【出雲めぐり⑱】⛩️🚗✨事代主神や御穂須須美命に変遷あり?😨古事記&日本書紀な有名な出雲と山陰を巡りつつ古代史と神話を妄想解釈します😉

はいふとです今回はみほ神社さんにご参拝 したいと存じますそれでは参りましょう いやはやこちら神社さんの目の前が海なん ですけどこちら超綺麗ですもうなんか 飛び込みたくなるようなさあいつものよう に場所の確認からさせていただきますと こちらはですね島根県松江市みほ関町と 書いてみほ関町ですねはいこの海のところ にありますこちら松江市なんですよね松江 市だいぶ遠いところまであるなってような 感じなんですがもうこの半島の突端の方で ですねえ前回ご紹介させていただきました 青島神社さんからですね未来イース かっ飛ばしてですねえ行かさせていただき ました途中にですねあのベブ坂とかでも ですねべた踏み橋なのかなそちらでも有名 なですね江島大橋さんがあったんでですね まちょっとミラスかっ飛ばせるかなって いうような感じでえちょっと試しにえ 行かさせていただきましてま無事にあの 通過できたんでね良かったよかったって いう感じですさていつものようにですね みほ神社さんの紹介とそしてですね妄想 解釈を始めて参りたいのですがここで前提 となります富木さんの解釈はあくまで妄想 の解釈となります一般的に通説と呼ばれ てるものやですね神社さんの解釈がですね 正解となりますのでその点はご理解 くださいただ付さんはですねその通説と 呼ばれてるものはちょっと自分で納得いっ ておりませんのでもし自分だったらどう いった形が納得できるのかというのをです ね妄想してですねご紹介しているのが こちらでえお話ししている内容となります でですねその点ご理解いただければと存じ ます1つ目みほ神社さんとはいやはや こちらの神社さんなんか綺麗ですね青い空 と青い海島根県の反対側の火崎神社さんを 思い出しますそんなみほ神社さんのですね 基本データをですねみほ神社さんのホーム ページを参照させていただきつつですねご 紹介させていただきますとまず5祭人の神 様はですねミホ姫の命様と今年の神様と いうことになっておりますこの二柱の タッグはですねなかなかえ珍しい 組み合わせで美本神社さんのですねホーム ページの方でもあの系図を書いてですね この二柱の神様をご紹介されているんです がまずミホ姫の美様はあの乞食には登場 なさられない神様なんですよね日本初義に 登場される神様で大物主の神様のですね先 という設定になっていらっしゃいますで ですねそのお方とですね今年の主の神様が なぜ一緒にいらっしゃるのかというのが ですねなかなか謎深いところなのですが

一旦保留とさせていただきますでですね 毎度同じ出雲国島根軍美保号の情の方確認 させていただきますとこの赤い点線の箇所 にですね美保号の紹介がありましてこちら にですねみほすの命様がいらっしゃいます よというようなことがご紹介されており ますあれえっと何と申しましょうか出雲の 国布によりますとえみほすの命様が いらっしゃるからこちらはですね美保号 って言うんだよっていうような由来が書い てあるんですが法神社さんの紹介と言える のかどうかよくわかんないんですよねこれ がでですね出雲の国布島根軍の城にはです ねあの神社さん親しさんの一覧が書いて ある場所がありましてそれがこの赤い天線 の箇所なんですがこちらにもですね美方 神社さんの記載が見当たらないはいという わけでですねどうやら出雲の国布が変換さ れた奈良時代初島つまり西暦700年代の 頃にはですねどうやら美保神社さんという ような存在はまとりあえずまずはなさそう なんですがこちらはですね演技式をえ 引っ張り出させていただいたんですが こちらの方見させていただきますと出雲の 君のですね島根原のですねこの赤い点線の 貨車にみほ神社さんと書いてあるんで こちらには名前が載ってるんですねこの 演技式はですねま演技式新名長って神社 さん一ながツラツラらって書いてあるもの なんですがこれはですね平安時代中期大体 ですね西暦10世紀ま900年代初頭 ぐらいに作らたものだろうと言われている 書物なんでまこちらに乗ってるということ は平安時代の中期の頃にはですねこの美保 神社さんはあったということが見て取れ ますこのことからですねまこの出雲の国 不動機にですね美保神社さんの記載が載っ てないということは700年代初頭には 美保神社さんはなくて700年代初頭の頃 からですね演技式が作成される900年代 初頭のですねこの200年間の間に美保 神社さんがですねえ多分作られたんだろう なということがここから想定されます ただし出雲の国布には美保号の情報があり ますのでま少なくともこの700年代初頭 にはこちらのにはですねあの美保号にお 住まいの方々がいらっしゃりその方方が ですねお祭りしている神様はみほすの命様 だったということも分かります美保神社 さんのホームページを確認させていただき ますとあの拙者さんですね拙者さんにです ね美保すの美様がですね人の社と呼ばれる ところにいらっしゃるかもしれないねと いうような記載がえ書いてあったりしまし たのでまあ多分そんな風な感じで小さな社

でお祭りされていたというような感じなの でしょうかそんな平安時代中期以降には ですね確実にあったと思われる美保神社 さんなんですがこちらはですね運用市島根 軍の美本の関のですね情報になるんですが こちらにもですねしっかりえ美方神社さん ありますんでまちゃんと映像時世までえ 続いてるなっていうのも分かるんですが それよりもですねちょっとこの冒頭 に気になる記載がございましてこちらの みほ神社さんの記載によりますとですね 美姫様とですね今年の主の神様が鎮座して いるというところはですね現在と変わら ないので良いのですがその後の布により ますとこ主の神様の子供のみほ進みの命様 がいらっしゃいますよだからここみほって 言うんですよというようなことが書いて ございますえそうなのあれ年の主の神様の 子供でしたっけみほすの命様ってでですね こちらはですね国立国会都館デジタル コレクションさんから引っ張り出して まいりました島根剣士よというですねあの 明治時代に作られた書物のようなんですが こちらにもですねこの赤い点線の箇所に よりますと付によるとですね今年の主の神 様の子供だよみほ進の命様わーっていうの が書いてあったりしますというわけでです ねどうやら江戸時代そして明治時代ぐらい までですね美保すのみ様はですね今年のの 神様の子供だよという風に解釈されている ようなんですがそれが富に書いてあるよっ て言ってるんですよね本当にそうだっけっ ていうところを確認するためにですね ちょっとフキの方を見させていただきます と あれこれはどどうなんでしょうねあの 読み手によってですねおそらくあの印象 変わっちゃうんじゃないかなと思うんです がふさんがですねこのあのみほの5のジの 情報を読みますとですねま雨の下を作った ですね狼様がですねこのみほすさんのです ねお父さんというような設定に書いてある ように見るんですよねで雨の下を作った 大神様って誰だっけってなりますと富木 さんは大国主の神様だと思うんですよ ところがですねおそらく江戸時代や明治 時代の頃の方々はこの雨の下を作った狼様 という存在を今年主の神様と解釈してい ますというわけでえっとなんと言し ましょうかなんとなく解釈が違うんですよ ね現代的にはハの下を作った神様といえば なんか大国主の神様が一般的な気が富木様 してるんですが明治体は違いますとこれは ま不さ的な解釈なんですけどまなんて言い ましょうかこの記載はですね嘘だ義者だ

海山だではなくて新党のですね解釈の変遷 をおそらく示しているのかと存じます こちらに多分お住まいの方々にとって雨の 下を作った狼様というのは明治時代の頃 まではですねもしもしかしたら今もそうか もしれないんですけどま今年の主の神様と いう解釈をされていなさったとただですね 現代におけるですねあの世間一般的な おそらく通説だと思ってるんですけどそれ では雨の下のを作った狼様というのは 大国主の神様という解釈がされているので これもしかして大国主の神様というですね まその方がですね出雲神話のトップオブザ ゴッドとしてですね登場してくるのがです ね意外とつい最近だったのかもしれません ね以前もですねあの出雲大社さんのご祭人 の神様は須のさんだったんではないか説 っていうのをご紹介させていただきまして どうも途中で切り替わってるようなんです よねその辺りがですねこのように解釈の 変更というものにですね繋がっているのか もしれませんまそんなですねちょっと平安 時代以降の解釈はですねちょっと一旦置い といてえま太さんがえメインテーマとして ですねご紹介している古本時代やですね野 時代まこの美本神社さんの場所のですね 元々の人口の形というものを考えさせて いただきますとえまこちらは出雲の国付に 書いてある通り元々はみほすの神様をえー どうやらお祈りしていたような場所のよう なんですがこのみほすの命様を追いかけ させていただきたいと存じますさてそんな 妄想解釈はさておきやはりまずはですねご 参拝させていただきたいと存じます いやはやなんかアホいい空と神社さんって すごいマッチしますよねとっても綺麗です バックのね森の緑がね素晴らしい色合い2 つ目みほすみの命様というわけでみほの命 様を追いかけてまりたいのですがこちらの 神様以前ですね菅神社さんでご紹介させて いただきました通り北陸の野半島の神様の ようなんですよねでですねこの神様を調べ てみるとなかなか興味深くてですねこちら はですね国立国会間デルコレクションさん から引っ張り出してまいりました諏訪神社 市にえま諏訪神社さんなんでしょうねま これ多分ス大社さんのだと思うんですけど はいそちらのえ神社さんが出している本の 中なんですけどまず右の方のえ赤い転線の 中にですねどうやらこの美保進の命様は ですねたみ方の神様と同一神だよという ようなことが書いてありましたこの説は 有名ですよねやっぱりなんかそうなん だろうなというような感じがする説なん ですが問題は左の赤い点線の箇所この話に

よりますとえお母さんがどうやらこの花咲 の命様なんですねそしてですねそのえまお 子様の名前がみほすの命様なんですがまた のお名前がほ明かりの美はいそうなんです よねどうやらですね美保すの命様であり 武方の神様という方をですね諏訪神社さん ではえこの方がお別れの命さんと一緒なん だよという風にですねどうやらそういう風 な解釈がなされているようですこの状況を サクっと追いかけさせていただきますと 大体こんな感じ冗談ににはお母様とされる 野川姫様とこの花咲夜姫様下段にはそのお 子様とされるですね美保すの命様もしくは たみ方の神様とそしてイコール関係で 繋がっていく天のほるの命様とそしてひこ ほほデミの命様たみ方の神様の正体はこの 神様だったん だという風にはですねちょっと付さん考え なくなってるんですけどまあれですよね神 様の正体が神様だって言ってるとですね 多分無限解釈につがってしまいますんで 要するにですねあのま同じ存在であり同じ モデルであった方をですねその地域や豪族 が違うとまそこのローカルのですね呼び名 で呼んでいるということなのかと存じます とある存在をひ海神話では非ほほでといい 九州北部駅から丹波の地域では天野ほ アカルの命様といい北陸や新州の方では 美保すの命であったり武方の神様と呼んで いる呼び名は違江戸存在やモデルは おそらく同じでですね富木さんが不思議だ なと感じているのはですねこれだけですね みほすの命様と同一心でありま同じモデル から派生したと思われる神様がこれだけ いらっしゃるにも関わらず美保神社さんの ある美保号をですね守っている神様がです ね美保すの命様からですねあんまり縁の ないですね今年の主の神様に変更されてい ますこれはなぜなのかそういえば似たよお 話をご紹介したことがありましたそれが ですね出雲大社さんの水車さん拙者さんの ですねみの社というものがあるんですが そちらのですねご祭人の神様がアス高彦の 神様からなぜか今年の主の神様に変更され てませんかねというようなお話を以前ご 紹介させていただいたんですがこのもです ね当初の神様からご祭人が変更された パターンでま味高彦さんだったご西人の神 様がどこからともなく今年主の神様に変更 されてるんですよねおそらくそれはですね 宗教の変遷があり阿月高彦さんがですね 人気者だった時代もあればそれから数百年 今年の通の神様がですね人気だった時代が あってですねそのタイミングでご西人が 変わったんだろうというようなですね

そんな新党の変遷をご紹介させていただき ましたというわけでですね何らかの時代を 境い目としてですねそこでお祭りされてる 神様が変更されてる霊というものが三歳の 社さんでもありましたしそしてですね こちらのみほ号まみほの席ですねこちらの 方でもおそらくあったんだろうということ が予想されるのですがしかし今回の美保 神社さんからですね実は1つのですね仮説 をですね考えることができるようになり ましたそれがですねいつから今年の主の神 様は流行ったのか進行は常に変遷するはず ですそれはまあ付さんもずっと言ってます けど野王時代からマテラスーとかネはやひ とか言ってるはずがないのでそれと同じく ですねまどこかの時代を起点としてですね 今年の主の神様がですね流行り出すこの方 の信仰が流行り出す時代があるんですが 果たしてその時代はいつなのでしょうか この問題をですね富木さんが妄想解釈する とたどり着いたものがございましたそれが 何かと言いますとおそらくですねこの今年 の主の神様という方が流行り出すのは乞食 変3以降ですはいえ先ほどからもですね 出雲の国不をですね確認させていただき ましたがみほという場所とですね今年の主 の神様は全然関係ございませんでした ところがですねこちらにえ張り出させて いただいたのがですね乞食のですね国譲り の場面になるんですがこの場面でですね 今年の主の神様がいらっしゃるのがですね みほの御崎はいそれがこの赤い点線で描か れている場所なんですがみほの御崎にです ねこの今年の主の神様がいるって書いて あるのはこの乞食からなんですよ乞食と時 はえ西暦8世紀初頭つまり700年代初頭 のですね7時代の1番初めの頃つまり同じ 時代に変換された書物ですしかし同じ時代 に変されたにも関わらずですね小関はみほ の御崎と今年の主の神様を紐つけているの に当のごロカルの出雲の国付には美法号に そんな神様出てきませんそれはつまりこの 美保という土地とですね今年の主の神様を 紐つけた人物はこの大野安村さんあなただ ということになりますとつまりやりおった なとはいやりおったんですよこれサカさん がインスパイアしちゃったんですよあの 今年主の神様は何と言ってもですねあのカ 系に一言主の神様という方がいらっしゃい ますけれどもその方と同一心ではないかと されている方であり系図なんかを 書き起こしてみてもですねまあ中央よりの 神様なんですよですので男系信仰カラ系の 神様だということがなんとなく想定され そのカラ系の神様を中央よりの国譲りと

いう神話にぶっ込んだですので現段階では この今年の主という神様はおそらくですね 少なくとも島根県の神様ではないんだろう なというような感じがしておりますこの 辺りのですねいつも神話の事情に関しまし てはですね古代観光バージョン1.3の方 ですねまた改めてご紹介させていただけれ ばと存じますのでこの場ではですね一旦 放流とさせていただければと存じますまあ 今年の主の神様にはちょっとモデルっぽい 人がいるんでやはり何とも言えないなと いう感じですさてそんなぼやきつつなん ですが実はみほ神社さんまだまだ奥が深く てですねさらに深掘り解釈していく必要性 があるのですがその内容は次回ご紹介させ ていただければと存じますこちらの動画が 気に入っていただけましたらチャンネル 登録高評価応援等のコメントいただけまし たら幸いですというわけで今回はここまで となりますまた次回もよろしくお願い いたします

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◆参考資料
皇典講究所, 全国神職会 校訂『延喜式 : 校訂』上巻,大岡山書店,昭和4. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/1442211 (参照 2023-06-18)

太安萬侶 [編] ほか『訂正古訓古事記 3巻』[1],河南儀兵衞 [ほか3名],享和3 [1803]. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/2578740 (参照 2023-06-17)

田中知邦 著『美保神社神徳略記 : 出雲国美保関』,美保神社々務所,明32.7. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/816122 (参照 2023-06-16)

藤本充安 編『島根県史要』,川岡清助,明40.5. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/766205 (参照 2023-06-16)

太田亮 著『諏訪神社誌』第1巻,官幣大社諏訪神社附属諏訪明神講社,大正15. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/983470 (参照 2023-06-16)

神宅臣金太理 勘造 ほか『出雲國風土記』,讀書室世龍 摸,寛政5 [1793]. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/2533538 (参照 2023-06-16)

蘆田伊人 編『大日本地誌大系』第27巻,雄山閣,昭5. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/1194083 (参照 2023-06-16)

美保神社
http://mihojinja.or.jp/

島根県・美保神社境内遺跡出土の玉作資料
https://k-rain.repo.nii.ac.jp/?action=repository_action_common_download&item_id=2015&item_no=1&attribute_id=22&file_no=1

■ふどきさんの古代日本史考
https://www.youtube.com/channel/UC5Ta7v_I7UsL1xkvho8TYww

■ふどきさんのtwiiter

■ふどきさんのInstagram
https://www.instagram.com/fudoki_san

#ふどきさんの古代旅
#出雲神話

9 Comments

  1. 登録者1000人まであとちょっと。がんばれ。もう少し風呂敷を広げてみては?沖縄のアマミキヨ族が九州のどこから来たのか、海人族のことなのか、皇統とのかかわりを検証して。徐福の情報源は?徐福が行く前に一定の人が行き来していたと考えられる。東テイ人が何者か知りたい。出雲から能登までにいた人々とする説、沖縄説がある。呉服のルーツを知りたい。紀元後すぐに160人の生口を西安まで届けている。数十か国が中華と交流している。海洋民族をまとめてよ。邪馬台国、畿内はあり得ない。当時、馬もいたし、蛤は取れん。九州は1割、四国も1割、沖縄も1割、日高見国が7割。記紀を読む限り邪馬台国にはたどり着かん。300年も検証を繰り返し北九州ってえらく狭い範囲になっている。辰韓程度。

  2. 行った事あります😊出雲口伝では事代主の娘であるミホススミは出雲に残り、息子のタケミナカタは母と一緒に越へ行き、その後諏訪へ進出したらしいです😮

  3. 大国主の子、阿遅須枳高日子根=八咫烏で熊野本宮大社の高鴨神社には阿遅須枳高日子根が祀られ
    富家が葛城氏経由で大和王権と繋がり熊野本宮大社鴨神社が祀られ富家祖神の事代主も祀られたと言う事でしょうね。
    事代主の方が親の大国主の親類にあたるので事代主の方が古いと世間は勘違いしてるのかも知れませんね。
    出雲国譲りで西出雲王家の神門家は排除され、東出雲の事代主の一族が男天照の饒速日の物部(天皇家)一族に徴用され
    富家の出雲系の姫が姻戚して行ったので饒速日(天皇家は富家分家磯城家姫と姻戚としている)系は母系富家ですからね。
    饒速日(=火明=火照)=邇邇芸(神道では饒速日の弟)=素戔嗚と市杵島姫の子、物部彦穂穂出見(神武天皇の祖父、山幸彦)で
    子の彦渚武が鸕鶿草葺不合にあたり、彦渚武の子に彦五瀬と宇摩志麻遅が物部系譜ですからね。
    まんま皇統神代系譜の氏名が出ています。
    物部系譜の饒速日と高照姫の子が、香語山(五十猛)で、その子、天村雲、天村雲の子の代に
    嫡子、天御影(海部始祖)、次男、神八井耳が中臣鎌足祖で、末子の沼川耳の子に八井耳の子として多(意富)氏が居ます。
    物部氏の多氏が神武天皇皇子として多始祖の神八井神が列挙され
    孝元天皇皇子に安倍氏祖の大彦が列挙。
    阿閉氏は阿部氏の事で、阿部・安倍氏祖の大彦は富家出雲口伝では
    大彦(安日彦)=ナカソオネ彦(登美長髄彦)の事として居るので
    富家分家の磯城富家酋長だった登美長髄彦ですね。
    男天照の饒速日を持統天皇が女神にしたので天皇家の系譜が隠し易く成ったのでしょうね。
    神武~崇神天皇(物部印恵)の欠史八代の初期天皇家は物部氏本家でしょうね。
    宇摩志麻遅の系譜の熊野本宮大社旧神主家の和田氏は分家なのでしょうね。
    その和田氏の子筋に最多氏姓の鈴木氏が居ますね。

  4. 3世紀末に出雲王国が滅亡の後、
    東出雲の元王家、富家が
    熊野大社を創建すると共に
    東出雲地方の神社群を管掌なさっていて

    所謂、事代主(=少名彦)=出雲王国の副王で在られ、
    徐福ら渡来人勢力が起こしたクーデターに遭難して
    粟島の狭小な洞窟で落命(餓死)なさった
    ご先祖さまの
    八重波津身命(皇室は命のご子孫)
    の祭祀施政の一つとして三保神社を創建。
    ところで、
    神社の屋根の千木(X)の縦ソギは出雲。

    それを渡来人(徐福の子孫)の物部が真似たのが
    横ソギ。

    ↑が正しい認識。

    横ソギ(物部)と縦ソギ(出雲)が混合した千木は

    後世に、富家が
    渡来人(物部)と出雲が
    過去の怨執、遺恨を忘れて(捨てて)
    共に
    手を携えて
    未来思考で繁栄して行こう!
    との決意の表れだとか。
    また、三保神社の
    拝殿が何も遮るモノが無い吹きっさらし。
    なのも隠し事など無く誰彼でも等しくお参りしていただくため。

    事代主、八重波津身命の妃の一人で
    古志(越)の国から輿入れなさり

    富王家の三保屋敷にお住まいだったのが
    ぬなかわ媛命
    瓊名河媛命。
    がふさわしく思う。
    瓊(勾玉や管玉等)の原料の内でも最上級の翡翠は古志(越)の国の特産で
    瓊の河。糸魚川は古志(越の国)の代名詞だったのかも?

    故に、三保津媛(三保の媛)は
    瓊名川媛のはずです。

  5. ふどきさんおはコンチャ(*´▽︎`*)ノ゙✨

    毎回楽しみに待って楽しく観させて頂いております。

    いつものオープニング
    神社さんの社伝が正しいってのが皮肉にしか感じられません(笑)

  6. 毎回、楽しく拝見しております。今年は3度、前回は諸手船神事を見てきましたが。。ここは、出雲大社とは明らかに空気感が違いますよね😮

  7. 16:14「事代主神の神様は島根県の神様ではない」には両手挙げて同意。神武天皇関連と直前の勢力図などを考えても、事代主神が出雲の神様で無い方がスッキリする。

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