【ベトナム旅行🇻🇳】女ひとりで激戦地クチトンネルのツアーに参加してみた!【ベトナム縦断の旅3日目①】
こんにちはくみです今回はベトナムの法地 民発着の日帰りツアーで口という町に行っ た時の様子をお届けします口はベトナム 戦争の激戦地で口トンネルという大きな 地下トンネルがあることでも有名です そんな口では軍事力も経済力も圧倒的に 強いアメリカに対してベトナム人がいかに 工夫を凝らして戦ったかを知ることができ ます今回のツアーは非常に面白くて有意 だったので是非 ごい今朝の7時40分で民中心部にいます 今からこちらのツアーバスに乗って2時間 くらいかけて口に向かい ます場所で言うと口は民中心部から 70kmくらい離れたところにあり ます今回参加したツアーは英語のガイド 付きとなっていてアメリカ人の方がガイド してくれ ます本当は日本語のツアーが良かったん ですけど日本語のツアーは英語のと比べて 2倍近く料金が高かったので安さを優先し て英語のツアーにしまし たツアーメンバーはインド人イギリス人 ポーランド人イタリア人トルコ人など 世界中の方々が集まっていて日本人は私 1人だけでし た英語のツアーは英語ができない人にとっ てガイドさんの説明が分からないのは残念 なんですけど普段出会えないような国籍の 人たちと出会えるのでそれもそれで楽しい と思い ます途中で20分くらい休憩がありました 休憩所ではベトナムの伝統工芸である卵の 殻を使ったルシエが作られている様子を 見ることができましたこちらの白い部分が 卵の殻で作られてるんですけど1つ1つが 綺麗に並べられていてすごく細かい作業が 必要なんだろうなと思います卵の殻を板に 貼り付けた後はこのように水とやすを使っ て表面を磨くみたいですアートが作られる 現場ってなかなか見る機会がないので見て いて面白かった ですさらに奥にはベトナムの伝統工芸が 売られているお店がありまし た360°ピッカピカのうし園に囲まれる 感じになってるんですけどどれも綺麗で 圧倒されまし たこうやってお店を見た後にバスで降りた 場所に戻ったら自分が乗っていたバスも ガイドさんも見つからなくてここで1人 取り残されたらどうしようと思っで めちゃくちゃ焦りましたでもすごく運が いいことにツアーメンバーに日本語を 話せるインド人の方がいてその方が私に 日本語で話しかけてくれたんですよねその
方のおかげで無事自分が乗っていたバスを 見つけることができましたこれは本当に ありがたかったですしかもツアーメンバー で日本人が自分だけだったので日本語で 話せる人がいてすごく嬉しかったですし 心強かったですその方はガイドさんの説明 の翻訳もしてくださいました そして口に到着したのでバスから降りて口 トンネルがある場所まで歩き ますここで口トンネルやベトナム戦争に ついてざっくり説明させてください冒頭で もお伝えした通り今いる口という場所は ベトナム戦争の激戦地でしたそもそも ベトナム戦争とは南北に分断された ベトナムが北と南でベトナム統一の主導権 を争う戦争で1965年から1975年 まで続きました またこの戦争はソレンや中国アメリカと いった大国による代理戦争でもありました というのも北ベトナムは社会主義南 ベトナムは資本主義だったので北は同じ 社会主義であるソレンと中国南は資本主義 であるアメリカが支援していてお互い自分 たちの思想を広げようとして戦っていた わけなんですねそして口はベトコンという 北ベトナム側の軍の拠点でした北ベトナム 側の軍なのに南ベトナムに拠点があること に違和感を持つ方もいるかもしれませんが ベトコンは南ベトナムで結成された反政府 反米組織なので南ベトナムで活動してい ました南ベトナムの政府とアメリカを倒す という目的は北ベトナムと同じだったので 北ベトナムの味方だったということです口 では主にアメリカ軍対ベトコンの戦いが 行われていて両者は像とあの戦いとやゆさ れるくらい経済力や軍事力に圧倒的な差が あります ベトコンもソ連や中国から支援を受けては いたんですが物資の供給など間接的な支援 にとまっていてアメリカ軍のように直接 戦闘には参加しませんでしたさらに物資を ベトコンから届けるには北ベトナムから 1400kgにも及ぶルートを経由する 必要があったので簡単にはかずベトコンは 物資も不足していまし たそんなアメリカ軍に真光勝負しても 勝ち目がないベトコンにとって口は ジャングルがていて知事に隠れて襲攻撃 できるので都合のいい場所でしたさらに ベトコンは地下にトンネルを掘って生活し トンネルに隠れて自分たちの身を守り ながら襲攻撃を繰り返すことでアメリカ軍 と戦っていましたそしてそのトンネルが 今回行く口トンネルです口トンネルの総 距離はなんと250km回りました日本で
言うと東京都から福島県まで行けてしまう 距離なので相当長いですよねベトコンに 対してアメリカ軍はジャングルやトンネル を破壊するために空爆やカハ剤を大量に 投下したんですけどそれでもかなり苦戦し ましたアメリカ軍の中でベトコンはどこに もいないがどこにでもいるという言葉が あったくらいですそしてアメリカや世界 各地で反省運動が起きるようになり最終的 にはアメリカが戦争から撤退して北 ベトナムが勝利しましたベトナム戦争は アメリカが唯一負けた戦争とも言われてい てアリが像を倒したとも言えるわけですね 口ではそんなベトナム戦争において ベトコンがいかに戦い抜いてきたかを知る ことができ ますこちらが口トンネルの入口ですこの びっくりするほど小さい入り口は小柄な ベトナム人に合わせて作られています ベトナム人男性の平均身長は164cmで アメリカ人男性の平均身長は178cmな ので20cm以上差があるんですよねなの でそのを生かしてアメリカ軍が簡単には 入れないようになっていますこの入口には 観光客も入れるので私も入ってみました まず足から入り ますその後入り口が分からなくなるように 蓋の上に落ち葉を乗せ ますそしてゆっくりかみながら蓋を閉め ますやばいめっちゃめっちゃ派が落ちて くる 蓋を閉めるとこんな感じで落葉によって 入り口が分からないようになっています すごい仕掛けですよねトンネルの中は狭く て真っ暗でした戦争中よくこんなところで 戦っていたなと思いますこの入り口からは トンネルの中を通ることはできないんです けど後ほど観光用に拡張されたトンネルの 中を通ります こちらの穴もトンネルの入り口なんです けどアメリカ軍が入り口を破壊するために 爆弾を投げたので元の大きさよりも大きく なっています今は周りに柵があって入れ ないようになってるんですけどこの柵が 設けられたのはつい最近だそうですという のもこの旅行をした時から1ヶ月前に アメリカ人の観光客が40mほど奥まで 行って出れなくなってしまったことがある らしいですそして機械を使って救出しよう としたんですけど機械を使わずに半日かけ て救出できたそうです他にも毒蛇がいたり 不発断が残ってたりして危険なので ベトナム政府が安全のために観光用に整備 されたトンネル以外は入れないようにした とのことでし
たこちらはベトコンの姿を再現したマネキ ですベトコンはこのように白黒のチェック のスカーフを巻いて頭には帽子を被ると いう格好をしていました実はこれは ベトナムの農民と同じ格好なんです 農民の格好をすることでアメリカ軍に 民間人だと思わせて突然攻撃するといった ことができたわけですただそのせいで 民間人と兵士の見分けがつかなくなって しまったので結果的に民間人も攻撃される ようになってしまいましたアメリカ軍から したら民間人か兵士どっちなんだと思っ てる間に攻撃される可能性もあるのでその 前に自分から即座に攻撃するしかなかった んですよ ねあとこちらは女性のんですけどベトナム では戦争が来たら女性も戦わなければなら ないというスローガンがあったらしく女性 兵士が1万人以上いたそうです女性兵士は 看護師が一番多くその他にも戦闘員や スパイ事務員など様々な役割りをになって いて戦争に大きく貢献したそうですしかも そのほとんどが志願兵だったそうで男女 関係なくみんなで戦っていくんだという 思いが強かったことが分かり ます地が盛り上がっているところには トンネルの空気穴がありますこの時ガイド さんの話を聞き取れずちゃんと映せなくて 申し訳ないんですけどおそらくここら辺に 穴があるんだと思いますこの空気穴は トンネルの中に酸素を取り込んで中の人が 呼吸できるように設置されていました アメリカ軍に見つからないように有坂に 似せて作られているんですけどアメリカ軍 に見つかった時は穴から毒ガスや爆弾を 入れられて1000人以上のベトナム人が 亡くなったそうです あとこちらではガイドさんが自身の悲しい 体験について話してくれましたガイドさん は昔学校の遠足で口トンネルに来たことが あるそうですその時はベトナム戦争は 終わっていましたが同級生と一緒に トンネルの中に入ると戦争中にアメリカ軍 が仕掛けた不発談が爆発したそうです そしてガイドさんは体に大火傷を追って7 人の同級生がなくなったそうです私はこの を聞いてん と思ったと同時に戦争が終わり戦争に全く 関係ない子供でも不発によって命を落とす ことがあったのは本当に悲しいと思いまし たそんな辛い過去を話してくれたガイド さんに感謝したいと思い ますこちらはアメリカ軍が実際に使ってい た戦車で地雷によって破壊されたものです 戦車の上に登ることもでき
ますこちらはベトコンが仕掛けた罠ですの 穴 はをらして作った針が刺さっていますこの 芝の状態だと穴だと分かりやすいんです けど戦争中はジャングルの中に隠されてい たのでなかなか気づけない です罠は他にもいろんなパターンがあって それがこちらに並んでいますこれらの罠は 敵を殺さない程度に怪我させる目的で作ら れています実は怪我をさせることはただ 殺すよりも多くのダメージを与えることが できます仲間が死んでしまったらそこで 終わりですけど生きている場合助けが必要 になるので足でまいになってしまいます さらに助けに来た仲間が集まると攻撃さ れるリスクも高まりますなので負傷者が 1人出ると複数人の死者を生むこともある わけですあとは爆発させるのと比べて爆弾 の補充が不要なことや罠に引っかかった 兵士の武器を略奪できるというメリットも ありましたこのような罠は結構効果があっ てアメリカ軍のの死亡者のうち11% さらに負傷者のうち27がこれらの罠に よるものだったそう です仕掛けられている針をよく見ると1度 刺さると抜けにくいように先端に返しが ついていますさらに効果を高めるために針 にサリの毒を塗ったり穴の中に数十匹の サリを閉じ込めたりもしたそうです罠1つ とってもいろんな工夫がされていたことが 分かり ますこちらはドアを開けると が刺さる罠ですね本当にバリエーション富 ですこちらではベトコンが船長から集めた 不発弾を解体している様子が再現されてい ますこれは中にある火薬を取り出して再 利用するために爆弾の外側を残りで切ると いう作業ですねこれは世界で1番危険な 仕事の1つと言われていて切る位置が少し でもずれると爆発してしまうそうですまた 時の摩擦によるで爆発しないように水を 使いながら1ヶ月かけてゆっくり切るんだ そうですなのでただ危険なだけでなく すごく時間のかかる作業なんです ねここではトンネルがどう掘られたかに ついてガトさんが説明してくれました多分 この穴は新しいトンネルを掘り始める時の スタート地点となった穴だと思います トンネルはなんと機械を使わずに撃のみで 掘られましたトンネルを掘る作業はチーム で 2人が土を掘り出して別の2人が取り出し た土を別の場所に運ぶという体だったそう です掘り出した土はアメリカ軍にトンネル を作っていることがバレないように川に
捨てられることが多かったそう ですトンネルは複数の箇所から並行して 掘り始めてそれぞれで掘ったトンネルが 同じ場所で繋がるまで掘り続けたとのこと でしたトンネルを100m掘るのに3週間 くらいかかったそうです こちらはベトコンが使っていたサンダル ですこのサンダルにもすごい知恵を感じる ことができますまずサンダルは廃棄された タイヤで作られていますタイヤを リサイクルすることで物資が少ない中でも サンダルを作ることができましたしかも タイヤだったらゴム製なので走りやすく雨 にも耐えられますし怪我もしにくいです さらにこのサンダルは足跡が逆向きにつく ように作られています足跡が向きにことで アメリカ軍が行方を覆とすればするほど 実際にいる場所から遠ざかっていくわけ ですね物資がない中でベトコンがいかに そうい工夫をして戦っていたかが分かり ますよね本当にすごいなと思いまし たこちらにはB52という爆撃器による 非常に強力な爆弾が落とされた後があり ますその爆弾でこの付近にいた100人 以上のベトナム人が亡くなっただけでなく その1km以内に住んでいた人も衝撃に よって亡くなった人が多かったそうです そして今でも毎年祈りを捧げる人が集まる とのことでしたこの場所は今はジャングル が戻りつつありますが爆弾が落とされた 当時はまるで月面のクレーターのように 生命の影が全く感じられない景色になって いたそう ですこちらは観光客用に拡張された トンネルで中を通ることができ ます中に入るとトンネルが土でできている とは思えないくらいしっかりしてい 実はここまで安定したトンネルを作れたの は口の気候と地質の音恵がありました口の 土は鉄分が豊富で粘土のような性質を持っ ていて水に濡れると柔らかくなり乾燥する とコンクリートのように硬くなります ベトナムには浮と換気があるので浮の土が 柔らかい時期にトンネルを掘って換気に 乾燥させることで爆撃にも耐えられるよう な安定したトンネルを作ることができまし たなので口はトンネルに適した気候と地質 両方を持ち合わせていたんです ねここは結構広い空間になっていますが 本当のトンネルはこの下から始まり ますゆっくりトンネルの奥に入っていき ます中はこんな感じでしゃがみながら出 ないと進めないようになってい ます一歩一歩歩くのが結構大変でし た
戦争中はもっと狭くて胡服全身でしか進め ないところも多かったそう ですトンネルの中はジグザグになってるん ですけどこれはアメリカ軍がベトコンを 追って入ってきた時に鉄砲で打ちづらくし たり爆弾の効果を弱めたりするためだそう です実際アメリカ軍は小柄な兵士を集めて トンネルに潜入していたことがありました 当時は暗闇の中でいつ敵と出会うかわから ないですし毒ヘビやサリムとかもたくさん いましたなのでトンネルの中にいるのは ベトコンはもちろんアメリカ軍にとっても 精神的にも肉体的にもかなりきつかった そう です今回のツアーでは回らなかったんです けどトンネルの中には台所や作戦会議室護 室などもありましたなので単なる避難所で はなくてちゃんとした居住空間として作ら れてたんですよねただトンネルの中は日光 がないですし熱くて実が多く衛生状態も 劣悪だったのでトンネルに住む人の多くは マラリアや皮膚病骨の疾患など様々な病気 に苦しめられていたそうですそのような 環境家ではトンネルの中で生まれた 赤ちゃんも半数以上は日光を1度も浴びる ことなくなくなってしまったそう です私がトンネルの中にいたのはたった5 分なんですけど随分長く感じました外に出 られた時の解放感は半端なかった です こちらはトンネルの構造を観客化した模型 ですトンネルは3階建てで1番上の貝は 地上から3mの深さにありますこれを見る と構造に関しても様々な工夫が凝らされて いることが分かります例えばこちらは避難 用のシェルターなんですけど空爆の影響を 小さくするために三角形になっています こちらには敵が侵入した時のための罠が 仕掛けられていますこちらは食べ物を調理 する時に出た煙を貯めておくです煙を一気 に出すとアメリカ軍に見つかってしまうの で煙を部屋に貯めて目立たないように少し ずつ煙が出るようになっていますあとは トンネルの外に向けて奇襲攻撃するための 穴があったり緊急時に川に脱出できるよう な出口も用意されていますどれも抜かりが なく本当によく考えて作られていますよ ねあと口トンネルとは直接関係ないんです けどガイドさんが日本がベトナムを支配し ていた時の話をして まし日本は1940年から1945年に かけてベトナムを支配していて日本軍は ベトナム人から食料を強制徴収していまし たそんな中北ベトナムを中心に大金が 起こり6ヶ月で200万人の人々が餓死し
たと言われてい ますこの大基金の原因については相が ちゃんと分かっているわけではありません したのは200万人じゃなくて40万 となど複合的な原因が重なっておきたので あって一概に日本軍の生徒は言えないと いう説もあり ますただ過去に日本が支配していたことや 食料を強制徴収したことその時期に大基金 が発生していたという事実は日本人として 心に止めたいと思いまし たさらにベトナム戦争でアメリカを支援し た国についても話していました実は アメリカはイギリスに支援を請していたん ですけどイギリスはなかったそうですなの でアメリカはオーストラリアと ニュージーランドにも支援を要請してそれ らの国は要請に応じたそうですそしてその 支援部隊によって2年で60万人以上の ベトナム人が亡くなったそうですこの ベトナム戦争でアメリカを支援した事実は 今のベトナムへの入国条件にも反映されて いますアメリカからの要請に応じなかった イギリスは45日以内の滞在であればビザ が不要な一方でオーストラリアとラドは たった1日の滞在でもビザが必要だとの ことです私はこの話を聞いて日本も支配し たり食料を強制徴収した過去があるのに ビザなしでベトナムに行けるのはとても ありがたいことだと思いまし たちなみにベトナムとは関係ない話になる んですけどツアーメンバーのインド人の方 は自分が日本人だったらパスポートを使い まくって海外のいろんなところに行きたい とおっしゃっていましたインド人が海外 旅行する場合はビザが必要なことが多く 色々な手続きに時間がかかるそうですそこ で日本のパスポートについて調べてみた ところ日本はビザなしで行ける国の数が 世界で1番多く日本のパスポートは世界 最強なんだそうですなので日本は国際的に 信用度が高く日本人であるだけで海外旅行 をする上で大きなメリットなんだと思い まし たそんな感じで色々見たわけなんですが 軍事力最強のアメリカが相手でも工夫を 凝らせばこんな戦い方ができるんだと思っ てベトナム人の知恵と腹痛の精神は本当に 素晴らしいなと思いました戦争の勝ち負け て軍事力の強さだけで決まるんじゃないん だって感じますね口ではいい意味で戦争の 重々しい雰囲気を感じることはあまり なかったですむしろトンネルの中に入って 楽しんだり射撃場みたいな娯楽施設もあっ たりして脇IIとした雰囲気でした
ベトナム戦争小石博物館で日本人 カメラマンが戦後の口トンネルを見て危機 としてトンネルに入る観光客を見て平和を 感じたという文章があったんですけどつい 50年前までここが激戦地だったことを 考えると本当に平和になったんだなと私も 実感しまし たそして口トンネルを見終わった後は豪華 なベトナム料理をいただきましたツアー メンバーと話しながら食べていたので あまり撮影できなかったんですけどどれも 超美味しくて料理の種類が豊富で ボリュームもあってお腹いっぱい食べられ まし た実は今回参加したツアーはクッチ トンネルに加えてメコンクルーズもついて いますなので口からバスで2時間かけて メコンデルタがある水藤という街に行くん ですけどそれは次回の動画でお届けできれ ばと思います最後までご視聴いただき ありがとうございまし [音楽] た
今回はベトナム戦争の激戦地でホーチミン市内にある、クチという町を観光してきました。
クチでは、ベトナム人が限りある物資の中でどのように戦い抜いてきたかを知ることができます。
前回の動画ではホーチミン中心部の観光についてまとめており、ベトナム戦争と関わりが深い場所にも訪れていますので、ぜひご覧ください。
【目次】
00:00 オープニング
00:32 ホーチミン中心部からクチまで移動
03:06 クチトンネルとベトナム戦争の説明
06:10 トンネルの入口
08:14 ベトコンの姿
09:28 トンネルの空気穴
10:45 アメリカ軍の戦車
10:53 ベトコンが仕掛けた罠
12:34 不発弾の再利用
13:10 トンネルがどう掘られたか
13:59 ベトコンのサンダル
14:44 B-52の空爆の跡
15:18 トンネル内部
17:58 トンネルの構造
18:52 日本の支配と大飢饉の話
19:48 アメリカ支援国と入国条件の話
21:22 感想
22:13 ランチ
22:30 エンディング
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【動画にある情報について】
こちらの動画では、基本的にはガイドさんから聞いた説明に加え、以下から調べた内容を動画にまとめています。
できるだけ信憑性のある情報を選んでいるつもりですが、一次情報ではないため、正確性は保証できません。ご了承ください。
画像はWikipediaにあるものを使用しています。
世界史の窓 南べトナム解放民族戦線/ベトコン
https://www.y-history.net/appendix/wh1603-063.html
クチトンネル:サイゴンからの忘れられない旅 – RooWanders
国立アメリカ陸軍博物館
https://www.thenmusa.org/articles/tunnel-rats-of-the-vietnam-war/
Cu Chi Tunnels – Facts, History & Length
https://www.history.com/topics/vietnam-war/cu-chi-tunnels
ベトナム戦争における女性たち
https://www.history.com/topics/vietnam-war/women-in-the-vietnam-war
Women in the Vietnam War – Wikipedia
https://en.wikipedia.org/wiki/Women_in_the_Vietnam_War
ベトナム、ホーチミン市(サイゴン)近くのクチトンネル
https://havecamerawilltravel.photography/chi-tunnels-vietnam/
Why Were the Soil Tunnels of Cu Chi and Iron Triangle in Vietnam So Resilient?
https://www.scirp.org/journal/paperinformation?paperid=74005
ヒストルペディア – クチトンネル: 技術と環境上の利点 (2012 年秋)
https://sites.google.com/a/umn.edu/historpedia/home/earth-geography/the-cu-chi-tunnels-the-technology-and-the-environmental-benefits-fall-2012
日本のパスポート、再び「世界最強」に 2024年最新ランキング | Forbes JAPAN 公式サイト(フォーブス ジャパン)
https://forbesjapan.com/articles/detail/68505
ホーチミン・ルート – Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9B%E3%83%BC%E3%83%81%E3%83%9F%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%83%AB%E3%83%BC%E3%83%88
Viet Cong – Wikipedia
https://en.wikipedia.org/wiki/Viet_Cong
【ベトナム戦争】総距離250km…極秘の地下トンネルに潜入!地獄の戦場を現地からわかりやすく解説 – YouTube
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音楽:BGMer
#ベトナム #ホーチミン #クチトンネル #ベトナム戦争 #旅行
4 Comments
なんか勉強になります。深いって感じ
くまみさんはしっかり歴史と向き合いながらいい旅をされてますね
クチトンネルは少しだけ知っている程度でしたが、くまみさんの詳しい説明と映像でわかりやすく、いろいろと勉強になりました
Lần đầu người Nhật Bản đến Việt Nam sẽ thấy nhiều điều khác biệt về con người, cảnh vật và văn hóa. Mong bạn có chuyến du lịch tại Việt Nam thật vui. Tôi mong chờ những video tiếp theo của bạn tại Việt Nam.
戦争はやっちゃいけないんだよね タイ、シリラートで枯葉剤の影響で産まれた結合双生児、奇形児見た後だとひしひしと感じる 戒めになります