったです がこれもいい光景だと思いますおそらく 昔羊毛イギリス本国に送ってたとかですね その各国からのオーシンライナーあの距離 を渡ってくる船の国際戦が出入りしていた とかそういう時にはよく見られていた光景 だと思いますがドニコのドニコらしいこし た景色は貴重だと思いますよ今回の滞在中 今日だけ出行するとことでま割とねうまく ピッタしタイミング合わせて今回見ること ができましたおお3万との客が出ていった と思ったら今度またいいのが来たじゃない ですかあの観光用の昔の雰囲気を再現した フェリーですね今は仙内でお食事などする クルーズクルズ戦としてやってるそうです ザザこういうのはね19世紀ぐらいから 割と近年まで特にこの上に橋がかかるまで は盛に運行されていてシドニーは世界一 フェリーの運行が多いところだったらしい
です よあらずも昔のシドニーの景色を伝えて くれる船が2連続で来てくれましたすごい ですね今更ながらこれがシドニーか歩い てるところなんですけどまたあの例によっ て鳥がいっぱいいるエリアがありましてあ なんかオーストラリアっぽいやつが現れ ましたね今までああいうような見なかった ですよ一応飛べるのかな一応飛べそうだ なみんな楽しそうですね可愛い鳥が ぴよぴよ泣いて親の帰りを待ってますね うわ親が帰ってきた違う違う違う違います 違います逃げないとこれやばい な大丈夫だったかをねこうやって攻撃して くるタイプの鳥なんじゃないかなと思って 早く取ったら逃げようと思ったんですけど ふはやられなかったな私日本人ですから ここへ来た時にも十分注意を持って発言を しなければいけないと思うんです がそして改めて第2次世界大戦の時のね 日本の動きとかやっぱり色々問題のある ところがあまりにも多かったなと思うん ですがその上で言わしていただくとほよく ここまで来て敵の懐に魚雷打っていったな と思うんですがそれって普通にできること なんですかね普通ではないですよね当時の オーストラリアは日本との未の戦争に突入 しても本当に恐怖のどん底にあったという ことらしいですというのはこれは僕は この間10ヶ月ほど前にカナダに行きまし てでカナダで大陸横断の列車に乗っている 時にねあ僕あのイギリスのコモンウェルス に今年色々行ってるんですよみたいな話を してその時ねオーストラリアの方と車内で 食堂車でお話した聞いた話なんですがま よく言われることとして日本には天然資源 がないのですがこの辺の南方には色々ある からじゃあここら辺の植民地をま日本軍は 解放という風にしてたわけですけどもあの これをま全部ねえ占領した後ま大東亜共栄 権というものにしてでえ作り上げてえ日本 も資源を使えるようにしようということを 考えたそうですでそうすると オーストラリア近いわけですよねま溜まっ たもんじゃないどうすんのっていうのは もうオーストラリア建国以来日本対策どう しようかみたいなこと結構心配していた らしいんですねましかしこの東南アジじゃ 一体の1番リッチのいいところにですねえ ここシンガポールにま世界最強と言われて いたイギリスの東洋艦隊が置かれていたの でじゃあここがもう拠点としてえある限り 大英帝国は全部大丈夫だしもちろん オーストラリアも大丈夫だねという考え だったんですがまところがシンガポールは
日本グに攻撃されてえ幸福してしまったと じゃオーストラリアどうやってこれから 自分たちの身を守っていくのか多分その時 の状況を日本風に例えると沖縄から米軍待 しちゃったけどどうすんのこれからみたい な多分そういう感じだったんだと思います よそうした危機的状況であったのでここで 先手した日本兵を伴うかどうかについては かなり議論があったそうですが結局は ちゃんと伴うことにしたとあそこさっき 訪れた博物官に書いてありましたで戦死し なくて生き残った日本編たちの方がね多い わけですけど攻撃に参加した人たちは潜水 艦でこの辺のこう入り江といろんなところ をね逃げ回ってさっきの博物館に書いて ありましたけど2隻の特殊潜水艦がの周り で命がけの隠れんぼを繰り広げたと書いて ありましたこのシドニーの入り江でそんな ことやってたんです ねまでもあり得る話かま地図を見ればね一 発でこんなに複雑なところですから確かに よし今まずとりあえずここに入りに 逃げ込んでよし今逃げろだーっと太平洋 まで逃げていくみたいなことま確かにでき たでしょうねちょっと疲れたんでねここで 腰を下ろして休憩します今もう18時40 うわすげえすげえふふもう10たんだ こんなにここ良かったのかあすいません 高級なホテルのベッドみたいにふふですよ そのやたら寝心地のいい草原は相徳の家の 裏庭でしたねま正確には多分相徳の家には 含まれてないのだと思いますがあここが その正面玄関だったんですねさあ戻ってき たら ちょうどあの藤丸んでしたっけあのやつ ですね今ちょうど渓流を解いてるところだ もこの船もタグボート2隻使ってリガ するっていうんで大変ですねそれだけ スペースを多く取りますからねあほらもう いつも猛烈な勢いで出ている他の サーキュラーキーのデイルの船たちが みんな慎重に高行してますよいつももっと ビュンビュン飛ばしてるもんねあ明らかに 遅いわ出船入り船大渋滞ですねこういう時 は1番右側の船が優先になりますんであの 右側のあの船だけは速やかに出ていってい ますあの船もに早く出ていくことで他の船 に道を譲ってやりたいなと思ってる でしょうねうわこれはでも怖いねあのカモ がいるようなスペースさえないじゃない ですかいくらシドニーの船のりがみんな 慣れているとは いえこういう時間は1日のうちごくわずか だと思いますよあまたどんどん次の船が来 ちゃっ
たちょっと信じられないね録音することは できなかったんですが先ほどボデが発 バ敵を鳴らしました私は今バックしていま すていうことを音で知らせたのでこの船は よし大丈夫だ安全を確認してその前を すり抜けていきまし たオデッセが今バックをしている時です からその進路が工作するということでもう この船は何分も前にリガしたと思うんです けどここもう数分前にリガしたと思うん ですけど全然進めていませんあもうほら どんどん来てる来 てる みんな結構ギリギリを攻めていますがその 動きぶりは見るからにさっきよりゆっくり で慎重 だ昔からシドニーではこういう景色は伝統 だったでしょうねなんたってここの大型線 の桟橋はオーストラリアの歴史とずっと共 にあったわけです からこれはSSイベリアという名前の船だ そうですけれども元々はロンドンを出行し てスズガを抜けてシンガポールを抜けて シドニーに到着でその後サンフランシスコ まで太平洋を横断したら体制を横断してえ ロンドンに帰るという工程だったそうです よまさにこここそ日の沈まない大衛帝国の 1つの拠点であったわけですねそこを出行 していきましたお結構かっこいい船じゃ ないですかこんなのが日本に来るんですか 来年じゃあシド見物はこんぐらいで切りが いいです ね東京へ帰るのは明日ですがその前に シドニーと並ぶ大都市だというメルボルン を一目見ておきましょう乗列車は20時 42分発全車指定席の夜行列車です明日の 朝7時30分に到着の切符を昨日買って おきましたね発車までまだ1時間弱あるん でなんか食べてった方がいいですねご飯は ねここで食べましたクリスタルパレス ホテルですま要は中身はねパブなんですよ ねロンドンとかにもありますよねこういう 雰囲気の店でえコーラ注文しました本当は アルコール注文するのはそれっぽいと思う んですけどま飲みたくないんでねえそれ からハンバーガーを注文したんですがこれ でねハンバーガーが17$コーラが3 20ドルぐらいでしたね結構安いブレだと 思いますよハンバーガーそのものものすご 美味しかったですね全部で2000円って 言われりゃまあ納得できるなみたいな味 でしたこの感想多いですねいや本当グルメ を求めて海外旅行される方もいらっしゃる と思うんですけどあんまりね日本国内で 食べるより美味しいものに海外でお金出し
てもありつけることってないですよね日本 で50000円でなんか物食べてる方が 美味しいんじゃないかなと思いですけど さてそして駅へ戻ってきますと普段だっ たら静かなんですがものすごくき音がし ますこれだ僕の乗る夜行 列車これはイギリスからやってきました インターシティ125hstというすごい 特急列車が1960年代にイギリスで開発 されたんですけれどもそれを同じような 仕組みで持ってきましたいや僕もね5年前 に乗りましたよもうすごくかっこよかった ですねhstリンバとロンドンキングス クロスで見てこんないい車両があんのか いやもうロンドンから引退しちゃったそう ですけどもメルボルンまで900kmあり まして座席車で12時間ぐらい行くのは かなりきついんじゃないかと思いますが 座席車で行く人も多いですねファースト クラスのはあるんですけれどもファースト クラスも座席車 です僕の号車は先頭かな僕は寝台車にし ました寝台車でも2万円ぐらいですよ そんな高くないと思いますね客車は多分 イギリスじゃなくてオーストラリアで作っ てるかニュージーランドかどっかでやった やつなんじゃないのかなあ方式かまだドア 扱いはしてると思いますこれドア閉まっ ちゃったわけじゃなくてこれ自分で手で ドアを開けるんですねファーストクラス スリーパーアデイッタあれ閉まってる 危ねえ1里を覗いてドアは全部締め切り でしたでもやっぱなんかイギリスみたいな 感じなのかなドアをこう手で開けるこちら がですねその寝台個室でございますそう 寝台車一両は完全個室となっておりまして え全部個室なんですがただあの個室は2名 店員でえ2名相部屋になります1人 貸し切りというのはありません僕のお隣の 方は台湾からいらっしゃった方でしたお隣 とおしりして仲良く過ごしメルボルンまで の時間も苦になりませんね多分作な方が 多いと思いますみんな分かってるだろう から寝台車相席にな るっていうの英語ネイティブじゃない方と の方がねお話が弾むんでいっぱいおしりを してましたらもう結構外区に入ってきまし たね列車の速度も上がってきましたこの 列車は行列車が止まるようの駅は全部通過 するよう です座席は最初はこのように上に寝台が 格納された状態でえ下に座席が置かれて おりますがでこれが3人がけなんですけも 真ん中のところはブロックされていて両端 ですあとタオルが置かれていてこのタオル
は多分向こうにねシャワーがあるんでその シャワーを使ってくださいてことなんでね 通路側にも巨大な窓が付いていますがこれ はカーテンで仕切ることができますまとは い上の方とはね共同になりますけれども ベッドを展開して欲しい場合はあのボタン を押して車掌さんを呼ぶということになり ますなんかこれねいつ車掌さん呼んで ベッド作ってもらえますお隣の方とのご 相談をするというコトがあるわけですね だんだん早くなってきたな今までの オーストラリアの鉄道の旅で最速だこの 部屋のこのここにトイレがあんのかなで すぐ向い側にまた2人用のこれと左右対象 に作られたお部屋があって僕と一緒に旅行 してる方はね3人旅行だそうですで僕のお 隣の方とそれから向い側にえいらっしゃる 方の3人でま僕だけここに1人いるんです ねちょっとなんかお邪魔虫みたいな感じに なっちゃってるんですけどほがらか親切な 皆さんと楽しい夜行列車の旅を進しますま 僕は正時相部屋の寝台車なんてのはB寝台 で慣れてますからねちなみに号車は番号で はなく記号で表示されます僕の号車はA号 車お隣のB号車がえ全車ファーストクラス でさらにもう1つお隣のC号車は ファーストクラスとビッフェハンハンと なっていますおホームのあるところ通過し た面白くなってきたじゃないですか個室内 のどこに座るかもし正になっていて僕は 29番席です座席状態の場合は僕は窓側 ですえそしてえベッド状態の場合は僕は 下段寝台となりますこれ相当いい雰囲気だ ななんこういうのはねなんかわかんない ですちょっとイギリスっぽいような気が するがま何でもイギリスと重ねるのも失礼 かなちなみにもうベッドもご用意いただき まし た同の方ねベッドはいつ作ってもいいです かみたい話てあそうですねつでもいいです ねて話をしたのでもう作ってもらってい ます僕の同質の方が冗談で僕が下段です 下段のが当たり臭いですねやっぱりね 申し訳ない他の部屋で他の人が喋ってい たりとかねえデッキからの車両の走行が盛 こえたりするので閉めておいた方がより いいですね冗談へ上がるはごも日本の ブルートレインと比べればだいぶいいです ねこれ多分ね日本の寝台車よりはちょっと 新しいんじゃないかな世的にねかその4人 ごとにトイレとあのシャワーがこの内側に 入ってるってのはすごいわどんなんなっ てんのかなと思って見ましたこういう感じ でしたねなんか一見汚そうに見えるんです けどものすごく綺麗ですねカナダで乗った
大陸横断特急もこんな感じでしたよこれが トイレだあ新台特急北斗星のロイヤル みたいですね相部屋の方3名にまトイレは いくかもしれないですけどシャワーは今夜 は使わないんであの好きな時にどうぞご 挨拶しておきましたあうわ懐かしいなこれ 本当に昔のブルートレインと一緒ですね これが日本一豪華な鉄道車両だった時も あるんですよねあれこれ北斗星真似してる んじゃないのいやごめんなさい北斗星が 何か真似してるのかなここにコアラマーク の石鹸があるんですよこのコアラマークの 石鹸で手をよく洗いましてちょっとこれで えもう洗ったお水がここに溜まったんです がこれこうこう流しちゃえばいいですね ここんところでこう水がさっき びちゃびちゃ跳ねたのでそ拭いておきまし たでこれはねえトイレの水もまこれさっき にもう何回も流してるんであの僕のおしは ここにも待ちないと思こういう感じで押す とこう流れるんですよですが最後までこの 水が全部こう流れきるということはないの で最後は自分の手でこうインドを渡すうわ 懐かしいこれ北斗星トワイライト エクスプレス何回もやりましたわこれお待 がある 珍しいもうシドニーからだいぶ離れてき ますとさすがに街も少なくなってきてね たまに通るというだけなんですけど ほとんどはもう何もない荒野みたいな ところ走ってるんじゃないかなまとはいえ ちょっと暗くて見えません明日の朝早く するためにも今日寝ておき ましょうシドニーからある程度離れてきた ところでえ位取りを簡単にご案内したいの ですがま今回はねほとんどもうシドニーの 入江周辺だけを見てきました1番海寄りの マンリーから1番この内陸の方に入った パラマッタまでのところを船で横断したり まあとはねこのシドニーの周辺を市街地の 大都会な部分はどうなってんのかっていう の見てきたわけなんですがえここから一気 に列車に乗ってなんかしでもまだまだ遠い ですよメルボルンはね明日の朝には着く でしょうという感じオーストラリア全般的 にどんな風になってるかと言うとままず 1番え北東部クイーンズランド州 ブリスベンとかグレートバリアリーフとか がありますえその南側ニューサウス ウェールズ州多分これイギリスの ウェールズから名前を取ってるんですかね え新しい南のウェールズということでえ ここシドにがえまそこの拠点ですでこれ から行きますメルボルンは女王の名前を 取ってビクトリア州のえ都でありますで
さらにですねえオーストラリアに3つ残り 州がありましてえノーザンテリトリー南 オーストラリア西オーストラリアとあるん ですがなんだこのこのねここの辺はなんか 適当に名前つけたのかみたいなよく考える と西オーストラリア州でかすぎるだろう みたいなことすごい気になるんですけれど もビクトリア州と比べてねなんでこの ウエストオーストラリアはこんなでかいの が多この辺はあんまもう町という街が ほとんどないないんじゃないですか一応ね パースで南オーストラリアだったら アデレードがありますけどノーザン テリトリーはあダーウィンがここなんです ねあの日本軍が空襲をしたという ダーウィンがみたいな感じでまあんまり オーストラリアのも左側になるとえあまり 人が住んでいる頃は多くはないんじゃない かと思いますでまその中で右下が一番ねえ 良い港に恵まれてたり色々あって人が 集まるところだったようです2つ目駅に 止まりますも駅めちゃめちゃ古いんだよ なイギリスの列車になってるよう だ僕と同室の方は今シャワーにお入りに なっていますもこれからだんだん寝る タイミングですもう眠かったら明り消して いいですよて言われました言われましたが ま別に消しちゃってもいいんですけどそれ なら僕もアイマスク持ってるからな別に それでいいや意外と走行してるとエンジン 音モーター音ってのはないんですけど揺れ は意外にありますねそのゆによる音もある 耳の人てこなら眠れますおやすみ なさい なんかよくわかんないけど線路が3本 ぐらい敷いてあるみたいですねそんなに たくさん列車が走るかと思うんですけど さっき駅を通過した時お隣の線路の側には ホームが設置されていたんですが僕の側に は線路は全くなかったので多分僕の乗っ てる線路は貨物列車用なんでしょうねま 単純に運転速度の関係かもしれないんです けれどもおそらく歴史的な経緯があって強 までいたシ周辺のニューサウスウェールズ と今走っているえビクトリア州とそれぞれ 州の鉄道経営が植民地時代から異なってい たらしいですで線路の幅も昔は違った らしくて直通運転さえできなかったらしい んですがまさすがにそれはどうも食道時代 のうちにレールの幅は統一されて直通 できるようになったそうですですが今でも 鉄道の経営は全く別の組織としてやって いるそうなので多分それも関係するんじゃ ないかないよいよ金行区間に入ってきた みたいですねホームが新しくなってるわ
駅舎は古かったです ね 相席の方はご家族でご調車なのであのご 家族のキャビンがもう1個ありますんで そこでねえ今3人過ってるみたいです僕は 今1人なんですけれどもあのこれご覧の 通りえまたベッドが元通りになりましたま そろそろ終点だからもうちょっと残りの 時間で寝とこうかなと思ってかかり列が 回ってきましてえすいませんえベッド座席 させていただきますあそうですか別にこの まんまでもいいですよて言ったんですけど あのこの列車終点に到着した後もう30分 か1時間すぐまた折り返し資料に帰る運用 が決まってるんかそうですね結構忙しいん ですよねその折り返し作業を今のうちに 始めておく必要があるのだそうですね ちなみにここのところをバタンとやります とよいしょこれ肘掛けが取り出せるんです がこの裏のところにえ鍵穴が隠してあって ここに専用の鍵を差し込むことによって これをベッドにしたりえ座席にしたりする ことができるそうですこれもそうですねだ から勝手にベッドを取り出して勝手に ゴロゴロ寝るみたいなことはできません 日本の急行北号がそうでしたね乗客が勝手 に座席をベッドに転換してしまうという ことで座席に鍵がついてたの覚えてます うわすごいすごいすごいあったあったこう いうのを見たかったんですよ貨物ヤードだ 船のコンテナが大量に積まれていてそこに 高架線が向かっているのが見えますあ 向こうからも線路が来ましたねこれが オーストラリア名物のすごく長い貨物列車 が走るという線路 でしょう船から集めてきたコンテナが多分 あそこにトラックで運ばれるのかなでここ から動に積み替えられるという仕組みの ようですでこれがそのコンテナ列車か貨物 は積まれていませんけどもオーストラリア 名物の貨物列車というのをようやく見る ことができました夜中すれ違ってたのかな いやさすがに走ってたと思うんですけどね カナダの大陸横断鉄道と比べると貨物列車 の姿を見ることは全然なかったんで オーストラリアの鉄大丈夫なのかなと思っ たんですけどま余計な世話か な向こうに港の橋が見えますねあの横浜 ベイブリッジみたいなやつでしょう多分ね あそこ大型線が通るんでシドニーの ハーバーブリッジみたいな感じで作って いる結構立派な部類の橋だと思いますよ おおでかいでかい向こうに駅が一応あり ますけどねあそこ普通のお客さんが乗る用 の駅のプラットフォームがありますよねこ
人が歩いてますでも僕が走ってる線路と こちら側との間かなり距離に手当たりが ありますね武蔵野線みたいだ昔のこれが その貨物列車牽の機関車があ結構小型なん ですね小型の何個も連結しらせるのかな うわこれは昔のイギリスとかで使っていた あのチャギントンていうアニメあるじゃ ないですかあれみたいな感じの古い ディーゼル機関車がこれがオーストラリア 大陸に色々こういうのがあるんでしょう 貨物列車の操車場ですね小さい なこの程度の操車場では多分貨車20両と かそれぐらいしか扱えないんじゃないです かねだから今あんまり使ってなさそうでし たよね今の時代には多分もっとすごい設備 があるんだと思いますこれは多分 オーストラリアの貨物車の実力は表して ないですね今の景色ではあついに現れた 近郊電車近郊電車との並走区間こっちはね 駅も設けられていない貨物線のようですの で途中どんどんおこれなんか目黒駅みたい な感じになるのねちょこっから左側に行く と見られるのかなお客さんは乗っているか ないいですね寝台列車からこう並走するっ てのはあ旅客列車とはもう全然行き先も 違っちゃうんですね貨物列車専用線路に 入るなら立派なトンネルに入りました結構 でかいと思いましたねこれがその牽引の 機関車かなあやっぱりでかいな3両 連いよいよメルボルンだ人口は今シドニー よりもメルボルンの方が多いみたいですね 経済規模は圧倒的にシドニーのはずで本当 の人はキャンベラであるとあそんなところ にガントリークレーンがありますねこれは めちゃめちゃでかい大型の貨物コンテナー を扱うための海の設備だと思いますがもう そこに海があるんだなメルボルンはこの ポートフィリップ1ていうの一番奥まった ところに位置している面白い地形ですで このポートフィリップワもまたねこの ソレントかこの辺のところだけ三先で ものすごく入口が狭くなってるということ でなんか軍事的な防衛はしやすそうな地形 ですがこのポートフィリップワが めちゃめちゃでかいですね幅50km ぐらいありそうですねそこの一番奥に位 するメルボルンのここから山川という川が あるそうで川の街なんですねメルボルンは この川のところに遡っていったところに ここに貨物ターミナルがあって物は川の中 に入ってくん だ車内放送でも言っていますがまもなく 終点の南十字駅サザンクロスステーション に到着するそうですこれがそうですか ものすごくリチのいいところです
ね [音楽] 素晴らしいまさかこの高層ビルを左右に 抱えるど真ん中にあったとは やっぱりシドニーと同様に通勤が電車文化 なんです ねだから電車の駅周辺は特に便利になって いると思いますま巨大都市であればそう でしょうここで後ろを振り向けば後ろに ちょっとなるhst編成が見えるんじゃ ないね見えますよ ねこれももうすぐ引退してしまうという米 バッとろは国鉄譲りのスーパースピードの 機関車を眺めることができました電車の 落書きとかがかなり少ないですねもう カナダでもアメリカでもねイギリスは なかったかなフランスはめちゃくちゃあり ましたよ ね治安の良さをひしひしと感じ ますこういう壁とかのところにも大して 落書きはないですし ねすごい模 だを遅れて終点のサザンクス駅に着きまし た10数分程度の遅れならね想定ないです よ向こうのあれも鉄道と連絡してるバス みたいだなやっぱり鉄道は時代と共に役割 を小さくして結構配線になってるみたい ですでその代わりにバスが連絡するように なったとかオーストラリアでもアメリカで も日本でもそんな感じになってますね やっぱり相当難化してきたからメルボルン は寒いです ね昔イギリス旅行してエディンバラに 降り立った時思い出します本当そんな感じ だちなみにhstはものすごく煙臭いです それこそ石原知が泡吹いてぶっ倒れるん じゃないかって感じあこれもディーゼル カーなんですよねも全然性能が違い ますこれはそんな黒炎も履かないし匂いも しませんhstの存在感はすごいねサザン クロス駅は通勤客の人の波がすごい シドニーでもこんな景色は見なかったです よ東京でもこんな景色は見ないな多分東京 の方がその数は圧倒的に多いとは思うん ですがなんか列車の停止位がちょっと おかしいんだよなましょうがないん でしょうけどねあんな遠くに止まって しまうのでお客さんは延々歩かなければ いけないということでこの民族大道的な 光景を眺めることができるんですねち僕の 乗ってきた特急列車は運賃はLCCよりも 安いということでとにかく安くシドニー まで行きたい人たには結構利用されている みたいですおこんなところにの三島駅が ありますよあれですねホームの途中から
線路がぎゅっと分岐する関係で車体が 大きく乗り出しまいわゆるオーバーハグを するのでホームにぶつからないように ちょうど今スズメのいたところです一部 だけ削り取られていますねじゃあ街へ出 ますかどんな街なのかわかんないけど横 立派なエスカレーターがありますから みんなそっちの方を使いたがるんで正面口 はいやかっこよく写真が撮れていいですね 人がいませ ん渋谷スクラン交差点を見に来た外国人の 気分です ね路面電車の数がそしてやっぱり多いです ねオーストラリアの基本的な制作なのかな 路面電車を活用するのがま昔からありまし たしまこんな形をしているメルボルンの街 ですが綺麗な街の写真が撮れるんじゃない かなという場所を発見しましたここですで ここに行くにはね路面電車に早速乗り たかったんですけど駅に逆戻りして普通の 電車に乗ったがいいみたいですさ一息10 分10分もかかんの 10分はかかんないみたいなんですけど Suicaみたいなカードをメルボルンで は買わないといけないようだえまず倍 このこれだ よカード台が6$まあ50000円ぐらい ですかねであと一応10ドルチャージし ましたどんぐらい使うかわかんないんでま いちいちこれやんなきゃいけないってのは 面倒くさいですけど日本もそうだし日本は クレジットでチャージするのかなり大変 ですからねそれに比べましかこれで乗れる わけ だ多分この電車でいいはずだあてかそう ですねいや僕は行きたかった駅がここに出 てましたここ通ります よ地下鉄みたいな感じらしいんですけど 同じ方向に2つ走ってるんです ねま半蔵門線と銀座線みたいな感じかな ならあっちの625Mって書いてある あっちにすりゃよかったなあっちの方が なんか古くて良さそうですよね古い電車は なくなる可能性があるからなこっちから 乗っといた方がいいんです よおいい ねわざわざ見るためにやってくる価値の あるところじゃないです かこんな感じだったんですね オーストラリア独立直後に作られた駅舎の よう ですこのフリンダーズストリート駅の列車 で着したサザンクロス駅の1駅をお隣な わけですけれどもつまりこんな巨大な駅が 2つ並んで置かれているぐらい町に土地が
あったってことですよねシドニーとは対象 的だもうシドニーは街中が全部崖ばっかり でねもうでこぼこでちょっと歩けば めちゃくちゃ足が疲れるみたいな感じでし たがここは多分平地が多い でしょうなるほどいい景色だねいや川沿を 適当にGoogleマップで見ててねあ ここいいんじゃないかなと思って来たん ですけれどもここがメルボルンの観光名に のかはちょっと分からないんですがなっ てると思いますよ船場とかが並んでるのも 雰囲気はいいと思いますがいいと思います がいやでもねビルの壮大さに対して水辺の 様子が貧相すぎると思うんだよな本当 メルボルンの皆さんに失礼なこと言って すいませんこれだけね人々の数が多く とても活発で巨大なビル軍が並び立てて いるようなところは大体昔から素晴らしい 港があったり素晴らしい川があったりね ロンドンの手川なんかこれよりももっと ボーンと広いですしもう港がもう川辺に ずらずら並んでうわすごいここが世界一 賑わった港なのかみたいな雰囲気とかが あるんですけれどもなんかこのメルボルン のこの矢川という川はですね隅田川よりも 幅は狭いような気がするしあのシドニーの 深さもあり形も複雑でいっぱい使い まくれる天然の良行ぶりと比べるとま はっきり言ってメルボルンはねちょっと案 事情としてはしょぼいと思います結局元々 使われていったのはもうもうもう多分この 辺だけなんですよねもうここれこれだけ じゃないですかでこの辺に色々こう掘っ たりとかしてえドックを掘ったりとかです ねでここもドックランズっていう多分あの ロンドンにドックランズってのがあるので それを参考にして作ったんだと思うんです けど大型線がつけられるようなところが あってさっき列車から見ましたよねそこに 大型のコンテナー線が発着したりできる ようになってるよですからま今はねま色々 あるなとは言えばあると思いますがここは 水深の深いシドニーと違って川ですからま 仮にこのをものすごくこう高く上にかけた としても水深の下の方が浅くてね大型線と かあの座標してしまってま全くこの辺を 通ることはできないでしょうだから巨大な 橋をかける必要もなくまあ言えばこの程度 の高さしかないわけですままままとはいえ 高いですけどねこれぐらいの高さがあると いうことは多分この下に結構それなりの 大きさの船に通てたんだとは思いますがま でもね一体なんでこの程度しかないのに メルボルンは大都会になってんのかなって のはすごい気になるわけですよね理由が
よくわからないあ高校生の皆さんがこう 通学してますね意外に中学生かもしかし たら小学生かもしれないけどな オーストラリアには制服があるらしいです やっぱりね日本の地図を見ても オーストラリアでもそうですけど大都市 ってのは基本海の際のところにあるんです よねもう京都ぐらいじゃないですかあの海 が近くにないけどっていうところでも京都 もあの琵琶とか淀川とかあの割と水運の便 はいいと思います良い水の流れがない ところに大きな街というのはま僕の知る 限り成立することは難しいのですがこれ なんでかって言うとねあのゴールドラッ シュってのが昔あったそうなんですよ19 世紀の中頃1860年代とからしいんです がまアメリカもねカリフォルニアでそう いうのがあったということですが世界で2 番目の忙しいゴールドラッシュは メルボルンを拠点にして起こったんだそう ですねつまりこの近くで金が取れたんだ そうですで調べてみましたら僕の今渡っ てる橋もそうなんですけれども基本的な メルボルンのインフラはそのゴールドラシ の時代に全部整備されたらしいんですよね この川幅とかも当時広げられたものを使っ てるらしいです今メルボルンの街を歩い てる人たちがよっしゃ金を採掘するぞって いうので来てるわけではないんですがその 時に大都市としてメルボルンの人口が爆走 してオーストラリアで1番の大都会になっ たので今でもそれが続いているということ なんですねじゃあその金を掘ってたところ 見に行かなきゃダメじゃんと思ってねえ 行けるみたいですねえあとね20ドル ぐらいチャージして多分今日の交通費は 全部でえ303000円ぐらいで足りると 思いますクレジットカードを タッチこれでチャージされたのか プロセッシング待てって出てますねでき ましたえレシートはもらっときます かああなんだカード買わなくてもこの Googleウットってやつを使って スマートフォンで運賃をして払うっての 押せばこのスマートフォンこうタッチして 簡単にモバイルスカみたいできたみたい ですそれでやりゃよかったなそうか モバイルスカってのがあったか海外の方が 日本に来る時もそれをお勧めしたいです ねえ早速到着したばかりのメルボルンを 離れてこれから行こうと思う街がバラット というなはここですでね結構離れてる 100kmぐらい離れてるみたいなんです けどでも意外に列車が早く1時間ぐらいで 行けるそうです運賃も1000円ぐらいで
いいらしいですで多分列車はあれでしょう しかし発射表がないからどこから僕の乗 列車が出るのか分からんいやあるにはある んですけどそのホームにしかないんですよ ね1個見ればいいのかなこれは違うえ5番 6番はこれも違いそうだこうやって見る しかないの多分なんかどっかまとめて書い てるところがあるんじゃないかと思うけど ねこの改札の横にありましたバララと行き は16番B乗り場か発車時間が近づいたん で慌てて乗り込んだんですけどこれ営業 列車なんですよね合ってるよねあってい ませんでしたいやどうもねこの車両が両 編成でこの駅に先入ってきてたらしいん ですけどそのうち前6両だけを切り離して 折り返して発車するという運用だった みたいです今行ってしまいましたああ残念 だから16番A乗り場16番B乗り場って 書いてあったんですねホームの前側は16 番B乗り場らしいんですよやっちゃいまし たねま次の電車待てばいいんですけど次は 40分後です貴重なメルボルンの滞在時間 がもう今夜には日本行きの飛行機に乗ら なきゃいけないですからシドニー空港から とりあえずご飯を食べていくことにしまし た今のうちにね食べてきましょうこんな こんなのもあるんですね クリームですが僕はそっちではなく イギリス連邦繋がりでえマレーシア料理を 注文してみましたマレーシア朝マック みたいな感じあの朝ご飯はメニュー限定 だったんですけどすごいいい匂いがして ますこのお かゆこんなにうまそうなお粥日本にあって いいんじゃないかなて結構うまかったです ねお粥の他にパンもついてくるという謎の 朝ご飯でしたマレーシア人ってそんな 朝ご飯食べてるんですかねまともかく次の 出発の列車は1番乗り場1番乗りは遠い ですよさっき着いたところだま日本には 京葉線とかありますからねこれねタッチし ちゃいけないらしいですちょっとなんか 浮かせないと反応しないんだとさっき言っ てました係の人が駅の放送でTRis nowBing言ってましたけどままだ 始まってないみたいだな違う違う危ねええ 9時56分発え最後から2番目の駅が目的 地バララットなんですが書いてあったん ですけどね今出なくなっちゃったかなあ これだンフキエオリ前3両だけですって ことこはさっきと同じ二の前を踏むところ だったあの1番乗り場はね1番Aとか1番 Bとかないんですよあ良かったこれ 行き止まり式ホームの場合はね戦闘付近の 方が空いてるからから前に行っとこうと
思ったんですよシドニーと本当に何もかも 違いますねま向こう側に人がいっぱい 集まってるんですけどあっちは座席が進行 方向向きで並んでですね一方で客室の半分 は進行方向と逆向きに座席が並んでいまし て僕はこっちの方が空いていて動画が作り やすいのでこっちに座りましたまイギリス もこういうの多いですけどねちシドニー メルボルンは多分今後の人生でまた僕来る 機会があると思うんですけどバララとに 行く機会が一生のうちもう1度あるか ちょっと分からないので ちょっと今回はちゃんとこっから先は スマートフォンで調べておいた方がいいか もしれないですね街のこととかまず多分僕 の乗ってるこの路線自体がめちゃくちゃ 古いと思うんですよねでその1860年代 とかにゴールドラッションあったってこと はその時代から鉄道必要じゃないですか メルボルンを出発してから50分も眠くて ねずっと寝てたんですけれどもえしばらく 寝ると眠気も取れてきますよね気づいたん ですなこれねちょっと水が溜まってる ところとかあってがそうな雰囲気の地形と かがあるんですがでもこれ川じゃなくて 水溜まりらしいんですよねほらなんかもう ここで終わっちゃちゃってるんですよこっ からはもうないじゃないですか多分なんか 雨が降ったりとかする時期になれば水が 流れたりすると思うんだけどオーストラリ アって結構水が少ないんです ね乾いてますよ ねあとこの辺はなんかこんな感じのループ 線みたいな感じの形になっていて通ってき たとこが見えるんですがあれは随分古い昔 のトレッスル教じゃないですか日本でも アルベ橋とかそういうのが有名ですが カナダに行った時もねああいうの見ました けれども今あの上を通ってきたんです ねあれは結構古い時代の鉄橋で見られる 構造だと思いますが相当昔の時代まだ橋を かけるのがいくら天下の大国と言えと大変 だった時代ですねしかもオーストラリア なんてかなり本当に変のして大変だったと 思います から重要性が高いということ懸かけたん でしょうしかしいい景色だないやなんか いい景色っぽい形だなと思ったでこの辺で 起きることにしてたんですよ [音楽] ねここも右が壁で左も壁じゃないですかだ からこれ多分切り通し頑張ってここを 掘り抜きたんだと思うんですよね1860 年とかの鉄道らしいですやっぱりこれは そんなに昔の時代にここに鉄道を通さ
なきゃいけないぐらいにこの先のバララと は重要な街だったということですね急行 バイクて山の上へ登ってきましたうわ すごい絶景だオーストラリアの人たちは別 に何も気にせず普通に列車に乗って スマート本とかやってるようですけど こんなところを抜けていくんですねカガも いるかもしれないよなそんな見つけるのは 難しくない動物だと思うんで探しています 北走地帯を通過しています羊がいますね あれはまだけりしてないなさっきはねもう けりをし終わったやつもいりました おおイングランドを思い出しますああれ あれはなんだなんかちょっと違うみたいな やつが ますやっぱりオーストラリアはだいぶ水が 少ないみたいですだから農業よりもこう いう爆竹の方が多いのかななんかいっぱい 白いの群れで飛んでますねここの見間違い じゃないよ な山の方へ入ってくると自然豊かな鳥たち も見られるようになってきます自然豊かな 鳥ってなん だああいうのが自然豊かな鳥ですかね途中 駅はもう全部こんな感じですよね実際には バララットに今回向かいますけどそれ以外 の途中にあった諸々の街周囲の街でも みんな金を探して掘りまくっていたそう ですこういうのカナダでも見なしたね沖縄 にもあるそうですけど広大かつ水が あんまりないということで自動に水巻きを しているところがありますただ早い時で 時速120kmぐらい出してると思うんす けどねなぜか列車に乗ってるとGPSが 全く引かなくて速度を測ることはできませ んわ何何何これれはええうわダブルルーフ の貴重な客車だ昔の古い車両がずらりあり ます車両基地が見えますと多分ここ でしょう僕の目的地はNEXT STATIONisバララと書いてあり ますねうわ明らかにここがバララとって いう感じだ1862年と書いてあります ゴールドラッシュの時期の後半まつまり ゴールドラッシュが成熟してきたような頃 に作られた建物ですねああいうのが いっぱいあるんでしょううわすごいね これ来て良かったですよいや おお来る途中色々ネット見ましたけど全盛 期はメルボルンと同じだけの規模がある ビクトリア州最大の2つの都市のうちの1 つだったそうですこれはすごいななんすか これもうこれだけでいかにこの街が重要な 場所だったか分かります ねまだまだこれからですよここ結構面白い ものが色々あるみたいです来てよかった
まず僕の長年の鉄道マニアとしての勘なん ですけども駅を出て列車が急にカーブを 描いていく駅というのはね大体主要駅なん ですよねですごく急なカーブを描いていた からなんかそこも期待がかかり ますあなんかイギリスで列車の旅をすると こんな感じの景色によく出会いますよね なんか今回はオーストラリア旅行つうか イギリス旅行でしたね ちょうどメルボルンへ出ていく列車も見え ましたおおホームの上のこれこれあれじゃ ないですか昔使ってた腕儀式信号機今は この日式の信号機に変わってますけどあ なんか本当に昔の雰囲気をそのまんまにし て残してるみたい です素晴らしいところだうわあっちの信号 機の数がすごいなこんなにたくさん信号機 があるということは線路がそれだけ分岐し ていたということです今は信号機の数がえ 2組ですけど昔は4組ありましただから 多分ねその貨物列車用の線路かなんかが 多分こ分岐とかしてたんだと思うんですよ ねこの先でだから信号機が4つもあるん でしょう1860年代っていうとイギリス の主要路線とそんなに歴史は変わらない ものすごく古いところですからまなんか 本当なロンドンとかそこら辺にいるのと 同じ気分ですよえっとこれで運賃を払うの か 相当立派な駅舎ですねこ外観自体は 1889年と書いてありましたこの辺で金 が出たぞということが分かると世界中から 人々がよしじゃあそれを掘り当てたら俺も 大金持ちだということでみんな集まってき ましてそれでとんでもなく人口は増えた そうですなんかもう何十倍どころじゃない らしいですな100か倍とかでその当時の すごい街並が残り続けているということな んですねえ1862年なってたね駅舎の方 はでその18560年代の街並を感じ られる場所があるとそこまでバスで行こう と思って今踏切り渡ったんですが オーストラリアの踏切りはアメリカと同じ 看板なんですねイギリスじゃないのかな イギリスもこれだったかなバスはさっき メルボルンで買ったスイカみたいなやつで 簡単に乗ることができまし たもう全部当時の建物だねこれで線路を くぐるんですけどその効果もめちゃめちゃ でかいなんでこんなにでかいん だもっと小さくてもいいんじゃないか な駅から数分で着きましたよなんでもここ はオーストラリアを代表する観光地らしい ですよソバレインヒっていうんだねえ何 ここディズニーがやってんのあ
オーストラリアにもディズニーランドが あるんですねしかも多分僕が興味あ部類の ディズニーランドだと思いますディズニー ランドって実際にはあの国家はどうして 成り立ってきたのか私たちの輝かしい歴史 を紹介しますみたいなテーマパークです からねあすごいね これ1850年代のこの辺りの雰囲気を そのままリアルに再現したようですズーム はやめておきますがあそこにはえあれは 本国からの移民の子供たちですか何移民の 子供たちまでいるの当時のオーストラリ アってイギリス本国からあまりにも離れた 超ど田舎レベルを超えたど田舎だったと 思うんですけれどもそこにみんながこう テントを貼って済むようになったそうです ねあユニオンジャック がなんでかって言ったらばま本当はこんな 田舎にわざわざみんな来たいと思うした 最初いなかったはずなんですけれども金が 見つかったからということですねわ砂埃が こういう環境だったんですねま オーストラリアでは今でも砂埃いっぱい 足しそうですが建物を1個1個見ていくと オーストラリアのこと分かってきますね これにビクトリアシアターってのあります まあこれはね女王の名前を取ったという こと分かりますけどもそのお隣のこれバー ですねユナイテッドステイツホテこれどう いう意味ですかあなんユナイテッド ステーツじゃないじゃないですかここなん でアメリカなのかって言うとま多分 アメリカの人がここに移住して金を探ろう とやってきたからそのアメリカ人向けの サービスがあるってことなんでしょうね ユナイテッドステーツホテルの前には ジェントルマンが襲われるそういう方も来 てたんだなでねこの辺り一体臭いんですよ なんかちょっと変な匂いがするんですよね 多分昔本当にそういう匂いがしたん でしょうねまだだって下水とかそういうの も未整備ですからこういう風な水路にそれ こそねパリでそういう話しましたけど多分 多少そ汚い水も流れていたと思います縦こ がありましたしかもよく動いてますねこれ は英国が世界に誇る追い蒸気期間によって 行動の水を組みだすということをやってる んだと思いますこの辺がびちょびちょに なってるのは多分そういうことですよね 実際昔こんな感じだったんじゃないですか これ本当にぬかるんでるあリアルに ぬかるんでますね失礼しますあさすがに今 はね本当に下の水を組み上げているわけ じゃないですそこまでやったらすごすぎ ますけどこんな感じだったのだということ
は十分感じとることができます多分この奥 でね今は多分電気でやってるんだと思うん ですけど蒸気期間が動いてこっから煙が 吹き上がっていたんだと思いますよでも 動いてるのを見られるだけでも十分ですあ 水がそうそうそうそうこれでよはその金を 採掘してどんどん地下へトンネルを作って いくと地下水が湧き上がって邪魔になり ますからそれを排水するための仕組みが 必要だったわけですよ ねああいいのがあるじゃないですかよく できてるねオーストラリアって面白い ところだねまカルも見たかったですああ これ地下から湧き上がってきたんですねえ 茶色い泥水という感じなんだと思いますで 多分この水を馬に飲ましたりなんか掃除に 使ったりしてたんでしょうそしてこの テーマパークの売りだそうですゴールド マインツアーってありましてこれね実際に 地下行動に入っていけるそうですよこの後 12時50分の切符を買うことができまし たそれではここ1番の名物です地下の見学 コーナーえまずここにですねケーブルカー がありましてこの裏側にあるじゃないです かでこれに行員が乗り込んでガッガッガガ 近い下ってくんですね僕もね乗りました あの乗ってる時とかね内部の奥は撮影禁止 なんですけれもここにトンネルがあって このトンネルの中すごく真っ暗なところを ずっと食らっていき この穴に入って僕は今地下に行って色々 案内を受けてきたはずなんですけどただ もしかしたらね一部は地下じゃないかも しれないこの地形を見るとなんかこの辺は あんま地っぽくないですよねえもしかし たら一部地上のところを地下っぽく演出し ているディズニーらしいところがあったの かもしれませんがでもねすごく冷たい風が ビュっとこう吹いてくるんでそれは本物だ と思いますよしかはちょっと寒かったです ねで内部には金鉱脈が展示されていました これサド金山とかえ伊豆の金山とかでも見 られると思うんですけどもまこれに表面が キラっと光ってのこれはちょ演出が入っ てるのかなあまり英語聞き取れなかったん ですがその後ろ側にね白く斜め45°の こう岩がつっているのが見えますがえこれ が金鉱脈でこれを取って重出して金を作る のでしてあとこっちにも黒いのがあります けどもこの黒いのもオーストラリアを ずっと通ってる金鉱脈でございますま そんな感じの解説をしてくれましたねで その地下へ入る人地下から出てくる人を 運ぶための輸送用の斜めのケーブルカーが これなんですけれどもこれに乗っていくわ
なんですがこのケーブルカーを動かすため のウインチま撃が本当にここに設置されて いまして本当にこれで動いていると思い ますで今からねちょうど次の回の見学ツア が始まるところです今奥の扉が開け放たれ ました ね今から本当に動くと思い ますあ動いた動いた動い た 本当にやってるの今でも見られるとてない と思いますよほとんどこれで今人々が乗っ た車両がどの辺の位置にあるかというのを レボ1レボ2レボ3の3つで確認できる ようになっているんですねあとはこの名盤 を見ますとこのウインチなどを作った会社 はバララと地元の企業だそうですが ゴールドラッシュの時代今終わってしまっ たんですけれどもその後もここは工業の街 として結構力を持ってたらしいですねだ今 でもそういうのが多いそうですだから地元 でこういうの実際に作れたんでしょうし 当時も作っていたんでしょうで地下との 行気はここから斜めに入っていく車高の他 に垂直に上から下ろしていくエレベーター もありますケーブルカーは人の輸送でで 実際のコーブスの輸送はタコを使って行っ ていたようなんですがここにですねちょ見 にくいんですけどもエレベーターがあり ましてコカコーラがここに捨てられちゃっ てるのでこれを見れば分かりやすいと思う んですがあの実際にはここにえ色々鉱物が 含まれて金が含まれたこ石をどんどん どんどん積み上げていってさっき見た金鉱 石を崩したやつですねでこれを上の 巻き上げきで一番この上の高いところまで 持っていくとで地下からね実演してくれた んですけれどもカーンとかねえカンカーン 音がなるそうですでカンカンってなったら このエレベーターを下げてくれよ3回なっ たらよしいいぞ上げてくれみたいな感じ らしいですで非常事態の時にはこれを12 回カカカカンカンてあ大変事故が起こり ましたということです通信するそうですあ でも7番も結構あれですねま地下で火災が 起るってのはよくあることだったかもしれ ないですけど地下でえ火災が発生してま すって意味かなこのすごいのはタコの上に 上がれてしまうということですねそんな 経験は今までしたことないな普通は安全の 問題でねこの古い縦こには登っちゃだめ ですよみたいになるのが普通なんです けれどもこれはあの本当に昔使われていた 実物ではないみたいですま多分新しく みんなに体験してもらうためにテーマ パークとして作ったんでしょうねで多分
この縦こでトロッコを2つぐらい運べたん だと思うんですねここにそれが上がってき たらこの扉をま今ロックされてますけれど もこの扉をこう開けて今ここには線路が ありませんけど多これはね本当ここで多分 左右に分岐してたんだと思うんですよで この線路の上 に石の入ったトロッコを持ってきてこう ガラガラガラと済ませるわけですねであと はざらっとここに開けるということになる ようですでそうしたらばまでもまだ初戦 ただのこんな白い石岩がゴロゴロしてる だけですからこれをこの後この辺りの一連 の施設で金に加工していくということに なるわけだちなみにこの縦Discはま 鉱物の輸送しかしなかったみたいですけど 例えば長崎県の軍艦島とかね北海道でも この垂直のエレベーターを使って人員の 輸送もしてたとところも多かったみたい ですとんでもなく早かったらしいですよ なんか1分間で1km進んだとかねじゃあ ついに取れたゴロゴロした岩この中に金の 成分が含まれている金鉱脈の白い石を実際 に先行し て金の西分を取り出してるところをけがし てみましょうこの岩を取り込んでここで 叩き潰すんですねで叩き潰して粉々になっ た後多分その薬品か何か色々陳林させたり して金の成分を取り出すということだった と思いますサド金山でそういう風に勉強し た記憶があり ますだからまずは粉にする家庭なんだで こここに草温泉の湯畑がごく流れ込んでい ますよねこの先のところでまださらなる 工程があるわけでしょうああそこにこう 入れるんですね自動じゃないん だこのおじさんのところに取れた鉱石が ありましておじさんはこれを蒸気機関車を 運転する時みたいにスコップで救ってこの 中へつぎ込むのがお仕事なんです ね 今おじさんは叩き潰せてるかどうかを確認 しているところなのか な本当に叩き潰してるんですね 今おじさんが一を鳴らしていますが僕に 話しかけて教えてくれましたこれって本当 に金が入ってるやつなですかそうですよ おっしゃってましたねゴールドラッシュ じゃなくても今でもの掘はってらし金が 取れたりするそうですあ分かりましたこの タコの使い方僕も全然知らなかったんです けどもあのここで2方向に分岐してるじゃ ないですかこの上の出っ張りの部分がで こっちに金鉱石が含まれた価値のある石が 来て多分こっから下に落とすんでしょう
落とすとそのまんますぐの叩き潰す工場の ところへ行けるとじゃ向こうは何なの かって言とあっちは使えないやつですねえ もう別に金鉱石とかではなくただ掘削の時 に出たまいらなくなったステージとかく みたいなものをこっちへどんど出していく でここに積み上がった山が釣り屋九州では ボタ山と呼ぶわけですが英語で何て呼ぶの か分かりませんボタ山って英語で何て言う んですかねボーターマウンテンかなまた この先行家庭についてなんですがこれもね ようやく今解説読んでしったんですがここ のところ今ねえ叩き潰していないので透明 な水が流れているだけですがさっきはその 叩き潰した岩の粉が一緒に流れていました ご存知のように金は非常に重い物質なので えもしここを流れると他の物質下の方へ 流れ去ってしまうんだけれども金だけは ここにしがみつくんだそうですでこれが ですねさっきここのところにこうドロドロ ドロ濁った水が流れていた時に起こってい たことらしいんですねそのようにして金が 抽出された後最後に金の延べ棒のような 製品に加工していく工程ゴールドポって いうのがここですかえまもなく見られます 金ののべを作ってるとこ見られるんです か SimpleDETこれどこにでもあるん すね これ新潟にもあるし静岡にもあるしあ重さ を感じられるけどあでもやっぱあギリギリ 開けられますね他に金山観光の定番といえ ば先取り体験ですね本当昔もこういうの あったみたいですよここの地質には実際に 金が豊富に含まれているのでここに来た人 たちがみんなやっていくそうですでこれで 実際に少し金が取れてですねわ取れた今の 時代のゴールドラッシュですね 本当にゴールドラッシュの時代はすごかっ たそうですよあなた19世紀後半 ビクトリア女王の時代の大英帝国全盛紀に その資金源となったのはやはりここの金 だったそうです今はなき大英帝国の光を見 てまた元々は本当に何もない秘境の地で あったメルボルンやそもそもの オーストラリア自体になぜ人が住むように なったのかという直接のきっかけも見る ことができたと思いますじゃあご飯食べて 帰ろうディズニーランドと同じなら おいしいご飯にこだわっているかなご飯を 食べようと思ったらちょうどお巡りさんが 今から実演しますよ声をかけてくれたんで 見に来てみたんですが壮絶な話でね植民地 時代の初期は本当に設備が何も整って なかった制度もなかったから警察官は自分
で稼がなきゃいけなかったという話 ですDAM goodThatisWherethis comesinthisismy58 caliSmoothenfield CAR fksofyouarearewefor goodtimeto folks likethank youingthe we そうそうなんか匂いがするなと思ったら バフですね馬が時折りふをしてくまこれは ね昔もどこもそんな感じだったらしいです あ馬が止まりましたここで降りるいや違う バフをするんですねあまた動き出した 大丈夫でし たいやバしてしてしてたみたいです やっぱり街中がバフ臭いっていうのはこれ は何もここだけじゃなくてねえロンドンと かパリとかでもそうだったみたいですよ 馬車がみんな移動していた時代には馬車の 駅もありましたお金を払えば乗せてもらう こともできますねそういえば僕は馬車に 乗ったことはないなまこの馬なんです けれども伊達政宗みたいになっています これはね僕昔馬を引いたりしたことあるん で分かるんですけど馬ってすぐ横向いて よそ見して気をそらして止まってしまうん ですよねま多分前だけ見えるようにしてる んでしょう昔の場所は本当にこんな感じ だったんでしょう ねあ鞭で叩かなくてもちょっと声を出した だけで歩き始めた結構な下りですけど ブレーキはない の全くないってことはないと思うんです けどじゃあご飯食べて帰ろうざざっと ね中は結構広かったです ねいハエが結構飛んでるんですよ多分あれ でしょう道にバフを放置してるからだと 思うんですがそういうのね綺麗にしようと 思えばその馬をここに歩かせなければ もっと綺麗にできると思うんですが そろそろ帰らないといけないのでじゃあ 早いメニューでお願いしますスープとか スコンは早いですよスープでガンガン食べ ましょうポテトスープ だ昔の人もこういうの食べてたんでしょう ね多分リは取れたでしょうニューヨーク ベーカリーは結構高級点っていう設定 らしいねここし た量が 多い時間ギリギリまで粘ってお茶に牛乳を いっぱいぶち込んで冷まして全部お茶で
流し込んできましたなん労働車って感じで いいですねまオーストラリアにはそういう 階級社会みたいなのはないらしいですけど ねあと1分でバスが出るんですよこのバス に乗れないと東京に下手すると帰れなく なるかもしれないからそんなギリギリまで 滞在するなよって感じですけどちょうど バスが来たわあ違うバスじゃなかったまだ 時間に余裕あったかいやそんなことない やっぱあのでかい車だったにすぐ来まし た帰りも駅から帰りますが列車に乗るので はなくこれですねえバスコーチってのは いろんな言い方があるらしいんですけど オーストラリアではバスのことのようです つまり列車ではなくバスで帰りますいや 鉄道なかなか面白かったんでね蒸気機関車 も止まってたしもう1回同じ区間乗っても いいなと思ったんですがバスに乗ると直接 空港まで行けるらしいんですよねで列車の 半分の時間で結局行けてしまうっていうの じゃあこっちだな今回は はいインナ エキュー切符変えますかって聞たらすごい 最初態度が悪くてねどこ行くんですかて 言われてあれとあの空港なんですけどあ そうですかあの間違えて列車の切符を 買おうとする人が多いみたいです僕の乗る バスはこれですかあこれで空港まで行くん だこれオーストラリアの人に行っても わかんないと思いますけど今から温泉に チェックインするみたいだ なこの感覚は分からの僕だけでしょうね これがオーストラリアの高速道路かま日本 みたいに寄付がものすごく険しいわけじゃ ないんで高架道路みたいにはなってない ですよね普通に地面の上を行く高速道路 時速80kmで走っています時速 100kmまで上げましたま100kmが 多分高速道路の最高スピードなんでしょう カンガルーはいませんかねせっかく来たん だから見ていければなと思って動物園で 見るのは簡単ですけどま動物園で見るん だったら東京でもね見られますから結構 そういうこなんか限とかにいるらしいん ですよねなんだったら高速道路に入ってき て車に当たって死んでしまって車も壊れて しまうという北海道の映像みたいなやつ らしいですだから見るの難しくはないはず なんですよなんだったらコアラも出る らしいですよなんか今から3kmはコアラ セクションって書いてありましたあ確かに さっきまでは草原でしたけど今度木の区間 に変わりましたもんねどっかの木に しがみついてんでしょうねおコア看板だ今 の見えましたかあのここから2kmはコア
だと書いてありまし たうわカガの死体も落ちちゃいましたいや 僕もねそういうのあるじゃないかなと思っ たんですよ今下り坂を下ってきたじゃない ですかでそうすると坂を下ってきたところ てのは水がありますから動物も割と集まる んじゃないかと思うんですよね人間だって 結局水のあるところシドニーやら メルボルンやら水のあるところに集まっ てるわけですしだからここら辺なんじゃ ないかなと思ってカメラを構えてロク ボタンを押した瞬間にカガの死体が落ちて ましたね生きてるやつをできれば見たかっ たですけどうわあはか遠くにメルボルンの 街が見えるすごくいい景色だあの車どうし たんだ 世の中にはこういう高速道路もあるんです ねさて高速道を降りて一般道に入りました バスはですねバララとからこけました今 この辺ですねでこっからこのまま空港に 直行しますもし列車だとバララたから一旦 そのまま街中サザンクロステーションまで 行てそっからやはりバスで空港に折り返す 感じになるので遠くにメルボルン市街を かめながらもそこには近寄らないこの ルートの方がだいぶ早いわけですね道も 混んでいないんで予想通り定時より5分 ぐらい早く到着しましたねえ僕はこの後 乗る航空会社はバージンオーストラリア 航空です道が混むこともなさそうで予想 通りだったんですがえ時間より5分ほど 早くメルボルン空港に着きました ターミナルが1から4まであるのかえ僕の 乗る航空会社はバージンアトランティック 航空でターミナル3ですメルボルンの市街 地から来る人はこの2両編成の高速バスで 来るらしいですこれ面白そうだったね サザンクロス駅から出てるとのこと本当は 安いからジェットスターで行こうと思った んですけどねジェットスターは オーストラリアの航空会社なんですね カンタスの子会社らしいですなんですけど この時間ねものすごく遠くにある別の メルボルンの空港から出るそうで危なく 予約するところでしたそれに乗ったら まずかった値段はねエコノミークラスで 3万5000円ぐらいでしたまはっきり 言って高いと思いますまさっき買ったんで ね当日に飛行機の切符買ったら大抵高い ですねえ僕のカはあのリサ以個多分 56kmぐらいしかないんじゃないかな 大丈夫だと思います えっとアップグレードはいいんだけど座席 番号 をシドニーに降りる時左側はね今日景色
いいと思うんですよねこの14番A席が 取れればすごくいいんですがこれはねあの 非常口座席なんですよだからま追加料金が 必要ってことの他に英語す流じゃないで なんかあった手伝わなきゃいけないんでえ この29番B席にしますでAの人に着陸の 時にそちょっとまだのそビデオ撮りたいん ですけどて取らしてくれるでしょう多分 よし カも無料で預けられるのかなLCCじゃ ないからまあでもあの預けるやつはないん で えっとお持ってますかって聞かれてるから ノーです ね武器もないですターミナルが1から4 まであるってねもう上気をした巨大空港な のかと思ったんですけど学校の廊下みたい ね部分分けしてくれてるだけでしたなから 分かりやすいってことですねサイズ自体は コンパクトだと思い ますこれか持ってそうながまず乗り込んで ます多分なんかその優先登場みたいなやつ でしょ今ねこのバージンっていう会社は よく見かけますけどもイギリスの会社 らしいですでなんかイギリスのねなんか 貴族みたいな人が経営してるらしいですよ 貴族も会社やるんですねあこれは便利だ前 からも後ろからも乗れんの [音楽] か [音楽] [音楽] T 信じられない利便せだ何これ前方席を 割り増しの値段で販売してるんですけど 最高便も真先に降りることができましたで あとはバス乗り場から国際線行きの無料 送迎バスに乗り換えればいいと15分間隔 ということなんでね今回オーストラリア 滞在中不便だとか困ったということが何も なかったですね自さもないし少なくとも今 の時期は気候もいいしあと地下鉄でなんか 絶叫してる薬物中毒車みたいな人も全然い ないですし日本みたいなところですねあと キャッシュレスが進んでて現金を使うこと もなければ現金を見ることもなかったです しもちろん現金も下ろしていませんなんか オーストラリアにワーキングホリデーに 行くみたいな話よく聞くんですけどなんで みんなオーストラリアに行くんだろうなっ て思ってたんですが確かにすごくね日本 っぽいなと思いましたま観光した限りの 感想ですけどワーキングホリデーて人気な のも納得ですね荷物検査も出国の手続きも 終わりましたえデルミンはねバンクーバー
行き同じイギリス連邦でその後中国方面が 続きますね中国からの方非常に多いみたい ですドバイ行きもめじますけども中国 そもそも今瞬発のシーズンということで 台湾の方もいらっしゃいますしあドバイも 多いな羽田駅がその中に結構混じってます リラックスって書いてあるなえどういう 意味ああれかまだ出ないからゆっくりして てくださいねっってことねここがその リラックスの場所ですねえ帰りもビジネス クラスなんでねまあの特典航空券とやつ ほぼただで手に入れたあのあんまお金払っ てないんですけどもあんまりリラックスし てる日はないんですけどね飛行機が9時 45分出発でえそれまでの間に夕飯を食べ てお腹いっぱいになりあとはシャワーを 浴びて寝る支度も済ませておきたいま飛行 機の中であの機内食はなるべく食べない方 がいいですねラウンジが使えるなら機内食 ってどうしてもね構造上あの提供に時間 かかってしまうのでファーストクラスでも するはそうになりますから本当だったら もう自然に食べてお腹いっぱいになっとい て機内では休むことに全集中っていうのが 1番効率のいい使い方だと思います出発 時刻まであと40分ありますここで シャワーを浴びて歯磨けば完璧ですよあと は飛行機で寝るだけかなり急ぎましたけど とはいえお風呂も入ってさっぱりして歯は ちゃんと磨くことができました風呂は 手抜きしたかもしれないけど歯磨きは 手抜きしませんでしたねえ飛行機は時間 通り出発です今回僕の旅行の中では今まで にないぐらい1箇所に長く滞在しましたが まちょっとはオーストラリアのことが 分かったか なさて東京都の間には2時間の時差があり まして東京はまだ夜8時ですそして東京 までの残りの飛行時間がおよそ時間という ことでまもしかしたらちょっとこれよりね 早く着くかもしれませんがビジネスクラス で寝ながら帰るにしてはもう完璧なんです ね短すぎず長すぎないしかも時差もないと でオーストラリアと日本の間には大体いつ も夜行便が飛んでますよ ねじゃあちょっと気が引けるけどこれを 押させていただきましょうdonot distこれを押すともう何もサービスし ないでいてくれますということで敷布団も 掛布団もありますんであとアメニティ耳線 とかアイマスクとかもいただけますまそれ は元々持ってるのがあるから今使いません がおはようございますえと起きたらもう 東京着くとこでし た予定より15分ぐらい早くみたいですね
国際線とそうなりがちですよ ね到着は羽田空港の第2ターミナルでした あの通常は第3ターミナルにつくんです けれどもたまに第2ターミナルにつくやつ があってシドニー便は第2らしいですねだ から1つ言えば第2ターミナルと第3 ターミナルを間違えてしまう危険があると いうのは確かにそうなんですけどすごく いいことにねえこの第2ターミナルで国際 線で到着した後国内線にそのまま 乗り換えることができるんですよ ストラリアの人たち今日飛行機にいっぱい 乗ってましたけどあの人たちは飛行機に 乗って東京へ来るんじゃなくて乗り換えて 新千歳空港に行きたい皆さんなんですよね スキーの板を持ったお客さんたちが大勢 国内線のカウンターのところにね並び替え ているのを見ましたよこれは楽だなと思っ てシドニーだってメルボルンだって国内線 と国際線の間そんな簡単に乗り換えらん ない でしょ東京に行く人より北海道に行く人の 方が多いのかまたまたまなのか分かんない ですけどモノレールにも全然人が乗ってい ませんこれね本当に人が乗っていない時 だけ見られるモノレールの景色があるん ですよこれこれこれ前方まで客室が全部 繋がってるんで ね っとカーブする様子を楽しむことができ ますまだスラッシュ前だと思いますんで このまま電車で打ち帰ってま飛行機の中 ちょっとね音とかがざーとかあるじゃない ですかやっぱ100%をぐっすり眠ったか というとまそうでもないような気がするの ねあと2時間ぐらいかな追加で寝てえその 後は 朝多分9時ぐらいから今日また仕事をして いくでしょう今日もまたどっか出かけるか もしれませんねここなんだったら オーストラリアの人と一緒に今から認行っ てスキーやろうかなと思ったんですけど バカなことやめることにしましたでは失礼 しますメリークリスマスそしてあけまして おめでとうございます私どもの会社からの お知らせです株式会社asは観光誘 株式会社に名前を変えました2024年も 皆様からの案件をお待ち申し上げており ます詳しくは動画のコメント欄のところに 説明の動画のリンクを貼っておりますので ご覧ください観光有株式会社を今年 2024年もよろしくお願いいたし [音楽] ます
詳しくはこちらの動画をご覧ください。
観光誘致株式会社チャンネルを開設しました。ぜひチャンネル登録して更新をお待ちください。
https://www.youtube.com/channel/UCgg1UAcjYOzucdY9VRHxTiQ
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2024年2月3日
スーツ旅行チャンネルでは旅行記、ホテル、旅館のレビューなどを掲載しています。皆さんの楽しい旅行の参考になればと思っております。
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取材依頼や案件なども募集しておりますので、お気軽にお問い合わせください。ただ、私宛に連絡しても見逃す可能性が高いので、事務方の連絡先までお願いします。
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【広告募集中です】
各チャンネルにて、広告を募集しております。
私が知らなくても全国には行くべき場所、体験すべきことや商品がたくさんあると思いますので、ぜひPR手段として検討してください。
ご予算に合わせて各種プランを用意いたしました。詳しくは下記ウェブページをご覧ください。
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【スーツ旅行アプリ】
公式アプリ「スーツ旅行」をリリースいたしました。駅にチェックインすると、その駅にまつわるスーツの豆知識が読めます。旅のお供に最適ですのでぜひインストールしてください。
■ Androidアプリ
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■ iOSアプリ(iPhoneなど)
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このリンクを介して買い物をして頂きますと、私の懐に売上の一定割合が入ります。しかし悩ましいのは、協力頂いた皆さんには何の見返りもないということです。せめて皆さんから頂いた額を見て、視聴者への感謝の気持ちを忘れぬようにします。
※情報の正確性について
多くの動画に複数の誤った情報が盛り込まれています。そして大抵、視聴者から訂正いただいています。こちらではそのような有益な情報が判別しやすいようハートマークをつけています。
#スーツ旅行
#旅行
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メルボルン戻りたい
1:26:53
電化されていないのではなく、中央のレールから集電して走っていると思われます
調べた限り車両真下の第三軌条にだけ電気を流す仕組みがあるようです
バランガルーは、再開発で2007年にできた新しいサバーブで、以前は海外航路のターミナルがあったんですよ。
海外版ブラタモリ
ながっ😆
ANAは何十年もアナって呼んでて今も言っちゃいます。人前てはカッコつけてエーエヌエーて言うことも有ったけどまさか言っちゃいけないなんてびっくり😲調べたら
国際線飛ぶようになって徹底されたんですね。
還暦過ぎて遅すぎる初情報です(^-^;
これからは気を付けます😊
旅行で来てパラマタ行くの渋すぎて笑った
オーストラリアの地で朱鞠内の名前出てきてびっくり!主人の出身地で今でも毎年、わかさぎや幻のいとうを釣りに行ってます。全国区になりました❗(笑)
メルボルンは世界一路面電車の延長が長くて、シドニーと比べてすごい街なのですよ(メルボルン人の口癖)
シドニー行く際に役立つ情報ありがとうございます。スーツさんの動画を毎回拝見してわかりますが、言葉使いを見習いたいです。いま私は横浜国立大学を目指して勉強しております。あなたに出会えてほんとうによかったです
飛行機のなかですっ飛んだペンギンちゃん、無事にスーツさんと帰ってこれて良かったね
旅行気分を味わうことが出来てとても楽しかったです!!
何も予定がない今日は思いっきりスーツ君の大作を楽しめます。
それにしても四時間弱とはこちらも覚悟が必要です。
シドニーを攻撃したという日本軍の特殊潜航艇、もしかしてと思って調べたら甲標的だった
パラマッタ→シドニーのフェリーは以前乗りました。シドニーをテーマにした内容でパラマッタが紹介されることはなかなかないので嬉しいですね!
少々独特な雰囲気のする街ですが、宿が安いので観光の時に利用しましたね。
オーストラリアは総じて人種の壁を感じづらい非常にフレンドリーな方々が多い印象です。
メルボルンに1日しかいないのに、さっさとバララットに行く人初めて見ましたw 4時間楽しかったです!またIndian PacificやKuranda Railwayなどオーストラリアの電車に乗りにきてください🤗
スーツさんの番組は、歴史や文化と地理の勉強になるわー❣ 昔々、高校生の頃、メルボルン沖のタスマニア島と無線で交信してオーストラリアに行ってみたいと思ってましたが、結局行けてませんので、この動画で楽しませてもらっています。海外は土地が広いのと人がそうなのと思いますが、自然を大事にされますねぇ。公共の場などを汚さない様にしたいものです。
何処の国も、お年寄りは若干認知が出てくるんでしょうねぇ、日本人が、豪州のおばあさんの案内なんて良かったですね。古い街並みに、突如マンションが建ったような、クルーズ船の絵ですねぇ。偶然とはいえ小池さんに遭遇、ちら見されてましたよ‼動画の尺が長いので、いちいちコメントしてると長文に成るのでこの辺にしておきます。Thank you Suit Travel.
35年前に、シドニーのエリザベスベイに住んでました。 その当時と、シドニー中心部はかなり変わりましたね。モノレールも無くなり、高層ビルが沢山建ちましたね。その当時は、バブルでジャパンマネーが世界を席巻してて、シドニーも日本資本でビルが買われまくっていて、日本人はよく見られておらず、襲撃されたりするニュースが流れていました。今の中国の様な感じでした。懐かしく視聴させて頂きました。
8:29~ 2:38:52~ キャンベラ級強襲揚陸艦2番艦アデレード LHD-01
17:34~右からキャンベラ級強襲揚陸艦1番艦キャンベラLHD-02、リーウウィン級調査船?、ベイ級補助揚陸艦チョールズL100(旧英海軍ベイ級補助揚陸艦1番艦ラーグスベイ)、ホバート級駆逐艦3番艦ブリスベンDDG-41、キャンベラ級強襲揚陸艦2番艦アデレードLHD-01
2:39:20~ ホバート級駆逐艦3番艦ブリスベンDDG-41
2:39:41~ 日本海軍特殊潜航艇甲標的の船尾
2:43:43~ 右からホバート級駆逐艦1番艦ホバートDDG-39、アンザック級フリゲート2番艦アランタFFH-151、ホバート級駆逐艦3番艦ブリスベンDDG-41
2:45:13~ アンザック級フリゲート2番艦アランタFFH-151のマスト
シドニー電車、時間帯で混みますよ😆
すごく勉強になります😂
1:28:00 実は2019年開業なので最近なんですよね、QVB駅からはパンタグラフ給電から地面からの給電に変わります
街中からサーキュラーキーまでの移動が便利になりました
なんか普通に都知事とエンカウントしてて草
観光系YouTuberと全然違う視点で見られるのが、凄く好き😊
自分も観光に行ったら絶対ワンパターンになると思う😅
スーツ神と言われる理由が良くわかる🙏
時折日本にいるような感覚で案内して頂ける動画になっているのですごく楽しめましたwありがとうございます🙏
「クイーンエリザベスでイギリス行った」等、今後投下されるであろう大ネタの話が気になりました。。3月は毎年スーツさんの動画が充実する時期なので投稿が楽しみです★
34:40辺りの橋は高速ではなく普通の道路ですね、通勤ラッシュの渋滞ポイントです。
シドニーは住民目線では便利な街とは言えません。入り江のせいで道路はぐちゃぐちゃ常に渋滞、電車は遅く車の方がまだ便利なので渋滞は更に悪化….社会インフラも人口増に追い付いていおらず、住宅は酷いバブル状態です。
私を含め同僚や友達はここ数年で蜘蛛の子を散らすようにシドニーから出ていきました。街を歩いても英語以外の言葉がよく聞こえたかと思います。
今はパースに住んでいますが小さいながらもシドニーよりも美しく住み良い街です。インディアンパシフィックを使って、いつかパースの夕日を見にいらしてください。
スーツさん、ありがとうございます。オーストラリアのシドニーには出張で何回か訪れましたが、こちらの動画で歴史の勉強が出来てとても面白かつお得な気分になりました。以前、会議の後にフェリーで島に連れて行ってもらったのですが、あのビーチだったんだと再認識出来ました。実は、カミさんがハンガリー人で、カミさんの親への挨拶と結婚でハンガリーに行きましたが、是非ともスーツさんにハンガリー紀行の動画を作ってほしいと思いました。旅行を疑似体験出来て感謝です。
スーツさん
広島旅行オススメ
スーツさんは旅経験がいっぱいあり、例の例え話が出てわかりやすい。シドニーは新市街にも旧き好き英国感がいっぱいある。溺れ谷の港に沿った山坂のあるコンパクトシティだ。昔の街の炙り出しもスーツさんならではのもの。隣と思っていたメルボルンも900㎞先の広い大陸のそこここに英国の伝統が残る。旅行ブックにもない案内ありがとうございます。
シドニーの路面電車が復活したのは最近だと思います。
少なくとも1980年から2017年の間は無かったと思います。なので、架線も無かったです。
路面電車がはしっている道は、以前はバスがサーキュラーキーを起点にして、縦横無尽に走ってました。
オリンピックのときには、モノレールが走ってましたが、いつの間にか廃止されました。。。
23年前新婚旅行にシドニーに行きました。何しろゆっくりしようと言って一週間サーキュラーキー拠点に動いてました。とても懐かしかったです。ありがとう😊
30年前にシドニーに少し住んでました。町並みも、地下鉄も、船も、あのポコポコ鳴る横断歩道も、30年前から何も変わってなくて驚いたし、懐かしい気持ちになりましたね。またオーストラリアに行きたいなあ
未だに新年気分になる広告
G'day スーツさん, オーストラリアえようこそ。私はシドニーで 路面電車の運転士をしてます。あのですねL2/L3路面電車最初からタウンホール駅からサーキュラーキー駅までのくかんはAPS (Aesthetic Power Supply) でつくられました。APS はトラムの下にある metal pick up shoe で電気をモータにします。もちろんバッテリーもありますけどそれは緊急のみ使います。もしAPS Failureがおこたときとか。シドニーではずうとむかしにケーブルカーありましたけどAPSとはかんけいありません。Sydney Light Railをつかてありがとうございます。Cheers mate.
中国人が多いと仰っていましたが、最近中国はあまり海外旅行をする人が少ないらしく、台湾人だったりします。自分もちょうどクアラルンプールから帰ってきたところなのですが、中国人は見かけず、台湾人が多かったです。
牛肉の群れは草
地下トンネルが何本か有るので必ずしもハーバーブリッジを渡らなくても良いですよ
3:40:33秋田木工のダイニングチェアが!!
オーストラリアといえばオーステとまた再会してほしい
スーツくんは,本当に知識人🎓
わぁ〜、バララット市は兵庫県猪名川町と姉妹都市です。電車に乗り遅れたので、行くのを中止するかと思いきや、次の電車に乗られたので、やった〜と思いました。金が獲れるソブリンヒルにも行かれて嬉しかったです。‼️👏😀