最上川三難所舟下り 後編 ”船頭たちが最も恐れていた3つの難所 碁点・三ヶ瀬・隼”

3ニムチャンネルへよう [音楽] こそ [音楽] [音楽] [音楽] はいこんなねあっという間に通過しました けど結構迫力あったでしょえ第2番目の南 三瀬通過でござい ますはい皆さん右手の方ご覧ください ちょっとね堤防高くなってあの民が見え なくなりましたけどもねここにはね長島宿 という民があるんですよここにも現在はね 4事故たらずの村なんですけども昔ね船が 走っていた時代はこの狭い場所に200個 ほどあだそうです よどんな仕事をしていたかていうのはね昔 の船ほら何し登るさは丘の上からね大勢の 人間って引っ張りあげたんです よその仕事に従事する方船引きニプと言い ますねまたはねしこさんなんていう方もし まし たその方がここに多く住んでた場所なん ですよ変手前良かったんだそうですよえ 農家やってるよりも稼げたんだそうです 現金収入だったそうですよ仕事が終われば その日のうちに金がもらえたんだそうです よねそんないい仕事昔は他になかったかと 思いますけどもそれもほら丘の上に鉄道が しかりましてね物資輸送の手段も川からお と変化していきましてそういった仕事も どんどんなくなりましてね皆さんそれぞれ 別な仕事を求めてこっから離れていったん だそうですよ今度はねこの長島地をぐるっ とこう取り囲むように 180°曲がってまいります [音楽] よ広きの流れゆけども小川海にいるまで 濁さり切りなんて歌がありますちょっと 唸ってみるな ひき の 流れ ゆけども もがが は もがが は 海に いるまで [音楽] はいどうもありがとうござい ますこの歌誰作ったと思います かえこないだねお客さんから言われたの お前作ったのかなんて作ったなら今頃

こんなとこいませんよなもっと別な道が あったかと思いますけどもね実はこの歌 昭和天皇が作ったんだよね大将14年の年 だったそうですよだからね交代し時代この 山形県を訪れましてねこの神川を見て読ん だわからんだそうです よ現在はねこういったメロディに乗せまし て山形県民の歌として愛されております よ はい皆さんもう後ろ見えなくなった でしょうグラと回ってんなよくわかるなね この180°曲がるこの一角をですね昔 からこの辺を鍋のマなんて言われる場所 なんで鍋のかって言っとほら鍋か持って 自炊しながら登り下りたて言ったでしょだ からねこの差止めて食事を作って休憩した なんて言われる場所なんですよ やっぱり南子があるもんですからね下る船 は今2つの南子を越えてきましたよねっと しいこれから1番の南勝はやぶさの背に 向かうなんてことでね試合でもいててきた んでしょうかね最も危険な出しを通過し ますからねでねはやぶさの背だけは午前中 しか下っていけませんなんてそんなね気 見事もあったんだそうです よ要するに登りの船と下の船の時間を決め ていたってことなんですよだからね時間 調節の場所でもあったんでしょうなまた 登る船は1番の何はやぶさの背をやっとの 思いで登ってきてこれから2つの南緒に 向かうほら引子さんの手も借りたいなんて ことでね引子さんが揃うのを待ってたん でしょう な昔はね10になって 仙山組んでね協力しながら登ったり下っ たりしたそうです よここにね何層っていう船が待ってる光景 今一度見てみたいななんて皆さん思いませ ん か今日は皆さんどんな鳥を見つけましたか 思なのがあれだよねカルガモが多かった ですよねカガとかねもうマガモも来てます よ北の方からねあとねなんかもきて ますそれを追ってね北の方からねこの辺に 橋も来るんだよもうちょっと寒くなんない となこの なあとはりなんかもいましたね今日はさぎ の姿が見えませんなどこに行ったやら ねちょっとね今のところ見つかりません けどもね午前中いたんですよあの皆さん船 の中のトレの写真をご覧 ください山なんて知ってます か痩せてるよねあの川と同じようにね川に ダイビングして魚とんのほらその写真も魚 を食いてるでしょ大きさは結構大きいん

ですよ鳩ぐらいの大きさ顔はずれれに取っ てきますさあと飛んでね魚を見つけると ジャボンと入ってねまた飛んでいくんです よ本当に見事な姿を見せてくれますけども ねこれはマがもかな今飛んでんのは なこの どんなところに通を作るかていうとね ちょうど正面にほら大きくくったとこが 見えにきたねこういった切り立ったりを するわけなんですよそのすがありますから 1つ皆さん見つけてくださいよねあのお 手元の資料にも書いてありますあの崖の 写真とスの写真が載ってますからねその ページをね参考にね1つ皆さん見つけて ください よその場所はどこかいうとねをご覧 ください大きくくった右端の方なんですよ あ右端の方でもねあの上下の真ん中ありね 真ん中ありちょっと茶色く見えてるでしょ あの辺ご覧くださいね大きくた右端の方で 真ん中たりな真ん中たり右端の方草が もわっと入ってってうんほんでこっち左 から来た草がちょうどあそこ間開いてる でしょうんその間開いてとこ白くなってて 白てうんあの白くなったとこの真下をご覧 くださいほらあそこに穴があるでしょほら あ開いてるでしょあそこに見つけたかね あれが山のスアなんですよ入口小さいんだ けどね奥行1mぐら掘るそうですよつらが ねあれでしょう天のように黒い天のように 見えてますね子育ては6月でございまして ねその時期になると盛に川に飛び込んでに 持ち帰ると姿がこの辺でよく見られるん です よこの山ですけどもね1度つえになると 一生そういたげるんだそうですよねえ仲が いいというか我慢強いんでしょうかね皆 さんもそうあって欲しいなと思い ますところでね中のいい夫婦の大名主の ように捕まれます押この辺にいますよ押ね よく取り夫婦だねなんてよく使いますけど も 実はあのりご存知ですか毎年相手交換すん だよこないだ識でやってましたけどもね その通りでしたねおなんか子供作るだけ 作ってさよならあとは任せでしたけどもり 夫婦だなんて言われて喜んじゃあげません よあと何ですかり会なんてね貝の名前に 使ってる方もおりますけどあれ浮気の会だ からなね今度使わないにどせ使うんだっ たらセ夫婦のようだねなんて今度言ってみ てはいかがですかちょっと余談になりまし たけどもはい皆さん川島をご覧ください また橋が見えてきたなこれは長嶋橋って 言うんですよ先ほどくぐったら橋川はこれ

だけ曲がってるもんですからね一番近い とこを結んで橋日本鍵だろこれ国道だよ 347号線でございますね この正面の橋の上に見えてる小高い山が あるでしょ正面の山あの山先ほど皆さん手 合わせた山だよわかるグこねおはさんです よ先ほどあの山の右下を来たわけでぐると 回ってきたわけなんです よでこれから案内します最後の男はやぶさ の背はあの山の左下先ほどの美術館の裏手 なんですけどもねはぶのはが多かれ 少なかれお客さんのせで下ってはおりませ んね大変危険な場所でしてね背で言です ここほら左手三橋が見えてきたなここまで 戻ってくるとい形を取りますからよろしく お願いしますねそれでは降り場を後にし まして最後の何はぶのに向かいたいと思い ますはいそれではお手元の上前券今一度ご 用意 ください はい裏の方ご覧くださいね神川フって書い てある でしょねまだ歌いませんよ最後に歌います よ皆さんよそから来た人ばっかりですから ってかさっぱりわかんねえかと思うんです よ私の説明を聞いた上でね歌を聞いて くださいよろしいですか実はこの歌世界3 大フラの1つなんですよ世界でございまし てねじゃあと2つどこですかていうとね1 つが今話題のロシアですよオルガのフラウ でもう1つがどこだと思います皆 さんこれがねドイツラだそうですよホマン のフラウラて歌があるそうですよなんかね 天国と地獄という過激の中で歌われる歌な んだそうですよねなんかどいつもこいつ もって感じしますけどもねそれとこの神川 船歌で世界3体フとなってるんですけども かさっぱりわかんねえかと思うんですよね ちょっと説明をしますよ最初からいいです かよさのマシエコラ任しなって書いてある でしょこれは船を引っ張りあげる影ですよ よいしょなって引っ張ったんでしょうなで 坂田さんさ豆でお茶この辺分かるんでか 坂田さんぐっての分かるなね坂田さん荷物 を積んでくよね豆でちゃって豆で足上げ なってこと元気でいろより風など引かよう にね風引かないで待ってるよって先祖さん でに言ったわけですよねはいその次ですよ 真赤大子の汁に塩しくてくわんねえなて やっ べ真赤大根大根分かるな皆さんねどんな 大根だと思います真赤 大子ねこれねまた大子とも言うんですよ また二未だになったく大根ねそんな粗な 大根を船に積んでほら食て持ってったわけ

ですよね船の中は男状態ですよ誰が調理 がかりでし たそうですよね13歳の子が調理がかり でした少で味付けして大根の生で作ったん だぞだけども慣れてないもんですから塩加 間違いたのあんまりいりすぎたわけですよ だからしょっぱくて食らわんね塩辛くて 食べられなかったなんてってんのだから こうやって説明すると大したりねえですよ ねませんか世界3大フラですよその割に 大根の生じるしょっぱくて食わねなて歌っ てるんですからところがね深い意味がある んですよね順調に行て2週間かかったと 言いました順調に行てですよほら船は他船 ですから風吹かないと船動かないわけです よな本当に風の時なんか大から引っ張っ たって言んだからだからもう30日以上も かかった船もあったと言われておりますね だからさん出かけに思ったの奥さんの前で なこれからそんな生活が始まるんだな なんてねお前の手料りしばらく食んにく なるななんてねそんな思いが入ってるんた そうですよあとねもう1つ大事な意味が ありましてねほらまになった色の白い大根 旦那さんが何かに似てるでしょうえこの辺 では大っていうんですよこれ女性に例え てるわけなんですねじゃのぱとこどこだ 旦那さ 方ね変なこと考えんだよぱと言えば海の ことは言うんですよえ山形県で海というば 日本海ですから日本海にはほら坂田がある でしょこれ坂田の女って意味なんです よ昔ね佐田ってこう言われたの西野堺東の 佐田ってまで言われたんだよ酒って分かる か大阪の境港ですよねそれに匹敵するほど の大きな港だったですよでねほんま様て方 いたのほんま様にはお呼びもせのがせめて なりたいあ様になんてね殿様より金持って た方がいたんですよ日本一の王のがいた わけそんな方がいる場所ですから坂田は 本当に逃げ上がら場両なんかもあったし 舞子さんまでいたんですよ今でも舞子さん いますからねまた復活しましたから坂田 なってことにねして旦那さんの遊びたい 場所いっぱいったわけだからあのねうちに いる奥さん心配してるわけですようちの人 逆に行ったら上着でもするんじゃねかと 思ってその言い訳をしてんの先祖さんが 出かけに俺そんなしょっぱいとこの女性に は手を出さないそんなもの食いねえよって ことですから浮気はしないよって意味も あるんだそうですよ結構深でしょで第2番 目の他今度何種の歌が出てきますよね5点 はやぶさあれ見せと豆でくと頼むぞよなん てまた豆と出てきましたけどもこの場合の

ね豆でってのは無事にってことなんですよ ね無事に3つの南緒を通過したことを やっぱりうち26さん心配してますよね うちの人あそこの南緒負け行ったかな なんてね今だったら聞いていてよからねか ちゃんバグ行ったよなんてねすぐ連絡取り ますけどじゃ昔はどうやって自分の無事を 伝えたかていうとほら500層も船ここ 行ったり来たりしてるでしょう登りの船と 下りの船すれ違う場面はいっぱいあった わけですよね中には知り合いもいるわけ ですよ隣のとちゃんだっているわけおお なんだ隣のちゃこれが登ってくのかなんて じゃあうちの女房に伝えてくれ俺の船この 産難所まく通過したことをうちの女房に 伝えてくれって頼んだわけなんですよだ からそこにも書いてあるでしょ頼むぞよっ てねえなんとスローな時代だったん でしょうかね今なんかどうですか皆さん よく言われるんじゃないですかなんで迷惑 したけど出ないのなんてね叱られており ますよね本当に忙しい世の中になりました けどもで最後になりますけどもあのへない いなけりゃ子のなどすがったちゃすがった ちゃってのはしなかったとかならなかっ たって意味なんですよ小貝のり何回も登場 しております公海部これを子のりって言う んですよ要するに船乗りって意味ですよね その船ね米30票に住んだ船3人で操る船 だったそうです先祖さんたちはあの部うち にいる奥さんでしょうかね家族という意味 もあるでしょうその人のために辛い先祖 さんの仕事をいんで一生懸命働いて家族を 養ったていう歌なんですよ俺あんな家族が なかったらこんな辛い先王さんの仕事に なんかにはついていなかったりななんてね 思ってるんでしょうかね旦那さん方頑張っ てくださいよ特に今日ねお2できた方ね隣 のこの部屋のために頑張って くださいと言ってる間にも正面ねはやぶさ の背が見えてまいりましたよ川に線を引い たようにまっすぐ見えてる でしょなんでまっすぐ見えるかっていうと ね楽さがあるからなんですよ先は見えねえ のねほら左にある小さな船ここ下ってこと ね一旦見えなくなりますよ なんではやぶさなんて名付けられたか皆 さん鳥のはやぶさって知ってますかあの鳥 というのは獲物を狙う時急行化するそう ですね要するにあの鳥のように船を下せっ ていう意味なんですよほら昔船を下した時 ってのは春の雪ですからこんな流れじゃ ないですよどんどん流れてきますこれより 2mも高いんですからでここ左に川が 曲がってるでしょね曲がってるくは大した

ことないんですけどほ奥の方に大きな岩が 待ってんの見えてるでしょ水っての大きな 多いほどまっすぐ上がりますからあの岩に 向かっていくわけなんですよねだからその 流れさ乗ってったらあの正面の岩に ぶつかってひっくり返って終わりですよ それを避けるように行かなきゃなんないん ですよだからここね横断するように行くの 右から入って左に抜けるように行くんです よだから船を一気に下さないと下れなかっ た要するにはやぶさのごとく船をくだせっ て意味でねはやぶさの字が当てらいたん ですよはい観光線はここまででございます はい最初左からご覧ください左見て右見て 登りますから ねここにねあの山persいるんですけど もちょっと木の影になって見えません なねもしかすると飛んでくれるかもしれ ませ んね先ほどご消化した通りです よはい今度はね右の方からご覧 [音楽] ください静音が聞こえるでしょゴーって音 ね春の雪どけ水の音なんてこんな音じゃ ないからねもうノそごい音を走って流れて いきます よ昔ねここで48層の船が破線転覆したと も言われてる場所なんですよ皆さん49に はくねでしょねということでねここでタ するわけなんですよはい登ります よはい花簡単なね説明でしたけども川の 説明はこのぐらいにしておきたいと思い ますそれではね先ほど説明した神が船歌 歌いながらよな先ほどの船方で戻りたいと 思いますご存知の方はご一緒に歌って くださいよ知らない方は是非とも覚えてっ てくださいそれでは行き ます先導の数だあのヘがいたように私も あのへを思いながら歌いたいと思います 坂田から行き ます 坂 さぐ さげ 豆 [拍手] とこらさ のせ早 あり風 など行かね よう に [拍手] ええ [音楽]

のの [拍手] やこ せカ大5 のに [拍手] [音楽] しん 堂よさ のがし [音楽] やらせ ごて 早 さやれみか のせ もよいとこらさ のせ 豆 で くだ と 頼む ぞ え え のがし やこ ませあの変 なり 公海のりなど常が たえや のがせはいどうもお松でしたありがとう ござい ますたがきました このございます人々は多くの夢を抱いて いくつかの難を超えまして夢を実現した川 とも言われておりますねだからねおしさの ような人がいっぱいいだってことなんです よ江戸から明治大勝の初期まで山形県の 経済を支えたこの神川でございます長年に 渡るこの川のちい工事が行われる中未だに その姿を残す難所でございました花簡単な 説明でしたけどもね川の説明はこのぐらい にしておきたいと思います本日はね3南勝 の下りご戦まにありがとうございましたま もなく船場でございますりのさはね天井 低いので頭気をつけてなぶつけないように 慎重に置いてくださいまた皆さん忘れ物し ないようにな今一度確認の上降りて くださるようお願い申し上げ ますあと5になりましたジャケット船が ついてからでいいですからねまた元の位置 にお戻しくださいよろしくお願いします あのファスナーとか食いついてる方をね船

の方に向けてください要するに後ろ向きで いいですよねよろしくお願いします ねあともう1つ船が完全に止まるまで1つ 皆さん動かないようにな私が降りてくださ いっていうまでね1つ皆さん動かないよう にしてくださいよろしくお願いし ますまあ先月先々月か9月の第2日曜日 山形市内を流れる真崎という顔で日本一の イ会なんていうねイベントが行わりました ねえ6m50の大鍋で3番食のイを作る なんてねイベントが毎年行われております けども芋に階てとね河でやるんのなんで変 でやると思いますね俺も知らなかったん ですよみんな行くから行くんだななんて 思ってましたけどもねこれもまた先さんが 作った料理から始まったと言われてるん ですね川沿いに船を止めてそういった料理 を作ったことから始まったと言われており ますじゃあその当時は何を入りていたのか 今なんか牛肉が入ってね醤油味ですけど 美味しく仕上がっておりますけどもねその 当時肉なんてないですからね自分たちが 運んでいた物を入れたんだそうですよ棒だ からね昔は芋にって言わないで芋棒にって 言ったんだそうですよで味付け当然です けども塩しかねえの決して美味しくは なかったなんて言われてますよね今本当に ね全国に誇れる山形の恥となりましたけど も山形美味しいものたくさんありますよね 皆さん山形の味山形の風景三分に楽しん でってくださいじゃあまだ来てけろなっす お付き合いありがとうございましたこれに て終了し [音楽] ます ひ 流れ てお ながも [音楽] な [音楽] [拍手] [音楽] れ な [拍手] i [音楽] [音楽] i はいじゃあ皆さん座ってくださいなもいい どこでもいいですよ開いてくてもはいはい はいねそれに覧のお菓子でございますあと ね坂田か坂田に行くってことでね

坂田ベタのオランダ先って品があるんです よね えこれねうちでは浮気セットていうのあ ねあで皆さんで楽しんで くださいはい皆さんちょっと正面ご覧 くださいほら正面に小高い山があるでしょ あれが先ほどのおはさんですよ川これだけ 曲がっての分かるでしょねね曲がってます よねだから先さんねこの山に神様を置き ましてねこの何神様にもすがる思いで通過 していったってことなんです よね顔はもそんなに広くないでしょねねま もう滑石なんですけどもねこの活水が今年 は長い ですね普段だったらねメにそうですね 1ヶ月ぐらいか なそんなもんなんですけど今年は本当に 長いです な8月の下旬から9月の初旬にかけてね 大変水が少なくなりましてうちの方もこ 中止したんです よ通れなくなったの え本当に結構おかしいですよ ね家の影響でしょうか なはいそれではね今通過した第2番 からご覧くださいよく上がりますからああ さきのとこねはいさっき通ったとこですあ でも真ん中も間違いじゃないんですよほら 真ん中にもスにあるでしょ開いたところが だけどだけど難しいなね難しいでしょうね 今もう通れなくなっておりますよ昔は通っ たんですけどね第2番目の南緒でござい ますねいいですか写真撮った かっ た [音楽] あ結構岩がここもね岩だらけなんて左右も 岩なんですよ実はねこのこの辺の川はね 全部そう有じゃねんだ よなんでかと昔から流れ変わってなかった のがあるた にのて言えたんですよあそうな川が流れが 変わらないからね今でもそうなんです よだから河川工事する時なんかねあの警察 業者の方が本当に苦労するってそりそうだ 俺の土地あの歩くなとかねそういうこと 言われるっていう言ってましたよねま何に もならない土地なんですけども ねうんまそうやって何かいきもをいだき たいとかねそういうがいれんでしょうか ねねそうなんですよはい正面ご覧ください 小高山が正面に見えてまいりましたあれは 腰だけという山大変優秀ある山でしてね神 徳内光が残った山として知られております じゃあ神とこって何した人やてとほらあの

山に登ってね心出しを立て1回の農家から 無になると決めたんだそうですよ願かって 武になり幕府の名におりましてね北県今の 北方 領土ね度時代に行ったんだよそこに早く 出向きねここが日本領であると示した方が あの山の麓立岡地区で呼ばれたんですよあ ねあの村山の主役地の一角にね神特記念間 なんてねそういった1つもございますから ね多くの文献が残されておりますから1つ 歴史に興味がある方足を運んでみては いかがでしょう か このね作って作ってるほら赤い時が残っ てるでしょこれそばだったんですそばか 取りした後そうもしそば出てますけどもね そば75日と言いましてね75日で収穫 できるんだよねもう8月の初旬に前たね そばがもうかけてきてます ねねえか なそばの収穫やってるんですよあそうなん 大型機会なんだからねはい熊いないですか はい熊くうんクマいるよ私も今年ごそなり ましたそうなったですあもう美味しかった ああ全然臭くねえ のねえあですあれあああれれきね ばかり ばかりちょっと結構乗ってったんだねえ 結構船で乗ってったんだね船に乗ってた いや距離があるあ距離そうですねねえ あそこ往復も含めると12kmぐらいあり ますね はい ねねこの季節が私一番好きですねあの収穫 も終わってね冬に向かうそんな景色が好き です よ 雪はねこの辺で2mの距ます からまあ今年はどうなることやらねなんか 弾頭だ弾頭だなて言ってますけどもってみ ないとわかんねねこれ ばっかり当と言っても雪降るから ね帰ってくるんじゃないかあったかいと 過った空気にね重たい雪が降るんですよ昔 からクラビとね雪は重くなりますよ本当に ね湿気関のあ北海道の方もそうって言われ てましたからねそれだけあの改正が高いん でしょう なねあの正面の山さささんささん今日きれ に見てんな 山形沢そうです山形沢表で有名 ね授もなんかね変化してきたって言って ます よ中国からあのねあの ほら最後までご視聴いただきありがとう

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後編では、三ヶ瀬下流から三番目の難所である隼~舟下り船着き場へのコースと帰路の送迎バス車窓風景をご覧ください。

最上川に架かる碁点橋の西側たもとの乗舟場から隼までの、約12kmを運航する御座敷舟。碁点、三ヶ瀬、隼あたりは、古くは最上川の三難所といわれたが、今ではビューポイントとして知られ、自然豊かな最上川ならではの情景を楽しめる。残雪の蔵王山を仰ぐ春、舟くだりの醍醐味が味わえる夏、紅葉に彩られる秋、水墨画の世界が広がる冬と、年間を通していつ訪れても満喫できる。経験豊富な船頭さんの話もおもしろい。
他県にまたがることなく山形県内を流れる最上川。この難所付近では昔から数多くの船が難破しました。特に隼は落差があるため急流になっており、上りは船を引かなければ通れませんでした。平安時代に舟運が始まったとされ、江戸時代には山形城主最上義光が大がかりな開削整備を成し遂げ見事に発展しました。
そんな最上川舟運が栄えていた時代、船頭たちが最も恐れていた3つの難所すべてが村山市に存在します。最上川舟唄にもある、「碁点・三ヶ瀬・隼」です。
現在は、スリル満点の約12km、50分間の舟下りとして、多くの人に愛されています。
※乗舟場と舟着場は異なりますが、舟下り後は無料送迎バスで乗舟場まで戻ることができます。
最上川の源流は吾妻連邦の西吾妻山(標高2,035m)とされており日本海へ注ぎ込むまで、他県にまたがることなく唯一山形県内を流れる最上川。流域面積は7,040平方キロメートル、長さは全 国7番目の229キロメートル。県民のおよそ8割がその流域で暮らしています。

【最上川三難所】
碁点(ごてん):碁石を並べたように岩が突起している
三ヶ瀬(みかのせ):川底に細い岩礁が三層をなしている
隼(はやぶさ):岩礁が川底全体を覆い急流になっている

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