各駅停車だけで千葉・房総半島を一周したらおもしろすぎたwww
はい皆さんこんにちは今日来てるのは こちらです関東のえ千葉駅にやってきて おります今日はちょっとここから冬青春 ジャッジキップシーズンに入りましたんで ちょっと千葉をねぐるっと1周ま美味しい ものを食べつつ沿線の魅力なんかを見つつ ぐるっとね暴走半島1周していきたいと 思いますおおちょっとグッドタイミングだ なあのね今やってきてる特急列車千葉で ずっと活躍をしてた特急列車なんですけど もうね来年の春でなくなっちゃうことがね 発表されたんですよねこれ多分ね帰り乗る かと思いますけどちょっと早めに来てくれ た鉄道オタにとってはもう最高のシーズン がやってきました今日使うのこれで シンジャキップじゃん2300で乗り放題 おせいたしました時意外と今までうちの チャンネルで千葉をがっつりと取り上げた ことってなかったと思うんで意外とね外房 線内房線歴史結構面白かったりするんです よね色々見ていきたいと思いますでは千葉 駅出発暴走1周度の始まり 始まりでですねこの千葉駅からも突っ込み どころがありましてこれホームの数が とっても多いんですね千葉駅このこの千葉 駅は内房外房総武線それから成田線からも 列車が来る関係で登り列車は3番線から 10番線のどれかのホームランダムでね 出発をしていくような感じになってます 規則性がないんですよねだから千葉から 東京方面の列車乗る時はあの時刻表 ちゃんとチェックしないと本当別の方向に すっ飛ばすれる可能性があるので結構注意 が必要ですあの下りホームかと思行きは 容赦なく東京行きの列車なんか来たりする んでねさまずはこの列車で途中の蘇駅に 向かいます右の方に見えてるのは京成線 ですこの千葉と蘇の間は京成千原線と ちょっとこう並走するような感じになって ます途中千葉とか千葉なんか通るんです けどこの辺りも先日中はあの空がねあの 非常に激しかった地域としても知られてい て駅なんかは確か2回3回ぐらい移転を 繰り返してこの地に落ち着いたんだと思い ます確かねそんな感じで歴史勉強しました 向こうの方にはたくさんの煙突京葉の工業 地帯が沿岸には広がっててその横を走るの が京葉線京葉線も元貨物線として計画をさ れましたがそれが旅化したものですねね 列車が同じぐらいの多分ねタイミングでそ に入るんじゃないかなと思いますけど も効果線が気をして京成千原線とここでお 別れです千原線も1回取り上げたんです けどここはあの見た感じ線路2本の伏線 効果に見えるんですけどもこれ片方線路が
確かついてないんですよね利用者が伸びた 時に線路もう1本すぐつけられるように 伏線分で効果なんかが作られたんですけど も結局線路1本のままなので効果のうち 半分ぐらいが使われていないみたいな ちょっと興味深い光景を見ることができ ますそしてソガの手前でKO戦闘 合流そしてこの合流部分にもねちょっと 興味深い箇所があってなんかごっつい構造 物がこうはめられてあるんですよねで地下 の方多分ね線路を通すはずの用地が確保さ れてますこの京葉線も元々その貨物列車を 通すために計画をされてで貨物重要が どんどん減ってきたので お客さん乗れるようにしたっていう背景が あってすぐここから先の方に行ったところ に元々千葉の貨物駅みたいなのがあって 結構大きい貨物駅だったんですけどそこ から伸びる線ロアだったんじゃないかなと 思い ますいや今日はマジで天気が良くて最高 ですね途中蘇駅に到着でこの千葉から蘇の 間って結構列車本数が多いんですけどここ は正式に言うとこの区間は外房線の区間に なっててで千葉をぐるっと1周する路線 ってえ西回りの路線がえ内房線で東回りが 外房線なんですけど今回僕はね西側から ちょっと回ろうかなと思ってるんでえこっ から先が正式な内房線の区間みたいな感じ になりますそがで5分ぐらい停車するのか なちょっとね出発まで時間ある [音楽] みたいいいねやっぱり千葉来たらこれを 効かないとね千葉来たっていう気分になれ ませんからねでこっから内房線と外房線が 分岐してるんですけどこれねあの同時出発 できないような構造になってるんですよね 外房線と一房線まずはこっちの外房の方が 長い重量編成が出発してでこれが11あ 消えちゃった10時え49分なのでその2 分後にこっちがね出発するような感じに なってますこれちょっとねまた車窓をお 見せするんでその理由がねよく分かるとと 思いますけどまだピカピカのグリーン車 最近ちょっとあの遠距離のグリーン車の グリーン料金の値上げが発表されて ちょっとTwitterがざわついてる ようなそんな時期ですけど [音楽] もジェフユナイテッドのこのポスターです かねこれがもう階段中にこう貼られていて そがはそれ一食に染まっている感じですね 奥の方にも貨物線貨物専用の鉄道路線が 伸びてのでそが来ると毎回のようにね 向こうの方に貨物列車が止まってたりし
ますそんで千葉といえばねやっぱりこの 列車でしたね数年前まで確か10年前 ぐらいまで活躍をしていたのがこの113 系国鉄時代に作られたやつなんですけども 千葉とかそがに来るともうこの113系が ねホームを牛耳ってる様子ってのは結構 鮮明に覚えてますこの紺色にクリーム色の ラインはスカ色横スカ食って言ったりする んですけどもこのの塗装は僕が今乗ってる 新型車両にも受け継がれてますねこの車両 がもう結構1970年製造とかだったんで すんごいモタを上げながらガッタンゴトン ともうぶっ壊れるんじゃないかっていう ぐらいの揺れで暴走半島ぶっ飛ばして たっていうもうその思い出が蘇ってきます ね多分ねあの僕より上の世代の方はね共感 してくださる方多いんじゃないかなと思い ます出発してすぐ外線と分岐してくんです けどこれちょ前面の様子でこの内房線と 外房線がこう抜天の字にクロスしちゃっ てるんですよねこんな感じこれ平面交差 って言ったりするんですけどこれがある 関係であの片方走ってる時にまもちろん猛 片方その状態でぶっこんじゃうとあの ぶつかっちゃうのでだから片方ずつしか いけないんですよねなのでちょっと時間を そらして出発をさせているとやっぱこの 辺り工業地帯っていうこともあってそが から南側の方臨海部にかけては貨物専用線 も伸びてるんですよねこれがちょっとした 基地になっててgrr貨物の機関車がチラ ほらとおクリーム色の原色っぽい塗装の やつも止まってましたけどこちらですね 内房線は線路2本のはずなんですけども この外側のやつが京葉臨海鉄道ってやつ ですねコンテナなんかを運ぶ列車が走る 線路ここで分岐をしていきました確か臨海 部の方奥の方橋梁があるんですけどあの 東海道本線の大井川橋梁とかあの富士山に 近い大井川のところから移設したやつも あるみたいであの結構珍しい端が使われて たと思います確か途中八幡宿駅に到着です ここも名前的に多分昔の街道の宿場町とか だったんじゃないですかねそしてまずこの 木津手前の面白い駅がこちらあ逆で ちょっと見えづらいんですけども5位駅に 到着ここから先は小港鉄道線が伸びてます 時間があればねこの先も行ってみたかった んですけどちょっと今日は行けずこの ディーゼルカーのガコンとちょっとへこん だ扉この車両も相当多分全国的に見ても 珍しくなりましたよねそしてこれですよ 鉄道マニア体感機この車両多分JRの秋田 の方で活躍をしてたやつ小線て小半島で 活躍をしていたやつですね今プレート小湊
鉄道って入ってますけどもこれ元々はあの 小雪とか入ってたんでしょうねこの今 ちょうど並走してますけどこのタラコの1 の手前のちっこいやつも小線ですねでその 奥に止まってるのがJRただ線で活躍をし ていたものこの小湊鉄道はこうJRからの 鉄道をこう譲り受けるんですけどあの自社 の塗装に戻したりとかせずあのGRの塗装 をそのまま使ってくださってるんですねな のでまマニアからしたら本当だって廃止さ れるはずのものをこっちにくれば見れる わけですからねこんな最高なことありませ んよねとか言ってちょっと今回はするすい ません次はねじっくりと見に行きたいと 思いますこの列車は長い10両か15両の 編成でえ機密行きになってます東京横須賀 方面からの列車もまだやってくるのでこの 辺りはまだ100kmちょいぐらい 110km弱ぐらい結構しっかりと スピード出すことができます向こう臨海 工業地帯見えてきましたこのそがの辺りも やっぱりその飛行機の工場日立ちの工場か なんかがあった関係で1945年のの期に は米軍機からの空襲を結構ね受けていた みたいです ねそして今走行しているソアから次の 姉ヶ崎駅っていう駅があるんですけどここ のすっごい短い区間これがえ内房線の ルーツになってるみたいですね1912年 明治時代にあの千葉の暴走半島の方に向け て路線が伸ばされることになったそれの 先駆けが今走行してるこの区間姉ヶ崎駅 到着です心なしかやっぱり姉ヶ崎ちょっと ね構造が広々しているというか線路は4本 あるような感じになってますね回送列車が 停車中この子もデビューしたばっかり23 年前にデビューした暴走の新型新人君お 出迎えしてくれましたそしてそしてこっち の方来るとひらがなの駅名表も残ってます あの大きくひらがなで小さく漢字が書いて あるパターンこれ東北新幹線の駅なんか 行くと宇都宮とかも確かそうだったと思う んですけど国鉄時代からひで駅名を書くの を投しているみたいなので結構古いんじゃ ないですかねJR発足5ぐらいにできた やつだと思い ますそして機密までなんですけどほぼ停車 するかと思いきはピンポイントで岩根駅 だけこの快速列車は通過をしていきます ちょ何かありそうな予感がしますけどまた ちょっと後ほど解説するということにし ましてさ次の到着した駅は結構大きい広場 が駅前にありますが袖ヶ浦駅です袖ヶ浦 ってなんか名名前の響きめちゃくちゃ かっこいいですよね駅前には天然温泉と
あとは千葉の木津のアウトレットがこの すぐ近くではないんですけど一応最寄り駅 になってるんですかね東京湾アクアライン が袖ヶ浦の南側の方にこうやってくるん ですけどもそこの本当にあの海と陸地の 付け根の部分ありにあるのが アウトレットこれはもうどうせも抜群です ねきらず金田のインターチェンジがすぐ 近くにあります このあの暴走半島内房線外房戦語る上で 欠かせないのがこのアクアラインの存在 ですねこれがあの値下げされてからはもう どんどんと内房線の特急列車はアクア ラインにお客さん吸い取られちゃったので もう内房線特急列車ねまたこの後解説し ますけどもうほとんどないような状況に なっちゃってるんですよねそれもね外房線 と比較すると結構面白かったりしますさ 今日は晴れてるしかも時間帯もこれ午前中 撮影だったんで よく見えますね反対側の東京方面の ビルそしてこの辺りも結構ね大っていうん ですが橋を支える根っこの部分見るとレが ねできていたりしますねさあそして お目見えです日本一高い山みな富士山 3776Mの富士山そしてこれが東京版の アクアラインそっからいてきた道路なん ですけど線数 が線あるんだって感じですよね館山自動車 道の方に繋がっているのでもうぶっ続けで 東京から館山まで高速で行けたんじゃない かなと思いますさあ岩根駅今 通過この辺りの唯一のね快速列車の通過駅 ですけどこの駅実はあの当時戦時中の大 日本帝国海軍かな海軍の妖精によって設置 をされた駅なんですよ地図見ると確かに ここになんかあの空港みたいなやつがある んですよね飛行場のようなものが左の方に ありますちなみにここからも木の方に こんな感じで廃止された線路その当時の 海軍の基地の方に物資を輸送するための 線路が伸びていてその後ねもうちょっとし たら多分見えてくるんじゃないかなと思い ますちなみに岩根駅の駅舎はこんな感じ河 屋根の昔ながらの駅舎で多分設置当初 ぐらいからあるんじゃないかなという風に 思いますで海賊列車が止まれないのもこれ ホームの長さはどうやら足りないみたいな んですよねまでも確かに駅設置の事情を 鑑みると頷けなくもないという感じあの 横須賀線の田浦駅みたいな感じで無理やり あのホームの先に突き出す扉をあの塞ぐ ドアカットみたいな手法もあるんですけど も地元の方とJRの方で話し合れてる みたいです飛行機が上の方飛んでいきまし
たよあれはエアドゥーって書いてありまし たね東京湾上空辺りを飛んでるんでしょう かね確かに羽田に着陸する飛行機ってこの 辺り東京湾千葉の木ありをぐるっと先して から北から南にかけてこう羽に着陸する みたいなパターンもあります立山の上空と か飛んでから着陸するみたいなこともね前 ありましたね飛行機だとあっという間なん ですよねここ暴走半島 もそしてこの辺りですね今草村追いしって ますけどこう線路1本こ右にあるのが 分かりますよね下線がちょっとこう広めに ここだけ取り付けられたんですけど実際に これ降りてみると結構面白くてこれです 踏切の横幅が広くなってて線路3本分で もうもたあった線路無理やりコンクリート で埋めるような感じになっててで新しい 火線中がつけられてますでカーブして分岐 してたんですけどもこういう風にこレール を置く桁の部分ですかね橋桁の部分がその まんま残っていたりするんですよねま飛行 場があったとのことなのでおそらく燃料か なんかをこの木経由で運んでいたっていう ことなんでしょうそして進行左手住宅街 ですけどもここでね線路が見えますJRく 戦単線秘伝かの路線がここで交流きらずに 間もなく到着をしますク線なんかもまこの きらず周辺はまだいいんでしょうけども もう終点またのの内陸の方の久里とかかさ 亀山の辺りはもう関東クの大路線とかに なっちゃってて僕も前乗った時1列車の中 に2人とか3人しか僕含めていないような 状況だったんでびっくりしたの覚えてます ね特急列車の停車駅にもなってる結構 大きな駅きらずですけども正面の建物これ 商業施設か何かかなと思って看板も白塗り で使われてなさそうですけどどうやらこれ 木ず市の市役所みたいなんですよねその 施設がどうやらここからリニューアルさ れるとかされないと かこっちの内房線を走行する特急列車は 特急サザ号なんですけども サもちょっと前10年前とかはまだね バンバン日中も走ってたんですけどもう 平日定期列車は18時以降しかなくなっ ちゃったので特急はもう日中全然来ない ような感じになっちゃいましたね本千葉は この数十年で大きく変貌を遂げましたお ここ車台がなんと残ってますよ木駅一部 あの久井線の方に東京からやってきて直通 する列車もあったみたいですね確か進行 方向変えてにたはず次の密までは国道沿い を走行しますで立山自動車道今のあの暴走 のメインルートである高速道路は内陸の方 走ってるんですねなのでこっちの国道は
高速道路できる前にあのたくさんお店が 立ち並んでいたようでちょっとさびれた ラブホテルだったりとか廃墟とかした建物 が並ぶような感じこれもまた見てて結構 重き深いポイントでもありますねさあ内房 戦の顔が変わるのがこちら密です長い編成 とのお別れこの密でね内房戦って本当に 正確変わるてか同じ内房線を名乗っていい のかどうか分からないぐらい数も変わるん ですよね今やってきてるこれ次ねこれに 乗ってえぐるっとね暴走半島の方行くん ですけどこれ2両編成になってますで僕は 乗ってきたのが10両編成なんですよいや ちゃ10じゃないわ15両だわ多分そうだ から15両から2両に乗り換えするって もし1/7とかなんですよまさっきもね 車窓お届けした通りこの気密ぐらいまでは ま割と住宅地がこう立ってるとマンション なんか一系があるような感じなんですけど 内房さこっから先はまず線路がずっとあの 2本だったんですけどこれがもう1本に なります単線になってかつ民家も少なく なって山の中それからね沿岸部をこう グイグイと力づくで走行していく力強い シーンをね見ることができると この内房線のギャップまたたまらないです よね超ラッキーすよ今日は土曜日なんで この10時30運転日注意になっ多分これ 臨時列車だと思うんですよねなので休日な ので結構乗り換えいい感じあと3分後に 出発っていう感じですねこの列車ねかさ 一宮行きになってますでこれかずさ一宮 どうかって言うとここなんですよね外外線 に入ってこっちの大原とかこっち九浜 ちょっと入るかぐらいのとまで一気に行っ ちゃうんよこれ暴走半島ぐるっと回る列車 になっててこれも数年前に設定された ばっかりだと思うんですよね大体この内房 線の列車って館山とか阿鴨川ここの鴨川 シーワールドがあるところここまで行って 折り返すみたいなのが主流だったんです けどそ数年前のダイヤ改正からこぐるっと ね暴走一周する列車なんかもできてマニア からしたら結構ね熱い列車だったりする わけなんですよね15両から2両編成の 乗り換えですでもね2両でもこ足りて しまうというここから先色列車利用者の 少なさを物語ってますホームもそもそも長 さがもう足りなくなっちゃうので多分15 両とかはね入れないんじゃないかなと思い ます編成で一宮行き出発ですとまた同じく 平面差があり ます 正面には暴走半島の大きな山がそびえ立つ と思いきや多分法学的にあれは神奈川の方
の山なんじゃないかなと思いますあのこの 機密を出発してからしばらくは法学的に 言うとこのふ崎の方を見ながら進んでいく ような感じになるんですよね多分神奈川の 方の山でここから何かしてかと出発した ありで海ががっつり見えてくるような感じ ですねさあお次の駅で列車交換です単線な ので交換可能駅行き違いできる駅ってのは 結構多く存在してます止まってるのは こちら走るプレハブと呼ばれている20 休憩電車ですおギャラリーも電車をお迎え してくれましたいいな昔を思い出しますわ 僕も週末とか地元の駅に行って電車見るの ねすっごい楽しみにしてましたわでこれ から見せる外房線の方は結構線路の高速化 というか走りやすいような改良が行われ てるんですけど内房の方はこういう風なワ の字に分岐する分岐器が使われていたりし てやっぱりこの上を特急列車が走るって なると減速をしないといけないので結構 スピードが遅くなってしまっている原因に もなっているみたい ですどうやらその明治時代の1800年代 後半あたりにまどんどんとこの首都圏のえ 鉄道もっていうのは整備されてきたみたい なんですけどもこの千葉の暴走半島に関し ては鉄道の不折が遅くて鉄道があの遅い 地域という風に言われることを当時はね 多かったみたいなんですねも総武本線調子 の方に行く総武本線なんかはさだったりと かあの陸軍のその演習上基地があるところ を結ぶ陸軍の力が及んだ関係でだいぶ早く に線路が通されてますけどこっちの方は 少し時間がかかったみたいですね 1912年電荷は戦後にできたということ でそれまではディーゼルカーとかそれから 蒸気機関車なんかがゆったりと走るような 路線だったそう出た佐町駅上番線の方に 佐木駅ってのがあって一応この佐木町が マザー牧場の最寄り駅なんですけどもあの 間違えて常磐線の方に行ってしまう方が 続出して常磐線の方駅名が今竜ヶ崎市駅の 方にねてますね駅名が解消されました そしてこの辺りからはいいですね3幹部に 入るような感じになってきました一応その 常磐線茨の方に知観測所石岡の方に観測所 があってえ交流電荷がよく使われてるのは 有名ですけどここのすぐ東側の方にも地球 の磁場を観測する観測所があってそれに悪 影響を与えないためにしっかりと区間ごと に1つ変電所を設けてそれぞれ絶してる みたいですねさそしてモニターにこれから 止まる停車駅が現れましたけどこれは長 すぎる赤色が外房線で内房線がこの青色に なってますね青鴨川がその2つの合流地点
距離自体はそんなにベボに遠いわけじゃ ないと思うんですけどもでも列車交換とか の時間を考えたら多分終点までりすと3 時間弱ぐらいかかるんじゃないですかね そしてに多いのがこちらもう本当空と一体 化しそうですけどこの青い河屋根のエシね これが本当に多いんですよこのさき町駅も 大正時代とかそれぐらいに開業した駅で どうやら調べてみると駅舎はもうそのまま 使われているみたいですね当時は多分赤系 の河屋根だったみたいなんですけど色々と あの塗装なんかが変更されて今に至る みたいですでもあの青色だとそんなに 不思議と古くは見えないんですけど実は造 の駅舎になっているんだそう です佐町駅を出発するとここから一気に3 幹部から海岸沿いに行ってます内本線でも ここからしばらく数10分間は海が見える 景色東京湾の景色そして奥富士山ここから でも見えるんですねすんごい綺麗内房線と 外房線ってあの僕最初そうだったんです けども内房が内側なんで内陸側外が外なの で海側を走するかと思いや多分両方両者 比較したとしても海が見える区間っていう のは多分同じぐらい確かその東京基準にし て内側なので内房線東京番よりなので内房 で反対側東側は外側なので外とそういう風 に名付けられていたはずですね途中かさ港 駅に到着駅名からもこうしとか海の香りが ムムとするようになってきましたねここ から竹岡そしてれはずっと海岸沿いを進ん でいきます結構この辺りはあの昔の113 系の時代とかでも風規制って言って海側な んですげえ風が吹くんですよここなので 遅れやすかったんですけどね今日は割と 順調に走ってくれるようでした ねこの辺りのトンネルも引き続きレガ済の トンネルが使われています外側ちょっと コンクリートっぽいですけどもやっぱ中を 見てみるとねこう出口付近明りで照らされ てて分かるんですけどこう筋が入ってるん ですよねあのレガでできている 証拠ただこの内房戦の建設時期って ちょうど明治時代から大正時代にかけてで 対象に入ってレガからコンクリートの技術 が入ってきてそれが一般的に普及するよう になったと言われていてコンクリートの トンネルもこれから見えてくるとまさに その技術面のその狭の時代にえ建設された 路線ということらしいです ね鉄道よりも海側には道路が走ってるので これ車で来てここドライブするのも楽し そうですね正直ね内房戦乗ってで富士山 こんなにはっきりくっきり見えたのは 初めてだったかもしれないですこうして
みるといかに鉄道でこっちの方まで来てる のがどう回りかということがよく分かり ますよね夕のにカーブ東京ワンフェリー こっからあの向こうの横須賀あ久里浜の方 か栗の方まで伸びてますけど今日は運行し てるのか な明治代ぐらいにできたトンネルって こんな感じの縦長じゃなくてあのもうこの 河川を通すこと想定していないまん丸の トンネルが多いんですけど内房戦はこう 縦長になってるんですよねでもちゃんと レガでできてるんで当時からもしかしたら 将来的な電荷が見据えられていたのかも しれないですよねあのjr東日本の館内と いうかこの関東周辺で一番最初に電化され たのっでもうないんですけど首都県のあの 山手線の中の飯田町駅っていうところから 先の後部鉄道今の中央線なんですけども それがもう明治の末期ぐらいに電化されて いたはずですね関西とかもっと早かった みたいなんですけどなのでその可能性十分 にありますよねしっかりとレガがこの トンネルなんかもうすっごい顕著に現れて ますねこういうあの古いトンネルだと線形 がすごいカーブになってるところとかは あのトンネルを放棄しちゃって新しい トンネルを途中で付け替えたみたいな区間 も結構多いんですけど調べてみた感じ内線 はそんななほぼ海洋時からのもを使って いるみたいですだいぶこの辺りまで来ると 無人も増えてきます途中竹岡駅海には ちょっと歩いて行けそうですけどもで今 ビデオカメラをマックスでズームしてるん ですけど高層ビル軍がそ立ってます位置的 に1番近いのは栗とか横須賀ありなんです けど多分栗とにあんビルはずですなんです かね富士さん見えていたくらいなのでその 可能性はありそうですけどもしかしたら あの港未来とかその辺りが見えてるのか な竹岡を出発して浜金までの車窓もね 面白いですこの金谷地区の地形ってのは 結構複雑になっていてのり山っていうもう 壁みたいに絶壁みたいにそびえ立ってる山 なんかもこれから見えてきますますけど それを代表するような形でもう競り出す ような岩が競り出すような地形でそこにえ トンネルを通してで道路なんかを通してる んで途中途中結構短いトネルがあるような イメージです ね千葉県側から見てるので結構遠いところ から見てるような感じしますけどもまでも 直線距離行ったらこっちの暴走半島今取っ てるところは西にめり込むような形になっ てるんで東京とそんな変わらないみたい ですね意外
とはいということでこちらの駅で途中車を い喉が枯れてるなんかなんでだああ到着し たのはこちら浜屋駅ですもうねちょっと 内房線外房線の旅であのさしてた方もね いらっしゃるんじゃないかなと思うんです けどやっぱ定番のあの途中下車スポットに なってますねこの浜金屋は内房線って ずっと千葉の西側そうような感じなんです けど実際海見える箇所って結構一部だっ たりするんですよねなので海見てご飯食べ たいとか景色のいいところ千葉で行きた いってなった時に結構な確率で上がるのが この浜金屋駅ですね 何あの飛行機なんかちょっと色合いが特殊 じゃないですかなんか青いちょろっとした 髭が生えてるけどそれ全部白になってる どこの航空会社だろうおおこっちの方編成 長え何これきらず行き登り列車なんです けどこっちは4両なんですねえこの時間帯 ちょっと利用者は上りの方が多いのかも しれない僕は乗ってきたら2両なんでね数 は2倍ほどのギャップがあるような感じに なってますうんかですですよねこの水玉 模様多分名の花とこの暴走の海をモチーフ にしたとかだったんじゃないかなこれも デビューして3年ぐらいこの子たちのあの 生まれ国境は新潟県のニーなんですねニー の工場から出てきた時には僕もねニのあの 駅のところに新型車両が出てくる線路が あってそこ行ったんですよで出来たて ホヤホヤの列車君たちを見ましたけど本当 に当時と変わらないぐらいね新しいえ見た 目でまだ活躍を続けてますやっぱ金屋人 降りる なたくさんのお客さんが下車をしていき まし た発車しますそして列車が南暴走方面に 進むんですけどこっからね浜金谷から南側 のところにはとんでもねえ形をしたえ山が ありますこれがの切り山ですちょっと なんか本当要塞のような感じのね構造に なってるのが分かるかと思います本当に あののこぎりの歯みたいな感じになってい てそれが由来になってるみたいなんです けどままちょっと色々後で見ていくことに してお腹空いたんでまずねご飯行きたいと 思います浜金屋といえばねやっぱりこの 東京湾で取れる回線ですよいやもうなんか 時代の移り変わりをね感じますわおぼろの もう国鉄時代からあるような列車がもっと 長い10両近かったかな7両とか8両 ぐらいでガンガンこっちの方ににね 乗り入れてたんですよここもねその名残り でホームがすごい長いですけどもあのここ から久里浜の方までフェリーで抜けれるん
ですよ東京版ってちょっとくぼんでるんで あの僕が来たルートだと超絶あの遠回りに なっちゃうんですよねでも結構だしかも これのり山そう今日ねワンチャン行こうか なと思ったんですよ登ったことなかったん でだめだ吸中になってますわなんでだろう 今しかもなんか年末なんでねかき入れなん じゃないかなと思うんですけどもしかし たら風とか強いのかもしんないすねこの なんか無人駅とかって解体されちゃう駅 多いですけど浜屋は依然としてこの 懐かしい友人の生産窓口がまだ残って ます駅前にはこんな感じでレトロな商店 さんが立ち並びます海釣りとかもできるの であの釣り具なんかは結構打ってますね そしてしばらく歩いてくるとこちら東京 ワンフェリーのの乗り場がありますでこの フェリーターミナルの中にちょっとしたお 食事屋さんそれから正面の大通りのところ にもこうお食事屋さんが立ち並ぶような 感じちなみにこのフェリー乗っていくと 反対側の栗はの方まで800円で行くこと ができますちょっとこれはね3年前に乗っ た時の様子なんですけどこちらが中の売店 の様子ですねシンプルな感じでいかにも フェリー飯っていう感じがしますけどもで もね種類は結構豊富今まで乗ったフェリー の中でも揚げ物だけでもこんなに種類が あるのはこの船ぐらいだったんじゃない ですかねここの航路もま今では結構人 少なくなっちゃったみたいなんですけども 東京湾アクアラインの開業前までは やっぱり横浜とか千葉それからあの神奈川 周辺にお住まいの方はこのフェリー使った 方があの早く大岸に到着できるってのも あってもっとね今よりも昔の方がお客さん でこう賑わっていたみたいなんですよねで も今でも休日になるとお客さんで結構 賑わうようなあのコロだったりしますさあ そして千葉といえば回線今回お邪魔したの は千葉の船おささんお寿司屋さんです しかもこちらのお店回転寿司ではなく しっかりとこのシケースの中にネタさんが たくさん入ってますでも注文形式は しっかりとタッチパネルという新旧の両 ですねひしなめ注文したのこちらア肝軍艦 ですもう冬の何がいいかってこの肝系と いうかお魚の内臓系が旬になるからですね 冬のアキもとっても美味しいんです ちょっと僕のこの 顔こちらのアン肝はもう密度がすっごい 濃くて口の中にアン肝がもうこう まとわりつく感じがすごい美味しかった ちょっと今髭脱もをしてる最中であの レーザー当ててしばらくの間はちょっと髭
が濃くなるタイミングがあるみたいで ちょっと濃いですね今日ああそして我慢 できなかった いただきますけども最大限の配慮 アルコール 0.00%一応撮影まこれも趣味なんです けどま一応仕事としてやってますんでちょ 仕事中に印象したら怒られるのと同様ま たまにしちゃうんですけどちょっと我慢し てアルコール フリー寿司っていいですよねランチにも 行けるけどもうこのビールにも合うと そして続いて注文したのはこちらこれも冬 が旬の白子 美味しそうそしてこのカヤ東京晩の名物と 言ったらこちらみたいですねこれアジアジ のなめろになってますまアジの叩きに ちょっとこう味付けをしたような感じなん ですけども東京湾で取れるアジっって何 種類かタイプがあるらしくてその中でも 美味しいのが気味金の味って書いて気味 って読むみたい ですこれもね美味しいもなめろちょっと 味噌の風味が効いていてあのお酒の当てに ぴったり軍艦じゃなくておつまみで出てき ても無限に酒飲めちゃうなみたいな感じで 黄金の7対3ビール回収マシーンになっ ちゃうそしてこちら白子も冬が旬なんです よねいただきますたっぷりと乗った 白子こうなんて言うか100円とかの回転 寿司で食べる白子ってちょっとミパサパサ してたりとかすると思うんですけどこちら の店の白子は本当密度が濃く しかもしっとりしてるので口の中全体に こう濃厚な味がへばりつくような感じがね たまらないですね小さい頃から白子好き だったんですけどある時そのVを調べてみ てえ結構驚きは隠せなかったですが今でも 好きです海鮮丼も注文しましたよこの金屋 で取れる新鮮なお刺身さっきのアジもお 刺身として乗ってますちょっとね電車の 時間がなかったのであのかで食べちゃい ますましたけどもどれも鮮度抜群で おいしかったですねこの回線丼はえ大体 2000円程度でもちょっと今日は奮発し てあトレタ的にもちょっとこうねアジとか 食べてみたかったんでっていうので軍艦と か頼んだら今回のお会計は3800円 ぐらいでした ね的に企画の時以外はあの食べ物にあんま こだわりないんで美味しいの食べずに コンビニ弁当とか牛丼とかラーメンとか 食べるんですけどあのそんな僕でもあの 美味しいものを食べると人間ってこんなに 幸せに感じるんだなって思ったぐらいには
美味しかったんでめっちゃくちゃお全く 臭みもなかったしね新鮮だったし 美味しかっ たはいで駅の方に戻ってまいりましたこの のどかな駅前通りっていう感じね金屋の 駅舎これも多分戦前からある駅舎だったと 思います前来た時ねちょろっと調べたん ですけどでこの内の旅をする時時に気を つけないといけないのがこれですねダイヤ ですこれは1時間に1本でここはねまだ いいんですけどこっちの方に夕方の方に なると1.5時間に1本とか1時間半に1 本ぐらいの本数になっちゃうこともあるん で結構気をつけないといけないだ次の電車 とかはね内房線沿線どっか行く時はね調べ てからの方が良さそうですねそしてこちら がの山です本当に斜面を縦方向にこう削っ たような形してるんですけどこのカは江戸 時代の後半から明治にかけて籍上として 機能していて石の街石と芸術の街って言わ れていた気がしますねでここで取れた石 なんかは建設次第として搬出をされて鉄道 の建設だったりとかあとは当時はあの陸軍 海軍あったのでその軍事施設の建設にも あの使われたとのこと です駅員さんののいない金屋駅前に来た時 とかそれこそあの小学生の頃父親とこっち の方来たりしたんですけどそん時は全然 あの駅さんいたんですけど調べてみたら緑 の口の営業終了したのが本当最近みたいで 2023年とかその辺りみたいです時刻表 は1時間に1本赤い時刻もね何個か書いて ありましたけど新宿サザ号って言ってこっ から新宿の方に行く特急列車がその休日 だけ臨時でやってくる臨時で停車をする ような感じになってますそれ以外は普通 列車ですけどもやっぱりこの暴走半島の 観光士としては栄えている方なので結構 乗り降りするお客さんは多い印象ですね さあここ出発浜から先に行くとさらにあの 観光客は一段と少なくなるような印象です かねでさっき見えていた山の方に突っ込ん でいくんですけどあお仕事お疲れ様です ありがとうございますそしてこですよこの トンネルがですねのり山トンネルと言い ますこれ大正時代の初期ぐらいにできた トンネルでもそこそこ歴史あるんですけど ここ実は日本で初めての場所打ち コンクリート作りのトンネルみたいなん ですちょうどそのレガからコンクリートに 技術がシフトしていく中で当時その ミキサー車とか今みたいに大型のあの車 なんかもなかったのでコンクリートをその 人力で練ってでその場でえの内部にこう 貼るような形で建設が行われたみたいなん
ですねちなみにこのトンネル結構長いです 確か浜屋から南側で1番長かったと思うん ですけど1200mぐらいですかね今の 新身水トンネルとか青函トンネルとか長い トンネルって戦後にできたトンネルなので このトンネルが作られたの当時1910年 とかなので相当当時からしたら長い トンネルだったはずですね結構な技術力を 決して作ったんじゃないかかなと思い ますやっぱり内房線はこのタイプの駅舎 多いですよねホ駅ですかね当時の国鉄時代 くらいからある駅名表もまだまだ現役です 多分この暴走地域のやっぱ特急列車の座席 なんかも青色になっていて海モチーフに なってますけどあの駅舎の屋根なんかも 多分暴走の海をモチーフにしたんじゃない かなと思いますこちらの駅も島式ホーム だったんでしょうけども右の方フェンスが なされてあの関西の新快速通過ホーム みたいな感じになっちゃってます片側しか 使われませんこういう設備もどんどんと 撤去してったりとかしないとメンテナンス で結構お金とかかかりそうですもんね費用 コスト続いて到着した駅はこちら祝駅です ねさっきまでは青っぽい屋根だったんです けど綺麗な三角屋根祝駅大きい駅ですけど 無人駅っぽいですでここからこの先の立山 駅もそうなんですけど青い屋根から オレンジ屋根の建物が増えてきてちょっと ねこう南国リゾートっぽい雰囲気ま風景 だったりとか建物が増えてくるので ちょっとねその車窓の移り変わりにも注目 をしていただければと思いますまだこの 辺りは漁港だったりとかそれから民家も ポツポツと目立つような地域ですねもう そろそろ立山駅が見えてくるはずです かつての特急列車の終点終着の駅ともなっ ていた建山ですけども あくまでも正式な内房線の区間は泡鴨川 までこの辺りまで来ると企業をかき分けて 進む様子結構迫力ありますウカなんかも 沿岸部は割とあったりするんですけど内陸 の方に入ったりするともう見えなくなり ますね内房線はやっぱこのギャップが個人 的には好きだったりします全体的に海の 近く走るんですけどでももうすぐ横が崖の 上山になってるんで海岸にだと思ったら 速攻で内陸に入って本当になんか周り木に 囲まれたところを走ってまたすぐ海の近く 走るみたいなこのキャップがいいですよ ね途中の富浦駅に到着ですこの駅も特急 停車駅になっていた記憶がありますけど 名称案内のところには1番上に富浦海水 浴場0.3kgなので300m歩いても 行くことができ
ますこの暴走地域の発展と切っても 切り離せないのがこの海水よですね戦後 高度経済成長から90年代ぐらいまでは 結構がっつりと海水浴ブームがあって こっちの方に来る臨時列車それこそもう 海水浴のお客さんを運ぶための列車なんか も運転されていたほどなんですけども今は その人々の海水浴離れ海離れってのが進ん でいる関係でなかなかもう海水浴のお客 さん運ぶ臨時列車なんて全国見ても多分 運転されてないですもんねあんまりついで なのでかつて走っていた暴走特急ウボ線 特急をご紹介しますこれが特急佐号内房線 の主力特急でした今でも若干走ってます アクアライン開業前あの値下げされる前 まではガンガン定期列車で入っていて車内 販売とかもね全然あったんですよねこの ヘッドマークの上のシンボルマークがある やつとないやつがあったりしてあのあった 方がかっこいいんでねこれが来たら当たり みたいなこともやってましたこの列車 なんかはもうもにビーチイン暴走サザナミ 号ということで海水浴の列車ですねで急行 列車があった時期なんかはこんな感じで 急行内防護これは多分僕の生まれる前とか ですねそしてこちらも海水浴列車でえ白い 砂号これとセットで青い海号っていう列車 もね運転されてました1980年代が ピークだったのかなでもあの僕が中学の頃 2010年ぐらいに最後復活運転っていう ことで大宮あたりかな首都圏から暴走方面 に運転されたんですよねそれが確か最後 だったんじゃないかなと思いますちなみに こっちの写真は今あの千葉の内陸の方に ポッポの丘っていうのがあるんですけど そこの施設の中に当時活躍をしていて特急 列車が天井されていてこんな感じで残って ますサザ号ウイング号とこの右のやつは あの正面貫通扉がついているタイプですね こう通路をつげることができるタイプ こんな感じの暴走で活躍をした車両がでも ちゃんと残ってるので泉鉄道の沿線だった と思いますけどね結構おすめですいい施設 でしたブルートレインなんかも残ってまし た ねその東京湾アクアラインが開業したのっ て90年代とかだったと思うんですけど その当初は通行料金4000円とか 3000円とかもう半端ない金額だった らしくてで確か2000年代に入ってから 通行料金のキャンペーンというか一気に 数百円台まで値下げされたらしくてそこで 一気にお客さんはもう毎回それから東京 からの高速バスも一気に安くなったんで そっちの方にお客さんが流れ水が進んで
しまったという風に言われており ますさあ途中の拠点駅建山が見えてきまし たここにも車両ですおさっき見た25 合計この列車も止まってますjr東日本最 これはBBベースですね自転車をそのまま 内にちででえ出してそのままサイクリング に行けるような観光列車になってます ちなみにさっきの255系特急列車なんか もちょっと後でお見せしますけど海水浴客 のためにあの水を弾きやすい素材が車両の 床なんかに使われていたりして結構その 当時のね時代なんかこう想像することが できて楽しいですねさあ館山駅ですけども なんか雰囲気があの三重の島磯駅あの島 スペイン村の にねすごく似てるんですよね やっぱり謎の物干竿みたいなつがたくさん あるんですけどこれはBBベイスという 観光列車ですね自転車を乗っけてそのまま あの輪行っててリンコバックに入れずに そのまんま自転車を乗っけて列車に乗って 到着してサイクリングさ開始みたいなこと をできる観光列車が運転されおおいいね この接近放送本聞けなくなりましたね最近 ねも使われたんですけどで今来てるの館山 駅です新宿からの臨時列車のサザ号なんか 特急列車なんかはこの立山が終点になる こと結構多かったりするんですけど内房線 で一番個人的に面白いと感じるのはこっ から先です立山から阿房鴨川終点の間なん ですけどなぜかと言とこっから先の阿房 鴨川までの区間は特急列車が一切走って ないんですよね臨時列車も走ってないし 列車本数もめっちゃ少なくなって基本2両 の列車しか来ないようなその人が少ない エリアになってるんで結構面白いと思い ますこちらが立山の駅舎外から見た様子な んですけどもやっぱりあの島磯べ駅島 スペイン村なんかの雰囲気色に似てるん ですけどやっぱりその南ヨーロッパ スペインポルトガルそれからイタリアの 雰囲気を模しているとのことですねヤの木 なんかも増えていて南国リゾート感がまた たまらないんですよねその世界旅行 チャンネルの方でイタリアベネチアだっ たりとかミラノとか行ってきたんですけど もやっぱりイタリアとかの雰囲気もこう いう風にオレンジ色の屋根が使われている ことが多くて展望台から眺めるとオレンジ の街並みが広がるみたいな光景を見ること ができるんですけどこれは単純にその ヨーロッパで取れる土の色がちょっと赤 っぽい色でそれを焼くとこういう風なオレ ンジっぽい色になるみたいですねなので ヨーロッパの方もあの色付けしてるとか
そういうわけではなく元からこの色らしい ですね その1987年ぐらいに通称リゾート法と いう法律が成立してこれどういうものかと いうとこんな感じの立山のような自然豊か な地域の一区画ま一定の区画を切り取って そこをリゾート開発して地域進行を行おう みたいな観光客の方に来てもらおうみたい なそういう地域に指定されたので当時こう いう風に南ヨーロッパの街並で建物なんか が整備されたらしいですね様がらっました いやこの房線のマタ区間僕久しぶりに来た んですけど結構あれですねあの立山以前と 同じぐらいのスピードをガンガン出して くれますただこっちの多分特急列車がその 全然走らない関係でこの縦過ぎた瞬間から 揺れるようになりますね横揺れとかも結構 激しくなってますさっきとずっと同じあの 列車この新型車両持ってるんで多分ねあの 形というか線路状態が関係してるでょけど 特に内房線の中でも利用者が少ない区間 館山から阿鴨川特急列車はなく時刻を ちょっと乗っけておきますけどもこんな 感じで日中でも相当本数少なくなってます ね途中駅こちらはこ駅ですここも交換設備 列車交換設備が撤去されちゃってます枕木 だけ過労して残っているような状況でここ のを出ると次はち駅に止まるんですけど次 の倉がえ確か千葉県の南の駅ですね一番 南側の駅になってますこうしてみると反対 側のホムも使われておらず多分古線強か なんかあったんでしょうけどももうその まま多分残しておくと危ない関係で鉄橋を されちゃってますねで反対側のレールが 撤去されたのでこう不自然に株してるのが 分かりますけどこれはあの片方線路廃止さ れた駅あるあるで当時はワの字にこう分岐 をしたり交流をしていたしたので若干ね 曲がってるんですよねトンネルもだいぶ もう年数経ってるんで内側がなんかこう 金属のやつで補強されていたりあとなんか 死水シートみたいなやつがトンネルの側面 内側に貼ってあったりするんですよね地下 水なんかの漏を多分防止するためなのかな こっちの方まで来るともうトンネルは コンクリート作りになってる感じですね カーブを曲がってちょっとこう平たい部分 に出るとこの暴走半島最南端ち駅に入り ますちはちょっとね駅が大きいような構造 になってて線路は3本あるのかなだいぶ カーブになってるのが 特徴この駅その初日の出が結構綺麗に 見えるとかであの初日の出用の臨時列車 なんかが運転されるのでこのねあの立山 から阿鴨川の中だと注目度は結構高い駅に
なってます駅舎なんかもちょっとねご覧 いただきますと結構こう新しいような見た 目なんかデザイナーズマンションみたいな 感じになってて友人液なのかなスイカの タッチ機とコンクリート直打ち大きい駅舎 がねそびえたってますこれ非常に面白いの がその元旦に大宮から多分大宮を深夜の2 時半とかに出発して6時前ぐらいに着く準 夜行列車みたいな初日の出号になるものも え臨時で運転をされていてちょっと今年は 運転するかどうか分からないんですけども それでやっぱ年末年始注目度一気に高まる 駅でもあるんじゃないかなと思います一応 こちらが回収前の駅舎だそうですね 1999年の写真みたいですけどそうには 見えないもうちょっとなんか2000年代 ぐらいに見えますけどもねこれが当時の 駅名表今ちょっと残ってるかどうか分かり ませんけど千葉県の阿房郡千歳町になって あ千倉町か千倉町になっててお隣の駅は 千歳駅ちょっと本当北海道連想してしまう んですけどこの辺り今では南暴走士になっ ていてそれまで町村する前までは町千歳町 色々あったので駅名はそのかつてあった町 の名前を投してる駅が割と多いですかね 乗り換え案内で間違えたら大変なことに なってしまいますけど千歳駅北海道では なく千葉の千歳に到着です片面のまり とした 駅でもおすごいここ木すごいな南国 リゾート降るはちらほらと地元の方が いらっしゃいますなので内房線外房線の駅 は利用者少ないとはえど本当になんか人気 のないガチの飛液なんかは少ないような そんなイメージですねそしてここもあ ちょっと見えなかったけどもえここ電車な のでちょっと床が高くなっていてここら辺 はもうホームの肩揚げが行われてませんだ から昔のなんか客車列車だったりとか床の 低い列車が来ていた頃の床を床という高さ そのま使ってるんですねホームげするのに もお金がかかりますからさすがにそこまで はできないんでしょそして次の駅これも ちょっと読み方むずいですよね南原駅南に 3原と書いて 南原そしてもうそろそろすると内房線外房 線のつぎの部分鴨川が見えてきますもう さっきのちを出発したくらいで北上を開始 しているの にはてるようになってますね千葉の暴走 半島って山で折り返しちゃうんで本当にの 方までは鉄道って通っていなかったりする んですよねおそして反対側見るとレール 支えるやつがこれ木でできてるのが分かり ます木星の枕木ですねま所々コンクリート
のやつが挟んであってまコスト削減してる んでしょうね南原駅はちょっと掛川駅の ようなね見た目をしてます枕本うんあの PC枕にするのにも本当何10万円ってお 金がかかるってその鉄道会社さんとね話す 機会があったんですけどその方言ってまし て相当やっぱお金かかるみたいですそして 車内はこんな感じさすがに企業者も少ない ので車内の広告はもうほとんどないですね でこれすごい運良かったのがe131の1 これ通称トップナンバー訳してトプな なんかともいたりするんですけどもあの作 者とか覗けば多分1番最初にできたやつで 間違いないんじゃないかなと思いますまと はいえ2020年なので本当もう新品同様 の輝きを払ってますけどもさあそして今度 は外房の海おお綺麗な橋ですねさっきは 東京マンま内側だったので結構東京とか 横浜の建物見えてましたけどこっちにはま もちろん何もないと綺麗な海岸線が ひたすら続いていますこの海の景色の ギャップもまたたまらないですね1度で 2度おいしい ちなみにここずっとまっすぐ行くと マーシャル諸島とかあもう何千kmって いう単位ですけども今Twitterでま そこそこ話題になっているあのナウル共和 国なんかがねはか先にあったりしますけど まもちろん見えずさっきの建山の街並から 一辺こっちは住宅街ちょっとこう海岸地域 に広がった平たい部分に一軒屋がポツポツ と立っているような年期の入ってる河屋根 の住宅なんかもたくさんありますこなんか ちょっと神社のようなものもあるぞ 高台多分津波とか来た際にはああいう ところにこう避難をすることになるんじゃ ないでしょうかねちなみにあの最近設定さ れている羽田新ルートって言って大阪とか 博多とか西側から来る飛行機が一部の時間 帯ちょっと上空を飛んだりするんですけど もその時多分ねこの伊山とかこの辺りで 飛ぶんですよね館山駅は綺麗に見えて船橋 とかあの臨海部を通って羽田に南方向を 向いて着陸するとその時の様子もこの辺り に俯瞰で本当模型見てるような感じで 楽しめるんでね千葉地域を結構おすめです ま風巻とかによってはね全然違うルート 飛んじゃったりする時もあるんですけども 到着したのはこちら和田浦駅です和田浦は あのクジラの量で非常に有名なんですよね ここにもちょっと見えなくなっちゃって ますけど角クジラっていうかな藤の骨骨格 が展示されてますこの近くの市場では土 くじっていう超巨大なクジラがこの辺り 取れるみたいでそれの解体作業なんかも
時間があれば見れるとの こと一応この辺りはもうずっとワンマン 運転ではあるんですけども運転さんの一番 前から出るとかではなくて全てのドアが 開くような形ボタン式操作で開くような 感じ でを入れたりスカをざしたり出るような パターンになって ます今まで草が広がるような景色だったん ですけどいきなりここでなんか20回建て ぐらいのマンションがねいきなり姿を表す んですよねこちらも非常に面白い特徴を 持った駅エ駅になってます久しぶりの列車 交換ですね多分立山出て1本目なのか なそして次の駅なんですけどもこちら駅と いう駅これですね実は駅と便曲が一体化さ れてますこれ全国初めてみたいですね前ね 動画撮ったんですけどもその時まだ公開し てないやつなんですけどありましたんで こんな感じの新しい駅舎でで国鉄時代 くらいから使われてる駅名表が上の方に ポンとこう置いてあるような感じでこんな 感じで出場の簡易すいかきあるんですけど これ中入るとね郵便局になってるんですよ 普通優銀行とかのATMとか入ってるん ですよねほらちゃんと海駅の改札口と海駅 郵便局は一応改札外の施設になってるんで ちょうどこの自動ドアが改札の内側と外側 の仕切になっている本当に面白いですよ この駅の入り口のところには悠長のATM とスカタッチキと乗車証明書の発行機が 存在しています今までは友人駅で駅員さん もいたみたいなんですけどもこの郵便局が あのgrrからえ業務を自宅するような 感じでその郵便局の営業時間帯に関しては あの切符のチェックだったりとか降りて くる方の切符のチェック切符の販売なんか を行っているとのことですねまこの方が grr側からしても都合が良かったん でしょうね他の会社さんにこう委託をして しまうのがオープンしたのも確か2020 年に入ってからとかだったと思うんであの お花なんかもねこう飾られてまして中には 本当grrの駅で見かけるような パンフレットがポンポンとこう置いてあり ます 可愛いぬいぐるみこれちょっとね前あの 編集したやつなんでちょっとテロップとか 入っちゃってますけどもこんな感じで銀行 の銀行というかあの郵便局の窓口かと思い やここちゃんと入場券とかねgrrの切符 を購入することができるようになってます ちょっとこちらもあの興味深いんですけど リアル液ノートって書いてあります液ノー トってリアル以外にむしろあったっけって
いう感じですけどもノも何枚かあって 珍しいんでね駅自体がなんかその駅と郵便 局のイベントなんかもあの数年前に開催を されたみたいで結構なお客さん来てた みたいです ねそしてこのチャージの機会も懐かしい ですねこれまだあのモバイルスイカとかが 多分デビューする前のこの1000円しか 多分入れられないようなあのカードに対応 したチャージ機なんかが置かれています 年期が入っていてここもちょっと遊び心が 効いてますよね国鉄時代の切符これ 懐かしい下の青春18切符のこれ赤犬って やつ常備券って言って券売機がないかつ 青春18切符を販売してる友人駅にあの 常備されていた剣赤犬ですね数年前まで僕 が大学ぐらいの頃までは過労して四国の 一部の駅とかで発売されてたみたいなん ですけど今ではもう確か取り扱いはない気 がしますね駅からちょっと歩いたところに はこう配信になって郵便局あるんですけど これが移転前のエミ郵便局だそうですね こちらで前来た時は旧車がそのまま残され てたんですよねこの右のやつが旧車左側の やつがエミ郵便局現在のエシと郵便局に なってますですけどもま今では解体され ちゃってるみたいですね結構これ歩いてみ たんですけど屋根が低くてトイレとか当時 の通路なんかがそのまま残されてるような 感じちょっと低いところに設置されてた みたいですね2020年の8月一体化され ました このポストもちょっと遊び心あっていい ですよね雲ユって言ってその昔は鉄道で 郵便物なんかを運んでいたんですねでその 時のあの郵便車って呼ばれてるやつが雲 ユニと呼ばれてました雲ユニの湯は郵便車 から来てますね懐かしいな今でも新聞輸送 列車なんかは確か一部残ってた記憶あり ますけど郵便車はもうないですね郵便所 改造してあの旅客化した列車なんかは一部 走ってたりしますけども さここでエミ駅を出発いいも見れましたわ 今の様子見てみるとやっぱりここもう新駅 舎の横に旧車残ってないのでもう解体済み だったみたいですねおお海ギリギリまで出 ますねこれで強の高さを少し上げたら ちょっと北陸本線とかに似てる日本海側の 景色に似てるような感じもしなくもない ですけどでこれもやっぱり海を走る外房線 内房線ならではの標識ですね津波があった 時に速やかに多分避難できるように列車が 停止したとしても高台に逃げられるような ま表記なんでしょうけども調べてみると 東日本大震災の時なんかはこの南暴走の
エリアっていうのは津波の被害はあんまり なかったみたいなんですけどもやっぱり 方面的にも九十里浜だったりとかこれから 通る外房の沿岸部っていうのは津波が一部 押し寄せたところもあったみたいです ねそして次の太駅の駅前にもめっちゃ高い マンションが立ってるんですけど調べて みるとえ作られたの建設されたのは85年 とかその頃だったのでリゾートマンション の類いなんじゃないかなと思いますこれと か越後湯沢の画像なんですけどもあの高層 ビルがねこう立ち並んでるかと思います けど当時あのバブルまた田中ということで こういう風なスキーリゾートだったりとか あとは海の近くリゾート地にあの大浴場 付きの超でかいマンションを作ってでそこ に住む方が一時こう急造したんですね暴走 半島はそんなにあのユザーみたいに密集し てるって感じじゃないですけどもでも ピンポイントで明らかに高い建物が立っ てるんで多分そうじゃないかなと思います 時代の 移り変わりそしてこのベンチが結構面白く てこれなんか3dプリンターかなんかで あの作ったベンチみたいです ね太駅はこの近くにフラワーセンターが あるのかな植物園お花が見れるところが あってやっぱり千葉の中でも南側に あるので気候も温かくやっぱその植物系が 育ちやすいのかもしれないですねさあ鴨川 エリアに入ってきました一見後奥の方には またちょっとリゾマンぽいマンションと それから大手のホテルチェーンなんかも ちらほらと見えましたね特急列車が停車中 阿鴨川駅に到着ですここが内房線の正式な 終点の駅になっていてこっから先は いよいよ外房線に入ります ちょっと途中車しようかなとも思ったん ですけどダメですよこれ逃すともう1時間 ぐらい待ちになってひれになっちゃうんで そのまま行くことにしました玉川シー ワールドの最寄り駅ちょっとだけ列車交換 で時間があるんでコーヒー買ってベンチで 飲みましたこの寒い時期のホットコーヒ ってのは本当に体に しみるそしてこの阿鴨川特急列車の発着の 駅になることが多く反対に特急列車停車中 千葉の花とそれから海をモチーフにした 黄色とそれから青色のデザインこれが今の 主力車両ですねE257系あだ名は257 です今日は休日だったので普通のあの外房 線の特急列車若予号って言うんですけど それに加えてこの新宿若石予号ってのが 運転されます東京と新宿似たような跡なん ですけどこれも全然くて東京駅の方は地下
ホームに入るんですごい地上出るのに歩か ないといですよねでも新宿の方は普通に 中央線とかのホムに近いところについて くれるんで帰りがめちゃくちゃ 楽ちなみに暴走特急は割引き率半端ない ことになってますエネットで買ったらもう ねこれ3割引きぐらいになるんですよね 特急券だけで120円とかなんで下手し たら首都圏のあの普通車グリーン料金より も安く乗れちゃうんじゃないかなっていう それぐらいの安さでで車することができ ます川出発ここから外房線の区間です ちょっと日がくれてきたけど間に合うかな 明るいまま一周を終えたいですけども そんなこの暴走地域なんですけど実は数年 前まで超乗りとな列車が運転されていて こちらリゾートアトレインという列車これ 元々国鉄時代に使われていた特急列車を超 改造してあの作られた車両なんですけども 中こんな感じでボックスシートになってい てちょっと今回写真用意できなかったん ですけどこれ座席のの片側がお座敷になっ ていて畳が敷かれているような列車だった んですけど立山から阿房鴨川の間なんとね 全車指定席の普通列車として運転をされて いたんですよなので追加料金座席指定量の 530円とかそれだけで乗れるめっちゃ 乗りとくな列車でこれも運行終了が 2016年とかだったので割と最近まで 走っていたってことになりますねこれ ちょっと僕の友達とあの高校生の時にね 実際乗った時の写真んですけどもめっちゃ 豆そうな顔してる2013年ぐらいまでは あの土日になるともう毎日のようにここを 走ってたんであの暴走半島もね移動し やすかったんですけどももうこの車両も 車両基地の方でスクラップ解体されちゃい ましたね残念 ながら阿鴨川を出発するとこの辺り勝浦 までの地形っていうのは結構弾い絶壁が 多かったり本当ここに小高い山みたいな やつありますけど山を超えて海岸沿キキの ところを走行していきます阿小湊駅での 停車ですけども内房線内で全然見なかった 特急列車が普通に止まってるんですよね どこ行くんかなと思ったら回送列車で向き はこの列車と同じく北側を向いていますな のでまおそらくなんですけどこっから安房 鴨川の方に行くか勝浦の方に行って始発 列車で東京方面行きの列車になるんじゃ ないかなと思いますこの土日の夕方の時間 なのでここから多分東京方面に帰るお客さ 増えるはずですからねドアがそしたら今度 は普通にあのりの特急列車ともすれ違うん ですよねこれも2575両編成の特急列車
若し ですこっちの南暴走の方は駅間が結構開く ので確かこの若潮号かなんかの特急列車で この阿鴨川から勝の今走行している区間 その夜に限ってだけ特列いうかま普通列車 もあった記憶がありますね確か安房鴨川 から勝浦この区間は普通列車として運転を されて勝浦から特急に化けるような運用 だったんじゃないかなと思い ますさあ皆さんお待ちかね楽しみにしてい た方もねいらっしゃるんじゃないでしょう か次到着する駅は元々あったテーマパーク の最寄り駅なんですけどもテーマパークは 廃止されてポツンと佇む不気味な無人駅に なっていますそう滑川アイランド駅という 駅がこの先にあるんですけど本当にねリチ のすごさをこれ物語っていて到着放送が かかっても全然あのトンネル内を走行なん ならまた別のトンネルに入ったりするんで 山と山の間にあることが容易に分かるかと 思いますそして滑川アイランド名物これね 日中来てもねこの武器ミさ夜とか夕方暗く なってから来るとねよりインパクトあり ますねね駅下車するとこんな感じになって いてさすが元テマパークの最寄り駅ホーム はとにかく長いです元々その特急若潮号 なんかも滑川アイランドがあの開演してい た時にはあの停車をするような駅だった みたいなんで結構長めなんですけど今では もう全列車に通過をされてしまいます駅舎 は最近になってちょっとねリニューアルと いうか新しくなったみたいですけども元々 は滑川アイランドま同植物ですかね 1964年なんで東海道新幹線と同年同じ ぐらいにデビューしたテーマパーク21年 に平遠をしてしまいましたなのでもう停車 する列車も少なくて地元の利用者もい るっちゃいるみたいなんですけども集落 までは1kmぐらい離れていてまただ自転 車はちらほらね駅前に止まっていたので 日常的な利用者もいそうほすごい22時代 に重量編成やってくるんですね駅を降りる とまだね滑川アイランドが開演した当時の 名残りっての残っててこれちょっと駐車場 っぽくなってるんですけどここなんか通り があってここをずっと行くと遊園地の方 まで続いていますだから大勢のお客さんが きっとここを歩いて滑川アイランドの方に 行ってたんでしょうねほらこんな感じで なんか緑の天然のカーテンのようなもの 元々はそのフラミンゴとか雀の賞で有名 だったみたいですねこっちにもフラミンゴ のイラストなんかが描かれてます当時は 本当たくさんのお客さんがね訪れていた みたいなんですけどもモータリゼーション
でまこっちの方アクアラインができて道路 もが通されたとその主要道路からも ちょっと外れた位置にあったりあとは東京 でもディズニーランドあとはもう鴨川シー ワールドとかが新しく千葉でも水族館が 開業したことによってそっちの方にお客 さんを取られてしまい結局2001年に 平遠することになりましたこれが当時の 入り口ですねあの10km制限のこの標識 なんか残っていたりするんですけどこれ ちょっとね面白いんですよねこう中に入る 時にトンネルをくぐって中に入るような 感じになっててその動物園が周りをぐるっ と森に囲まれたような構造になってます これ ソンネドンして取り上げられることも多く て多分面白半分で夜中やってきて入る方が 多いからなのかもう厳重でしたねここは 入っちゃいけないと入ったらお前監視され てるぞ的なポスターがね色々なところに 貼ってありますちょっと微妙にねちょろっ と左側に白いの出てますけどこの先に多分 滑川アイランドドって書かれてたん でしょうねもう20年間ぐらい放置された 団体様の入園券売場なるものも用意されて ます窓口もうシャターが閉められちゃって ますね確かここはその太平洋戦争以前は 軍事工場火薬工場火薬湖かなその跡地に 作られたみたいでこんな構造をしている みたいで古先教の整備なんかもね今現在 進行形で進められてるみたいなんですけど その跡地を強力メンテナンスがえ買い上げ ているみたいですねあの道民インなかで 非常に有名ですけどねホテルチェーン なんかを手掛ける協立メンテナンスコロナ の影響でその再開発授業ってのはストップ してるみたいなんか娯楽施設かリゾートか なんかになるみたいな予定だったみたい ですけど1年前行った時点ではストップさ れてるみたいでしたそして反対側の方行く とちょっとまたこれも面白くてラブホテル があるんですよね滑川ホテルなめ川と書い てありましてこの固めくり抜かれたふろ ちゃんの看板昔ながらのラブホテルで さっき看板に書いてあった汚染転がしと いうところなんですけどもまこれも心霊 スポットとして有名な場所になっててま要 は崖なんですねおせという確か女の人がい てその方が悲惨なことにですね誰かにこう 突き落とされてしまってえそこから汚染 転がしという名前がついているみたいなん ですがその崖の方にはもうね正直行こうと したんですけど草が美味しげっていてもう こっから先立ち入れなくなっちゃってまし たねま無理やりこじ開けていと思えば行け
なくはなさそうですけど8いたんでこの時 はちょっと断念しましたここから先の方に 行くと崖が広がっていて海岸まで行くこと ができますこれ現在の航空写真十字の ところがあの汚染転がしの崖のところなん ですけどちょっと昔の地図と比べると やっぱ昔の方が草が刈り取られていた関係 なのかこう道がしっかりと見えるのが 分かりますよね滑川アイランドがまだ オープンしていた時期なのでそれに合わせ てじゃちょっと見とこうかって言って こっちの方に来る方も多かったのかもしれ ませんちなみに気になるラブホテルですが 看板自体はあるんですけども営業はしてい ないようでしたねちょっと普通の住宅街 みたいなやつが出てきてビビりましたけど もホテルらしき建物は見当たらず一軒屋が ポツポツとあるような感じでし た最近この千葉地域ではそのキんっていう 野生動物ちょっと鹿みたいな見た目をした やつなんですけどもそれが農作物を荒ら すってで話題になってますよそのキももし かしたらここの滑川アイランドから脱走し たやつが繁殖したんじゃないかみたいな噂 もあるみたいなんですけど真相は定かでは ないみたいでも過去に脱走した経験という かねそういう事実はあるみたいでさそして 地図を見るとやっぱりねこういう風に ちょっとねこう地図を見てもびな構造をし ていてどっから園内に入るにしても トンネルをくぐらないといけないような 感じになってますも次停した駅はこちらか 沖津駅世界が認めた海ということでこれ ブルーフラッグ認証ビーチになってますま ある程度のその基準水質だったりとかあと は設備なんかが整っていないとこれ認証を 受けることが不可能みたいで日本に10 か所ぐらいしかないのかなそれぐらいだっ たと思います沖津駅って東海道本線である んであのそこと区別するためにかさという 名前ま旧国名これを入れたんでしょう ちなみに先ほどの沢沖駅から途中の主駅 勝浦までのこの今走行している区間が外房 線の中で最もあの満光寺だった区間みたい です ね特にあの山があのちょこちょことある ような区間でそこトンネルで通して一部山 をこう切り裂くようにしてこう平坦な土地 を設けたとのことなので相当時間かかった みたいですねトンネルが続きカーブそして こちらの駅なんかは多分これこれ山がもう ねすぐ近くまで迫ってるんですけどここ 多分元あった山を切り裂いてで根元の ところにコンクリートを当てて固定して そこに駅を作ったんだと思います途中駅の
羽原駅ですねログハウスのようなおしゃれ な待合室にもうなんか木のこの角度が ものすごいんですよもうなんか正直雨とか 降って土砂が緩くなったらなんか木落ちて きちゃいそうだなとかちょっと怖くなり ましたけどね次しばらくこのコンクリート で固められた区間がずっと続くような感じ になって ますこの外房地域で現役でまだ特急列車が 活躍をしている理由としてはやっぱり内房 の方はもう立山の方まで高速が伸びちゃっ てるんですけどもこっちの方はあのまだ 高速道路網の整備が追いついておらず特急 の方があの優位性があるみたいですね車で こっちの方来ようってなるとま赤ライン 通ってから途中まで高速乗ってあとは下道 でこっちの方まで来る必要がありますから ねただその立山の方からさっき僕が通って きたルートと同じような感じで暴走半島 ぐるっと回る高速道路の建設計画自体は 一応あるみたいなのでそれができたら ちょっとまた変わってきちゃうんじゃない かなと思い ます駅前には大きいお土産屋さんなんかも ありますねカ浦僕あれですかね多分降りた こと1回もないかなそういえば日本3大 朝一なんかも確かカツラだった記憶があり ますください特急列車は大体1時間半に1 本で結構運転されてますねもう量子を見れ ばどんな車両が来るのか一目両前5両か 10両であれば新しいタイプのものこの グリーン車がついてる9両のやつは jr東日本最古さの特急列車がやってくる ことになり ますさあ勝浦そのまま出発で外房戦は結構 この子気分やな線であの単線と伏線を結構 繰り返すんですよね今まで単線だったので 線路1本になるかと思いやここから伏線な んですよここから先しばらく行ったところ にある御宿駅というところまでは伏線の 区間ですねおおレガ済みのトンネルがここ から先まだね見えるようになってきました であっちの暗線のトンネルの方は非常に 新しくなってるんですけどこれ伏線化行わ れたの90年のことみたいですねだ結構 本当に最近伏線化されたとなのでこれ今 走ってるの線に関してはこの対象とかそれ ぐらいからある非常に歴史のある路線で 左側の方は多分あの新しく伏線化の時に 取り付けられた1990年ぐらいからある ものなんじゃないかなと思いますこういう 風に登り線とク線一緒に走るんじゃなくて 多分この辺りは地形の関係もあるん でしょうね途中で別々のとこ走ってまた 合流して駅に到着ま中央本線とか走ってる
とこういう感じ多いですけどもねいや そして反対側の列車かなりのロングラン ですねさらず行き僕が乗ってきた方向 まるまる戻る列車も運転 中次にやってきたこちらの駅は大原駅です ここから先は千葉のローカル線泉鉄道線が 内陸の方に分岐をしていますありがとう ございましたのレトロな看板これ列車がね 止まっているとこんな感じもう本当ね国鉄 時代にタイムスリップしたかのような そんな感じですけども休日の列車発着の 時間帯になると観光客の方で賑いますこの 列車なんかもそのJRからそのままあの 譲渡を受けて譲り受けた車両ですねそれが そのまま使われて泉鉄道線内の急行列車と して活躍をしていますちょっと派生してご 紹介ですけどもこちら泉とこれヘッド マークも掲げられてますけどもこれがキハ 58あ違違28だこれは28で富山の方で 活躍をしていたものでこっちの方はキハ これ52ですかねこれも多分ねJR2日本 のあの大糸線の肥連下地域白馬から北の方 ですかね南大とか富山とかで活躍をしてい たものをこっち持ってきて今走らせてるん ですよね1番最初にお見せしたキハ28 なんかは最近引退をしてしまったみたい ですけども車内はこんな感じになっていて 本当にあの元々のJR日本の雰囲気を残し つつでもあの車内販売のお弁当とか飲み物 飲めるようにテーブルなんかが取り付け られたような感じになって ます途中駅からはこういう風な泉鉄道の このなんてうんですかね電車の箱をかぶっ た方がこう車内販売に来てくださったり だったりとかあとは便所とかその当時の 雰囲気もう多分ほとんど変えてない でしょうねこれとかもう糸井川っていう 駅名が表示されてるんですよね大糸線で 使われていたもそのままの運賃表なんかが 車内にあったりします嬉しいですよねあの 泉鉄道で今新潟の方の第3セクターの路線 の社長やってらっしゃる方がかなりあの 有名な方でその方の人力なんかもありこ jr西日本から車両が結構あのこっちの泉 鉄道の方にやってきたみたいですこのサボ とかも懐かしいな昔の客とかにもねあり ましたねいらっましたは鉄のえ木原線木 っていうのは木の木と大原の腹で本当は 木更津の方まで伸びる予定だったんです けども結局計画は飛んだし今では小鉄道と 力を合わせて5駅ま木の方までお専門を 伸ばしてい ますそしてこちらにも気になる看板があり ましたこれよく見てみるとですね高性能 列車って書いてあります高能列車ってなん
だと思いつつ今走ってる特急列車の運行 開始とかに合わせて取り付けられたやつな のかもしれないんですけどもちょっとご 存知の方いたらねコメント等で教えて いただけると嬉しい ですでこちらの駅は長者町駅なんですけど もさっきまでは単線この駅出発するとまた 伏線になるんですよねこの伏線単線を 繰り返すのこれ合計で3回ぐらいやります 途中でやっぱりその特急列車との行き違い 特にその当時90年代海水ブームだったの で特急列車も相当多かったのでその時期に 合わせて一部の区間で伏線化が行われたと これ全部伏線にしてしまうとそれはそれで 結構お金かかるんでま列車交換をするため だけにちょこちょこと一部の区間伏線化 するにとめたんでしょうねでも結果それが ま良かったというかね今こういう風に ちょっと利用客は伸び悩んでいるような 状況ですからね良かったのかもしれません けど もこっちは比較的引きの強い駅ですけども トラミ駅あの毒ヘビのマムシが出る可能性 があるみたいで駅の端っこにはマムシ注意 の看板なんかもあるんだそうですちょっと でも確かに森に囲まれててこの駅の周辺に は民家はないような感じですかね終点和市 でこっからももう1回感染次和さ一宮なの で関西一宮から先は全部伏線になるんです けどもこれが一戦する構造ですね左側を 走る特急列車は速度を落とすことなく まっすぐ走行できます外房線は一戦する化 されている駅結構多いですねま現役特急 列車結構走るので速度を落とさないような 工夫がなされて ますこのワン列車君もクタクタでしょうね らからようやく終点の風港ですよ港じゃ ない一宮でこの駅歴史を見ても非常に興味 深くてですね今矢印がしたこ海側に向かっ て戦前までこれ貨物専用線が伸びていてで この先東側の沿岸の地域に風船爆弾を作る その日本軍の工場があったとされているん ですねま風船爆弾っていうのはその アメリカ当時敵国であったアメリカの本土 を攻撃するために風船に爆弾をあの 括り付けるような感じにしてアメリカ本土 まで飛ばすというものそれのあの作成基地 があったようで今見て多分このかさ港の 車両基地この辺りを線路映像の左側の方に 抜けていたと思うんですけどももうさすが に跡地っぽいのは残ってなくてもしかし たら左の建物辺りから線路が伸びていたの かもしれないですけど実際確か8000か 9000個ぐらいの風船爆弾がこの地出発 をしていってアメリカの本土そのオレゴン
州の方に落ちてなくなってしまう方も実際 にいたんだとか 1/ですよ2両編成からこっからもうね 東京方面行きの京葉線が出てるんですね これが10両いちゃ違うこれは違うか8両 あちゃちゃちゃうこれも消されちゃった これ10両で次8両で最後ね総武線に来る やつは15両のやつがやってくる感じに なってます内房線の気密的な立位ですね この駅は外線のあの長い列車とそれから 短い列車の切目の駅になってるんで ちょっとねあれ乗ればよかったんですけど もうぶつけで乗ってきたんでちょっとね この駅で下車して次のやつ乗りましょうか ねで多分ねこれがねまだ今日ね乗ってない 車両が来るはずなんですよね元京浜東北線 の車両なんですけど各駅停車16発の千葉 行きそして出たこのかさ一宮のこう ユニークなベンチねこれ東京オリンピック のあのサーフィンかなんかの会場ですかね なんかマリンスポーツのの会場がもう関西 一宮のすぐ近くの海岸だったみたいなん ですよねそこの九十久里浜の近くで行われ たみたいでそれで東京オリンピック 2020とこんな看板が描かれております とさあ列車やってきますねこのあれですね BBベースが止まる駅は結構あの駅舎の 感じとかがおしゃれになってるっていうか あの回収行使が行われてるようなパターン が多いみたいですね関西一宮もあのBB ベース止まります特急も止まりますし ここですねBBベースが多分ここら辺に ついてでこっからもう直で自転車を出せる ようにこうゲートがあるんですけど改札を 通らずにチリンチリンとこっからね前に 出ることができるとはい列車入線です こっちはまだ特急列車が生きてますあ回送 だ回送列車ですあの暴走方面から東京に 戻る方がね結構多いんじゃないかなと思い ますそれで多分勝浦の方に回送されるん じゃないですかね このヘッドレストというかヘッドカバーも ピンとちょっと直立してるような感じで 多分車内清掃もう張りたてでしょうね特急 列車ってもうそのまま車内整備パーって やって折り返すてパターンも多いですけど これは多分車両基地から出てきてでその まんまのやつなんで結構綺麗な状態のやつ ですねこれから多分東京に行って何服か1 服ぐらいはするんじゃないですかねで やっぱかさ一宮行きの列車が多い理由なん ですけども向こうの方にね車両基地って いうかま電流線って言ったりするんです けどちょっと列車を止めておくための スペースがあったりするんですよねだここ
にね列車を回送させれるというか一晩ね 寝かせて置いてくことができるんで勝田 一宮行きって行き先はね結構多かったり するんですよねでこっから先はもう多分ね 重量編成とかはホーム見た感じ対応して ないと思うんでま物理的にも乗り入れ られるのねここまで首都圏の列車が来れる のはここまでなんじゃないかなと思います でももうこの子もデブしてから20年です からねそんなに思えないけどまだまだちょ 自分の中で新しい特急列車ってイメージ ですけどねえでも待ってどこ行くんだろう あれちょ勝浦方面行くかと思ったら全然逆 だ東京方面に行っちゃったんでねどこまで 持ってくんだろうそがとか千葉に持ってく のかなえちょっとあ1回やれかな向こう 行って 東京方面の方行かせてでこっちの方に入る んですかねさっきの南側のあの車両機から ここに一旦出てきてで勝一宮はちょっと 東京よに行ってこれで折り返して今度下側 のホームに入るんですよ多分こっち側のね 左の方入って勝の方回送されてでそっから 東京に向かうみたいな多分そんな感じなん じゃないかなとはいはいはいやってまり ました今日ちょっともう千葉地区で活躍を してる普通列車全制覇できるんじゃないか な 1編成これこの子もね結構古いんですよ 1990年ぐらいにデビュをしたやつまも なく確かそうだったと思いますしかも結構 これ量子長いっすねもう夕方の時間帯思っ た以上に長くてビビるわ 12345678この8両です ね4+4で8両走るプレハブ小屋とか言っ たらまたちょっとね怒られるかもしれない 千葉の方にそうでも愛を込めて言ってます からね愛を込めて愛を込めてやっぱ列車の 中にもなんかねパパイとかうんこ八巻とか 色々なあだ名があるんですけどあだ名で 呼ぶことによってね友達と同じであなんか 感情入しやすくなるんでね嘘やめっちゃ ちょうどいいタイミングでこれですよ 2024年春で引退することになる任し よこです ね勝浦行きだちょっとやっぱさっきの特急 列車とべとこっちの方がちょっと用感が 目立ってるんですよねいやこれがもうJR サイコさんていう事実ねもっと数年前まで 古い車両とか残ってたんですけど時代の 変化早すぎこれあれですわ形的にあれなん だなここの線路を入らないとか一宮に入れ ないんでこの列車がか一宮は出発してから じゃないと多分あの特急列車入れなかった んでしょうねだこの子は私たちの出待ち
ですわいい なあ橋の上に立ってらっしゃい ますちょうどこの橋の上で駅に入するを 待つような感じなんです ねああこれ流線になってんだねなるほど なるほどこれ余分に線路1本あって置いて おくための線路が設置されてる といやそうこの車両にね乗りたかったん です1本見送ったのもていうのもま元々 これあの関東のあの船とか大宮とかを走っ てる水色の京浜東北線の電車で活躍をして いたやつなんですよねもうねやばいほど 改造されてます真改造って言うんですけど こういうのこれまず分かりますかね座席と かも一応そのさっきお見せした通り向こう はねこんな感じでロングシートなんですよ ほらこういう風にケ得線時代からある ロングシートが採用されてるんですけど こっちのシタ部の方はやっぱり千葉地区で 長い距離をこの列車走ることになると京浜 北線よりも長い長距離走行になるんで利用 者に配慮をするような形で多分ボックス シートで取り付けたとだからここ元々 ロングシートだったんですよねだここに 新しくロングシート取ってボックスシート つけてでなんか飲み物とか飲めるように ここに一応ドリンクホルダーをつけた みたいなこれがね改造ポイント1これ もっともっとありますでこっちとかね もっと面白いんですけど多分これは京浜 東北線時代からあるこの窓枠の形だと思う んですよだからここねなぜかあのここに 座ると車窓を見ようとすると1番にこの柱 が来るっていう謎現象が起きてるんです けどもこれもロングシートだったところに 無理やりボックスシート取り付けたんでこ 向かい合わせのシート取り付けたんでこう いう風ななんかすげえびなあの構造がね 生まれちゃってるということなんですよね いいですねさっきのかさ一宮までは線とか 伏線を後に繰り返すような区間だったんで 中でなんかしたり待ち合わせしたりして ましたけどこっちはもうねずっと伏線なの でしかももやばいこのこの見て見て釣りか さんが楽しそうつり革ダンスこのドア なんかもこの辺りね横揺れ横揺れがすご すぎてなんか閉まってるんだけどもう すでに飽きそうなんですねなんか飽きた そうにしているこの辺りね特急列車に乗っ てもやっぱこの暴走半島のえ特急列車とか 列車ってなんかね縦揺れというよりかこの 横揺れなんですよね なんでなんだろう線路の設置方法とかそう いうのが関係してるんでしょうかね線状況 とかやっぱ小小刻みに震えるような感じで
こう横揺れするんですよ皆さんもね ちょっと乗っていただいたら分かると思う んですけど暴走の列車は横揺れ そしてこれ見るともうだいぶ黒んでるのが 分かるかと思いますこれも京浜北線時代の ものその上にシールをってるような感 なんじゃないかなと思いますできたのは 1994年もう30年だ30年近 かかさ一宮を出るとだいぶ久しぶりの広角 間に入りますあのサッカーの空耳モバまで 自動車でおなじみのモバ市に 突入実は内房戦と外房線だとこっちの外房 線の方があの線路が不折された年月っての は結構古くなっていて1890年とかそれ ぐらいなんですよねていうのもここから先 の大網から分岐して東金線の方に行くと 総武本線に接続することができるなので 総武本線ってその軍事拠点をこう結んだ 路線として非常に有名ですけど総武温泉 結構関東の中で歴史のある路線なのでそこ につなげようとしたので外房の方がこう 早く線路が伸ばされたとかそんな感じなん じゃないですかね東金線とかもあんまり 注目されませんけど1900年とかに開通 をしてる結構歴史のある路線だったりし ます今ねちょっとガソリンスタンドの廃墟 みたいなやつがありましたけどここは実は 貨物ターミナルの跡地なんですよねその 証拠に建物と線路の間にはかなりの スペースと火線値もすごく広かったんです けどもうこっちの方千葉の方貨物輸送は 終了してしまっていてさっきのところも 役目を終えて廃墟っぽくなってしまったん だとかもうこっちの方は貨物予は車 トラックなんかが担うようになってる みたいですでちょっとこのね元京浜線 209系のこの辺り見ていきたいと思い ますこのプレートなんかもねお願いの プレートなんかも結構もう最近のやつだと シールなんかで貼られちゃってますけど 90年代の車両なのでまだちょっと国鉄 車両っぽくプレートがねこう貼られてる ような形になって ますでこっちの車からえ2つ目の号車には トイレがついていますこれも京浜東北線 時代はもちろん短距離を走行するので トイレはついていなかったはずなんですよ ねだからもわった多分優先座席あたりを 改造してつけたんじゃないかなと思うん ですけどでもトイレはこれは故障中になっ てて使えないみたいでしたねで今度は東金 線と交わる大網駅に到着します大網はなん か効果ってよりか森とあこっからは効果に なるみたいちょっと駅の構造が面白くて 東金線のホームは少し北側にあります字の
ような形でそれぞれのホームを連絡通路が ついでいるような感じ奥の方に東金線の 線路がありますけど1日に1本ねこの線路 を通ってあの外房線から東金線の方に直通 する列車もあったと思いますけどこの大網 駅超複雑な構造で昔はこういう風な配置 でした今バテで消されているのが今の大網 駅なんですけどかてはここよりも北側に駅 があって千葉から南暴走に行く際にはここ 9大網駅で進行方向を変える必要があった んですねまこれによってあの当時は蒸気 機関車とかの時代だったんで回しって言っ て機関車の付け替えなんかも行う必要が あったともう超めんどかったんで駅を今の 位置南側に移したとされてますでちょっと 当時のね旧大網駅これが1970年ぐらい まで使われてたんですけどもそれを見に ちょっと東金線の北の方まで歩いて行って みましたこんな感じでこっちの線路の方は やっぱり1900年とかそれぐらいに開業 してるんでこうレガ済みの兄弟なんかが 普通に残ってたりするんですよねこれは ちょっと沿線歩いてて萌えポイントの1つ でしたけどもこちらですこれが当時の大網 駅1970年代ぐらいまで使われていまし た現在では公園のような感じで整備されて いてちょっとこの腕儀式の信号機一昔前の システムを採用した信号機なんかが立っ てるような感じですねちゃんと旧大網駅の この文字が書かれてますその歴史を忘れ ないようにしっかりとその看板が歴史を ついでいますま航空写真とか地図を見るに おそらくその当時の大網の集落というか 住宅が密集してるのがこの辺りだったん じゃないかなと思います今の大網駅って 周辺にあんまりあのお家がないんですよね 一方この旧大網駅近くもうすぐ横が民間に なってるような感じになってますこんな 感じの石碑もありましたね同時その戦地に 赴く兵士の方々を見送る方そして兵士の方 を乗せる列車もこの旧大網駅を発着してい たようですねまでも駅舎とかは残ってる わけもなく公園の周りはちょっとなんか もう営業しなさそうな居酒屋さんなんかが 数剣あった程度ちょっと映像には取り忘れ ちゃったんですけどもまかつての駅前の 感じを少若干残ってるような感じにしまし たねおかげが そしてまた気になるのがスイッチバック 終わってから南暴走の方に向かっていた こちらの急戦ですねここの跡地今どうなっ ているのかと言うと実はこれねあの車窓 からちょっと見えるんですよこれがあの南 暴走からこっちの大網方面に向かう車窓 右手の方を見ると山田電気の前あたり
ちょっとねこう空地が不自然に広がってる のが分かるかと思いますけどこれがどう やらそのデルタ線三角形になってる線路 スイッチバックの線路のあの跡地みたい ですね今では線の撤去されて空き地になっ てますけどで多分山田電気とかがその跡地 に立ってるんだと思いますあのさっき ちらっとなんかガソリンスタンドみたいだ なって言っていたあの新モバのかつての 貨物基地がありますけどあそこが機能して いた時にはあのさっきのあの跡地に敷かれ ていた線路がそのまま使われていたみたい なんですねしばらくただ貨物ももう輸送 なくなっちゃって線路撤去されたとのこと です冒頭出発した千葉駅で解説するの忘れ ちゃったんですけども千葉駅も今では東京 方面からスムーズに進めるようになって ますがかつてはスイッチバックだったん ですよねだから外房線の列車千葉と大網で 2回スイッチバックする必要があったので 相当こっちの方来るの時間かかってた みたいです ねそしてこの辺りちょっとね橋の上を通っ てるの分かりいただけますでしょうか実は この大網を出発した後の次時計駅っていう 駅があるんですけどここの間は新しく戦後 に付け替えられた線路場を走行してます これ結構外房線ってもうその海洋当時の 明治時代くらいからの線路ずっと使ってる ものが多いんですけどここだけは今通っ てるの新線戦後にできたやつでこの区間 結構珍しかったりするんですよね新時トン ネルってトンネルができたことによって 急戦部分は廃止されて今はね多分土で埋め られちゃってますその証拠にやっぱりね トンネルがこれ線路2本に対して1つの 大きなトンネルになってますさっきまでは 線路1本に対して1個の細いトンネルが2 つとかだったんですけども明らかに新しい んですよね多分その急なカーブなんかを 地形的に険しかったんで旧カを緩和する ような目的で新しいトンネルでぶち抜く ことになったん でしょうちょっともう目視ではその 9000跡っていうの確認できなかったん でちょ調べてみたんですけど面白いものも 発見しましたこちらこれが今のえ外房線の 線路のすぐ南側にあるお寺の前にかかって いる道路なんですけどこれちょっと橋に 見えますよねただこれ周辺見ると横に家が 立っていて橋ではないんですよこれ実は今 見えてる画像の東西に切り通しのかつての 旧外房線の線路が通っていてでその上に かかっていた橋がこの右の道路のような ものなので普通の道路なのにも関わらずが
かかっているのはこの周辺を土で埋めた そのため高さが同じになってこの柵だけが 不自然に残ったという風な形になった みたいです確かにちょっとこう俯瞰で見て みると急戦後におそらく老人ホームか何か ですかねで北の方にソーラーパネルがあり ますけどそこ埋めて色々な施設を立てたん だなっていう方がよく分かりますトンネル なんか残念ながら埋められてるみたいなん ですけどもちょっと気になる方はぜひあの 配線散歩をしてくださればと思います暴走 半島1周まではもう少しなんですけども ちょっと暗くなってきてしまったでもこの ライトが光り輝く夜の駅もいいですよね こちら本田駅に到着ちょっと僕この駅ね 最初読めなかったんです褒めたえるにたで 本田この駅では一部のその京王線から来た 列車の切り離し作業が行われるみたいなん ですよねこれ見ると16時55分発これは の方から来た列車で15両がかさ一宮まで 入りますあの東金線の方に行く列車とかさ 一宮の方に行く京王線の列車ってくっつい てさっきの本田のところまで走っていって で大網の先所を駅に入ることは東金線の 列車できないのでさっきの本田で切り離す そんな感じみたいですさあ午前中出発して きた蘇駅戻ってきましてとりあえず暴走 半島一周は達成さ若潮号特急の昔の表記も そのまま残ってますで東京までの帰り道な んですけどもあの東日本最高の特急列車 255系が多分この便で来るみたいなので ちょっと東京まで発生してその列車に乗り たいと思いますちょ乗りたくなっちゃった そがのねあのカラオケで編集とか色々して たんですけど乗りたいと思いますまだ ちょっと一応引退は3月なんでね乗る機会 はまだありそうですけどでも多分もうね2 月とか3月くらいになったら多分もう葬式 鉄の方々でその別れを惜しんでその列車に 乗りたいっていう方々ばっかりで指定席と かもね取れなくなっちゃうんじゃないかな と思うんで今のうちにガラガラなうちに ちょっと乗っとこうと思っていやいやいや 誰1人として乗る人がい ねえそりゃそうですわなだって東京行きで 多分途中海銀幕張とかに止まるんでしょう けどもでも別に普通の戦でも行けるしなん ならってもまで出れるんでねそんなに めっちゃ時間変わるかてそんな変わらない と思うん でまこれ外線線から東京に行く方の理由が ね多いんですよね来た来た来たこれおこの 1つ目のライトが特徴的ですよ ねやかっこいい久々に乗ります わちょっとこう側面がやっぱ最近の特急と
かに比べるとちょっと丸っこくなってるん ですよねなんかトンネルみたい な てさあさあさあ乗っていきます暴走ビュ エクスプレス到着して即この列車は 発わ久しぶに乗るな これ海浜幕止まって次終点東京っていう 感じです ねこの辺りで高架線取ってあの行ね ちょうど千葉出発してみましたけど高い 高架線の方登って京葉線の効果の方に入っ ていくという感じですね1号車で指定付き 取ったっていうのもあるんですけどもう前 に2名お客さんがいるだけで他後ろはお客 さん0に僕の周辺には誰もいないような 感じでもうねあのね乗った瞬間にもう ちょっともう痺れるわなんか鳥肌が立った 軽くもう匂いがま国鉄車両じゃないんです けどでも1990年前半ぐらいに作られ てるんで匂いが本当国鉄車両なんですよ 結構あの中高と国鉄車国鉄特急とかまだ 残ってたこ乗りましたけどその匂いだから もう昔の記憶が全部フラッシュバックして くる乗る人はいるのかな赤幕張待ってる人 はいるけどでも多分後続の列車を待ってる 人なんじゃないかなとガには京葉線の車両 基地でもうそろそろするとあの京葉線に できた新しい駅幕張豊駅が見えてきます いいですね夜の東京のをれ幕張と砂は ちょっと近くにもも貨物駅があった関係で ちょっとね配線が複雑というか登り列車は 効果を走ってくり列車地上走るんですよね これ です開業したてほやほやまだ1年経って ませんからね結構ピカピカで人も多いです すぐ近くにイオンモールがある関係で そっちにねあのお出かけをする方の利に なってるんだと思いますそして65合計 これがあるんですよ です国鉄特急とかにもねこういうのあった んですけど読書灯のある特急列車ってもう なかなかないんじゃないですかねまあ るっちゃあるけどこのタイプのちょっと こう出っ張ってるようなこんな感じの貝柱 のようなあの読書灯はこの90年代よりも 前の特急列車なんかについている傾向が 多いじゃないかなと思います貴重ですよね 本当この80年代から90年代ぐらいに似 てきた車両って座席がふかふかなんですよ ね2000年とかにできた車両とかだと 結構設備が乾燥化されていて座席が硬かっ たりするんですけどこの255系も フカフカタイプですリクライニング角度は めっちゃリクライニングするって感じじゃ ないんですけどもでもね普通車でも本当
なんかグリーン車に乗ってるかのような超 快適なんですよこの特急列車ね角度は本当 簡易リクライニング程度ですけどまでも 乗車時間がそんなベラボーに長いわけじゃ ないんで全然これで十分かなという感じ ですでちょっとね注目してもらいたいのが この床の部分これはなんかちょっと リニューアルされてるのか分かりませんが ちゃんとした床になってるんですけど一方 でこういうタイプの床もありますちょっと 下の方ご覧いただきますとあの プラスチックみたいな素材で床ができてる んですよこれもそのビューエクスプレス ビュー特急としてデビューした時に海水浴 のお客さんなんかをよく運ぶもんであの 海水とかそれからあの海の砂を弾きやすい ようにこの床にしたと言われているんです 初めて乗った時びっくりしましたも本当に これ本当に車両列車の中なのかと来年から 全車指定席化それから列車の量水は5両に なってで料金も改定されますま最低料金 自由席の料金は値上げという形になるん ですけどもでも例えば東京からそが今回僕 が乗ってる区間の場合とかだと今の自由席 特急料金にプラス150円ぐらいで チケットレスの指定を受けることができの でまあでも値上げといどプラ150円で チケットレスの指定を受けれるんであれば 割と使い勝手とかもいいんじゃないかなと いう印象あと棚のところがこう透明になっ てるのがねなんか荷物を忘れないための 配慮なのかもしれませ んおお来た来た来た舞浜駅を今通過して ますうわこれディズニー帰りのお客さん めっちゃしかもミュージックホー鳴らして ますわ笛ねいやこの時間帯帰る人で結構し てるでしょうねディズニーランドですこれ がねこんなに近角をあの鉄道が通ってたり 高速道路が通ってたりするんですけど本当 にディズニーの敷地からだとあの見えない んですよね外の景色がだから本当なんか 考えて作られてるなっていう感じが伝わっ てきますけどこの横を通るのこれ高速多分 首ワン岸線とかかなちょうどこの特急列車 ができた93年頃っていうのはこういう風 にあの速道路のセが進んでいた状況かだっ たのでやっぱりそれに対抗するべくデビル したのがこの255系の特急列車だから 1番最初はビューがあの列車面についてて ビューサザ号とかビュー若潮号みたいな 感じの特急列車だったんです今ねビュー 取り外されちゃってますこの窓枠の部分が ちょっとねあの従来の特急列車よりもあの こう高くなっていたはずなんですねなので あの放送半島の景色を楽しめるっていんで
あのビュエクスプレスビュー長めのね ビューイングのビューを使ってビュー特急 とちなみにこの255系の運用はこっちで も見ることができますこれサザナとあと 若潮はこういう風にあのJ東のホーム ページに書いてあってで車掌がねちゃんと 書いて257系とか総武本線の方に行く 特急列車塩最後はこっちはねほとんどまだ 255系で運転されてますこれねデッキと か立ってみてもそのちょっと古さをね伺う ことができますここカーテンで仕切られて いるタイプでこの洗面台周りもちょっと こう年期入ってますこれもひねって温度 調節をするやつとあとカソリ用の電源 コンセント昔の夜行列車なんかにもついて いてこれ普通に石鹸なんかがねそのまま 置かれてるんですよねで一応そのジャグの 部分はこの90年代ぐらいのやつはもう こんな感じの自動になってるみたいなん ですけどけどこれよりも前の国鉄車とかは 1回ガチャって押してでなんか2秒ぐらい だけあの水かお湯が出てでまた止まる みたいなそんな感じのあの洗面台だったの 覚えてますでこれとかもなんかあの排水 設備みたいなのがこうあるんですよねこれ もなんかちょっと分からないけど海関連の ものなんですかね海水とかがこう溜まった 時にここ下に流せるようにとかそういう風 な入るものかなでもそんなに海水溜まる ことなさそうなんで 何に使うんだろうこれこの指定席自由席を 表すこの号車のプレートなんかもしっかり と物で入っているタイプですねさあ終点の 東京駅 到着この列車はその後折り返してまた泡 鴨川行きになるみたいです下りの特急の もう終電近いんじゃないですかね外房戦の この25合計が引退した後総武線方面のえ 特急塩最後は成田エクスプレスの車両で 運転されるとのことですこの暴走のBの字 はこう千葉の暴走半島の形を申して作った のかな結構もう引退発表された直後ぐらい にこれ撮影したんですけどもうそれを聞い て東京駅のホームに来て写真をね熱心に 撮られてる方とかもちらほらいらっしゃい ましたねということで今回は暴走半島1周 の動画ちょっと長かったですけども皆さん も255系が残っているうちに是非という ことで今日もありがとうございましたバイ バイ
いつも動画のご視聴ありがとうございます!
企画・テーマのリクエスト等あれば、コメント欄にてどしどしお待ちしてます。
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企画:ひろき
サムネイル:ひろき
編集:ひろき
【厳選!ひろき / 鉄道Channelのおすすめ動画】
①【21時間耐久】山手線は1日に何周するの?終電まで乗り続けてみた!
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②【1日目】各駅停車だけで日本縦断の旅 〜重大トラブル発生!〜
→https://www.youtube.com/watch?v=TYs4L1VoMAU&t=1667s
③【替え歌】鉄道オタクにしか分からない『うっせえわ』を歌ってみたww
→https://www.youtube.com/watch?v=hIwzU0YXEiw
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千葉,内房線,外房線,房総半島,総武本線
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・鉄道音楽アレンジ:提供:飛練音響工業さん
(https://www.youtube.com/playlist?list=PLqYu33PHlGOPJM_x-kjDwCtCiYVfAJM8W
)
・ハイケンスのセレナーデ【Rock Ver.】:提供:SHINICHIRAW KSG様
(https://www.youtube.com/watch?v=nhsZ8fUbegc&t=1s)
28 Comments
猫は元気ですか
いらっしゃ~い。
私が棲息する南房総の旅満喫お疲れです。
国鉄時代から相当寂れてしまいましたね。
113形時代は内房線は君津~千倉は最大10両、千倉~安房鴨川は8両、外房線は大原~安房鴨川最大8両でしたね。
E131になってサービス最低になったので、君津まではマイカーになりました。
トンネルの話で、電化を見越して。ではなく、明治後期から大正期に蒸気機関車のサイズが大きくなって、排煙の影響を受け易くなったため断面積を広げたサイズになったからです。
江見のポスト「クモユニ74012」は実際幕張電車区にいた荷電で、6両いたクモユニ74形の中で吊り掛け駆動音が1番きれいな車でした。
15:45数十年前まではかつて木更津そごうだったと記憶しています
千葉小湊 鴨川方面なら外房線
わかしお号に何度か乗車したことが有るので知っていますが
君津方面はないですね。
113系は国鉄で自分が小学生の時に利用している。
窓を開けるので海をいつも見ていた記憶がある。
房総の海沿いは景色の変化だけでも十分楽しめるので、大回りにもおすすめです。もちろん降りて現地にお金落としていただけると本当にうれしい。笑
能登の地震で交通の便の悪さが話題になっていますが、関東で能登半島に地形が似ているのは伊豆や外房だと思います。平地が全然なくて、海沿いギリギリをなんとか道路にするか、頑張ってトンネル掘るかになっちゃうんですよね…
房総は石が柔らかく素人の手掘りでも隧道が作れましたが、能登はそうじゃなかったのかもしれません。
半島というの地学的には大概は本土から無理して飛び出している所だから半島の先に行けば行くほどに道路も鉄道も海に張り出して来る山地に阻まれて移動しづらくなる、伊豆半島も三浦半島も能登もみんな一緒、大きな理由は大河川が無いので海岸沿いに堆積平野ができないのと海蝕で海岸が削られる相乗効果による、
房総線の凄いところはディーゼルで十分なのに電車になってるところw
2004年頃、五井駅周辺に住んでいた。当時はまだ113系が現役だったな。
あと、鉄道とは関係ないんだけど、五井駅に中年のホームレスがいてそっちのほうが強烈に印象に残ってる。
あれから20年弱。20年も五井でホームレス出来るとは思えない。亡くなってるか、慈善団体の世話になってるか。
弟橘姫の着てた物が流れ着いた所が袖ケ浦
サムネが古い
木更津駅前の商業施設は24年前は確か木更津そごうだったはず。
木更津キャッツアイの収録もされた場所ですね。
懐かしいです(*´ω`*)
木更津駅前は。。。そごうだったのよね
12:17 みななろー=3376?
『富士山=3376m』・・・解説は正しいのにちょっと残念。
遅い昼食とりながらのんびり視聴できました^^ありがとでした ただ、人がカレーうどん食ってる最中に寿司の映像出たときは本気で低評価押そうとおもいましたw
行川アイランド行きました
これからは海浜幕張も止まらなくなるのかな?255は止まってたけどさそれ以外は止まらいから😢次の置き換え259か、255の懐かしい思い出沢山あるし小さいころよく乗ったなぁ😮257はあまり思い出無いけど特急あやめもよかったな正直言ってあのチラシ見たときはね、255の引退は知ってたが259の置き換えが本当だったなんて驚いた。ありがとう房総ビューby255のラスラン乗りたい千葉県民
東金市民だけど、90年代前半くらいまでは、大網のイオン前(auとヤマダ電機のところ)は高架じゃなくて踏切で、駅入り口の交差点と
同時に超渋滞してた記憶がなんとな~くあるなぁ
わしが外〇線に乗ったとき、高〇生が電車車内でタバ〇をすっておった。とても怖かった。車内は禁煙やで。
内房外房東金総武さん、大回りでお世話になってますmm
昔、青春18きっぷより安い千葉県専用で1400円の切符が有った。房総半島を楽しめた。現在はもう消滅した切符かな?
113系は昭和48年から横須賀線の車輌を6両編成基本に県内多数運行されただよ。アクアラインの開通後、久留里線は苦しい状況に年々悪化した。過疎化に加え高速バスに客を取られて!安房鴨川が、昔は終着駅は始発駅♪ 安房郡千倉まちだったけど今は南房総市。
国鉄時代、快速大原行き11両編成があったんだよ。
高校時代大網駅が学校の最寄り駅だった。思い出深いね。
東金線回りの千葉行きは結構本数あるよ。
貨物線が東金線に合流してたんだよ国鉄時代。
ひろきくんが言ってた木更津の建物は元そごうですね😆
房総東線、房総西線を思い出します。1972年に東京地下五階から、房総特急が初登場し、内房線、外房線に改名されました。
PS:50:30辺り、千倉は一部の特急さざなみの終着駅でした。館山からおおよそ12㌔、千倉温泉のある場所です。